monthly Jica 2006年10月号

特集 理数科教育 教室から生まれる革新の力(3/3ページ)

PROJECT in Afghanistan (アフガニスタン)
復興のカギを握る教員研修

激しい戦乱に終止符を打ち、復興に取り組むアフガニスタン。さまざまな復興活動が進められる中、新しい国の将来を担う人材育成に不可欠な質の高い教育を促進するため、JICAは教員の能力向上を支援している。

教員の質向上を目指して

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破壊された黒板の前で発言する小学生。教室にも戦乱の跡が見え隠れするが、子どもたちが積極的に授業に参加できるよう教員も真剣だ

20年以上にわたり戦乱が続いたアフガニスタンでは、教育システムが極度に荒廃し、多くの国民が教育の機会を奪われたが、復興が進むにつれ爆発的に増える就学児童の数に合わせて、教員の数も急増している。しかし、教員の約8割は無資格で教壇に立っており、生徒の理解力を配慮しない質の低い授業が懸念されている。特に算数や国語、理科など生活の基礎となる教科において、早急な改善が求められている。

同国政府は「教育の質を高めるには、教員の質向上がカギ」と、生徒を中心に据えた教育を重視した新しいカリキュラムを策定するとともに、日本をはじめ国際社会に教員の能力強化のための支援を求めた。

世界銀行や国連児童基金(UNICEF)、米国開発庁(USAID)、デンマーク国際開発庁(DANIDA)などのドナーも教員の教育・訓練を重視しており、連携・協調を強めている。2005年6月、JICAもその枠組みの中で「教師教育強化プロジェクト(STEP)」を開始した。同国では、すでにUNICEFの支援で新しいカリキュラムに沿った教科書が作成され、順次全国に配布されているものの、それを教員が授業でいかに活用するかが課題となっている。そこでプロジェクトでは初等教育1〜3年生用の算数、生活、国語(ダリ語、パシュトゥーン語)、イスラム教の主要4教科の教員用の指導書と研修マニュアルを作り、その活用方法を習得するための研修を実施している。

責任感とやりがいを

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教材開発や教授法全般を支援する小野専門家と小学生。「生徒中心の授業を実現するために、生徒の目から授業を眺めることが大切」と言う

「何度か衝突しながらも、自分たちで完成させたことで自信がついたようです」と真新しい指導書を手に話すのは、須田正美プロジェクト・リーダー。05年10月、JICAの技術指導のもと、計20人のアフガニスタン人チームが、1年生用の指導書と研修マニュアルを完成させた。指導書には、教科書の各ページの写真とともに、それぞれの学習の目的や授業の展開の仕方、生徒に質問すべき内容などが細かくまとめられているほか、授業の進み具合に合わせて利用できる練習・応用問題が盛り込まれている。2、3年生用の指導書も、今年度中に完成する予定だ。

完成した指導書を使い、教員数が最も多いとされるカブール市を含む5市1州の現職教員を対象とした短期研修も今年1月に開始した。この研修では、各教科の知識を詰め込むのではなく、目的に応じたいろいろな教授法が体験できるようなプログラムが構成され、教員としての姿勢や生徒の学力を高めるための効果的な方法を伝えている。研修員同士が教員と生徒役になって互いの立場や感じ方を話し合いながら授業を分析するなど、模擬授業を集中的に行い、授業の質を高めるための議論が活発に行われている。

「研修を通して多くのことを発見した」と話す参加者たち。同国がこれまで実施していた従来の研修は講義が主体だが、STEPの研修は実習が多く取り入れられ「生徒に質問したり、生徒同士で話し合いをさせるといった、生徒に“気付き”を促すことの大切さを意識するようになった」と言う。そうした声の背景には、「アフガニスタンの人々は皆、意欲的でやる気に満ちている。それを側面からサポートするのが私たちの仕事」と、参加者主体のやり方を重視するJICA専門家の喜多雅一さんや小野由美子さんらの支えがある。「欧米のドナーに比べ、日本はスケジュール管理や技術面以外はほとんど口を出さない。自主性を重んじ、責任感とやりがいを持ってもらうことが重要で、日本にできることは、そうしたシステムづくりの手助けをすること」と須田さんも強調する。

治安の悪化が懸念され、予断を許さないアフガニスタン。しかし今、日本人専門家の支援のもと、厳しい環境にもめげない熱意ある教員たちが生まれつつある。そして、彼らは平和な国づくりを担う子どもたちを育てていくに違いない。

Expert's View 専門家に聞く 理数科教育の問題と日本の役割

1969年に青年海外協力隊理数科教師隊員としてタンザニアに赴任して以来、37年間にわたりアフリカで教育協力に携わり、人生の大半をアフリカの人づくりに費やしてきた杉山隆彦氏に、理数科教育協力の意義と日本の役割について聞いた。

1 なぜ途上国で理数科教育の向上が求められているのか?

