monthly Jica 2007年8月号

特集 西バルカン地域 多民族社会の平和を目指して(3/4ページ)

PROJECT in Serbia & Montenegro(セルビア&モンテネグロ)
経済成長の活力、中小企業の育成を

【地図】セルビア&モンテネグロ対外的には1つの国、だが実態は2つの共和国による緩やかな連合国家としてその道を歩んできたセルビア・モンテネグロが、「セルビア」と「モンテネグロ」という2つの国家になってから1年余りが経過する。分離独立を経て、安定した国づくりを目指す両国の経済成長を支えるため、JICAは行政による中小企業支援体制の強化に協力している。

両国の経済再建を目指して

【図表】

セルビア南部の町、ノヴィ・パザルは住民の約7割がイスラム教徒で、町にはモスクが多い。人口12万人のうち、失業者は約40%。モンテネグロ、トルコにも近いという立地条件から企業の誘致が期待される

【図表】

1日700〜1,000本のジーンズを生産する縫製工場のBRUG(ブルグ)社(ノヴィ・パザル)。名倉専門家と根岸専門家が工場内を見学。主な輸出先はバルカン諸国

ベオグラードを首都に置くセルビア。ラズベリー世界第2位の生産量を誇るドナウ川南部を中心に、フルーツやキノコなどが生産され、同国経済はそれらを原材料とした食品産業のほか、製造業や縫製業などに支えられている。一方、モンテネグロではフルーツや食肉加工業に加え、絶景のアドリア海沿岸でホテルやレストランといったサービス業が発達。5.7%(セルビア、2006年)、4.1%(モンテネグロ、05年)という経済成長率は、堅調な足取りといえる。

しかし今、両国で深刻となっているのが失業問題だ。特に経済は、北大西洋条約機構(NATO)軍空爆と1990年代の長期にわたる国連の包括的制裁によって大打撃を受け、とりわけミロシェビッチ政権崩壊以降、経済再建に努めてきたが、現在も20%を超える高い失業率がその難しさを物語っている。

全登録企業の99%以上を占め、雇用の約半数を創出する中小企業を、経済成長の活力として注目した両共和国は、国内企業の支援を通じた市場経済化の推進を優先課題に掲げ、セルビアは01年に中小企業起業開発庁を、モンテネグロは2000年に中小企業開発局を発足、中小企業を取り巻く各種法制度の改正を行った。さらに、重点課題を示した政策を策定。政策実施機関である「地域センター」(セルビア、13カ所)、「地域ビジネス・センター」(モンテネグロ、11カ所)が、中小企業に対し、1)経営アドバイス、2)ビジネス人材育成のセミナー、3)資金調達に関する情報提供、4)国内見本市の開催、5)その他関連情報の提供などを実施し、経済活性化に向けた中小企業育成に取り組んでいる。

しかし、旧ユーゴスラビア時代に「自主管理社会主義」※1という独自の社会主義路線を歩んできた同地域には、行政が民間セクターを支援する経験もノウハウもなく、活動が思うようにできていない。こうした状況から、「民間セクター開発」を西バルカン地域の援助重点分野に掲げるJICAは、セルビア中小企業起業開発庁とモンテネグロ中小企業開発局の、中小企業支援サービスの提供能力を向上すべく、両機関の機能とスタッフの能力の強化を支援する「中小企業支援機関強化プロジェクト」を06年6月に開始。今年7月の終了までおよそ1年間、途上国での中小企業支援の経験が豊富な舟橋學専門家を中心に活動が行われた。

※1 旧ユーゴスラビアでは、旧ソ連の国家主義的な社会主義と区別すべく、人民の自治と分権に基づく「自主管理社会主義」という独自の社会主義路線を進めた。その結果、直接生産者が自己の労働の条件、手段、成果を管理・決定する社会有企業が数多く存在し、共和国間の経済格差が拡大、国家全体の経済にも大きく影響した。

