monthly Jica 2007年2月号

特集 地域産業振興 ものづくり、人づくり、地域おこし(3/3ページ)

TRAINING in Japan(日本)
“人づくり”精神を伝え続ける一村一品運動

大分県の地域おこしとして始まり、開発途上国に広まりつつある「一村一品運動」。その“人づくり”の精神を伝え、各地に合った地域振興を促すため、JICAは研修「地域振興行政セミナー」を通して地域リーダーの育成に取り組んでいる。

大分から広がった一村一品運動

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研修員たちは、蒲江町(大分県佐伯市)の住民にインタビューを行い、住民とのコミュニケーションの重要性を学んだ(写真提供:地球共育の会・ふくおか)

国内生産シェア30%を誇る焼酎や、東京・築地のブランド魚となった関アジ・関サバ、温泉と芸術の町湯布院……。今や日本全国で知られる特産品や観光地を生み出し、地域を活性化させた大分県の「一村一品運動」。その提唱者である前大分県知事で、現在NPO法人大分一村一品国際交流推進協会理事長の平松守彦さんのもとには、この運動を学びたいという途上国のリーダーが頻繁(ひんぱん)に訪れる。また、各国経済界や大学などからの講演依頼も後を絶たない。

都市部と地方との格差が広がり、地方をいかに活性化させるかが各国の首長たちの課題となる中、地域の資源を生かした地場産業振興に取り組み、地域の自立を実現させた大分の一村一品運動が注目を集めているのだ。その心は「ローカルにしてグローバル」「自主自立・創意工夫」「人材育成」の3つで、それぞれの地域ならではの、しかも世界市場に通用する産品を、地域住民自らが考えて作り上げ、それを通して地域の活性化に貢献する人材の育成を目指した。

この運動が最初に海外へ紹介されたのは1983年。平松さんが中国・上海市長の招待を受けたことに始まる。それを機に中国各地で運動が開始され、90年代前半から東南アジアでも広まった。中でもOTOP(One Tambon One Product)と呼ばれるタイ版一村一品運動は、農民の生活水準を向上させ、地域の経済が循環するとともに、国際市場の要求にも応えられるような製品も開発された。フィリピンやモンゴル、さらにはマラウイ、チュニジアをはじめとするアフリカ諸国も一村一品運動の導入に力を入れている。

また、94年から2000年まで毎年開かれていた「アジア九州地域交流サミット」では、九州とアジア各国の地方自治体首長が出席し地域間協力の重要性が確認された。さらに、04年から毎年、アジア各地で開催されている「一村一品国際セミナー」は、各国の地域リーダーたちが互いの運動の成功や失敗経験を共有し合う場となっている。

各国各地に合った地域おこしを

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2006年12月、視察に訪れたエチオピア外務担当大臣(左)に、大分の一村一品を説明する平松理事長。近年はアフリカからの訪問が増えている

各国各地で運動を推進しているリーダーの多くは、JICAの研修員受入事業「地域振興行政セミナー」に参加した経験を持つ。同研修は、地域振興を担う行政官の育成を目指し、98年から毎年実施されており、これまでにアジア、アフリカ、中南米の17カ国109人が参加している。

06年度の研修は昨年9〜10月に約1カ月間行われ、タイ、フィリピン、マレーシア、インドネシア、カンボジア、ラオス、ミャンマーから8人が来日した。

研修員たちはまず、講義で日本の地方振興の背景にある地方行政のシステムや農協の役割、成功と失敗の事例などを理解。その上で、大分県の一村一品運動の現場を視察し、生産者と流通業者間の連携や自治体に対する県の技術支援の役割などについて学んだ。その後、地域を歩いて住民の考え方を聞き、行政官として住民と顔を合わせてコミュニケーションを取ることの重要性や、住民とともに策定する地域振興計画の方法を習得し、最後に研修で学んだことをそれぞれが自国でどう適応させるかを考えた。また、立命館アジア太平洋大学(APU)で開催された「一村一品国際セミナー」に参加し、一村一品により地域振興を図ろうとしている各国の状況を把握した。

研修員の狙いは、「自国の地域に合った一村一品運動を広めること」。この研修が始まった当初の目的は、大分の運動を広めることに主眼が置かれていたが、多くの途上国で地域振興が進んでいないことを背景に、ここ数年は、運動の事例紹介を通してそれぞれの地域振興を“探る”という視点に変わってきている。

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ASEAN諸国から訪れた研修員(後列)と研修に協力した蒲江町の町おこしグループのメンバー。研修では、同地域の特産品、緋扇貝(ひおうぎがい)の殻を利用したトーチが紹介された(写真提供:地球共育の会・ふくおか)

同研修のコースリーダーとして99年から企画・実施を担当している西川芳昭・名古屋大学大学院助教授は、「途上国では、行政側が地域の発展を急ぐあまり、一村一品運動の基本原則である“人づくり”の視点を見落とし、“ものづくり”の技術やノウハウばかりを先行させ、成功事例の時代的背景や失敗経験も含む試行錯誤のプロセスが留意されていなかった」と指摘する。だからこそ、「大分の一村一品運動を担ってきた人々や仕組みを改めて再評価し、途上国に正しく伝えることは意義のあること。そこからそれぞれに合った運動をはぐくんでほしい」と研修のまとめ役を担い続けている。

自分たちの力で産業を興し地域を活性化させようという意識のある人たちを育てるべく、研修ではこれからも粘り強く“人づくり”の精神を伝えていく。

Expert's View 専門家に聞く 地域産業振興と国際協力

経済のグローバル化が進む中、地域の自立的発展のために地域住民が主体となって産業を興す取り組みが重視されている。日本にとっても重要な課題である地域産業振興のために、今求められている国際協力とは?

