monthly Jica 2007年4月号

特集 観光振興 地域再生の“光”(3/4ページ)

PROJECT in Bulgaria(ブルガリア)
観光を生かした「バラの谷」の村おこし

2007年1月、欧州連合(EU)への加盟を果たしたブルガリアでは、都市部と地方部との経済格差是正が課題となる中、観光を軸にした住民参加型の地域振興が進められている。“人”を育てることに焦点を当てたJICAの支援のもと、モデル事業として行われているカザンラク地域の取り組みを紹介する。

地域の資源を生かす視点

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毎年6月、バラの収穫を祝って開催される「バラ祭り」には、数千人の観光客が訪れる

見渡す限り、ピンク色に染まり、芳香な香りに包まれる「バラの谷」—ブルガリアの中央に位置し、南北を雄大な山脈に狭まれたカザンラク地域は、世界最大のローズオイルの産地として知られる。毎年6月にはバラ祭りが開かれ、世界中から数千人の観光客が訪れる。

「でも、バラの収穫期以外、町は閑散としていた」。2002〜06年までJICAブルガリア事務所長を務めた香川敬三さんは、赴任当初に訪れたカザンラク地域の様子をこう語る。世界遺産に指定されているトラキア遺跡や、伝統工芸品など、潜在的な観光資源はあるものの、年間を通して主立った産業がなく、若者は職を求めて都市や海外へと流出し、村には高齢者の姿が多く見られた。

同国の中でも開発が遅れたカザンラク地域で、観光に軸足を置いた地域振興を図りたいと考えたブルガリア政府は、日本に支援を求め、04年11月、JICAは技術協力プロジェクト「カザンラク地域振興計画プロジェクト」を開始した。JICA専門家による技術指導の下、地域の資源を生かしつつ、人々の雇用機会を生み出す観光振興を進めている。

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2005年、これまでに日本で観光開発分野の研修を受けて帰国した帰国研修員らが集まり、カザンラクの観光開発について話し合うセミナー合宿を行った

「日本の地域おこしの成功例を見ても分かる通り、成否のカギは“人”にかかっている」と言うのは、プロジェクトリーダーの川崎健さん。地域の人々が主体的に開発にかかわることで、彼らの自主・自立を促そうというのだ。

“人”を育てることに焦点を当て、まず注目したのは、カザンラクを象徴する資源であるバラ。当地のバラは香料用で、つぼみが開くのは春のみ、植栽されている場所も限られている。そこで、長期間咲く鑑賞用のバラを、観光客の目に留まる場所に植えた。その数、約2万3000本。JICA専門家が、現地の植木職人に苗の生産・植栽・管理の方法などを伝授し、将来にわたってバラ植栽が続けられる体制を整えた。

また、観光客が農村ならではの滞在を楽しむためには、宿泊施設の数・質の向上や名物料理の開発のほか、バラ摘みやブドウの収穫といった観光客が参加できる催しを企画・実施できる人材の育成が必要だ。そこで、農村観光の意義を学ぶセミナーや、地元の観光資源について考えるワークショップを開催。当初、農村観光の経験がほとんどない地元の人々は、「自分たちに何ができるのか分からない」とあまり乗り気ではなかったというが、さまざまな意見を出し合い、地域の魅力を再発見した。昨年は、日本人や外国人旅行者を対象としたツアーが試験的に実施され、好評を得るとともに、住民の中には「観光客にもっと喜んでもらえる町をつくりたい」との意識が芽生え始めている。

そのほか、05年9月には、6月のバラ祭りに続く新しい秋の祭りとして初めて「トラキア王の祭典」が開催された。住民のアイデアでさまざまな催しが行われ、日本人約2000人を含む多くの観光客を魅了した。

もてなしの心を

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エニナ村の子どもたちと林さん(中央)。幼稚園や学校、老人ホームなどにも訪れ、多くの人々と交流した

こうした大々的な行事と並行して地道に行われてきたのが、地元の人々のサービス精神を育てること。「観光客にとって、泊まる、食べる、買う、見る、知るといった体験の中で、一つでも不満足な点があれば、カザンラクの魅力は半減してしまう」と川崎さんは言う。そこで、民宿協会や工芸家協会などを設立し、JICA専門家の指導のもと、ホテルやレストランのスタッフが基本的なサービスやもてなしの方法を学んだり、地元の工芸家がトラキアの歴史をテーマにした30種類以上の工芸品を開発するなど、それぞれが意欲的に活動している。

また、個々の組織を束ね、地域振興の核となる組織として設置された「カザンラク地域振興協議会」は、関係者を集めて、数回にわたるワークショップを実施し、観光客のニーズを意識することの重要性を伝えているほか、組織間のネットワークづくりにも一役買っている。

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専門家チームが中心となって作成した日本語版のカザンラク観光パンフレット。林さんが翻訳した

「日本の素晴らしいサービスを、もっとカザンラクの人々に伝えたい」と熱弁するのは、カザンラク市長のステファン・ダミヤノフさん。同協議会をリードする中心メンバーの一人で、05年に広島で開催された世界市長会議に参加した経験を持つ。日本で飲食店の質の高いサービスや地方の観光振興の様子などを視察し、「お客様第一」を貫くサービス精神に感激したという。ダミヤノフさんのほか、JICAの観光開発分野の研修を受けた帰国研修員などが住民と密なコミュニケーションを図っており、香川さんらは「地域の観光振興を進めるキーパーソンとして期待している」と話す。

カザンラクの観光振興には、青年海外協力隊員も貢献している。その一人、林夏音(なつね)さんは、地域の人々とともに、バラを使った土産物のハーブティー開発や、昔の農具・生活用品を集めた「民俗文化室」の整備、日本語版パンフレットの翻訳などを行った。「村々を訪れ、住民たちと積極的に交流した」と言う林さんは、地道に地域密着型の活動に努めた。

「観光は、第一次・二次・三次産業を巻き込む総合産業。地域資源を集めた総力が問われるが、人々がそれぞれにできることを発見し、互いの活動を参考にし合うネットワークが構築されつつある」と川崎さん。住民同士がつながることによって、地域への愛着心も生まれ、自らが観光開発の担い手になろうとする意識が高まっている。プロジェクトでは今後、カザンラクの経験を、地域発の観光振興の手引きとして、国内に普及していく予定だ。

美しいバラと人々の温かいもてなしに包まれたバラの谷が、ブルガリアを代表する観光地に成長する日は遠くないだろう。