monthly Jica 2007年4月号

特集 観光振興 地域再生の“光”(4/4ページ)

Expert's View 専門家に聞く 特別座談会
これからの観光開発協力

観光は、外貨獲得や雇用創出などのプラスの側面がある一方、伝統の喪失や環境破壊などのマイナス面も持つ。これらのバランスをどう取りながら観光分野での国際協力を進めるべきか。開発途上国の貧困削減における観光の役割や観光振興のあり方について、観光開発協力にかかわりのある有識者が語り合う。

立教大学観光学部交流文化学科教授
溝尾 良隆

北海道大学観光学高等研究センター長・教授
石森 秀三

神戸大学大学院国際協力研究科教授
内田 康雄

司会:佐々木 弘世 JICA経済開発部部長

観光が貧困削減に貢献するためには?

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溝尾 良隆
みぞお・よしたか
立教大学観光学部交流文化学科教授
(財)日本交通公社で主に調査業務に携わった後、立教大学教授に。研究分野は観光地域論。JICAの調査団員としてガーナや中南米の調査に参加。著書は『観光学—基本と実践』『観光を読む 地域振興への提言』(古今書院)、ほか。

佐々木 観光は、外貨獲得の資源であること、雇用吸収力が高いこと、ほかの産業への波及効果が高いことなどから、途上国の発展を考えていく上で重要なものといえます。JICAは2004年の組織改革で経済開発部を設置し、その中の貿易・投資・観光チームが、観光を総合的に支援するための整備を進めてきました。貧困削減において、観光セクターまたは観光振興がどういう役割を果たすべきかについてお話しいただきたいと思います。

溝尾 今、言われた外貨獲得や雇用創出などは、一般的に考えられているプラスの側面ですね。問題は、果たしてその通りにいくのかということです。

観光にも南北問題があって、例えば南でビーチリゾートが開発されて北の人が来るが、開発のほとんどが北の資本なので、表面上外貨が入っても、すぐ流出してしまう。こうした理由で従来のマスツーリズムが批判を浴び、最近ではエコツーリズムやコミュニティーツーリズムが望ましい形だといわれています。しかし、だからといって、それで国や地域が発展するのかという問題があります。

もしもその地域にビーチリゾートとしての適性があったとき、資本力がない場合は外国資本に仰がざるを得ない。それを地元が技術力なり資本力をつけ、いつの段階でテイクオフするかというシナリオがしっかりしていれば問題ない。だがいつまでも外国資本依存のままでは批判が出てきます。マスツーリズムの弊害は何か、どうすればそれを食い止めて、うまく地域に移管できるのか。そういった問題を考えていかなければなりません。

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石森 秀三
いしもり・しゅうぞう
北海道大学観光学高等研究センター長・教授
国立民族学博物館教授、研究部長を経て、2006年4月から現職。専門は観光文明学、博物館学。今年4月に北大大学院観光創造専攻を開設し、観光分野の国際協力を担える人材の養成に尽力。JICAの調査団員としてボスニア・ヘルツェゴビナ、インドネシア、スリランカの調査に参加。著書は『博物館概論—ミュージアムの多様な世界』(放送大学教育振興会)、『観光の20世紀』(ドメス出版)、ほか。

石森 私は以前から、2010年代にアジア諸国で観光ビッグバンが起こると予測してきました。アフガン戦争、イラク戦争、SARS(サーズ)、鳥インフルエンザ、インド洋大津波など、外国旅行を控えさせる要素が数多くありましたが、今、8億を超える人々が世界を旅しています。2010年には10億人、2020年には15億6000万人まで増えるといわれますから、途上国が観光振興を図ることで多くのチャンスが生じるのは事実でしょう。

20世紀は、観光開発企業や旅行会社、ホテルチェーンなどが観光を主導的に動かす「他律的観光」の時代でした。これは悪いことではないですが、必ずしも貧困層に恩恵が及ぶわけではない。そこで21世紀は「自律的観光」の時代にしていくべきだと考えます。さまざまな地域の人々がそれぞれの資源を使って持続可能な形で自律的に観光振興が図れるような国際協力を、JICAは考えていく必要があると思います。

もう一つ、私が提唱しているのが「文化的安全保障」です。JICAは「人間の安全保障」を重視して貧困削減に取り組んでいますが、「文化的安全保障」とは「人間の安全保障」を観光の局面から考えたものです。「国家の安全保障」に基づく「軍事的安全保障」も重要ですが、観光を通して「人間の安全保障」を実現することは「文化的安全保障」につながるので、JICAには観光分野の協力に力を入れていただきたい。

