monthly Jica 2007年8月号

特集 西バルカン地域 多民族社会の平和を目指して(2/4ページ)

PROJECT in Albania(アルバニア)
川をきれいにして住環境の改善を

【地図】アルバニア拡張を続けるティラナ首都圏では、下水処理施設がないため、川の汚染が深刻な問題となっている。川の水質を改善し、住民の生活環境を良くすることを目的に、JICAは2005年7月から07年3月にかけて、下水システム改善計画策定のための開発調査を実施した。

「汚い川で、何やっているの?」

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水質調査をするJICA調査団。川には処理されない汚水が流れ、さらに人々が投棄したごみがたまっている。調査団が作成したマスタープランは、環境保全のために取り組むべきことなども提案している

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町の中心部。ラナ川の河川敷は清掃され、一見、きれいに保たれている。しかし、水量が少ないときは、悪臭が辺り一面を覆う

長靴を履き、ごみをかき分けながら濁った川の水を採取する一団。その様子を、学校帰りの子どもたちや通行人が取り囲み、もの珍しそうに見守っている。

「こんなに臭くて汚い川に入ったりして、一体何をやっているの?」

作業する一団に対し、「気が狂っている」と言わんばかりの調子で問い掛ける市民。そのたびに作業の手を休め、「この川をきれいにするんだよ。そのために調査しているんだ」と、仲間のアルバニア人とともに答える日本人。これは、アルバニアでJICAが行った開発調査「ティラナ首都圏下水システム改善計画調査」のひとこまだ。

バルカン半島西部、アドリア海に面するアルバニア。1997年に入ってねずみ講問題※1を発端とする騒乱が発生、98年にはコソボ紛争で50万人を超える難民が流れ込むなど、この国も周辺諸国と同じく、波乱に満ちた歴史を繰り返してきた。

そして今——国際社会の支援のもと、98年以降の国内総生産(GDP)は平均7〜8%という高成長を続けている。オスマン帝国の支配下にあった17世紀初めに町がつくられた首都ティラナ市は、建設ラッシュに沸き、その規模は広がる一方だ。

「中心地はイタリアの地方都市みたいな感じで、町を流れるラナ川沿いにはブティック、カフェ、レストランなどが並び、明るく開放的な良い雰囲気なんですよ」。こう語るのは、JICA調査団の団長を務めた内田晴敏さん。ティラナ市中心の官庁・ビジネス街にはラナ川、北部の住宅地、商業地にはティラナ川という川が流れている。中心部を流れるラナ川の河川敷には芝が植えられ、一見、明媚な印象を受けるが、「実はこの川、上から見ると、道路に見えるんです。色がグレーだから」。中心部を抜けると、川はごみ捨て場と化していた。

※1 10数社の投資会社が、3カ月で金利100%などという高い金利で国民に投資を呼び掛け「ねずみ講」が広がったが、1997年1月に破たん、損害を受けた人々によって暴動が起き、無政府状態に陥った。4月には秩序回復のため多国籍防護軍が派遣された。

20年後を想定し、あるべき姿を目指す計画を策定

アルバニアには下水処理場がない。正確にいうと、最近ドイツの援助でこの国第1号の小さな下水処理場ができたが、昨年の段階ではまだ稼働していなかった。トイレのし尿をはじめ、生活雑排水はそのまま川に流される。アルバニアの人々にとって川は、「臭い」「汚い」「危険な」もの。「近づくつもりなんてさらさらないよ」と言う子どももいる。

2002年、ティラナ首都圏の土地利用を考えた総合的な計画が、世界銀行の主導でまとめられた。その中には当然、下水道計画もある。だが、それはあくまでも構想レベルのもので、具体的な計画づくりが求められていた。05年7月から14カ月にわたって行われたJICAの調査は、その部分を補うもので、下水道整備により首都圏を流れる2つの川の水質を改善し、住民の生活環境を良くすることを目的としている。