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杉山隆彦(すぎやま・たかひこ)
1940年三重県出身。66年京都大学大学院農学研究科修士課程修了。69〜71年青年海外協力隊理数科教師隊員としてタンザニアへ赴任。71〜78年海外技術協力事業団(OTCA、JICAの前身)専門家としてタンザニアへ赴任。80〜94年ケニア「ジョモ・ケニヤッタ農工大学プロジェクト」JICA専門家(85年からチーフアドバイザーを併任)。94年8月からJICA国際協力専門員委嘱、教育プロジェクトにかかる調査・研究に貢献。98〜2003年ケニア「中等理数科教育強化計画フェーズ1」チーフアドバイザー、03年から同フェーズ2チーフアドバイザー。平成3年度JICA「国際協力功労者表彰」受賞、18年度「外務大臣表彰」受賞。

アフリカ諸国の発展が遅れている要因の一つは、社会が非合理的な考え方やシステムで動いていることだと思います。合理的な考え方ができる人材の育成が、非合理的な思考体系の社会を変えるカギになります。しかし、今の大人の考え方を変えるのは容易ではないので、子どものうちに学校で論理的な思考を養う理数科教育が重要な役割を果たします。

ただ、理数科以前に、教育のあり方や先生の姿勢に問題があります。アフリカでは、知識を持っているのは先生で、子どもに知識を詰め込むのが教育だという考え方なんです。

しかし、正確な知識を持っていなかったり、授業の準備を何もしなかったり、授業に遅れてくる先生も多い。学校・教育環境が非常に悪く、子どもたちにとって学校は快適なところではありません。まず先生の倫理教育、教育環境の改善が求められています。

理数科の先生も、ものの定義や説明はできますが、実験など実践的な活動ができません。実験室や器具がないためだといわれ、ほかのドナーが実験室の整備などを支援したことがありますが、成果が出ていません。そもそも電気・水道などインフラが十分ではないのですから。

問題は設備ではなく、先生の能力なのです。いい先生がいれば、モノがなくても質の高い教育ができます。知識を詰め込む教育ではなく、生徒が自分で課題を見つけ、考えて解決する力を養う教育が必要です。そのためにはまず先生の意識が変わらなければいけません。

2 日本が理数科教育協力を行うようになった背景は?

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青年海外協力隊による授業で実験に取り組む生徒たち(ガーナ、撮影:渡部光哉)。1966年に派遣が始まった理数科教師隊員の数は2,000人以上に上る

多くのアフリカ諸国が独立した1960年代から80年代にかけて、援助国のODAは高等教育・技術教育分野に集中していました。しかし、80年代にそれまでの援助を見直してみれば、必ずしも成功しているとはいえず、アフリカの経済は停滞し、むしろ遅れをとる一方でした。さらに、人口増加とともに子どもの数が増え、就学率の低さが問題視されるようになりました。各国ドナーの関心は高等教育から基礎教育へと移行し、「万人のための教育(Education for All:EFA)」が打ち出されました。

そのように援助の潮流がシフトし、日本も高等教育から初中等教育分野の支援を模索し始めました。しかし、学校数・生徒数の規模が大きい初等教育の支援は容易ではない。日本は60年代から青年海外協力隊の理数科教師派遣を行っていたので多くの蓄積があり、また理数科分野はあまり政治的なイデオロギーにかかわらないので支援しやすい。当時、アフリカ諸国は近代化とともに、工業化を成功させるために科学技術の進歩が必要だと考え、アジアの中で工業国として成功した日本から学びたいという大きな期待もありました。そこで、JICAは中等レベルの理数科教育分野の協力に力を入れ始めたのです。

3 日本、JICAに求められることとは?

大切なのは、まず相手国側が自分たちの問題であり、自分たちで何とかするという意識を持つことです。今のままではいけない、変えたいと思うならば、自分たちでやらなければならない。その熱意がなければ、日本が支援をしても意味がありません。また、その国の教育のことはその国の人たちのほうがよく知っていますから、彼らのほうが専門家。われわれは教育を改善するために知恵を出し合うパートナーなんです。

近年、アフリカでは財政支援が増えていますが、行政が適切に機能していれば効果的な支援でも、機能していないところでは支援が末端まで届きにくい。ですから、同時に、教員研修のような具体的に役立つ技術協力に対するニーズも高いのです。ドナー社会でも、財政支援ともに、JICAが行う理数科教育の技術協力は必要だと認識されています。

しかし最近、援助の仕方を法則化・モデル化する動きがありますが、途上国の制度や人事はダイナミックに動くため、その場その場で対応を考えなければならない。また、EFAや財政支援など国際的な援助潮流の変化からも大きな影響を受けます。理数科の授業のやり方や先生に求められる姿勢などに普遍性はありますし、理数科教育の質の向上という共通の目標を設定することもできますが、こうすればうまくいくといった法則性はないに等しい。同じアフリカの国でも、同じ投入をしても出てくる結果はかなり違います。共通の問題を抱えていても、問題のレベルも、解決していくプロセスも異なるのです。

また、教員研修による教育の質の向上の取り組みはケニアでも始まってまだ8年で、今は意識革命が起こったところです。これが社会に定着するには、何十年もかかるでしょう。JICAには、それを見据えて早急な成果を求めず、長期的に地道に続ける覚悟が必要です。大量に資金を投入すれば、その時間が縮まるわけでもありません。相手国の社会の変化の速度に合わせることが重要です。