monthly Jica 2007年1月号

特集 インド アジアの新時代を築くパートナー(2/3ページ)

PROJECT in North India(インド)
インド経済の原動力、鉄道輸送力を高めたい

インド経済を支える貨物鉄道の輸送力が限界に近づいている。

量、質の両面から輸送能力を高めるため、インドが計画する貨物新線建設の実現可能性を検討すべく、JICAが調査を行っている。

経済成長を支える鉄道輸送

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広大なインドを駆け抜ける列車。貨物新線は5年間での施工が目標となっている

総延長6万3000キロ、一日の運行列車数1万4000本—世界でも最大規模を誇るインドの鉄道網は、イギリス統治時代に大陸の隅々にまで路線が整備されて以来、“人とモノ”を運ぶ重要な手段として同国の経済成長を牽引している。中でもデリー、ムンバイ、コルカタ、チェンナイの主要4都市を結ぶ「黄金の四角形」と呼ばれる6路線の旅客輸送量は全国の55%、貨物は65%を担い、インド経済に欠かすことのできない重要路線となっている。

しかし、経済成長に伴って人とモノの動きが活発化し、鉄道輸送力は限界に近づきつつある。特に、コンテナ貨物の輸送量は年率約8%の勢いで伸び続けているが、旅客列車と路線を併用し、しかも旅客列車の合間を縫って走る貨物列車は、旅客需要の増加などによってさらなる輸送力低下が予想されている。

こうした中、第10次5カ年計画(2002〜07年)において、平均経済成長率8%を目標に据えるインド政府は、国内物流の効率化と社会・経済活動の振興を図るべく、貨物鉄道の輸送力強化を掲げ、西部輸送回廊(デリー・ムンバイ間)と東部輸送回廊(デリー・コルカタ間)の約2800キロに及ぶ貨物専用路線を新設することを計画している。05年4月の日印首脳会談で発表された共同声明「アジア新時代における日印パートナーシップ」を受けて、その実現可能性の調査をインド政府に要請された日本は、技術・経済・資金面から計画の妥当性を検証するとともに、本邦技術活用条件(STEP)※1制度による日本の鉄道技術の適用可能性を検討するため、06年5月にJICAによる「幹線貨物鉄道輸送力強化計画調査」を開始した。

※1 日本の優れた技術やノウハウを活用し、途上国への技術移転を通じて日本の「顔の見える援助」を促進するため、2002年から適用された円借款制度。

運行ダイヤのない貨物列車

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電気機関車整備工場の部品検査室。インドは自国で電気機関車を製造する技術を持つ

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モノの生産・消費拠点である首都ニューデリーの町並み。コルカタやムンバイからは、それぞれ1,400〜1,500キロもの距離がある

「創業153年の歴史があるインドの鉄道は、大陸・大国という特性に合った規格で作られている」と話すのは、日本貨物鉄道株式会社(JR貨物)の特別顧問で、同調査の国内支援委員会※2委員長を務める岩沙克次さん。例えば、4000トンもの石炭や鉄鉱石を積載しても安定的に運転できるよう広い軌間の線路を採用し、最新型の電気機関車を自国で生産できる技術も持っている。また、路線の電化には送電ロスが少なく設備のコストが安い交流電化方式が採られている。

しかし課題もある。インドの長距離貨物列車にはダイヤがない。貨物量に合わせて一日ごと列車の運行計画を立てるので積載率は高く、一見効率的に見えるものの、一定量の貨物が集まるのを待つため、顧客に荷物が届くまでに相当な時間がかかる。また列車衝突防止のため、通常はある一定区間に1本の列車しか進入できないよう信号機で制御するが、インドの場合、前の列車が次の駅に到着するまで後続列車は発車できない信号方式であり、列車の運行本数が極端に少ない。

「貨物輸送において鉄道が優位にあるうちは良いが、経済成長で生活水準が上がると顧客はスピードを求めるようになり、このままだと顧客は鉄道から離れていってしまう」と岩沙さんは危機感を募らせる。また、調査団長の澁谷實(みのる)さんも「ムンバイとコルカタからデリーまでは距離が長いので、鉄道が一番経済的で環境にも優しい。しかし現状では、ムンバイの港で降ろしたコンテナを貨車に載せるまで11日、ムンバイからデリーまで列車で3日、デリーからコンテナターミナルを経て顧客まで5日、全体で19日かかっている。今度の計画で仮に貨物新線を建設し、3日かかるムンバイ・デリー間を1日に短縮したとしても、顧客にとっては19日が17日になっただけで大差はないでしょう」と話す。経済成長を支えるための輸送力強化とは、輸送の“量”とともに“質”も高めること。それ故、今インドにとって重要なのは、顧客の視点に立った「複合輸送」のトータルデザインを行うことだ。

そこでこの調査には、物流全体の戦略を考察する「インターモーダル(=複合輸送)研究グループ」が設けられている。「港との結節やアクセス、荷揚げ作業などの面を共に効率化してこそ、大きな効果が期待できる」とJICA社会開発部の山村直史さん。そのことをインド鉄道省の人たちに理解してもらうため、澁谷さんも「調査の中で強く訴えていきたい」と話す。

