monthly Jica 2007年9月号

特集 国際緊急援助隊(JDR)設立20周年  被災者に寄り添う緊急援助(3/6ページ)

TRAINING of JDR
災害医療現場を再現、医療チーム導入研修

国際緊急援助隊(JDR)医療チームに仮登録している医師・看護師など医療関係者が、災害医療現場で必要な知識や判断力を身に付ける2泊3日の導入研修。今年6月22〜24日に大阪で行われ、全国各地から51人が参加した研修の模様をレポートする。

トリニア共和国で発災

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模型を使って人員、資機材などの配置場所をグループで考え、その後体育館の十字テントで実践した

「この子が昨日からずっと呼吸をしていないんです。先生、助けてください!」

「お母さん、落ち着いて、まずは状況説明を。なぜ呼吸しなくなったのですか?」

「家が突然揺れて柱が倒れてきて、その下敷きに…」

国際緊急援助隊(JDR)医療チームが運営する診療所に、幼子を抱えた一人の女性が駆け込んできた。ここはマグニチュード7・2の大地震が発生したトリニア共和国。死者約6000人。被害の大きかったザクアス州は、治安の悪化で以前から非常事態宣言が発令されている。電話は不通、ガソリン・飲料水・食料は不足し、ほとんどのエリアで停電。隊員21人は過酷な環境の中、押し寄せる被災者の診療に当たっていた…。

これは、JDR医療チームに仮登録する医師・看護師など医療関係者を対象とした「JDR医療チーム導入研修」の一幕だ。1983年以来行われている2泊3日の合宿プログラムで、救命救急医療や災害医療の第一線で活躍し、JDRでの活動経験もある講師陣のもと、発災から医療チーム派遣、診療所設置サイトの選定、診療、宿泊、撤収までの一連の流れを模擬体験することで、被災地での医療活動や生活に必要な基礎知識と判断力を養う。2007年6月にJICA大阪で行われたこの研修には、医師18人、看護師17人、薬剤師3人、医療調整員13人の計51人が全国から参加。これまでに延べ1470人が研修を修了し、現在派遣資格を持つ登録者は735人に上る※1。冒頭のシーンは、研修の目玉である模擬診療で、搬送された急患を日本人医師が診察しているところだ。

研修のプログラムは、初めにJDRの概要について説明した後、架空の国、トリニア共和国での災害発生後に医療チームが派遣されると仮定し、チームの一員である参加者が各局面でどう動くべきか、考え、シミュレーションする。輸送量に限界のあるチャーター便に優先的に搭載すべき機材は何か、取材に来た新聞記者にどう対応するか、撤収または2次隊派遣をどう判断するかといった実際に起こり得る事態にどう対処すべきか、23の設問に対する意見をグループでまとめ、各設問の最後に判断・行動のポイントを講師が説明する。そのほか、安全管理やカルテの記入、データ処理などに関する講義があり、簡単な理解度確認テストも用意されている。

国際緊急援助隊医療チーム総合調整部会※2会長で導入研修グループリーダーの小井土雄一医師(埼玉県川口市立医療センター救命救急センター部長)は、「JDRに最も重要なのは、頭を通常モードから災害モードに切り替えること」と話す。派遣決定後、初対面の21人全員がJDRは政府組織であるというスタンスとミッションの目指す方向性を共有しなければ、厳しい環境の中で2週間も寝食を共にする活動は円滑に進まない。JDRとしてのチームの士気を高めることも研修の大きな目的だ。

※1 研修を経て派遣資格を得た登録者は、4年に一度更新しなければ資格が無効となる。

※2 JDR医療チームの緊急援助活動を円滑に行うために、登録要員、研修、携行資機材などについてアドバイスする「支援委員会」の下部組織で、メンバーは医療関係者を中心に構成される。

災害現場により近い環境で

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体育館を倉庫に見立て、就寝スペースやトイレなどを配置していく。安全性やプライバシーの確保、機動性、快適性などに配慮しながらグループで考える

行政機能がまひし、ライフラインが停止、人々が混乱しているような被災地では、予期せぬ出来事が頻繁に起こり、一人一人に瞬時の判断が要求されることが多い。そうした場合に備えて、研修は災害現場により近い環境づくりを徹底している。

