monthly Jica 2007年6月号

特集 地球温暖化 地球の未来を守る闘い(2/4ページ)

PROJECT in Viet Nam(ベトナム)
CO2を吸収する森林づくり

【地図】ベトナムベトナムでは、1940年代から90年代の間に約500万ヘクタールもの森林が消失した。ベトナム戦争時の直接被害のほか、農地開発や林産加工業の振興時に植林などの森林保全対策が限られていたことが主な原因だ。ベトナム政府は、急速に減少した森林面積を、2010年までに1943年当時の1,430万ヘクタール(国土総面積に対する森林被覆率では43%)に回復することを目指し、植林活動などを展開している。森林回復のための手段の一つとして、持続可能な開発に取り組みながら、植林で二酸化炭素の吸収源を増やす「吸収源CDM(AR-CDM)」についても積極的に進めたいとしているが、国際的にも新しいこの取り組みの知識や実施能力が十分ではない。ベトナムにおけるAR-CDMプロジェクトの実現に向けたJICAの開発調査の現状と、その難しさについて報告する。

「西へあと30メートル!」「ここだ!ここだ!」

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ベースラインのバイオマス量計測のためのサンプリング。バイオマス量は植物の部位によって異なるため、草や灌木の地上部(茎や葉)と地下部(根)に分けて採取する

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AR-CDMプロジェクトのパイロットサイトの一つ。斜面で土壌浸食が発生している。ベトナムでは、戦争による被害のほか、農地開発や過放牧、違法伐採、薪採集などが原因で、森林が著しく減少した

ベトナム北部、山岳地帯の傾斜地を、日本人を含む10人ほどの人たちが、GPS※1端末機を片手に歩き回っている。植生分類をもとにあらかじめ選定したサンプリング地点で足を止めると、赤いテープを取り出して2メートル四方を囲い、その中に生えている草や灌木(かんぼく)を刈り取って袋に詰める。それが終わると、今度は根っこを掘り出し、別の袋に入れる。地道な作業を繰り返すこの一団は、JICAの「AR-CDM促進のための能力向上開発調査」の団員とカウンターパート※2だ。

ベトナム政府は、2002年9月に京都議定書を批准し、03年3月には天然資源環境省が指定国家機関(Designated National Authority:DNA)の機能を担うことが決定され、CDM全般に関する基本的な体制を構築し、地球温暖化対策に積極的に取り組んでいる。JICAによるこの開発調査は、CDMのうち、特にAR-CDM※3という、二酸化炭素(CO2)の吸収源である森林をつくるための取り組みを対象に、カウンターパートがその国際的なルールに則してベトナム国内でAR-CDMを促進する能力を向上させることが目的だ。そのためには、彼ら自身がプロジェクト計画策定を経験する必要がある。

2006年10月から今年2月までの第一次現地調査が終わった時点で、パイロットサイト、つまり、ベトナムにおける小規模AR-CDMプロジェクト形成の対象となる地域がようやく選定された。この作業が一筋縄ではいかなかった。パイロットサイトは、長い間木が生えていない裸地が望ましい。ところが、ベトナム側から提供された情報に基づいて裸地であるはずの地点に行ってみると、灌木がうっそうと茂っていたり、農民がサトウキビを植えていたりする。

調査団長の佐々木昭彦さんは、パイロットサイトの地図を示しながら次のように話す。「遠くから見て裸地だったので、『あそこがいいんじゃないか』とその場所に行ってみると、そこは政府の植林事業が実施された場所で、部分的に木が成育しておりだめだったケースもあります。ほかに良い場所がないかと何カ所か訪ねていって選んだサイトが、この部分です」。

こうして決まったパイロットサイトは、首都ハノイから車で2時間ほどの、ホアビン省カオフォン県内に散らばる5カ所。合わせて310ヘクタール、東京ドーム66個分の広さに相当する。

通常の植林との違いとは

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パイロットサイト選定のための農民へのヒアリング。「昔と比べて天候が変わってきていることは、ベトナムの人も感じているようです」(佐々木さん)パイロットサイト選定のための農民へのヒアリング。「昔と比べて天候が変わってきていることは、ベトナムの人も感じているようです」(佐々木さん)

