monthly Jica 2007年7月号

特集 ガバナンス 民意に根差した国づくり(4/4ページ)

Expert's View
専門家に聞く 開発援助とガバナンス

ガバナンスと住民の暮らしはどのように関係しているのか、国際社会が途上国のガバナンス支援を行う背景とは何か。JICAによるパキスタンの地方行政能力向上支援にかかわった黒崎卓一橋大学教授に、その事例をもとにガバナンス支援について聞く。

1 ガバナンスと貧困はどのように結び付いているのか?

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黒崎 卓(くろさき・たかし)
一橋大学経済研究所教授。1964年栃木県出身。専門は開発経済学、農業経済学、南アジア経済。JICAの「パキスタン国パンジャブ州地方行政能力向上プロジェクト」に短期専門家としてかかわった。著書は、『現代パキスタン分析 民族・国民・国家』(共編著、岩波書店)、『開発経済学 貧困削減へのアプローチ』(共著、日本評論社)、ほか。

私が長年見続けてきたパキスタンという国は、高い潜在能力を持っているにもかかわらず、マクロ経済の運営に一貫性が欠け、経済成長の変動も大きく、ガバナンスの悪い国といわれています。マクロレベルのガバナンスの悪さはミクロレベルのガバナンスと密接につながっていて、ミクロレベルでは公共サービスの提供に問題があり、しかもそれを改善する仕組みも不足しています。

典型的な例が農村の公立学校です。パキスタンは途上国の中でも識字率が低く、現在でも小学校の就学率が5〜6割にしかならないなど、教育の問題を多く抱えています。その改善のために政府はお金と労力を費やしてきたのですが、なかなかよくなりません。

特に公立の学校では先生が頻繁に休むことが問題の一つになっています。天気が悪かったり、交通ストなどのやむを得ない理由で臨時休校になることも多いのでしょうが、先生の不在が常態化してしまうケースがたくさんあります。教育行政を見た場合、末端にいる先生がきちんと仕事をするかどうかを監視するマンパワーが役所になく、監視するというインセンティブも役人は持っていないというガバナンスの問題が背後にはあります。

こうした例は教育だけでなく、保健医療やほかの分野でも似たような面があります。それらの場合も、政府のしかるべきところに訴えればよくなるかというと、住民の訴えは棚上げになってしまって改善されないことが多いと聞きます。唯一の方法として、地域で実権を握る政治家にコネをつけるとたちどころに改善されることがありますが、この方法は、非常に非効率で不平等です。これでは有力者にコネのない地域は、なかなか貧困から抜け出すことができません。

2 「ガバナンス支援」が行われるようになった背景は?

1990年代から2000年にかけて、経済開発戦略の中で貧困削減が非常に重要になりました。貧困削減のため、先進国が途上国に対して政府開発援助(ODA)などを通して支援しようとしているが、実際にはODA予算は減っています。そうした状況で有効な援助を考えたときに、被援助国のガバナンスの良し悪しで効果がまったく違ってくることが問題になるわけです。援助の効率がガバナンスに左右される面があることが、ガバナンス支援が行われるようになった背景の一つだと私は理解しています。

私がかかわったパキスタンの「パンジャブ州地方行政能力向上プロジェクト」※も、そうした大きな文脈の中でとらえることができると思います。このプロジェクトでは、コミュニティーが積極的に開発事業に参加することで行政の透明性を高め、効率的な開発を進めることが目指され、ある程度の成果をあげました。

※ムシャラフ政権によるガバナンス改革の一部として導入された住民参加型の行政サービスを、目的通りに機能させるため、2004年7月〜07年2月にパンジャブ州ハフィサバード県で実施したモデル事業。プロジェクトで養成されたフィールドコーディネーターが地域住民のニーズをくみ上げ、それが地方政府の開発予算による事業に反映されるようになった。フォローアップのため、09年6月まで延長されている。

3 ガバナンス支援の取り組みはどうあるべきか?

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「パンジャブ州地方行政能力向上プロジェクト」で、ディンガランワリ村を訪ねた黒崎教授(奥中央)ら。村ではフィールドコーディネーターがCCB事業を説明した後、村人全員でニーズを議論する。CCB事業とは、住民組織による地域開発活動に地方政府が資金を助成するもの

実はパキスタンのプロジェクトが始まる前、階層的分断が強いこの国の末端のガバナンスを、より貧しい人の発言権を保障する方向に変えていくことは容易でないと思っていました。しかし、プロジェクトが終わった今、その成果に正直驚き、心配がいい意味で裏切られたと思っています。

ガバナンス支援では、ドナーが途上国に条件をつけて広範な制度改革をさせようとする場合もありますが、日本がそうするのは能力的にも国際政治的にも難しいでしょう。パキスタンのように、日本が地方のガバナンス改革という小さな支援で成功例をつくり、それを広げることは非常に意味があると思います。

パキスタンの事例で特筆すべきは、日本人の長期専門家が現地に住み、パキスタンの人と一緒に草の根からガバナンスを少しずつ変えていったことです。こういう日本特有の良さを、国際援助コミュニティーの中で、もっと発信してもいいのではないでしょうか。

ガバナンス支援は、ほかの分野の支援と違って、客観的に数値化できる成果が出にくい分野です。そういう意味でも、成果主義的な傾向が日本の援助の中で強くなり過ぎると、ガバナンスの支援は難しくなるのではないかと思います。

途上国で末端の制度やルールを運用するに当たっては、最終的にはさまざまなアクターの関係が重要になってきます。それは一朝一夕には変えられないので、ガバナンス支援は長い目で見て取り組む必要があると思います。