【写真】松井和久さん松井和久(まつい・かずひさ)
日本貿易振興機構アジア経済研究所海外調査員(マカッサル)。1962年福島県出身。85年アジア経済研究所入所、90〜92年在ジャカルタ海外派遣員(インドネシア大学大学院留学)、95〜98年在ウジュンパンダン(現マカッサル)JICA専門家(東部地域開発ミニプロ)、99〜2001年在マカッサルJICA専門家(東部地域開発政策アドバイザー)、03年地域研究センター参事などを経て、06年から現職。96年インドネシア大学大学院修士課程修了(経済学修士)。専門分野はインドネシアの政治経済、地域開発、地方分権化。著書に『インドネシア総選挙と新政権の始動—メガワティからユドヨノへ』(共編著、明石書店)、『一村一品運動と開発途上国—日本の地域振興はどう伝えられたか』(共編著、アジア経済研究所)など多数。

1 開発途上国で地域産業振興が求められている背景は?

これまで多くの開発途上国では、中央政府が主導する形で国づくりが行われてきました。特に植民地から独立した途上国では、中央政府以外に有力なアクターがなかったという事情もありました。しかし時がたつにつれて、地方の細かいこと一つ一つまで中央が扱うのは時間もコストもかかって非効率であるとともに、地方からは地方の事情をよく知らない中央政府への不満が現れ、極端な場合には紛争が生じたり、分離独立を画す動きにつながったりしかねないことが明らかになりました。このため、多くの途上国では、世界銀行などドナーの支援を受けて地方分権化が志向され、中央から地方へさまざまな権限の委譲が進められました。その過程で、地域経済の活性化の必要性が認識され、首都に集中しがちな産業の分散と同時に、地域の自立的発展が志向されることになったわけです。そうはいっても、地域産業振興を担う地方行政や地方経済アクターの能力はまだまだ十分とはいえません

その一方、経済グローバル化の波は、途上国へも押し寄せており、中国などからの安価で良質な物品が途上国の地方へも入ってきます。地元産品と流入する物品との競合関係が起こり、前者が後者に負けてしまうケースもよく見られます。こうして地域の自立的発展や地域経済の生き残りのため、地域産業振興の必要性が認識され始めた面もあります。もっともこれは日本も同様で、必ずしも途上国に限った話ではありません。

2 地域産業を振興するためにどのような取り組みが重要か?

誰が誰のために地域産業を振興するのでしょうか。言うまでもなく、地域産業振興の主役は中央政府でもドナーでもなく、その地域の人々にほかならないはずです。

しかし、多くの途上国では、「資金がないから」「技術がないから」とできない口実を挙げて無い物ねだりをし、ヨソから入ってくるものを待ち続ける傾向があります。そこには、かつて日本が舶来品を上等だと思ったように、「ヨソから持ち込まれるもののほうが自分たちの持っているものより優れている」という思い込みがあります。

ですが、彼らが言うように、地域には本当に「何もない」のでしょうか。実は、地域の人々は意外に自分たちの地域のことを知らないのです。いや、あえて知ろうとしないと言ったほうがいいかもしれません。なぜなら、そこで毎日生活する人々にとって、身の回りのものは何の変哲もない当たり前の存在に しか見えないからです。往々にして、地域の中に隠された多様な地域資源の存在は、“ヨソ者”が適切にかかわることによって初めて地域の人々に認識されます。これがきっかけとなって、地域活性化や地域産業振興へ取り組む地域の人々に主体性が生まれて きます。ヨソ者の役割はこのきっかけづくりとともに、主体性を発揮し始めた地域の人々が必要性を感じるさまざまな情報や技術について、適宜支援していくことだと思います。具体的な生産・加工・販売などの事例紹介および適切な助言も、ヨソ者による重要な役割といえるでしょう。

3 日本やJICAに期待される国際協力とは?

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大分県の一村一品運動の視察に訪れた途上国の行政官たち(写真提供:地球共育の会・ふくおか)。日本の地域産業振興の経験を途上国に伝えるだけでなく、日本も途上国の取り組みから学ぶなど、双方向の働き掛けが求められている

地域産業振興では特に、ドナーが作ったプロトタイプをパイロット事業で試す方法はあまり有効ではないと思います。地域産業振興の主役は地域の人々であり、活用される地域資源は多種多様だからです。むしろ各地方を横並びにし、いい意味での競争意識を植え付けて競わせてはどうでしょうか。その過程で、地方行政官の訓練以外に、地域産業振興をリードする在野の地域リーダーの出現を促し、彼らを地域の中に埋め込んで、彼らの間からネットワークが自生するよう働き掛けることが重要だと思います。これは一村一品運動を地域開発マネジメント手法ととらえた場合のエッセンスです。そのためには、対象となる地方としっかり向き合い、一過性ではない協力をしていく覚悟が求められます。

また、最初にも言いましたように、経済グローバル化の中での地域産業振興という意味では、日本の地方もまた途上国の地方と同様の課題を抱えています。地域産業の成熟度の違いは確かにありますが、途上国の地方が地域産業振興を模索するのと同様に、日本の地方もまた新たなヒントを国内外に探し求めています。一村一品運動のような日本の地域産業振興の経験を途上国へ適切に伝えることは有意義ですが、日本の地方もまた途上国の地方での取り組みから何かを学べる可能性があります。こうした双方向の働き掛けを意識した地域産業振興に関する国際協力が求められる時代になっていると考えます。