monthly Jica 2007年6月号

特集 地球温暖化 地球の未来を守る闘い(1/4ページ)

世界各地で異常気象が頻発し、気候変動、地球温暖化への危機感が急速に高まっている。国連の「気候変動に関する政府間パネル(IPCC)」の警告を受け、各国政府や経済界の間で温暖化対策の議論が活発化し、6月にドイツで開催される主要国首脳会議(ハイリゲンダム・サミット)でも、地球温暖化が主要議題に掲げられた。

この人類共通の課題に取り組むためには、国際社会の協調が不可欠だ。先進国にとっては、温室効果ガス(GHG)排出量の削減を義務付けた京都議定書の約束期間の開始が来年に迫り、日本や欧州諸国は削減目標達成に向けてさらなる努力が求められている。議定書から離脱したアメリカも温暖化対策に力を入れ始めた。

一方、開発途上国では、社会基盤が脆弱(ぜいじゃく)なために、温暖化の影響でより深刻な被害を受けることが懸念されている。同時に、人口増加や経済成長に伴い、GHG排出量が増えつつあり、途上国自身も対策を促進する必要があるが、人材・資金・技術面で困難が多い。そこで、先進国が途上国の温暖化対策を支援する国際協力の重要性が高まっている。その一つが、先進国と途上国が共同で温室効果ガスの削減に取り組み、途上国の持続可能な開発の達成と温暖化防止を目指す「クリーン開発メカニズム(CDM)」だ。

JICAは、途上国政府がCDM事業を円滑に実施できるよう、関係機関の体制整備・強化や人材育成に力を入れるほか、環境管理や再生可能エネルギー・省エネルギーなどCDMに間接的に貢献できる分野での協力も実施。さらに、防災や保健医療、農村開発など従来の技術協力においても温暖化への適応のための支援を行っている。

地球環境の未来を脅かす温暖化に世界が一丸となって取り組むことが急がれる中、JICAはどう貢献できるのか─最新の動向と今後の課題を伝える。

地球温暖化と国際社会の取り組み

1988年に設立された「気候変動に関する政府間パネル(IPPC)」では、世界各国の科学者が3つの作業部会に分かれて温暖化に関する科学的根拠や影響、対策などの研究成果を集約・レビューし、定期的に報告書を発行している。また、92年に採択、94年に発効された地球温暖化防止のための国際的な枠組みである「気候変動枠組条約(UNFCCC)」は、大気中の温室効果ガス(GHG)※濃度の安定化を目的とし、先進国と開発途上国が協力して温暖化対策に取り組むことが定められている。条約の締約国は毎年、締約国会議(COP)を開催しており、97年に京都で開催された第3回締約国会議(COP3)で、法的拘束力のあるGHG排出量削減の数値目標を規定した京都議定書が採択され、日本は90年のGHG排出量と比較して2008〜2012年(第1約束期間)に6%削減することが義務付けられた。

また、先進国の数値目標を達成するための補足的な仕組みとして、市場原理を活用した「京都メカニズム」が導入された。京都メカニズムには、1)先進国が共同でGHG排出削減・吸収事業を実施し、削減/吸収量を移転する「共同実施(JI)」、2)先進国と途上国が共同で事業を実施し、途上国の持続可能な開発の達成に貢献するとともに、その削減/吸収量を先進国が自国の削減目標達成に利用できる「クリーン開発メカニズム(CDM)」、3)先進国間で排出枠を売買する「排出量取引(ET)」がある。

議定書は05年2月に発効し、12月にCOP11とともに開催された京都議定書第1回締約国会合(COP/MOP1)でその運用ルールが確立。06年のCOP12・COP/MOP2では議定書の見直しや第1約束期間後(2013年以降)の将来枠組み、途上国における適応策・技術移転、CDMの改善などについて議論された。COP13・COP/MOP3は07年12月にインドネシアで開催される予定。

※二酸化炭素(CO2)、メタン(CH4)、一酸化二窒素(N2O)、ハイドロフルオロカーボン類(HFCs)、パーフルオロカーボン類(PFCs)、六フッ化硫黄(SF6)

