monthly Jica 2006年10月号

特集 理数科教育 教室から生まれる革新の力(2/3ページ)

PROJECT in Honduras (ホンジュラス)
みんなが卒業できる日を目指して

算数の成績が悪く、学校を留年・中退する小学生が多いホンジュラス。教員の指導力向上に対するJICAの協力は、子どもたちの学習意欲をかき立てた。そして今、この活動が国境を越え、同じ課題を抱える中米カリブ地域へ広がっている。

留年する小学生

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新しい算数のワークブックを手にし、熱心に勉強するホンジュラスの小学2年生

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元気いっぱいの子どもたち。小学校にも留年制度があるホンジュラスでは、学力不足による子どもの留年・中退が大きな問題になっている

「1箱にサッカーボールが7個入っています。5箱あったら、全部でサッカーボールはいくつになるでしょうか?」

「はいっ!」

「はいっ!」

午前10時半、教室から子どもたちの元気な声がこだまする。ここはホンジュラスのとある小学校。先生の問い掛けに皆真剣な表情で答える。意欲的に勉強に励み、苦手だった算数を子どもたちが好きになったのは、楽しくて分かりやすい授業のおかげだ。

12歳までの6年間が義務教育のホンジュラスでは、就学率が87%と高いにもかかわらず、修了率が68.5%と低く、約3割の小学生が中途退学している。しかも、日本と違って小学校に留年制度があるため、成績不振の生徒は落第を繰り返し、正規の6年間で卒業できる子どもは3割程度と少ない。

中でも算数の成績不振は深刻だ。1998年に初めて参加した国際学力比較調査では、中米カリブ11カ国のうち、ホンジュラスが最下位だった。その原因の一つが、現職教員の学力・指導力不足。ホンジュラスでは分数や小数の計算、九九ができない教員も珍しくない。

「万人のための教育(EFA)」※1に基づき、「2015年までにすべての子どもが6年間の初等教育を修了すること」を目指すホンジュラス政府は、(1)算数とスペイン語の学力向上、(2)退学率の低下、(3)留年率の低下を目標に掲げたEFA行動計画を03年に策定した。そして現在、その達成に向けて「教育の効率化」「資質・能力の高い教員の育成」「就学前教育の強化」「特殊教育」「多文化・多言語教育」「地方教育のネットワーク構築」という5つの視点で活動を進めている。日本をはじめ、カナダやスウェーデン、アメリカ、スペイン、ドイツのほか、米州開発銀行や世界銀行、国連児童基金(UNICEF)など多くのドナーがそれぞれの得意分野でこの活動を支え、定期会合などドナーによる援助協調も活発に行われており、それがEFA達成の推進力となっている。

※1 子どもから成人まで、すべての人々が基礎教育を受けられるようにするための具体的な活動方針。1990年にタイで開催された「万人のための教育世界会議」を受け、2000年にセネガルで開かれた「世界教育フォーラム」で「2015年までに初等教育の完全普及を達成する」など6つの行動枠組みが設定された。

協力隊から始まったJICAの協力

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ホンジュラスの国立教育実践研究所で今年4月に実施した5カ国合同の広域研修の様子。テーマは教材開発や評価手法などで、この日は各国のプロジェクトの評価手法についてワークショップ形式で発表・検討を行った
(撮影:今村健志朗)

ホンジュラスの基礎教育支援を重視するJICAが、初等教育算数科への本格的な協力を開始したのは89年。02年までの13年間で、延べ58人の青年海外協力隊員を派遣し、約2万人の教員の学力・指導力向上に努めた。その成果を受けて、ホンジュラス政府が初等教育分野に対するさらなる支援を日本に求めたことから、JICAは03〜06年に教材開発と開発された教材を用いた教員研修を軸とする「算数指導力向上計画(PROMETAM(プロメタム))」を実施。対象は、コロンやオコテペケなどの5県だ。

