monthly Jica 2007年3月号

特集 開発教育/国際理解教育 世界とのきずなが育てる“生きる力”(1/6ページ)

国・地域間の相互依存がますます深まる現代に生きる私たちにとって、地球上のさまざまな課題や開発途上国を含む世界各国と日本との関係を理解し、一人一人に求められる役割を考えていくことがいかに大切であるかはもはや言うまでもない。国連では、持続可能な開発を通じてすべての人が安心して暮らせる未来を実現するために必要な力や考え方をはぐくむ「持続可能な開発のための教育(ESD)」を推進する「国連持続可能な開発のための教育の10年」が日本の提案により2005年に開始され、日本も開発教育や国際理解教育、環境教育を含むESDを各地で展開していく方針だ。

このように、世界と日本のつながりや国際協力の大切さについて理解を促す開発教育の重要性は一層高まっており、日本の社会、教育現場での実践を促進していくことが求められている。

JICAは、国際協力の促進、市民の国際協力への理解と関心の増進を目指して、これまで蓄積してきた経験や知見を社会に還元し、市民に途上国の実情や日本との関係を理解してもらい、さらに自主的に何ができるかを考えてもらう機会を提供する開発教育支援に力を入れている。

今年4月に開設1周年を迎える「JICA地球ひろば」をはじめ各地の国内機関を拠点として、小・中学校・高校との連携を強化しながらさまざまな形で開発教育の実践・普及をサポートするJICAの取り組みを紹介する。

開発教育とは

「開発教育」(「国際理解教育」「地球市民教育」などとも呼ばれる)とは「私たち一人一人が、開発をめぐるさまざまな問題を理解し、望ましい開発のあり方を考え、共に生きることのできる公正な地球社会づくりに参加することを狙いとした教育活動」で、具体的には、以下の5つを学習目標としている。

  • 多様性の尊重:開発を考える上で、人間の尊厳を前提とし、世界の文化の多様性を理解すること。
  • 開発問題の現状と原因:地球社会の各地に見られる貧困や南北格差の現状を知り、その原因を理解すること。
  • 地球的諸課題の関連性:開発をめぐる問題と環境破壊などの地球的諸課題との密接な関連を理解すること。
  • 世界と私たちのつながり:世界のつながりの構造を理解し、開発をめぐる問題と私たち自身との深い関わりに気づくこと。
  • 私たちのとりくみ:開発をめぐる問題を克服するための努力や試みを知り、参加できる能力と態度を養うこと。

(出典:『開発教育ってなぁに? 改訂版』特定非営利活動法人開発教育協会)

VOICES from Global Plaza(JICA地球ひろば)
「私にできること、ちゃんと考えたい」

【写真】

そばやバナナなど食品の模型に付いたバーコードをかざすと、材料やそのもの自体がどの国から輸入されたものなのか、そこにはどんな問題が潜んでいるかを、モニターで確認できる体験式の展示物もある。「そばは日本食だけど、材料の8割近くは海外から輸入しているんだよ」という地球案内人の古畑さん(右)の説明に、「本当?」と驚く女子生徒

JICAの開発教育支援の拠点である「JICA地球ひろば」が今年4月にオープン1周年を迎える。全国各地からの訪問者は2万人以上※。彼らはここで何を知り、何を感じ、何を学んでいったのだろうか—地球ひろばが実施する「訪問プログラム」に参加した高校生に同行取材した。

※体験ゾーンの訪問者数。地球ひろば全体の利用者は6万人を超える(2月末現在)。

五感で地球を感じられる空間

【写真】

「体験ゾーン」の様子。地球案内人は中央のサークルに常駐し、訪問者の相談に個別に応じてくれる。現在の案内人は全部で7人

「この衣装、どこの国のものだと思う?」

「んー、ヨーロッパかなぁ…」

「いいや、アフリカの民族衣装なんだよ」

「えっ、アフリカ!?」

穏やかに晴れ、澄んだ空気が心地よい1月中旬の土曜日、東京都渋谷区広尾にある「JICA地球ひろば」に、日本大学高等学校の3年生30人の姿があった。見慣れない展示品に囲まれて不思議そうな面持ちの生徒たちに、アフリカ独特のカラフルな衣服に身を包んだ「地球案内人」の古畑敦史さんが話し掛け、雰囲気が和む。