VOICES from Argentina(アルゼンチン)
「中南米のCDM事業支援のリーダーを目指したい」

【地図】アルゼンチン南米アルゼンチンは2001年に京都議定書を批准し、1998年の国連気候変動枠組条約第4回締約国会議(COP4)や04年のCOP10を開催するなど、早くから地球温暖化対策やクリーン開発メカニズム(CDM)に積極的に取り組んできた。しかし、実際のCDMプロジェクトはなかなか進展せず、国連に登録されているCDMプロジェクト数は近隣のブラジルやチリに比べて少ない。

JICAは、同国のCDM関係者のCDMプロジェクト形成能力を向上するため、CDM事務局が設置されている環境・持続的開発庁気候変動室のCDM推進体制の強化と国内のCDMの理解促進を支援する「CDM基盤整備プロジェクト」を06年5月に開始した。

文=工藤律子(ジャーナリスト)
text by Kudo Ritsuko

写真=篠田有史(写真家)
photos by Shinoda Yuji

「社会環境」が温暖化対策推進を阻む

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オランダのCDM事業会社が運営する「ビジャ・ドミニコ」のメタン燃焼施設。取材時は、一番右の「松明」だけが動いていた

西欧建築の美しい町並みを持つ首都ブエノスアイレス。2001年、経済危機に見舞われ、一時は首都圏人口の半数が貧困生活を強いられる不景気に包まれた町も、ここ3、4年で経済がプラス成長し、活気を取り戻した。

大通りを車で走ると、まずタクシーの多さに驚く。と、乗っていた車の運転手が、「ほとんどのタクシーは圧縮天然ガスで走っているんですよ」と教えてくれる。そう、この国は天然ガス自動車普及率世界一なのだ。

アルゼンチンは豊富な天然ガスの産出国。天然ガス車の燃料費はガソリンの4分の1と安い。天然ガスは、化石燃料の中で温室効果ガス(GHG)の排出が最も少ないため、国をあげて圧縮天然ガス利用車の導入を進めてきた。その分、自動車利用そのものを減らそうという意識は低いのだろう。エネルギー資源に恵まれた環境は、人々の省エネ意識を削ぐ。

「エネルギーは自給できますし、電気料金もとても安いですからね」

「CDM基盤整備プロジェクト」のチーフアドバイザー、藤本雅彦さん(47)が言う。この国では発電全体の半分近くが天然ガスを主とする火力発電、残りはGHGを排出しないといわれる水力や原子力だ。省エネしたところでGHG排出削減効果は大してない、という感覚になってしまう。早くから地球温暖化対策やCDMへの意欲を示したアルゼンチンだが、こうしたエネルギー事情が、その取り組みを遅れさせている理由の一つだ。

藤本さんによると、アルゼンチンでCDM事業がなかなか進まない背景には、さらに4つの現実がある。1)01年の対外債務不履行以来、海外投資が冷え込み、CDMプロジェクトに投資する企業が少ないこと、2)農業国で、工業分野は中小企業が多く、CDM事業に取り組む資金力や意欲に欠けること、3)民間企業や各州政府、法律・金融関係者の間でCDMへの理解が足りないこと、そして、4)CDM事業を推進する立場にある気候変動室(UCC)の実施体制が十分ではないことだ。

1)は経済の回復とともに好転し、2)は国内企業が力を付け始めている。そこで、3)と4)の問題解決に取り組むために始まったのが「CDM基盤整備プロジェクト」だ。

情報・知識プラス 組織力こそ力

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JICA専門家チーム(左)と会議を持つUCCのカルリーノ室長(中央)と職員たち(右)。両者の信頼関係構築に努めたことが、職員への技術移転促進を支えた(写真:藤本さん提供)

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フランシスコさん(中央)をはじめ、UCCの若手職員(両端)は1〜2月に日本で温暖化対策の研修に参加。アジアのCDM導入・実施事例などを学んだほか、足利工業大学総合研究センターでバイオマス発電機(写真)や風力・太陽光発電施設も視察した(写真:藤本さん提供)

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今年2月に開かれた国際セミナーには、中南米12カ国のCDM関係者も参加した。藤本さんは「UCC職員が計画・実施に尽力し、セミナーの成功を導いた。UCCがJICAのプロジェクトから学んだことを国内外に発信し、高く評価されたことは、彼らが独力でCDMを促進していく自信につながったと思う」と話す(写真:藤本さん提供)

