monthly Jica 2006年11月号

特集 防災行政 災害に強い社会づくり(2/2ページ)

PROJECT in Turkey(トルコ)
悲劇を繰り返さない町づくりを

1999年のマルマラ地震で甚大な被害を受けたトルコは、災害予防を推進すべく、JICAの支援のもと、行政官の能力向上に努めている。2005年からは地域防災強化のため、全国の市長を対象とした研修が始まった。

違法建築が被害を拡大

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コミュニティーハザードマップづくりに挑戦する研修受講生。富士常葉大学の小川雄二郎教授の指導のもと、アンカラ市を実際に歩いて回り、防災の観点から町の課題を探し出した

「日本は防災対策にとても敏感だ」

トルコ東部のビンギョル市、ハシ・ケテナル市長は日本の印象をこう話す。2006年8月29日〜9月5日、トルコ各地の市長20人が、JICAの「災害被害抑制プロジェクト」の一環で来日。阪神・淡路大震災からの復興を順調に遂げてきた兵庫県や市民の防災活動が活発な芦屋市、日本の防災対策を統括する内閣府、さらには地域防災に積極的な板橋区などを訪問し、政府からコミュニティーまでの日本の防災対策を肌で感じた。「日本に倣って防災訓練を取り入れたい」「地震の揺れや避難行動を疑似体験できる防災センターをつくろうと思う」「予算をもっと災害予防に当てたい」。日本同様、世界有数の地震国で、その対策が急がれるトルコの市長たちは、日本でたくさんのヒントを得、地元の防災対策に向けたアイデアを次々と語っていく。

トルコの地震といえば1999年に2度続けて発生し、約1万8000人が犠牲となったマルマラ地震、デュズジェ地震が記憶に新しい。だがそれからも数多くの地震に見舞われているトルコは、その"脅威"から身を守るため、法的・社会的・技術的な対策とともに、行政の調整機能強化に努めてきた。中でも地震後の緊急対応に力を入れ、捜索救助の専門家チームを編成したり、イスタンブール市ではのこぎりやバール、ポンプなどの救助物資の入ったコンテナを町の路肩や公園に配置している。

しかし「被害を軽減するには緊急対応に加え、建築物の耐震化や避難計画の策定など地震発生前の予防措置をいかに取るかが重要」と内閣府の西川智参事官は指摘する。トルコにも耐震設計基準があるが、「あまり守られていない」と言う。大都市では人口増加に伴い、不法占拠した土地に一夜のうちにレンガを積み上げ家を建ててしまう「ゲジェコンド」と呼ばれる行為が多発している。耐震設計基準に準じていないため、地震が起きたらひとたまりもない。実際、99年の地震が予想以上の死者を生んだのは、耐震性の低い違法・手抜き建築の崩壊で多くの人が圧死したからともいわれている。

「本来なら取り締まるべきだが、数も多い上、移転後の補償もなく住民を追い出すことは難しく、トルコ政府も頭を抱えている」と西川さん。だからこそ今解決すべき課題は、ゲジェコンドや違法建築を未然に防ぐこと。そして、これを担う各市が高い防災意識を持って対策を徹底することが急務なのだ。

備えあれば憂いなし

専門家の間で、今特に危険視されているのがイスタンブール。同地はトルコのみならず近隣諸国の経済をも支えており、大地震が発生すれば人的犠牲に加え、莫大な経済被害が予測される。そこで05年3月、イスタンブール大都市圏などで始まったのが「災害被害抑制プロジェクト」。内閣府やアジア防災センター、人と防災未来センター※1の協力のもと、JICAは国の防災対策を統括するトルコ内務省と連携し、災害対応に当たる市長や技術者などの行政官を対象とした防災研修をトルコと日本で実施している。

研修の中で一番強調するのは「防災はいろんな要素が組み合わさって初めてできる」ということ。違法建築の規制であれば、都市計画や建設基準の行政官や研究者らが皆「違法建築は絶対にいけない」という認識を共有し、その危険性をマスコミや地方自治体を通じて広く伝える。そうすることで、消費者である市民はおのずと耐震性の低い違法建築の住宅を選ばなくなり、被害を軽減できる。

研修プログラムの作成に協力した西川さんによれば、トルコでの研修は日本人講師のほかに、トルコ人の地震防災専門家のレクチャーや、マルマラ地震で実際対応に当たった県の副知事や市長などによる生の体験談も盛り込まれ、地震の恐怖や対策の重要性をより身近に感じられる内容になっている。「明日はわが身と思うことが何より大切だから」と西川さんは力説する。

トルコで研修を受けた339人のうち、より熱心な市長は日本の研修にも参加。多忙な彼らが10日間も業務を離れてまで日本で学ぶのは、防災対策の重要性とその体制を早急に整備する必要性を身に染みて感じているからこそだ。

そんなトルコの防災分野に、日本は長年協力してきた歴史がある。地震直後の国際緊急援助隊派遣をはじめ、アジアとヨーロッパを結ぶ要衝のボスポラス海峡大橋などインフラの耐震補強、03〜04年には県の副知事や郡長に対する研修も実施した※2。同じ地震国で同じ悲しみを味わっているからこそ、日本も継続的な協力を惜しまず、またトルコも日本の経験や教訓を積極的に学ぼうとし、それが両国の友好を深めている。備えあれば憂いなし─研修後、強い意志でそう話す市長らが、今度は自分が市民の先頭に立ち、地域の防災対策を一層強化していくことを期待したい。

※1 阪神・淡路大震災の経験と教訓を後世に継承し、災害による被害の軽減に貢献する目的で、02年に設置された。

※ 2 技術協力プロジェクト「災害・緊急時対策研修プロジェクト」。

Expert's View
専門家に聞く 防災行政と国際協力

災害に対して弱い社会では、自然災害が起こるたびに開発の成果が失われている。

被害を最小限に抑え、持続可能な開発を行うためには防災行政が欠かせない。

防災行政とは何か、国際協力の現状はどうなのか、日本が協力する意義は何なのか。

2005年の国連防災世界会議を成功に導いた西川智・内閣府参事官に聞く。

1 「防災行政」とは?