日本人専門家の指導のもと、プロジェクトで作成したのは、1〜6年生の「教師用指導書」と「児童用ワークブック」。教材開発では、教員が黒板に問題や答えを書き、子どもがそれをノートに書き写すといった教員による一方的な授業を改め、すべての教員がカリキュラムに沿った授業を適切な進度で行えるよう配慮した。「指導書のおかげで自信を持って算数を教えられるようになった」「ワークブックに直接書き込めるのがうれしい」と教員にも子どもにも好評だったことから、ホンジュラス政府はこれを国定教材に指定し、カナダとスウェーデンの資金協力を受けて教員用3万6000部、生徒用130万部を印刷。05年6月には全国の小学校に向けて配布が始まった。

また教員研修は国立教育大学と連携し、同大学が実施する、大卒資格が取得可能な「現職教員研修プログラム(PFC)」の一環として実施した。ホンジュラスでは法的に、教員の大卒資格が必要とされておらず、現職教員の多くが十分な教員養成を受けずに教員になっている※2。PFCでは隊員が「算数教育法」の講師となって指導し、その結果、約230人の現職教員が正確な教科知識や効果的指導法を学び、短大・大卒資格を取得した。

※2 03年からは学士レベルの教員養成課程が始まっている。

今年、新たな展開へ

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ホンジュラスで開発された3年生用のワークブック。生徒が自ら学べるように考え方のヒントや練習問題が多く含まれている

PROMETAMが終了した3月には対象教員の指導力向上が確認され、十分な教員指導力と教材の適切な利用によって生徒の学力が向上することも分かった。そこで、ホンジュラス政府自身による教材の改訂や教員研修を通じて協力効果の定着・拡大を図るとともに、ホンジュラスと同様、初等教育の質の改善に取り組み、プロジェクトの成果に注目する中米カリブ4カ国にも経験を共有してもらうため、JICAは06年4月、広域プロジェクトとして「算数指導力向上計画フェーズ2(PROMETAM2)」を開始した。

ドミニカ共和国では05年、エルサルバドル、ニカラグア、グアテマラでも06年から教材開発などによる教員の指導力向上に取り組んでいる。JICAはそれぞれの国のニーズに個別に応えながらも、共通したニーズには、ホンジュラスのPROMETAMの経験や人材、教材を生かすことで協力の効率化を図っていこう—フェーズ2では、広域的な取り組みを通じ、各国で活動を推進していく中核人材を育成することが期待されている。

またホンジュラスでは、ラパス県で現職教員研修を継続するとともに、現職教員の多くが学生時の教員養成課程において十分な指導力を習得できていない現状から、インティブカ県では教員養成校の学生を対象とした研修も実施中だ。

教員組合による頻繁なストライキやホンジュラス政府のイニシアチブの弱さなどが原因で物事が計画通りに進まないことも多く、日本人専門家たちは焦燥感を覚えるときもある。また広域協力については、共通点がある一方で、ニーズに多少の違いがあるため、各国のニーズにフェーズ2がどこまで対応していくか、見極める難しさを実感している。

しかし、開始から半年が過ぎた今、活動が実を結び始め、手応えも感じている。「以前は受け身の姿勢だったホンジュラス教育省のスタッフが、自分の意見を出し積極的に活動するようになった」と西方憲広チーフアドバイザーは顔をほころばせる。また、ホンジュラスで生まれた教材が周辺国に広がり、各国で育っていく様子を見られる喜びはひとしおだ。そして何より、ホンジュラス人が誇らしげに取り組んでいる。

指導力に磨きのかかった教員の教室では、子どもたちが生き生きと算数を学ぶ。そんな子どもの学習意欲をかき立てる授業が、JICAやさまざまなドナーに支えられながら、中米カリブ地域に根を下ろし始めた。各国には貧しく明日の生活さえ保障されない人々が多いが、彼らがそうした日々から脱却するには教育が必要不可欠だ。なぜなら国の未来を築いていくのは子どもたちなのだから。