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ベトナムにおけるAR-CDM関係者を対象とするトレーニングワークショップ。これまでに、AR-CDMの概要説明と、サイト選定過程で得られた情報を共有するためのワークショップを行った

佐々木さんは、「小規模AR-CDMと、住民参加型の植林のやり方は、ほとんど一緒なんですよ」と言う。どちらも、経済的に貧しい住民の手で木を植え、生活のために森を活用しながら、地域の持続可能な開発に役立てることがポイントだ。

「大きく違うのは、ルールに沿ってプロジェクトの設計書(PDD)を作成し、第三者機関に確認を受けCDM理事会で承認・登録を受ける必要があることです」(図2参照 )。PDDに盛り込むべき内容は多岐にわたる。主なものを一つ取り上げると、プロジェクト実施前、その地域に存在するCO2吸収量、すなわち、バイオマスの量がある。これをベースラインバイオマスと呼ぶが、それをどのように測定するかといった方法論は、CDM理事会傘下のAR-CDMワーキンググループが決定したものに従う。

先ほどの草や灌木を刈り取る作業は、プロジェクト開始前のベースラインバイオマス量を測る作業だ。パイロットサイトの植生はすべて同じとは限らないので、大まかな植生分類を基にサンプル地点を決め、そこのバイオマス量を測定し、PDDにはプロジェクト実施後に増えると予想されるバイオマス量を計算して記載する。

通常の植林とのもう一つの大きな違いは、AR-CDMプロジェクトの実施によって増えたCO2吸収量に応じて、プロジェクトの参加者がクレジット(CER)を得られることだろう。CERは市場で売買することができ、先進国の温室効果ガス排出枠としても利用可能だ。そのため、これが呼び水となってAR-CDMプロジェクトが各地で行われるようになることが期待されている。

企業の社会的責任としてのAR-CDM

【図表】CDMの手続きの流れしかし、AR-CDMの取り組みは順調には進んでいないようだ。「方法論がなかなか決まらなかったので、プロジェクトの形成と実施が世界的に遅れているんです」(佐々木さん)。実際、07年4月26日時点でCDM理事会に登録されている634件のプロジェクトのうち、AR-CDMは中国で実施中の1件のみ。

また、AR-CDMによって得られるCERは、期限付きという不利な点もある。どういうことかというと、木が吸収したCO2は、森林火災が起きた場合、大気中に再放出されてしまう。また、成長した木を伐採すれば、CO2の吸収はその時点でおしまいだ。このため、AR-CDMのCERには有効期限がある。このように、CDMプロジェクトへの投資者にとって魅力の低い期限付きCERは、市場での取引価格も低くなるだろうといわれている。

それでも、ベトナム側の関係者は、AR-CDM実施のための国内体制を早く整えたいと、JICAの開発調査へ大きな期待を寄せている。その熱心さには、佐々木さんもうれしい悲鳴をあげるほどだ。

08年3月までの予定で実施されているこの調査では、パイロットサイトで実施するAR-CDMプロジェクトのPDDドラフトを作ることに加え、ベトナムのAR-CDM情報を網羅した投資家向けのガイドブックの作成や、ウェブサイトの構築なども予定している。

佐々木さんはベトナム側の意欲に応えるための、ある計画を打ち明けた。「実施を前提としたプロジェクト形成はこの調査の活動には含まれていないのですが、ぜひとも実現させるという意気込みでカウンターパートとともにパイロット事業の形成を行います。早く1件でも実施することがベトナムにおけるAR-CDM促進にとって最も重要と信じるからです。そのため、実は今、プロジェクトに投資してくれる企業を探しているところなんです」。

AR-CDMに商業的リスクがあるのは事実だが、それを差し引いても、貧困削減や地球環境にとって大きなメリットのある取り組みだ。また、そこに投資する企業にとっては、「企業の社会的責任(CSR)」としての魅力もある。このチャレンジングな試みに、ぜひ注目してほしい。