monthly Jica 2007年9月号

特集 国際緊急援助隊(JDR)設立20周年  被災者に寄り添う緊急援助(5/6ページ)

PROCESS of JDR
JDR派遣から帰国まで

災害発生後、国際緊急援助隊(JDR)はどんな流れ、スピードで被災地に派遣され、救援活動を行うのか。2003年12月のイラン・バム地震時を例に、医療チームの派遣から帰国までを見てみよう。

12月26日 5:27 災害発生

【イラスト】2003年12月26日、イラン南東部ケルマン州バムで現地時間5時27分(日本時間10時27分)に、マグニチュード6.7の強い地震が発生。死者数4,000人以上、負傷者数3万人以上(最終的には死者4万3,200人、負傷者3万人)に及ぶ模様。多くの建物が崩壊し、電気、水道、道路などのインフラも大打撃を受けている。

12月27日 10:40 救助の要請、JDR医療チーム出発

【イラスト】12月27日、イラン政府がJDR医療チームの派遣および緊急援助物資供与を日本政府に要請。これを受け、JICAのJDR事務局が医療チームの編成、物資供与の手配に当たる。同日、医療チーム第1陣5人(団長1人、副団長[JICA]1人、医師1人、看護師1人、業務調整員1人)を派遣し、英国ロンドンの備蓄倉庫(当時)から、テント、毛布、発電機、ポリタンクなどを輸送した。

12月30日 11:15 医療チーム第2陣が出発、現地で第1陣と合流

【イラスト】第1陣は28日にバム市内に入り情報収集を開始し、第2陣18人(副団長[医師]1人、医師2人、看護師6人、薬剤師1人、医療調整員3人、業務調整員5人)は29日に出発。30日に到着し、第1陣と合流、総勢23人で市内に医療テントを設置し、1月1日から本格的な医療活動を始める。

1月5日 10:15 活動5日目

【イラスト】連日午前9時前から午後5時前後まで、130〜160人ほどの患者を診察。呼吸器疾患が多く見られるほか、災害後のストレスによる不眠や不安、家族を失った悲しみなど心理的な問題を訴える患者も目立ち、隊員はそうした人々の話を聞き、勇気付けた。また、イスラム教の国なので、女性隊員はスカーフをかぶり、長めの上着を着て活動した。

1月8日 9:00 診療活動終了、現地で引き渡し式

【イラスト】1週間の診療活動を終了。仮設診療所を開設してから7日間で、延べ1,051人の被災者を診療した。翌8日、医療チームの診療所と医薬品がイラン保健省に引き継がれ、引き渡し式を実施。診療所は「ジャパン・メディカル・センター」として、「日本」の名と「日の丸」を残したまま、イラン人医師・看護師によって引き続き診療活動が行われる。

1月11日 8:45 日本に帰国

【イラスト】医療チームは、成田空港に到着後、空港内の部屋で解団式を行い、すべての活動を終了。

なお、緊急援助から切れ目なく復旧・復興支援につなげるため、1月10日からは復興支援の可能性を検討する調査団が現地に派遣された。

緊急援助をバーチャルで体験するシミュレーションゲーム
「国際緊急援助被災者を救え!」

【写真】 国際緊急援助の現場を、より臨場感を持って理解してもらうため、外務省と(財)国際協力推進協会(APIC)が作成した国際緊急援助隊医療チーム派遣シミュレーションゲーム「国際緊急援助被災者を救え!」。JDR事務局がゲームのコンセプト構築から、シミュレーション設計など、現場業務のノウハウを生かしてゲーム制作に協力した。ゲームを通じて緊急援助活動の流れや、現場でどういったことが起こるのかを疑似体験できるだけでなく、被災者をどれくらい救援できたか達成度を測ることができる。あなたは何人救えるか!?さっそくチャレンジしてみよう!