企業診断とビジネス・トレーニング

「どちらの国も行政として本格的な中小企業支援を始めてまだ5、6年しか経っておらず、この間、少ない予算の中で事業を実施してきており、すべてが不十分と言っても過言ではありません」と両国の実態を明かす舟橋さん。山積する問題を1年間という限られた期間の中でどう解決していくか——舟橋さんが選択した活動内容は、「スキルの標準化」と「サービスの拡大」だった。

その理由は、1)経営アドバイスや人材育成のためのトレーニングの質が、担当スタッフの能力によって大きく異なること、2)サービスに広がりがないことが、両国共通の重大な課題だと判断したからだ。「 1)が起こるのは、スキルが標準化されていない証拠。各種ビジネス・ノウハウ本もなく、一般的な中小企業は、経営ノウハウを得るチャンネルが限られ、行政支援の有無でスキルに大きな差が出てきてしまう。また 2)については、企業数を増加させたいという政府関係者の目標があるにもかかわらず、それに向けたサービスの広がりが不十分。さらに、資金調達の面でも、『実際にいくらの資金が必要で、利益計画によると何年で回収できるのか』をまったく考えずに資金が必要と言っている人が大半で、そうした企業には資金の借り入れを勧める前に伝えなければならない経営スキルがたくさんある。その意味でもスキルの標準化とサービスの拡大が重要だと考えました」。

これら2つを達成するために行ったのが、企業診断のトレーニングとビジネス・トレーニングだ。企業診断を担当した林隆男専門家は、診断基礎知識レクチャー、診断ケーススタディー、モデル企業の簡易診断の3段階に分けたプログラムを、両国センターのスタッフに向けて実施。第3段階の企業診断では、5人程度で診断チームを編成し、ヒアリング→情報整理・課題検討→改善案作成→診断結果報告というプロセスで実地演習を行った。

また、経営者や企業家などに対するビジネス・トレーニングとしては、根岸毅専門家が経営の基本的な考え方である生産管理、品質管理、5S※2に関する初級のセミナーを、さらにビジネスプランの立て方やコスト管理・削減とキャッシュフローの重要性などを伝える中級セミナーを実施した。そして、既存市場の奪い合いばかりで、他社との差別化を図ろうと考える経営者が少ないという両国の特徴を鑑(かんが)み、マーケティング・新製品開発を担当した名倉寛恭専門家が、新たな市場を獲得した日本の中小企業やベンチャー企業の成功事例を紹介するとともに、日本が得意な新製品開発手法などについても説明した。

これらのセミナー対象者を、経営者から、起業準備を始めている人、この先起業しようという意志を持っている人までと幅広くとらえ、センターのある全都市での開催にこだわったのは、できる限り多くの人たちに行政の支援を活用してほしいという舟橋さんの思いからだ。

企業診断のトレーニング後、出席状況や受講姿勢を評価し、セルビアで62人中37人、モンテネグロで23人中16人のスタッフが修了証を取得。またビジネス・トレーニングには、セルビアから681人、モンテネグロから191人が出席した。「修了証の取得者は目標の70%に届きませんでしたが、スタッフの自主性に任せた結果なので、ある程度満足できる数字だと思います。またビジネス・トレーニングは、参加者が少ない都市もあったが、ほかのドナーの支援が届いていない地域でも実施できたことは、知識の普及に貢献できたはず」と舟橋さんは考えている。

※2 整理、整頓、清掃、清潔、しつけの頭文字を取って「5S」と呼ばれている。製造業やサービス業での職場環境改善で用いられるスローガン。

日本の取り組みをじかに学ぶ

【図表】

自動車部品を製造、設計、開発するダイキョーニシカワ株式会社の工場を見学する研修員。同社は、県から自動車部品サプライヤーとして国際競争力を強化するための助成金を受けた企業で、研修員は経営手法や職場環境などを見て学んだ

【写真】

マケドニアから参加したジュリア・ミシェブスカさん。「特に講義では行政による金融支援を、会社訪問では経営陣の考え方や社内の雰囲気を見たい。そして帰国後、日本で得た知識を同僚や企業経営者たちにも積極的に伝え、事業計画の策定に役立てていきたい」