藤本さんを中心に、情報整備、エネルギー、法律・金融、交通バイオ燃料の専門家で構成されるJICA専門家チームは、まず、CDMの審査とプロモーションを担うUCCの業務能力アップのために、同国のCDM情報の整備を支援した。CDMの基本的なマニュアルを、日本のものをベースにスペイン語で作成し、UCCのウェブサイトも、進行中のプロジェクトやセミナーなどの情報が把握しやすいものに改善。また、コストや手間のかかる小規模のCDMプロジェクトを限られた資金で実施できるよう複数組み合わせる「バンドリング」の可能性を検討し、そのためのガイドブックも作った。

加えて、CDMプロジェクトのデータベースの構築にも力を注いだ。各プロジェクトのデータは担当者個人が管理しており、UCC組織としてCDM事業の全体像をつかみ難い状態だったからだ。

「プロジェクトの最初のころは、UCCは若い職員が多いせいか、自分では判断せず、何事もカルリーノ室長の裁定を仰がないと前に進もうとしない状況でした」(藤本さん)

UCCのエルナン・カルリーノ室長はCDM理事会のメンバーを務めるほどの国際的に著名なCDM専門家だが、そのため海外出張も多くオフィスを空けがちな上に、業務上の権限が若い職員に委譲されていなかったことから、業務が停滞しがちだった。この悪循環を断ち切るために、藤本さんらは職員たちと作業を進める中で、自身で判断・決定することの重要性や、組織的な取り組み方を伝えた。

「私たちは、チームとして働く術とコミュニケーションの大切さを学びました。また日常業務を効率化し、個人実務にも生かせる知識と技術を身に付けることもできました」

UCC職員の一人、フランシスコ・オカンポさん(29)はそう話す。

「実際にPDD※1を作成するなどの作業過程で得たものは、特に大きいです」

藤本さんら専門家は、CDM事業を促進するためには、UCCを中心とする関係者がCDMプロジェクトの形成・実施を支援できる能力を持つ必要がある、と考えた。そこで、実際に2つのモデルプロジェクト(既存のダムの放水を利用した小水力発電と、製材所の廃材を利用したバイオマス発電)のPDDを作成することで、実地訓練にした。また、発電プロジェクト形成に不可欠なグリッド排出係数※2の算定マニュアルと、データ更新のためのシステム作りも行った。

国内のCDMへの認知・理解が高まり、CDMプロジェクトが円滑に形成されるよう、民間企業や州政府、法律・金融関係者などCDM事業の関係者を対象に、啓発セミナーやワークショップも精力的に開催した。プロジェクトを実施する立場の民間事業者には、PDDの作成方法などを指導。州政府関係者には民間事業者への支援ができる人材のトレーニングを実施している。プロジェクトは地方で形成されることが多いため、その形成を支援するトレーナーが各州に必要だからだ。法律・金融関係者には資金の調達方法やプロジェクト実施によって生まれるクレジット(CER)※3の売買契約などについてのセミナーを実施した。今年2月のセミナーには、参加者50人を予定していたところ、企業、地方銀行、弁護士事務所などから85人が参加し、関心の高まりをうかがわせた。

こうしたセミナーはできるだけUCC職員が運営し、6月にプロジェクトが終了した後は自分たちで継続していくことになる。

また、2月に開催した国際セミナーには、国内だけでなく中南米12カ国からのCDM関係者を合わせて186人が参加し、高く評価された。藤本さんは「アルゼンチンのCDM事業の前進を象徴するイベントとして記憶され、今後のプロジェクト加速化へのマイルストーンになった。それに、アルゼンチンが中南米におけるCDM情報発信基地、連携強化の中心国として機能する契機になったと思います」と強調する。

フランシスコさんは、目を輝かせて言う。

「私たちの発表内容に、多くの国が関心を示してくれました。これからは、地域におけるCDM事業支援のリーダーを目指したいです」

多角的で継続的な取り組みが未来を切り開く

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ラテンアメリカ最大のごみ処分場「ノルテ」。ここには毎日1万1,000トンのごみが運ばれてくる。収集トラックが運んできたごみは、コンテナごとプラットホームに下ろされ、ふたを開けて処理場へ流し込まれる