また、文化多様性を重んじることも大切です。途上国には先住民族や少数民族が多く、彼らの住むところは自然も豊かで文化も多様です。しかしグローバル化により、貴重かつ多様な民族の文化が一様化しつつあります。それを防ぎ、文化多様性を強化するためにも、観光振興は有効です。観光と貧困削減を結び付けるのは大切ですが、文化的に豊かな人々の素晴らしい生き方を、先進国で悩める者たちが味わえるような観光をむしろ積極的に考えるべきではないでしょうか。文化多様性と観光を結び付けることは、結果として貧困削減にも貢献していくと思います。

内田 例えば、小さな島にいいホテルができると、日本人観光客は一日に一部屋当たり(1.7人勘定)1トン近い水を使いますから、当然地下水をくみ上げる量は膨大になります。また、HIV感染と観光客に明らかな相関関係を示す観光地もあります。観光はそうした社会的・環境的な問題も起こり得るが、観光による経済効果は途上国の発展に不可欠です。さまざまな望ましい規制や地元に経済効果が及ぶようにする措置は、観光セクターだけに着目しても、とてもできない。そこで、国の開発計画に観光開発政策を盛り込み、観光を国や地方の開発戦略として環境や地域に配慮して推進していくことが重要です。

フィリピンのある島にホテルができるとき、立ち退きを命じられたスラムの住民が反対したら、暴力的な措置で立ち退かせたということがありましたが、こういうケースは珍しくないと思います。ですから、観光プロジェクトを行う場合、細かいゾーニングや、地元の人々の生活のための生業が脅かされることのないよう、非常に入念な調査が必要です。開発援助によって貧困状況が悪化したのではないかと言われるようなことは避けなければいけません。

観光開発の負の側面を極小化するためには?

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内田 康雄
うちだ・やすお
神戸大学大学院国際協力研究科教授
アジア開発銀行社会セクターヘルスエコノミストを経て神戸大学大学院教授に。途上国の保健医療分野のマネジメント、ファイナンス、それらを包括する組織強化にかかわる問題を研究。JICAの専門家や調査団員としてアジア・アフリカ各国で活動。著書は"Health Sector as an Organic System:An Approach to Formulating Funding Mechanisms for Public Health Services in Developing Countries"(Journal of International Cooperation Studies)、ほか。

佐々木 JICAは相手国の公的機関に対する協力が主になりますが、開発戦略の中で負の側面を極小化するため、どうアプローチするべきでしょうか。ほかの国の事例なども含めてお願いします。

溝尾 先ほど「自律的観光」の話がありましたが、日本でも同じ問題が起きています。世界遺産になった白川郷の例を挙げると、地域の中にどんどん駐車場を作って、街中に食堂や土産物店ができている。観光客は「あ、これが世界遺産か」と見てすぐに帰ってしまう。これでは何のための世界遺産か分からない。持続可能な観光を地域の人が律すること、地域の人に目先の利益を我慢してもらうこと、それを観光への協力を通して理解を促すことが大事だと思います。

また、その地域が抱える課題を解決するために、観光をうまく利用するという視点も重要です。日本では観光を旗印に掲げたことによって景観法という法律ができたという例もありますから。

内田 ケースバイケースのことが多いのですが、あえて一般化するとしたら、一つは観光の基盤となるような環境整備をきちんと進めていくことだと思います。環境が美しいということが、長期にわたって観光客を呼び込める基盤になるわけですから、そこはよく考える必要がある。

例えば、途上国の観光地には下水道が整備されている地域がほとんどないのですが、そうした整備をする。途上国政府は、上水道は利用者から料金を取りやすいので援助機関に支援を求めるが、下水道の要請はあまりない。でも下水道をきちんと整備しなければ、川も湖も全部汚れてしまう。観光地としてのポテンシャルがあったとしても、環境を台無しにしたら子子孫孫の代まで回復できないので、観光開発の場合、援助機関は百年の大計だと考えて、環境基盤に投資をしてほしいと思います。

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佐々木 弘世
ささき・ひろよ
JICA経済開発部部長

溝尾 昔、ネパールで見たドイツの支援には非常に感心しました。ドイツはまずネパールの総合的な観光計画をしっかり作り、その後に拠点別の整備計画に入りましたが、その際に、地元をよく知るネパール人技術者とドイツ人が必ずチームを組んで動いていたんです。地域には歴史的に意味のある場所や住民にとって大事なものがありますが、外から来た人間には分からないですよね。

次に国内観光の振興の重要性について意見を述べます。外国に市場を求める場合、相手が遠くにあるわけですが、その国にとっては遠くの国へ客を送る必然性はない。だが、その国の経済状況によって急に客が来なくなったり、ほかにいい旅行先ができるとそちらに動いたり、波動が大きく、不安定です。最近、途上国でも国内旅行をしようという動きが生まれています。例えばグアテマラには、首都や都市に住む人々が観光目的で足を運ぶような、しかし発展の遅れた地域がある。そういった国内の市場を活性化し、次に隣接する国との交流を盛んにして、その上に遠隔の外国人が来るようでないと、観光の持続的な成長は難しいと思います。