この4月にオープン1周年を迎える地球ひろば。開発途上国のさまざまな問題について考え、理解する「開発教育」を、JICAが支援する拠点として、もともと青年海外協力隊の訓練所だったJICA広尾を改修して誕生した。途上国支援でJICAが蓄積してきた知見を、これまで以上に日本の社会へ還元していく狙いがある。修学旅行や社会科見学として小中高生のほか、大学生や大人も足を運び、2007年2月末現在の利用者数は2万人を超える。

メーンの「体験ゾーン」は“体感”がコンセプト。映像や写真、造形物などが充実し、途上国の情景や人々の様子がその場でイメージしやすいよう工夫されている。「世界の幸せと悲しみ」をテーマにした常設展示以外に、シーズンごとに環境や保健医療、中東やアフリカなど開発問題や国・地域を特集した展示に入れ替え、3月の展示は「教育(学校に行きたい!)」がテーマだ。また、併設する「カフェ・フロンティア」には、世界各地の庶民の味が堪能できるメニューがそろい、まさに、視、聴、臭、味、触の“五感で地球の今を感じられる”空間が地球ひろばというわけだ。

この日、日大高校の生徒たちは、地球ひろばが実施する約2時間の「訪問プログラム」に参加した。世界は欧米に限らない。もっと広い視野で世界を見、日本とのつながりを理解してもらいたい。受け身ではなく、自発的に考えてほしい—そうした願いから、同校英語教諭の若月恵子さんが、進路の決定した3年生の特別授業のひとこまに地球ひろばの訪問を提案。参加者を募ったところ、30人の生徒が手を挙げた。日本にいてはなかなか知る機会が少ない途上国の暮らしや地球の問題、国際協力の現状を、地球ひろばで見て、聞いて、触れるうち、彼らの表情は生き生きとしていく。

“生きる教材”地球案内人

「それ持ってごらん」。日本人にはどこか懐かしい、つぼのような形をした水がめを見下ろす男子生徒に、古畑さんが声を掛ける。両手で抱えた生徒の「結構重いですね…」の答えに、さらに古畑さんが「本来はどう持つと思う?」と手を頭上に持っていきながら問うと、「えっ!?頭の上?首の筋を痛めそう」と生徒が驚く。「途上国では、自分の家に水道のない家庭が多いから、川とか近くの水源まで歩いて水をくみに行かなきゃいけないんだ。それだけで1日以上かかることだってある。もしそこに自分がいたらどうだろうか。ちゃんとこなせるかな」。「…」。古畑さんの言葉に生徒は口をつぐんで想像する。

特に、中学生や高校生には「自分の頭で考えてもらいたい」と古畑さんは言う。ただ展示物を見て過ごすのではなく、それぞれが具体的な状況を想像し、世界のために何ができるかを考えることこそ、世界を理解する上で大切なことだと思うから。古畑さんのみならず、地球ひろばのガイド役、地球案内人全員がそう考えている。館内を一緒に回って説明しながら、訪問者の漠然とした関心を、行動につなげていく手助けをすることが、案内人の役割なのだ。

また、地球案内人は皆、元青年海外協力隊員。自身の活動経験もフル活用し、古畑さんのように各国の民族衣装をまとって案内することもしばしばある。

古畑さんは今から約4年半前、パプアニューギニアの地を踏んだ。首都ポートモレスビーにある全校生徒700人余りの高校で、唯一の体育の専任教師として、授業内容の計画から実施までのほぼすべてを一人で行った。

日本で教員採用試験に2年続けて合格できず悩んでいたとき、ふと思い出したのが電車内の広告などで何となく知っていた青年海外協力隊だった。「世界のことを何も知らないまま教師になっていいのだろうかと思って、募集説明会に参加してみたら『学校で体育指導』という要請を見つけたんです。自分のやりたい体育の教師で、しかも海外経験までできてしまう。これだ!と直感しました」。その1年後には、パプアニューギニアに飛んでいた。

「相手を理解することの大切さ、これは僕が人間として現地で一番学んだことです。訪問者にもよくこの話をしますが、やはり、自分が何か伝えたいなら、まず相手のことを分かろうとする姿勢が重要だと思います。どの人との間にも、違いはあるのだから」

2年半の間の苦労ややりがいがこの答えを導き出した。「赴任して間もないころに体育祭を開催したんですが、集まったのは全校生徒のわずか1割程度。本当は全員参加のはずだったのに…。正直、かなり落ち込みました。でも後から振り返ってみたら、当時は日本の体育祭をまねて『こうしよう、ああしよう』と常に自分の考えが中心にあって、それに生徒や学校の要望をうまく組み合わせようとしていたんですね。それが失敗の原因だったんだと、生徒たちと話をするうちに気付き、2年目は生徒や学校が望むことを柱にし、その後で自分にどんなことができるかを考えたんです。そしたら、生徒たちが自然に集まってきてくれた」。