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CEAMSEがこれから普及しようとしている再生ごみ分別回収箱

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「ビジャ・ドミニコ」ではCEAMSEが花樹園を運営。植物の大半は、周囲の植林や公園整備に利用、あるいは学校や施設に寄付している

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ヤナギの植林地を案内してくれる「パラナ三角州農牧実験施設」研究員のエドガルド・カサウボンさん

フランシスコさんによると、UCCには現在約130のプロジェクトが提案されており、うち15件はPDDも提出されている。モデルプロジェクトの中身に関心を抱いた民間事業者から情報提供の依頼も来ているという。

現在、この国で実施されているCDMプロジェクトにはどんなものがあるのだろうか? それを知るために、まず首都圏の廃棄物処理を一手に引き受ける首都圏生活環境公社(CEAMSE)のごみ処分場を訪れた。

ブエノスアイレスの南に位置する「ビジャ・ドミニコ」は3年前に閉鎖されたごみ処分場だ。550ヘクタールの元処分場は今、滑らかな台地と花樹栽培園、植林エリア、環境学習公園に変身。その一角に、オランダのCDM事業会社が運営するメタン燃焼施設が立つ。

埋め立て地の深さ7メートルの所に等間隔に埋めたパイプでメタンを回収し、メインパイプを通して燃焼施設へと引き込む。それを「松明(たいまつ)」と呼ばれる3本の煙突で燃やす。1本2500、3本で計7500立方メートルのメタンを燃やせるが、採取できるメタン量が予想より少なく、1本しか稼動していないという。ごみから出る汚水が邪魔をして、井戸を掘って除去してもなお、期待量のメタンが回収できないからだ。

コスト的には割に合わない事業のようだが、それを承知で発電実験も始めているそうだ。「うまくいけば、この施設を動かすための自家用発電施設を造る予定です」と現場社員が教えてくれた。

ブエノスアイレスの北には、CEAMSEが運営する南米最大のごみ処分場「ノルテ」がある。そこでも、イタリアとアルゼンチンの合弁会社がメタン燃焼と4.8キロワットの自家用発電を行っている。さらに2件のメタン燃焼もしくは発電事業を行う予定だ。

首都圏の廃棄物は景気回復とともに増え続けており、環境に配慮した処理と分別・再生がますます重要になっている。そのためCEAMSEでは、再生ごみを拾って売っていた人々を組織し、組合運営による効率的な分別工場を4つ作った。しかし、ごみの量に比べて規模が小さく、また家庭での分別が進んでいないことが再生の限界を生んでいる。

もう一つ別の事業を見るために、ブエノスアイレスの北東約75キロにあるデルタ地帯を訪ねた。ここには国立農牧技術院(INTA)の研究施設があり、成長の早いヤナギ(5万ヘクタール)とポプラ(1万4000ヘクタール)が植林されている。INTAの研究者エドガルド・カサウボンさん(52)は、CDM事業を想定し進めている研究を次のように説明する。
「ヤナギの大半は紙や木箱にされます。使用後、焼却すれば二酸化炭素が放出される。でも、より良質な木に育てて家具にできれば、炭素をより長い間木材に封じ込めることができる。また、ヤナギやポプラを水辺に植えれば、河水の浄化が期待されます」

こうした意欲を持ち始めた事業者を支援するために、UCCはさらに「アルゼンチン炭素基金(FAC)」の機能整備を急ぐ。FACはこれまで主にPDDの作成を指導してきたが、将来は事業資金の調達をはじめ、世界にCDMプロジェクトを提案していくための総合的支援を行う予定だ。

アルゼンチンがCDM事業に取り組む意識は、少しずつだが確実に高まっている。環境・持続的開発庁長官顧問のアナ・マリア・クレイメイヤーさん(33)はJICAの支援について「多角的かつ中・長期的視野で行われる点がとても有効。地域全体のCDM事業推進のためにも、今までの取り組みをベースにした支援を今後も期待しています」と話す。

アルゼンチンの試みを知り、CDM事業の推進に関心を持つ中南米諸国は増えつつある。JICA専門家とともに活動する中で自信をつけたUCC職員らによって、アルゼンチンが意欲を燃やす「地域リーダー」への道も夢ではないだろう。