monthly Jica 2007年8月号

特集 西バルカン地域 多民族社会の平和を目指して(4/4ページ)

Expert's View
西バルカン地域の平和構築

ボスニア紛争やコソボ紛争などで、きな臭いイメージが絶えない西バルカン。国際社会の介入で紛争は終息したが、その後、地域の国々はどうなっているのだろう。近年の動向や求められる国際協力について、JICAの橋本敬市国際協力専門員に聞く。

1 西バルカン地域の近年の動向と、地域が抱える課題とは?

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橋本 敬市(はしもと・けいいち)
JICA国際協力専門員(平和構築担当)。1960年大阪府出身。大阪大学大学院国際公共政策研究科博士後期課程修了(国際公共政策博士)。新聞記者、在オーストリア日本大使館専門調査員、上級代表事務所(OHR)政治顧問を経て、2002年より現職。主要著作に『紛争と復興支援 平和構築に向けた国際社会の対応』(分担執筆、有斐閣、2004年)、「ボスニア・ヘルツェゴヴィナにおける和平プロセス—国際社会による強権的介入」(『国際問題』2003年7月)など。

西バルカン諸国は、紛争が起こると西ヨーロッパへ多大な影響を及ぼすという、地政学的に重要な地域であるため、国際社会が積極的に紛争後の復興を支えてきました。しかし、ボスニア・ヘルツェゴビナでは紛争終結後12年たっても※1上級代表事務所(OHR)※2が強権的な介入を続けており、セルビアでも民族主義が幅を利かせて民主化が遅れています。

一方、スロベニアは欧州連合(EU)への加盟を果たし、クロアチアとマケドニアは加盟候補国になりました。つまり、西バルカンでは二極分化が進んでいるんですね。

実はユーゴ紛争はもともと、民族紛争というより経済紛争でした。旧ユーゴ構成国のうち、クロアチアとスロベニアという北の進んだ地域は、第一次世界大戦までオーストリア・ハンガリー帝国の領土、ほかの貧しい地域はおおむねオスマン帝国領で、旧ユーゴスラビアが生まれたときから南北問題があったのです。中央の連邦政府が豊かな北からお金を取って貧しいところの開発をしていたわけで、お荷物を切り捨てたいスロベニアとクロアチアが最初に独立宣言したというのがユーゴ紛争の始まりです。

昨年、モンテネグロが独立し、現在、コソボが独立の動きを見せています。しかし、旧ユーゴの首都があったセルビアと違って、行政機構が弱く、経済の分業体制を敷いていた影響で、ものづくりにも支障がある。新たに独立した国が国家として自立できるまでは、当面国際社会の支援が必要でしょう。

※1 スロベニア、クロアチア、マケドニア、ボスニア・ヘルツェゴビナ、セルビア、モンテネグロの6つの共和国からなっていたユーゴスラビア社会主義連邦共和国は、1991年6月にスロベニア共和国とクロアチア共和国が、11月にマケドニア共和国が独立を宣言、崩壊へと向かった。クロアチアから始まった内戦はボスニア・ヘルツェゴビナに拡大、セルビア人、クロアチア人、ムスリムが互いに争った。95年11月、アメリカ・オハイオ州デイトンでの包括和平協定仮調印(デイトン和平合意)を経て、同年12月14日、パリで正式調印され、紛争は収拾に向かった。

※2 日本などの復興支援国と国際機関で構成される和平履行評議会の下で、ボスニア・ヘルツェゴビナの民生面を担当する国際機関。

2 国際社会はこの地域に対してどう関与しているのか?

紛争は終わりましたが、本当の意味での和解が進んでいるわけではありません。デイトン和平合意も、紛争時に土地を奪い合った後のいびつな勢力分布を追認した形になってしまっており、各地に火種が残っている。ただ、どの国もEUに入らないと将来はないという危機感を共有しているので、大きな暴力事件や人権侵害は起きていないのです。

今、国際社会は、この地域全体に対する包括的な支援を行う「リージョナルアプローチ」を進めています。各民族は、ユーゴという小さな国ではいがみ合っていたかもしれないけれど、EUという大きな傘の下で皆が同列であればうまくいくのではないかという発想があるからです。そこで、西バルカン諸国をEUの枠組みに取り込み、隣国との相互依存関係を強めながら、地域の平和と経済の促進を図ろうとしています。

通常、途上国に対しては、どちらかといえばインフラ整備や地域振興といった経済的なアプローチが援助の主体となりますが、ここでは「法の支配の確立」と「経済再建」の2つが支援の大きな柱になっています。この地域には一応民主的な社会システムがあるので、ガバナンス支援にしても、どうすれば成果をあげられるかという予想がしやすく、国際社会による援助の効果が非常に期待できるところなのです。

3 日本やJICAに求められる役割とは?

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JICAの「スレブレニツァ地域における帰還民を含めた住民自立支援計画」で、NGOの支援を受けてハーブを定植する母子家族、帰還家族たち

「地理的にも遠い日本がなぜ西バルカンの支援をするのか」という声も聞かれますが、日本がG8の一員として国際社会との約束を果たし、関係の深いヨーロッパ地域の安定のために協力する必要があるのは言うまでもないでしょう。

日本だからこそ受け入れられる面もあります。例えば、主要ドナーであるアメリカは、「言う通りにしなければ支援を凍結する」として援助にコンディショナリティー(条件)を課し続けてきました。EUは、EU加盟をちらつかせて行政の細部にまで口出しをしている。一方、日本は条件を付すようなことはせず、ボスニアの3つの民族に対して平等に支援し続けてきました。結果、日本の支援なら喜んで受け入れるという空気があるのです。G8の一国であり、かつ主要ドナー国であり、中立的な立場で支援ができるというのは大きなアドバンテージではないでしょうか?

JICAのスレブレニツァのプロジェクト(参照)のように、日本人の専門家が現地に住んで地元の人々と一緒に考えながら民族間の信頼を醸成する取り組みは、非常に意義があると思います。

平和構築というのは、危ないところへ行くことだけが仕事ではありません。ある程度安定した国であっても、放置しておくと紛争の火種になりそうなものがあれば、それを一つずつ取り除くことも大事なのです。例えば、マケドニアでは武力衝突が発生する前、アルバニア人が憲法上差別されていました。このようなシステムの改善に尽力することや、貧富の差が激しい地域の経済再建など、平和を築くためにJICAができ得ることはたくさんあります。そういう点で、西バルカンは有効な平和構築支援ができる典型的な地域だと思います。