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西川 智(にしかわ・さとる)
1957年新潟県出身。内閣府参事官(災害予防・広報・国際防災推進担当)。82年東京大学工学系大学院修士課程(都市工学)修了後、国土庁入庁。92〜95年国連人道問題局上級災害救済調整官、2001〜04年アジア防災センター所長を務め、アジア各国間の防災行政分野の国際協力推進を担当。04年7月より現職。04年10月の新潟県中越地震の際には政府の現地支援対策室に勤務。JICAがトルコで実施している「災害被害抑制プロジェクト」の専門家も務める(こちらを参照)

災害による被害は、「地震などの自然現象による外力」(ハザード)と、「社会の災害に対する弱さ」(脆弱性)との関係でその大きさが決まります。自然現象を人間の力でコントロールすることはできませんが、例えば地震というハザードに対しては、建築物の耐震化などによって脆弱性を小さくし、被害を最小限に抑えることができます。

防災は、研究者や技術者などの専門家が一生懸命やるだけでは効果は出ません。消防や警察、都市計画、社会インフラ、農業、保健衛生、環境などの行政を担う人たちや、気象学、水文学、地震学や火山学の科学者または技術者などが持つ、さまざまな分野の力を国全体で連携させ調整し、それらの知識が地方政府やマスコミ、NGOなどを通じて一般の人々に伝わってこそ初めて成り立つのです。

日本では1959年に5000人を超える死者・行方不明者を出した伊勢湾台風の2年後、61年に災害対策基本法が整備され、それ以降、風水害に関する死者・行方不明者数が激減しました。また、78年の宮城県沖地震を受けて81年に建築基本法の耐震設計基準を改定した後も、同じ規模の地震が宮城県で何度か起きましたが死者は出ていません。防災に関する法律を生かすため、耐震設計基準を遵守した建物であると確認を取れば低利の住宅ローンを受けられるといった優遇措置もあります。このように、防災を国の責務として制度化して社会の脆弱性をカバーし、災害による被害を防ぐための仕掛けを作ることが防災行政なのです。

2 防災分野の国際協力の現状と途上国の防災行政の取り組みは?

従来、防災科学技術分野の専門家交流や研究協力はたくさんあったのですが、防災行政の国際協力はそれほどありませんでした。ところが、94年に横浜で開催された国連防災世界会議で、地域内の防災協力をもっと進めましょうという提言がなされ、アジアにおいては98年にアジア防災センターが発足し、防災協力を推進しています。

また、環太平洋の津波早期警報システムにならい、インド洋周辺でも早期警戒体制づくりのための調整が進められています。このほかにも、カリブ海諸国やアンデス山脈周辺地域、南太平洋諸国間などの地域協力が、各種国際機関を通じて行われています。

2005年の国連防災世界会議で採択された「兵庫行動枠組」では、持続可能な開発のためには防災が大切だということがうたわれ、防災行政の重要性が強く認識されました。特に途上国では、災害が甚大な経済被害をもたらし、発展の大きな支障となっているからです。例えば、2000年にモンゴルで発生した寒波による被害額は国内総生産(GDP)の92%、04年にカリブのグレナダを襲ったハリケーンはGDPの204%にも及びました。阪神・淡路大震災の経済被害が当時の日本のGDPの2%だったことを考えると、その影響の大きさが分かるでしょう。

近年は法整備を進める国も多く、インド、スリランカ、カンボジアは、災害対策基本法を新しく策定しました。インドネシアも日本の助言を得た災害対策基本法を国会で審議しているところです。

3 日本による防災協力の意義とJICAに求められることは?

なんといっても日本は災害の経験が豊富です。日本の一番古い自然災害の記録として、西暦416年に地震が、684年には津波が起きたことが日本書紀に書かれています。日本では昔から「地震、雷、火事、おやじ」といい、自然災害が恐ろしいものだという共通の理解がある。実は、先進国の中で日本ほどひどい経験がある国はあまりないのです。

途上国への国際協力で大切なのは、まずは日本が持つ個別のノウハウを伝えること、相手国政府が防災に真剣に取り組んでくれるよう働きかけること、日本の技術をいかに相手国の条件に合わせて使えるようにするかを相手国と相談しながら考えることだと思います。

日本人は、揺れを感じるとすぐにテレビをつけますよね。それは、地震があったら気象庁が震源や津波の情報を出し、すぐにテレビで流れることを国民が知っているからです。誇るべき防災の仕掛けだと思いますが、これも最初からあったわけではない。途上国の行政官に対する研修では、日本の今の姿を見せるだけでなく、苦労しながら防災のシステムをつくり上げた過程を説明することが大事です。そうすれば相手国の人々は親近感を持って「自分たちにもできる」と思ってくれるでしょう。

防災は人命にかかわる分野ですから、国同士の利害対立がなく、とても喜ばれる協力です。技術や知識の移転のため、開発調査、研修員受入事業、専門家派遣など、JICAのスキームをフルに活用できる、まさに日本の技術協力にぴったりの分野だと思います。