monthly Jica 2006年11月号

特集 防災行政 災害に強い社会づくり(1/2ページ)

大規模な災害が世界各地で続発する中、「防災行政」への関心が高まっている。災害発生直後の緊急援助、その後に続く復旧・復興支援が重要であることはいうまでもないが、被害をできるだけ予防・軽減するため、いつ起こるか分からない災害に備えて、政府や地方自治体が防災対策を強化し、また、コミュニティー・住民の災害対応能力を高めることが求められている。こうした視点は、2004年末のスマトラ沖大地震・インド洋津波災害、そして05年1月の国連防災世界会議後に特に重視され、過去に数多くの災害を経験し、防災行政の強化に力を入れてきた日本に支援を求める途上国政府は少なくない。

JICAは、そのような防災行政分野の支援を拡充し、地震多発国のイランやトルコ、そして深刻な津波被害を受けたタイなどで展開している。日本の知見を生かした防災行政支援の最新情報を伝える。

PROJECT in Thailand(タイ)
"つながり"深め防災の力を育てよう

インド洋大津波で大きな被害を受けたタイ。被災から約2年、苦しみを乗り越え、「再び起こるかもしれない災害に備えよう」と、災害大国日本の協力のもと、防災行政の体制強化に向けた取り組みが始まっている。

防災行政の中核組織を育成

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チュンポン県庁にて、県副知事やDDPM職員と話す中村専門家(右)。プロジェクトを進める上で、情報共有は欠かせない業務の一つだ

戦後日本最大の惨事といわれた阪神・淡路大震災─発生した95年から今日までの約11年間、政府は災害対策基本法の改正や建築物の耐震性の強化、防災情報システムなどを整備し、平常時、災害時を問わず、行政と住民、住民同士が互いに助け合える環境づくりに努めてきた。そうした災害対策の中核をなすのが、内閣総理大臣はじめ全閣僚や指定公共機関などの代表者、学識者によって構成される「中央防災会議」だ。これを原点に、防災分野にかかわる行政機関が連携して災害対策に取り組んでいる。

一方、2004年12月のインド洋津波災害で、死者・行方不明者合わせて約8500人に上る被害を受けたタイ。02年に、緊急対応から予防に至るまでの災害対策全般を担う「災害軽減局(DDPM)」が設立され、津波災害以前から対策を始めていた。しかし、設立間もないこともあり、関係機関からの情報収集・蓄積・調整がままならず、結果的に、中央・地方両レベルの行政や住民に適切な災害対応能力が備わっていない。

そこで、同国政府はDDPMが災害対策の中心的な役割を担えるよう能力向上を図るため、日本に支援を要請。それを受け、JICAは今年8月から2年間の計画で「防災能力向上プロジェクト」を開始した。

目標は、DDPMが各機関の調整役としてリーダーシップを発揮できるようになること。防災行政体制強化のためには、防災啓発活動を推進する教育省や、洪水対策・地すべり対策を担当する農業協同組合省・天然資源環境省、地方自治体など関係機関の情報が収集・分析され、各機関が連携して効率的に取り組むことが求められる。防災分野の専門家として、長年、フィリピンやインドネシア、イランなどで支援を行ってきた同プロジェクト総括の中村哲(さとし)専門家は、「効率的な連携のためには、DDPM自身が調整役としての役割を明確に認識し、他機関と協同で事業を実施していくための関係構築が必要」と話す。

しかし、実はDDPMと他機関との協力関係づくりが一番難しい。8月にタイを訪問しDDPMと他機関との防災に関する協議の場に同席したJICA地球環境部防災チームの九野優子さんは「話し合っていても、皆、自分に関係のある内容にしか興味を示さない」と協調意識の弱さを指摘する。中村さんも「思っていた以上に機関間のつながりが希薄」と言う。

そこで、プロジェクトでは、「防災計画」「ハザードマップ」※1「警報システム」「避難訓練」「研修」「教育」の6つのテーマで、関係機関からメンバーを集め、これを受け皿に活動を進めていく予定だ。現在はDDPM担当者と中村さんらが各関係機関を訪問し、お互いの役割を理解し合うべく、意見交換を行っている。また、そうして集めた災害の情報や対策をまとめ、07年に防災白書を発行する予定だ。永石雅史・前防災チーム長は「防災白書を作るには、多くの機関と話を重ね、それぞれの役割を認識する必要がある。その過程で、協力関係を強化していければ」と期待する。

※1 予測される自然災害の発生地点や被害の拡大範囲・程度、避難経路・場所などの情報を地図上に示したもの。

日本の経験・リソースを生かして

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近藤さん(中央)は昨年モルディブを訪れ、小学校などで防災教育を実施。現地語訳した防災の歌を子どもたちと合唱した。タイでも学校防災教育に取り組む予定だ

また、プロジェクトの実施に当たり、主に日本国内からプロジェクトを支えているのが「国内支援委員会」。これまで国内外のさまざまな防災分野で活躍してきた、内閣府と消防庁、国土交通省、文部科学省、アジア防災センター※2からの6人の委員で構成される。委員会はプロジェクトの重要な局面において随時開催されるほか、各委員は必要に応じて現地入りし、それぞれの得意分野で支援を行っていく予定だ。