そして今、古畑さんはこれらの経験を活用し、「利用者が何を求めて地球ひろばにやって来たのか」を理解することから始め、その上で案内方法や伝え方を考えている。そこに、自身の経験も重ね合わせる。まさに、古畑さん自身が“教材”なのだ。

そして、日本の学校現場に立ちたいという思いはさらに強まり、帰国後も教員採用試験を受け続けていた古畑さんは、念願かなって昨年見事試験に合格し、今年4月からは晴れて中学校の教員になる。「協力隊はもちろん、地球ひろばでの経験を生かして、これから自分が受け持つ生徒たちにも途上国のことを伝えていきたい」。

世界の現状に「居ても立ってもいられない」

【写真】

生徒たちに好評だった松本さんの生の体験談。「新聞やニュースでは分からない貴重な話が聞けて楽しかった」と感想を残した生徒も。若月先生は「日本では当たり前のことを生徒たちが疑問に思い、自分なりに答えを探す機会となって良かった」と話す

Добър ден.(ドーバル デーン)…。Приятно ми е!(プリヤート ミエ)…」。古畑さんと交代で現れた男性の不明な問い掛けに困惑する生徒たち。なおも続く聞き慣れない言語をどうにかして理解しようと、生徒は耳を傾ける。20分後、ようやく彼が日本語を口にした。話が進むうち、その男性、松本庸一さんも協力隊経験者であることが分かった。訪問プログラムのもう一つの柱「協力隊の体験談」で登場し、2年余りで培ったブルガリア語を使って生徒たちにあいさつしていたのだ。「いきなり変な言葉でしゃべり始めたので驚いた」「言葉は全然理解できなかったけど、ジェスチャーで意味が分かることもあって、それがうれしかった」。また、市立博物館に貯蔵された約8万点の品々の管理手法を指導したという彼の活動を聞いて、「ヨーロッパのブルガリアに援助が必要だなんて意外だった」「文化財保護という援助もあることを初めて知った」と驚嘆の声が多く上がる。

そして、生徒の心を最も打ったのが、彼らと同世代の子どもたちの現状だ。「食料不足で苦しむ子どもの目が印象的だった」「普段、国内にしか向けていなかった目を海外に向ける良い機会になった」「子どもが戦争に行かなければならないなんてつらい」。中でも、人一倍古畑さんらに質問を重ねていた鈴木邦生さんは、「地雷の一番の被害者が子どもたちという現実を知って、居ても立ってもいられなくなりました。いつか協力隊に応募したいと思います。試験はやっぱり難しいんでしょうか?」とさらに問う。また、「将来、できれば国際協力関係の仕事に就きたい」と笑顔で話す碓井(うすい)悠平さんのまっすぐな瞳からは意志の強さが伝わってきた。

【写真】

(上)生徒たちが見学しながら埋めていった探検シート。それぞれが感じ取ったことが素直に表現されていた
(下)訪問者が書き残していったそれぞれの思いが、体験ゾーンの一角にあるボードに張られている。「友達を大切にする」「ご飯を残さない」と身近なことから、まずは自分を変えていこうと考える人も多かった

「世界の人々が幸せを感じるときは?」—「読み書きができる」「学校に通える」「家族と一緒に暮らせる」「毎日ご飯を食べられる」。館内に流れる映像は、そんな日本人にとって当たり前の生活が、実は、一番幸せな瞬間だと感じる人が世界に大勢いることを教えてくれる。映像を見つめる土屋園美さんははにかみながら「今まで学校に行きたくないなって思うことが何度かあったけれど、その考えは甘かったなと感じました。私にできることをちゃんと考えていきたい」。彼女のように、地球ひろばの訪問者たちの心にまかれた小さな種が芽を出し、いつかそのつぼみが“行動を起こす”というカタチで開花することを願っている。

JICA地球ひろば
〒150-0012 東京都渋谷区広尾4-2-24
(東京メトロ日比谷線広尾駅A3出口徒歩1分)
TEL:03-3400-7717(代表)
FAX:03-3400-7394
URL:http://www.jica.go.jp/hiroba

<開館時間>
体験ゾーン(月曜定休)
火〜金曜日:10時〜20時
土・日曜日・祝日:10時〜18時
カフェ・フロンティア(日・月曜定休)
火〜金曜日:11時30分〜22時
土曜日・祝日:11時30分〜18時