monthly Jica 2007年5月号

特集 シニア海外ボランティア シニア世代が築くボランティア社会(1/4ページ)

今年から大量に定年退職を迎える団塊の世代をはじめ、シニア世代の新たな活躍の舞台として、海外ボランティアへの関心が高まっている。これまでの人生において培ってきた技術や経験を生かして国内外で社会貢献がしたいと考える人は増えており、政府もそうした高齢者・団塊世代の人々が現役で活躍できるよう、再チャレンジの機会拡大を図る方針だ。また、開発途上国では、長年の経験に裏打ちされた日本のシニアの確かな技術や豊かな知識が、さまざまな分野で求められている。

1990年に開始したJICAのシニア海外ボランティア事業は、年々、派遣者・派遣国数を伸ばしてきたが、増加傾向にあるシニア世代のためにさらなる拡充が望まれ、JICAとしてもシニアの再チャレンジを積極的に応援していく考えだ。

シニア海外ボランティアは、夫婦や家族で現地へ赴任する人も多く、それをきっかけに、同行したパートナーや家族がボランティアに興味を持ち、次の参加につながるというケースも少なくない。これからますます増えるシニア世代のボランティア参加は、その家族や周囲にも影響を与え、日本のボランティア社会を醸成する可能性も秘めている。

新たな人生の扉を途上国で開いたシニア海外ボランティアの活躍とその家族の物語を紹介する。

VOICES from Argentina(アルゼンチン)
「その時々、心に残ることをやりたい」

【アルゼンチン地図】アルゼンチンの首都ブエノスアイレスで、シニア海外ボランティアに参加した経験を持つ夫と1年遅れで日系社会シニア・ボランティア※の活動を始めた妻、共に50代の2人が仲良く暮らす。自らのキャリアを楽しむ2人は、なぜボランティアに—。

※ 中南米地域の日系人社会で、移住者・日系人の人々とともに生活・協働しながら、地域社会の発展のために協力するボランティア。青年版の日系社会青年ボランティアもある。

文=工藤律子(ジャーナリスト)
text by Kudo Ritsuko

写真=篠田有史(写真家)
photos by Shinoda Yuji

ボランティアを通して広がる世界

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義親さんとみゆきさんは、中心街の家具付きアパートで2人暮らしを楽しんでいる

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郊外の町バレーラでは、小学生も日本舞踊を習う。祖母が仕立ててくれた浴衣を着ている少女もいる

「ずっと同じ会社で育ち、皆が基本的に同じ目標や価値観を持つ世界にいました」

そう振り返る藤井義親さん(57)は、若いころから商社マンとして活躍。その経験と知識を生かしてシニア海外ボランティア(SV)に参加し、2004年3月から2年間、輸出振興アドバイザーとしてブエノスアイレスで活動した。この時、同じJICAのボランティアとしてさまざまな活動に取り組む仲間と出会ったことが、義親さんの世界を変えた。

「会社では、利害を判断基準に人との付き合いを決めてしまうところがあります。でも、ボランティアで出会った人たちは違う。利害抜き、しかも各々異なる価値観でものを見ている。おかげで世界が質的に広がりました」

義親さんがSVに応募しようと思ったのには、あるきっかけがあった。

39歳のとき、定期検診の際に直腸がんと診断されて入院し、闘病生活を強いられた。以来、病歴がネックとなり「住宅ローンも組めなくなった」。おかげでサラリーマンを続けることへのこだわりが薄れた。その後、一人娘のみどりさん(32)が02〜04年に日系社会青年ボランティアとしてブラジルで活躍する姿を見て、「ああ、こういう生活もあるかもしれない、という気付きがあった」。

そこで商社マン生活に終止符を打ち、54歳でSVに参加することを決意した。

派遣先は、「アルゼンチン電子電気機械工業会(CADIEEL)」という同業者団体だった。日本や欧米での仕事経験に基づき、活動計画を立てて乗り込んだが、そこには仲間同士でも情報を分かち合わないという独特の個人主義があり、業界全体としての輸出振興策を考えるのに苦労した。反面、日常生活においては、個人を大切にするアルゼンチン人気質が他人の立場も尊重する態度につながっていて、暮らしやすかった。