活動サイトを選定するシミュレーションでは、政府・現地関係者に扮(ふん)した講師陣からニーズや他ドナーの支援状況などを聞き、その情報と、治安、通信・交通、日本としてのプレゼンスなどを照らし合わせて、各グループで6つの候補地から適切なサイトを決めていく。講師陣の演技は役者さながらで、参加者にはいかに有用な情報を聞き出せるか、そのテクニックも要求される。

また、実際に十字テントで診療活動に当たる模擬診療では、医療資機材の配置や安全性、患者の動きなどを考えながら、受付、診察室、薬局などのレイアウトをグループで計画、それを実践する。意識不明の重症患者、感染症の疑いがある患者、子どものけがでパニック状態の母親、宗教的な理由で女性としか話せない女性患者、他ドナー、地元や日本のメディアといった想定される訪問者を演じるボランティアを相手に、トリアージ※3、問診、カルテ記入、診察、治療、薬の処方という一連の診療活動を通して自分の役割を確認していく。終了後は、患者への対応や活動上の反省点を話し合うとともに、隊員の健康状態などを確認することも忘れない。

夜は、実際の宿泊を想定し、安全性やプライバシーなどを考えながら、倉庫に見立てた体育館に寝床やトイレなどを配置し、生活スペースを確保する。夕食は湯を注ぐだけでご飯ができるアルファ米、みそ汁、煮魚や煮物の缶詰などの非常食を食べ、消灯後は簡易ベッドに寝袋で就寝、体育館で一晩を過ごした。

※3 負傷者を重症度や緊急性で区別し、治療や搬送などの優先順位を決める災害医療の救護措置。

隊員は医療関係者だけではない

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重症患者を診察室に運び込む看護師。患者役に扮したJDR経験者や講師陣が、現場の雰囲気を再現し、模擬診療中は終始緊迫感が漂う

参加者の一人、東北大学病院高度救命救急センターの山内聡さんは、JDR医療チームの国内版、日本DMAT(Japan Disaster Medical Assistance Team)にも所属する医師。05年の宮城沖地震の際、天井が崩落し、17人がけがを負ったスポーツ施設に救急車で急行したが、消防との連携がうまくいかず、災害医療の難しさを痛感して日本DMATの研修を受けた。「災害が起きれば海外でも駆け付けて被災者を助けたい」というのが医療チーム登録希望の理由だ。

福岡県久留米市から来た松鳥祐子さんは20年の経歴を持つベテラン看護師。松鳥さんが勤める医療法人雪ノ聖母会聖マリア病院は海外の医療関係者に研修などを行っていて、これまでさまざまな国の医療関係者と触れ合う機会が多かった。長年JDRに興味はあったが、どう動いたらいいか、自分に何ができるか分からずずっと足踏み状態だったが、「新しいチャレンジをしてみたい」と思い切って参加した。

また、兵庫県災害医療センターの放射線技師、中田正明さんは、レントゲンが携行資機材の標準装備になったと聞き、「ニーズが高まっているなら自分も何か貢献したい」と志願した。研修を受ける前は絶対現場に行きたいと思っていたが、プログラムを通じて「治安上の問題などで身に危険が及ぶ任務だと肌身に感じ、やりがい以上に、自分が負うリスクも大きい」と感じた参加者もいた。

意外に知られていないが、“医療”チームであっても隊員は医療従事者に限らない。医師、看護師、薬剤師の円滑な診療を支える医療調整員や、通訳や車両、食事の手配、携行資機材の管理、日本への活動報告など医療活動以外の仕事を担う業務調整員もチームに不可欠な存在だ。両調整員の場合、研修を経て一定の知識・技術を習得すれば参加できる。

被災地という特別な環境の中で、より多くの被災者を救い、活動を成功させるカギはチーム一丸となって取り組むこと。「モノ・人・時間が限られている緊急援助活動でより高い成果を上げるには、個人の能力はもちろんのこと、チームワークやリーダーシップ、マネジメント能力をアップすることが重要だ。日ごろから積極性や判断力、分析力、情報収集力、交渉力、協調性などのヒューマンスキルを磨くことを忘れないでほしい」と、講師で東亜大学医療工学部医療工学科救命救急コース准教授の中田敬司さんは力説する。

医療チームの隊員は皆ボランティアでの参加だ。世界各地で災害が頻発する中、日本の医療チームが技術・装備・体制ともに世界から評価されるのは、このような研修や日々の業務で登録者自らがスキルや意識を高めているからに違いない。突然の災難に見舞われた被災者を救う医療活動は、こうした人々の不断の努力によって支えられている。