委員の一人、近藤ひろ子・愛知県常滑(とこなめ)市立鬼崎(おにさき)北小学校教頭は、プロジェクトの活動の一つである「学校防災教育の拡充」に携わる。近藤さんは愛知県知多郡美浜町立布土(ふっと)小学校の教務主任として、同地域で学校を拠点とする防災対策を推進し、人々に防災の大切さを伝えてきた経験を持つ。また、児童とともに作った防災の歌※3は、防災学習や全校集会などで歌われ、同地域だけでなく日本各地に広まった。インド洋津波の被害を受けたモルディブをはじめ、スリランカ、中国、インド、イラン、ネパールなどでも紹介されている。

「防災のノウハウだけでなく、児童一人一人に"命を大切にする心""支え合って生きていく心"を持ってほしい」と「命の教育」にも力を入れてきた近藤さん。まだ始まったばかりのプロジェクトだが、近藤さんの言う"助け合いの精神"が、タイの人々に伝わり、より広く密な協力関係が育っていくことを願う。

※2 94年の国連「国際防災の10年世界会議」で、災害情報の収集・提供などを行う地域センター創設が提唱されたことを受け、98年に兵庫県神戸市に設立された。情報の収集・提供や防災協力の推進に関する調査、アジア地域における防災知識の普及などを行っている。

※3 避難時のポイント「おさない、走らない、しゃべらない、戻らない」の頭文字をとって、「お・は・し・ものうた」を作成。

PROJECT in Iran(イラン)
地震後72時間の命をつなぐために

地震国イランに対し、緊急援助や災害対策に協力してきたJICAは、今年11月、大テヘラン圏で、地震後72時間に取るべき緊急対応計画づくりと体制整備の支援を開始する。

3枚のプレートがぶつかり合う"地震の巣"の上にあるイラン。地震が起きるたび、何千、何万もの命を失ってきた。中でも首都テヘランは、150年周期で大地震が発生していると記録されるが、1830年を最後に起きていない。人口800万人。急速な都市化の一方で、建築物の多くは耐震性が低く、また旧市街には崩れやすいれんが造りの伝統家屋が密集するだけに、地震が起きれば未曾有の大惨事が待っている。JICAの調査※1によれば、最悪の場合、38万人もの犠牲者が出る恐れもある。

だが、テヘラン市は事前・事後の対応を盛り込んだ防災計画がなく、地震への備えが十分とはいえない。そこでイラン政府とJICAは、同じ地震国で防災対策に熱心な日本の経験をもとに、テヘラン市とその周辺を含む「大テヘラン圏」の包括的な地震防災計画の策定に着手し、予防→緊急対応→復旧・復興という段階ごとの枠組みづくりを行った※2

そんな最中の2003年12月、マグニチュード6.5の大地震が南東部のバムを襲った。死者は4万人以上。発生直後の政府の対応不備が被害拡大の一因だと指摘する声も上がった。緊急対応策整備の必要性を一層認識した政府は、「緊急対応」の枠組みに基づき救急救助、トリアージ※3・避難誘導など20の活動分野を網羅した「緊急対応計画」を独自に作成。しかし、具体的な行動指針が示されず実効性に欠けていた。

各方面からの救助体制が整うまで3日=72時間かかる。同時にその72時間は、救助を待つ人の生死を分けるタイムリミットだ。地震発生後、最大限の努力を集中すべきこの間の、被災者側の行動計画の具体化は欠かせない。

そこで、今年11月に開始予定のJICAの「地震後72時間緊急対応計画構築プロジェクト」では、各関係機関の役割分担と連携体制を確認するとともに、政府がすぐに対応策を検討できるよう「早期被害推計」システムを整備。また、市民が日ごろから防災意識を持ち、地震後安全に避難できるために、学校などを拠点とした防災訓練や防災教育のセミナーなども開く予定だ。さらに、プロジェクトの過程で、イランに特に必要な緊急対応策を見定め、計画を立てていくことも重要な取り組みの一つ。「自然災害、特に地震は予測が難しいため、いち早く緊急対応能力を強化すべきイランで日本の経験を生かすことは、防災分野の国際協力の観点として重要」とJICA地球環境部の大野憲太さんは説明する。

地震発生後真っ先に必要なのは被災者を救助し、二次被害の拡大を防ぐこと。大テヘラン圏の命をつなぐ地震後72時間にどれだけ多くの命を救えるかは、イラン政府の早急な体制整備にかかっている。

※1 開発調査「大テヘラン圏地震マイクロゾーニング計画調査」(99〜2000年)。地震被害想定に必要な条件のデータを地理情報システムを活用してデータベース化するとともに、地盤調査と地震シナリオの設定をもとに地震発生後の被害予想を行った。

※2 開発調査「大テヘラン圏総合地震防災及び管理計画調査」(02〜04年)。建築物・インフラ・ライフラインの補強や安全な避難スペースの確保、防災教育など事前の対応策と、地震対応組織の強化や復旧・復興手法の確立など事後の対応策を盛り込んだ総合的な防災計画のフレームワークを策定した。

※3 負傷者を重症度、緊急度などによって分類し、治療や搬送の優先順位を決めること。救助、応急処置、搬送、病院での治療の際に行う。