佐々木 文化人類学の視点から見て、現地の人々の豊かさをいかに保存しながら観光開発を進めるかということについてはいかがですか。

石森 観光は、民族の誇りにかかわるところがあります。少数民族や先住民族が暮らす地域を訪れる「ニューツーリスト」は、食べ物、祭り、工芸、踊りなど、それぞれの民族が幾世代にもわたって培ってきた文化を知りたいと思ってそこに行きます。それはホスト側の民族にとっても、自らの誇りを再発見するということにもつながります。誇りを取り戻す場としての観光、それを国際協力の中でつくり出すことができれば、文化的な活性化と経済的な活性化を結び付けることができます。

内田 私も同感です。例えばバンコクなどでもホテルからなかなか出ないという人もいますが、もしいい美術館や博物館があれば、もっと町を歩くようになるでしょう。町を歩けば、地元の食べ物や品物をもっと買うようになり、このような多様な可能性が出てきます。文化無償協力※1などを利用して、いろんな文化遺産のある国に、博物館や美術館を整備して、旅行者がもっと歩けるような町づくりを考えることも必要です。そのことの地元経済への意味はとても大きいはずですし、美術館や博物館はその国の誇りも強化するでしょう。

溝尾 観光客が成熟してくると、さまざまな国へ行くようになります。今、東京にはタイ料理やベトナム料理など、各国のレストランができましたよね。それは外国でそこの料理を味わった人たちが、日本でも食べるようになったからだと思います。外国の料理が日常的になってくると、今度は外国へ行かなくても、その国にあこがれるといった効果が生まれ、さらに交流が盛んになります。

「日本人が戦前にもっと海外旅行をしていれば、戦争するなんてことはなかっただろう」という話がありますが、いろんな人がいろんな地域を見るということは非常に重要だと思います。かつてアジアがそうだったように、これからはアフリカなどに行く人が増え、情報が入ってきて、交流が始まるでしょう。そういう観光のプラス面を生かしていくことが大切です。

※1 途上国の文化や伝統、教育の振興、文化遺産の保存・修復などを支援するODA事業。

JICAに求められることは?

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JICA本部とJICA兵庫でテレビ会議によって行われた座談会の模様

佐々木 JICAは2008年に国際協力銀行(JBIC)のODA部門と統合し、技術協力と資金協力をトータルに実施する機関になります。今後、観光セクターにおいてJICAが協力を進める上での示唆をいただければと思います。

内田 有償資金協力が使えるようになれば、非常に大きな可能性が広がると思います。ODAとはやはり相手国の公共財、準公共財を支援することでしょうから、その基盤が整えば、市場の整備ということにもある程度かかわらざるを得ないでしょう。観光の強みは、日銭が入るという特徴があること。言い換えれば、キャッシュフローがとてもいいセクターです。地元の商業銀行も比較的融資しやすいセクターですから、勤勉な人々なら頑張って自分たちでできると思います。援助を考える場合、多面的に見て実現可能な基盤整備の案件を発掘し、それを精査して行うことが重要です。また、JICAには、観光による負の側面を軽減しつつ、貧困削減、持続可能な開発が促進されるような政策や法制度を途上国政府が実施できるよう、支援する役割が求められます。

石森 ボスニア・ヘルツェゴビナへ行ったときに感心したのが、JICAの協力で日本の「道の駅」が導入され、そこに地場の産品を置き、ビジターセンター的な役割を果たしていたんですね。こうした日本の経験を観光分野で生かすことは当然必要だと思います。

また、博物館の整備なども重要です。特に無形文化遺産保護条約※2は日本がリードしてできましたが、無形文化は観光でこそ残していけるもの。若者がそれを受け継ぐことによって、仕事が得られるとか、意義を見いだせるようなシステムの一つとしての文化遺産観光もあり得るでしょう。

溝尾 JICAにお願いしたいのは、要請された案件が本当に適当なものかどうか、時間をかけて判断してほしいということ。今、エコツーリズムを取り入れるところが多いですが、確かに重要とはいえ、どこでも同じことをやる必要があるのかが気になります。ビーチリゾートの次はエコツーリズム、この揺れが激し過ぎるのです。地域をしっかり見つめて、本当に必要なものは何なのか考えることが大事だと思います。

佐々木 観光のように多面的な要素を含む分野では、相手側の意識を確認しながらどういう方向へ持っていくかが重要ですね。本日はどうもありがとうございました。

※2 「無形文化遺産の保護に関する条約」。世界各地の伝統的な音楽、舞踊、演劇などの芸能、伝承、社会的慣習、儀式、祭礼、伝統工芸技術などの無形文化遺産を保護するための条約。2006年4月に発効。