「団塊の世代」のエネルギーを生かす

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「南米のパリ」と呼ばれる西欧風の街並みを持つブエノスアイレス

現地の友人や知人に助けられ、ボランティア仲間に刺激を受けながら、異国での活動に慣れてきたころ、妻のみゆきさん(57)から驚きの、しかしうれしい知らせが届く。05年9月から、みゆきさんも日系社会シニア・ボランティアとして、同じブエノスアイレスに日本舞踊の指導と指導者育成に来るというのだ。

「冗談かと思いましたよ。でもうれしかった。2人だけの静かな生活は、結婚以来初めてですからね」

愛妻に「私を(アルゼンチンで)一人にはしないわよね」と言葉を掛けられ、任期終了後もしばらく妻とともにこの国で暮らそうと決めた義親さん。と、タイミングよく、会社の元同僚から現地法人商社の社長にならないかと誘われ、引き受けた。商社に戻ったことで、今は遅くまで接待が入ることもある日々だが、「昔は家庭生活を踏みにじってきたので、これからはそれだけはしない」と心掛けている。

一方、みゆきさんは、ボランティア参加を「働く人が定年後の生活へソフトランディングするための良い準備期間ではないか」と考える。

長年、就職や海外にかかわる本や雑誌、ウェブサイトなどを作る仕事をする中、「団塊の世代」で仕事以外にも何かしたいという意欲を持つ者にとって、SVは良い選択肢の一つではないかと感じていた。娘と夫にも勧められ、自ら実践してみることに。

「ただ、シニア世代が海外で長期ボランティアをするとなると、仕事や経済面、健康、親の介護や子どもの結婚、就職など、条件を整えるのが大変ですね」

みゆきさんの場合、幸い条件がそろった。特に幸運だったのは、勤務先親会社の会長が快く休職を承諾し、「仕事なんか考えずに行ってこい。いい時間を持てるはずだ」と背中を押してくれたことだ。

大好きな舞踊で社会貢献

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毎週、ブエノスアイレス市内にある日亜学院の教室で稽古する「あんずの会」の皆さんとみゆきさん(前列中央)

アルゼンチンでの日本舞踊指導ボランティアの3代目。祖父、父の世代より日本舞踊を愛する一家に育ったみゆきさんは、5歳から水木歌峰舞踊研究所で学び、高校生で名取となった。今は「大好きな日本舞踊で、多くの人たちの役に立てることが、本当に幸せ」と話す。

毎週、ブエノスアイレス市内の4グループと、郊外4つの町にあるグループで、それぞれ2〜2時間半の稽古(けいこ)を行う。また月に1度、日系学士会主催の高齢者の会で音頭を指導、年に1度は2〜4日間ずつ他州の日系移住地でも指導する。

舞踊指導のない日は、派遣先である「在亜日系団体連合会(FANA)」の事務所で、事務作業からイベントの企画、ボランティア仲間の若者たちの母親役まで、何でもこなす。自宅にいるときも、振り付けや歌詞の説明、古典舞踊の歴史や解説の資料作りなど、仕事は尽きない。

「それぞれの踊りの内容はもちろん、舞踊の歴史や背景を知ることも、踊る上で大きな助けになると思うんです」

そんな妻を前に夫の義親さんが一言、「私のときと違って、妻は本当に忙しいんですよ」。みゆきさんはそれでも、朝は4時に起きて家事を済ませてから活動に出掛け、夜も夫婦そろって自宅で夕食が取れる日は、義親さんが「まるで料亭だね!」と絶賛する和食を用意する。

「(夫は)若いときに病気をしたので、食事にはやはり気を使います」

夫婦で支え合い、互いの体をいたわり合ってこそ、海外ボランティア生活も満喫できるということだろう。

人、世代、社会の懸け橋になる

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踊りは心を伝えるコミュニケーション手段の一つ(福祉施設で)