またJICAは、セルビア中小企業起業開発庁、モンテネグロ中小企業開発局のスタッフが、中小企業の振興に直結する地域産業振興の事例を日本で学ぶ機会として、地域別研修「南東欧地域産業振興政策」を今年6月に実施した。

広島県が拠点のこの研修には、マケドニアの地域企業支援センタースタッフを含め、7人が参加。県の地域産業振興政策と、実際に行われている中小企業の経営支援策について講義を受けた。その中では、補助金や融資、研修などによる起業家や中小企業・ベンチャー企業の具体的な支援例が紹介されたほか、行政の支援を受けて設立された企業や、産官学の連携を実践する庄原市、地域の農業資源・人材のネットワーク化に取り組む世羅町などを訪問した。地産地消を目指して行政と民間の共同出資で設立された食品加工会社、安芸高田アグリフーズ株式会社を訪れた際は、「競争相手にどう対応しているのか」「消費者ニーズはどう把握しているのか」など、自国の農業問題に重ね合わせた質問が多数飛び交った。モンテネグロ中小企業開発局のヴラディスラフ・ジューロビッチさんは、「私の国では農業は農業だけ、と単独で行われていますが、地元の農家が製造業やその他の業種の企業と連携することが地域格差の是正に有効だと分かった」。またベオグラード商工会議所のアレクサンダー・ミロシェビッチさんは同社のHACCP(ハセップ)※3認定を知り、「国内企業にHACCP認定を推進しているがなかなか難しいので、日本の取り組みを各企業に紹介していきたい」と話した。

さらに、自動車部品のゴム製品を製造する西川ゴム株式会社の工場見学後には、「従業員のモチベーションの高さに驚いた。会社のビジョン、今日自分が何をすべきなのか、誰が今どこで何の作業をしているのかを表にして工場内に掲示し、社員がいつでも確認できるようになっているのは珍しい」とセルビア中小企業起業開発庁のムラデン・ストヤノビッチさんは感心していた。

※3 食品の安全性を確保するため、原材料生産から製造加工、食品貯蔵、流通までのすべての工程においてあらかじめ危害を予測し、その発生を防ぐ衛生管理手法。

少しでも多くの成功事例をつくってほしい

【図表】

5月末にセルビアで開催した最後のセミナーで、活動の概要と成果を説明する舟橋さん。「ビジネス本やノウハウ本が数多くそろうヨーロッパの先進国と異なり、両国で手に入る経済・経営関連の書籍は大学の授業で使われるような理論書ばかりです。そのため、企業の能力に差があるので、行政による支援が必要」

セルビアとモンテネグロでのセミナーを修了したスタッフからはうれしい声が続々と届いている。「初めは理論を持ち込む他国の協力と同じだろうと懐疑的に見ていたが、回を重ね、企業のモデル診断などより実践的なトレーニングを経験する間に、日常業務で役立つと実感できた」。また、セルビアのある企業では、初級セミナーで紹介された5Sを手探りで実践していた。「『この先はどうしたら良いのか、アドバイスしてほしい』と言うんですね、とてもうれしい反応でした。このような参加者が各地に5%でもいて成功事例となってくれたら、両国の中小企業は随分と発展すると思います」(舟橋さん)。

ベオグラードの近郊には、それまでの生活を数時間で捨てて逃げてこなければならなかったクロアチアやボスニア・ヘルツェゴビナからのセルビア人が多数住んでいる。ある経営者はクロアチアからの難民で、資産をすべて失い、セルビアでゼロからビジネスを始めたという。「特にセルビア人は競争意識が強く、人間関係が複雑なので、調整に骨が折れます。外国人として常にニュートラルを貫くようにしていますが、それは何かを主張するよりも何倍も大変だということを実感しています」。舟橋さんの言葉に、単純な経済成長だけでは解決し得ない現地の複雑な事情がうかがえたが、専門家たちの細かな心配りで自信をつけた人々が自国を経済発展の途に導いてくれると信じている。