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調査団は何度もステークホルダー会議を開き、住民代表や関係省庁、国際機関などの関係者を集めて逐次調査の内容を報告し、情報を共有した。また、マスタープランにおける優先プロジェクトの事業化に向けて、JBICとも情報共有を図っている

調査の対象範囲は、ティラナ市と隣接するカムザ市に加え、カシャール、パスクーチャン、ベルズールという3つの行政区域を足した「ティラナ首都圏」の計9120ヘクタール。2022年を目標年次とした下水システム改善のためのマスタープラン作成に向けて、さまざまな分野の専門家約10人がチームとなり、アルバニアの公共事業・運輸・通信省上下水道局のスタッフとともに、あらゆる調査を実施した。

「まず、目標とする約20年後に、首都圏はどう発展しているかを考えるんです。人口はどうなっているだろう、どのような水の使い方がされているだろう、経済活動から出る汚水はどのくらいだろうかと。既存のデータを調べ、実際に現場を相当走り回りました」(内田さん)

調査団が推定した2022年のティラナ首都圏の人口は100万人(現在は約70万人)。将来の計画給水量をもとに下水量なども推定し、どうすれば効率良く下水を集めることができ、どういった処理が最適なのか、いくつもの案を考え、関係者と話し合いを頻繁に開きながら選定していった。そして07年3月、下水管の改修・整備と2つの下水処理場の建設を含むマスタープランが完成した。

実施が待たれるマスタープラン

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下水処理施設がないために汚水が直接河川に流され、ごみの投棄もひどく、水質汚染の進行、生活衛生環境の悪化が懸念される

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カラフルな建物も多いティラナ市の町並み。経済成長とともに急激に人口流入が進み、拡大した市街地と人口に見合った下水システムの改善が急がれている

アルバニアでは、将来を予測するための各種データがそろっているわけではない。データがあったとしても実態と異なるなど、調査には常に困難がつきまとった。「特に苦労したのは、下水処理場の土地を確保すること」と、処理場の設計を担当した本(もと)靖夫さんは言う。紆余曲折を経て、下水が自然流下で届き、エネルギーをあまり必要とせず、多量の下水を処理するのに十分な土地を選定することができた。

マスタープランでは、首都圏の下水道施設を3期に分けて段階的に整備することとしている。アルバニアは将来的に欧州連合(EU)への加盟を目指しているため、処理水のBOD※2の濃度など、すべてをEUの基準に合わせる必要がある。ラナ川中心部のBODは現在95mg/l で、このまま何もしないと105mg/l にまで悪化することが予測されるが、この計画が実施されれば、13mg/l 以下の水質になると予測される。「今後、アルバニアの担当者が自分たちの力で継続して事業を行っていけるような計画をつくるのが目標でした。そういう意味で、優先して取り組むべき事業として提案した第1期事業計画は、既存の下水管システムをできるだけ生かし、初期投資も抑えながら、下水道整備の目的である環境への効果(川の水質や生活環境を良くする効果)を住民にPRでき、継続的な事業実施を推進できる計画になった」と内田さんは胸を張る。

現在、地方分権化を進める同国では、上下水道事業の運営・維持管理は国から自治体へと移されることになる。今はその過渡期だ。マスタープランにおける優先プロジェクトの実施に向けて調査期間中から情報共有してきた国際協力銀行(JBIC)は、現地モニタリング調査にも参加し、事業化への準備を行った。この計画が円滑に実施されるよう、マスタープランでは地方分権化を考慮した維持管理の体制についても提案している。

「私たちの水質調査を見ていた人が、その目的を知り、手を握って『ありがとう』と言ってくれました」(水質担当の川村哲司さん)。今すぐにでも川岸が首都圏に住む人たちの憩いの場所になることを、誰もが望んでいるのだ。アルバニアの担当者たちも下水処理プラン実現のため、日本とのより強い協力関係を期待している。

※2 生物化学的酸素要求量(Biochemical Oxygen Demand)。水中の汚濁物質(有機物)が微生物により酸化分解されるときに要する酸素量。水質汚染の度合いの測定に用いられる指標で、数値が小さいほど汚染が少ない。