みゆきさんは、1970年代後半に夫の海外赴任で6年余り滞在した米・ロサンゼルスで、日系人向け新聞の記者をしていた。そのころから、日系人に関心を抱いてきた。米国社会にどっぷり浸りながらなお「日本人」であることを意識する彼らに、改めて「日本人」を考えさせられたという。

「アルゼンチンの日系人はロサンゼルス以上に、日本的なものを守り、誇りにしている。それには感動しました」

日系アルゼンチン人は現在、約3万人。みゆきさんのお弟子さんたちは、実に熱心に日本舞踊に取り組む。日本舞踊が好きであると同時に、先生を心から尊敬しているからだろう。指導を受ける中高年グループの女性たちは、口をそろえてこう話す。

「私たちは日々の生活に追われ、大切にしてきたはずの日本の文化や価値観を忘れがちです。藤井先生はそんな私たちに、踊りを通して日本の文化や習慣、日本人の心を伝えてくださる。温かく楽しい人柄で、女性としてもお手本になってくださる。それがとてもうれしい」

少女から高齢者まで、いろいろな世代を指導するみゆきさん。どのグループを教えるときにも共通しているのは、笑顔と会話を絶やさないことだ。日系人の中には日本語の分からない人もいるが、表情にジェスチャー、言葉と、あらゆる手段を駆使して楽しい雰囲気を生み出し、コミュニケーションの輪を広げる。皆の心が通えば、踊りも自然に身に付いていく。

「日系人の方々は、日本人が直接日本の文化を伝えに来てくれることを、心から喜んでいます」

FANAの事務局を務める三須裕二さん(27)はそう言う。一世から二、三世へと世代交代が進む中、日本文化を次世代に継承していきたいという日系人の願いを受けて、FANAは女性の間で人気の高い日本舞踊の指導者派遣をJICAに依頼してきた。JICAと派遣されるボランティア、FANAメンバーの調整役を務めるのが、三須さんだ。

「(三須)裕二くんは、(現地公用語の)スペイン語が十分ではない私たちのコミュニケーションもフォローしてくれるんです。彼がきちんとしているから、私たちボランティアも頑張れる」

みゆきさんは、若いがよく気の利く三須さんを頼りにしている。

JICAとボランティア、受け入れ先の努力で続いてきた日本舞踊指導のおかげで、日系人女性の中には、自分たちの将来に新しい希望を持ち始めている人もいる。

「先日、老人ホームで踊り、大変喜ばれました。私たちは日本舞踊で、日本とアルゼンチン社会の懸け橋になれると感じます」

世代や国境を超えたつながりが、未来をはぐくむ

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休日には義親さんと公園に出掛け、露店マーケットで買い物を楽しむことも

義親さんとみゆきさんの姿を通して、シニア海外ボランティアを見つめると、実際の活動内容はもちろんだが、活動を巡って築かれる人、社会のつながりと、そのつながりの中ではぐくまれる未来にこそ、大きな価値があることに気付く。

例えば家族のつながり。藤井さん一家の場合、家族全員がJICAのボランティアに参加したことで(実は娘・みどりさんの夫・久保淳さんも元青年海外協力隊員)お互いに影響し合い、思いを共有できたことをとても幸せに感じている。その経験が、家族間の理解と信頼を深めたと思うからだ。

「ボランティアとしては、何かを残すのではなく、その時々、心に残ることをやりたいと思っています」

そう語るみゆきさんの活動は、積み重なり、かかわる人たちの心を動かし、心と心をつなぎ、新たな未来の可能性へと導いている。

人生経験豊かなシニア世代のボランティアの最大の意義。それは、世代と国境を超えて人を結び付け、未来を育てていることにあるのではないか。藤井さん夫妻を見ていて、そう感じる。

「在亜日系団体連合会(FANA)」のホームページ:http://fananikkei.exblog.jp/