※2 プロジェクトや調査を円滑かつ効果的に行えるよう、その分野の専門家が日本国内で技術や運営上の問題点を検討、JICAに助言し、国内から事業を支えるグループ。

環境・社会に配慮した計画に

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06年11月、調査の一環でインド鉄道省をSPVの経営陣6人が来日。日本の鉄道経営をメインテーマに意見交換を行った。SPVは、貨物新線の建設と維持管理を担うため、10月に設立されたばかりの新会社だ

複合輸送の必要性もさることながら、調査の柱は貨物鉄道の輸送力強化。つまり、貨物列車の高速・高頻度運転の実現がインド鉄道最大の目標だ。「その手段として日本の最新の鉄道技術が有効」と岩沙さん。信号システムやブレーキ方式の近代化に加え、安全面でも日本の最新技術が活用できるという。「日本は04年に兵庫県尼崎で悲惨な列車脱線事故を起こしてしまったが、衝突の危険を自動的に制御する自動列車停止装置(ATS)が全線区に取り付けられている。日本のような惨事がインドで起きないよう、在来線を含め、線区の状態に合わせた安全措置が必要だ」。また、列車の運行管理などのソフト面のノウハウも生かせるそうだ。

しかし新線敷設へのハードルは高い。大規模な事業ゆえ、住民移転や騒音・振動、生態系、地域経済への影響が心配されるが、インドにおいて鉄道事業は環境アセスメント※3の対象になっていない。「国際的な資金を調達するならば環境社会配慮が必須条件となる。そういったインドが見落としがちな観点からも計画の実現可能性を高めていく協力ができればいいですね」(岩沙さん)。

モノを大量に長距離輸送させるのに有効な鉄道は、インドのように広大で巨大人口を抱える大国にとって競争力が高い輸送手段であることは確かだ。その効果を損なうことなく、世界に誇るインド鉄道の名をさらにとどろかせるため、日本はパートナーとしてその道を共に歩んでいければと協力を続けている。

※3 事業を実施する際、環境に及ぼす影響の調査・予測・評価を事前に行い、環境保護の視点からより望ましい事業計画をつくるための法。

VOLUNTEER in Delhi(デリー)
日印の懸け橋を育てる日本語教師

2005年4月、小泉前首相が訪印し、2010年までにインドにおける日本語学習者数を3万人に増やすことが合意された。これが、一人の日本人女性と11人のインド男女教師の運命を変えた。

文・写真=青木 公(ジャーナリスト)
text and photos by Aoki Hiroshi

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広瀬さん(右)と生徒たち。DPS人材開発部長のウムマットさん(左から3人目)も励ましに来る

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広瀬さんの授業の様子。日本語能力試験に向けて指導に熱が入る。広瀬さんは週に1度、ほかの学校で子どもを対象にした授業も行っており、「優秀な先生方、かわいい子どもたちに囲まれ、大好きなインドで活動する機会を与えていただいて本当に幸せです」と言う

2006年4月、インドへの青年海外協力隊の派遣が28年ぶりに再開され、第1号として日本語教師隊員、広瀬かおりさんが活動を開始した。彼女が日本語初級を教えているデリー・パブリック・スクール(DPS)は、インドで指折りの私立学校法人。国内140校、海外に22校を展開するグローバルな中等教育校で、フランス語、ドイツ語などに次いで、同4月に日本語を選択科目に加えた。まず日本語教師が必要だ。

「私は日本語の教師といっても、11人の学習者は私よりも教授経験が豊かな先生方です。彼らを日本語教師に育てるため、とりあえずは、(06年12月の)日本語能力試験で初級前半レベルの4級に合格させることが目標です」

DPS諸学校から選ばれて、特訓を受けることになったのは、数学、科学、ヒンディー語、英語などの教師たちだ。

「私は外国語に関心があるのでカオリの授業は楽しい。でも自分の学校で教えながら、週3日、この日本語の授業に出ているので大変です」

男性生徒の一人が、インド人らしい率直さで語ってくれた。イギリス流にティータイムでひと息つき、また“カオリ学級”に戻っていった。

広瀬さんはポーランドで日本語教師隊員としての活動経験はあったが、主に子どもが対象だったため、教員養成クラスを担当するのは初めて。超多忙な先生たちを対象に、試験に向けて通常よりも早い速度で授業内容を進めているので、教える側も学ぶ側も必死だ。ただ、「ポーランドではアジア人を蔑視(べっし)する人もいて随分窮屈な思いもしましたが、外見だけで被害を受けることのないインドは快適です」と広瀬さん。学校に近い下宿で、フランス人女性のフランス語教師と共同生活をしており、07年2月中旬までの短期派遣の滞在を楽しんでいる。

インドの日本語学習者は5500人ほど(04年)。小泉前首相は3万人を目標と定めた。実は広瀬さんは、コメより教育に力を入れた「米百俵」物語の舞台、新潟県長岡市の生まれ。広瀬さんの活動から、さらなる日本語学習者の増加を期待したい。