monthly Jica 2007年11月号

特集 水資源 すべての人に安全な水を

PROJECT in Tunisia (チュニジア)
メジェルダ川流域で安心して暮らすために

【地図】チュニジア長い間水不足に悩まされてきたチュニジアは、渇水対策に力を入れてきた。ところが、1973年以来、大きな被害を伴う洪水は起きていなかったが、2000年、03年と続けて洪水氾濫(はんらん)が発生し、市街地や農地に深刻な被害を及ぼした。そこでJICAは、水の有効利用に十分配慮しながら洪水に対処する、バランスの取れた総合的水資源管理計画を策定するため、開発調査を実施している。

半乾燥地帯の洪水対策

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2003年1月の洪水では、多くの家屋が浸水した(ブサレム地区)

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メジェルダ川の上流部。上流域の隣国アルジェリアにおける水文情報などを取り込みながら調査活動を行っていく。メジェルダ川のチュニジア側流域面積は15,600平方キロ。周辺地域には400万人が居住する同国最大の重要河川だ

アルジェリアを水源とし、チュニジア北部を通って地中海に注ぐメジェルダ川。川岸に植物が生い茂り、雨期ですら歩いて渡れそうなこの川は、一見すると国際河川とは信じ難い。

国土の南部にサハラ砂漠を抱えるチュニジアは、南へ行くほど雨量が少なくなる。南部の年間降水量はわずか100ミリ、雨の多い北部でも500ミリだ。日本の1700ミリと比べると、その少なさが分かるだろう。たびたび水不足に悩まされてきた同国で水対策といえば、いかに水を確保するかが課題だった。ところが今、チュニジアのメジェルダ川流域において、洪水に対処するための総合水資源管理計画※(マスタープラン)作りがJICAの協力で行われている。

チュニジアではいくつかの水資源開発の計画に沿って、ダムや導水路を主体とした施設建設が進められている。これらの計画は不足しがちな水の利用を念頭に置いたもので、洪水対策などの治水にはほとんど触れていない。このように渇水対策にばかり注目していたところ、2003年1月にメジェルダ川流域で大規模な洪水が発生した。幸い人的被害はなかったものの、下流の沖積(ちゅうせき)平野では1カ月間も水が引かず、農作物や家屋・家財に被害が出た。また、交通の遮断は社会・経済に大きな損害をもたらした。

こうした大規模な洪水は1973年にも起きており、局所的な川の氾濫(はんらん)もここ数年続いている。地球規模の気候変動が、この地域にも何らかの影響を及ぼしているのだろうか。チュニジア政府は水や防災分野の高い技術力を持つ日本に、メジェルダ川流域の洪水防御に重点を置いたマスタープランを策定する協力を求め、06年11月よりJICAの開発調査「メジェルダ川流域総合水管理計画調査」が始まった。

※総合水資源管理(Integrated Water Resources Management:IWRM、統合水資源管理とも)とは、(1)自然界での水循環における水のあらゆる形態・段階(水資源と土地資源、水量と水質、表流水と地下水など)を総合的に考慮すること、(2)従来別々に管理されていた水に関連するさまざまな部門(河川・治水、上下水道、農業用水、工業用水、生態系維持のための水など)を考慮すること、(3)中央政府、地方政府、民間セクター、NGO、住民などあらゆるレベルの利害関係者を含む参加型アプローチを目指す。このような方法で水を計画的に管理することによって、生態系の持続可能性を損なうことなく、水の便益を公平な方法で最大化することを目的とする。

住民の声を大切にした計画を

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住民に聞き取り調査をする調査団。住民が許容できる被害のレベルをつかみ、それに対応する洪水防御施設をマスタープランに盛り込む

この協力が目指すのは、流域住民の声に配慮した洪水対策をマスタープランに盛り込むことだ。洪水対策、水解析、経済財務、環境社会配慮などさまざまな分野の専門家11人から成る調査団を率いる川村浩二さんは、調査の進捗(しんちょく)状況について次のように話す。

「今は状況の把握を目的とする現地踏査やデータ収集を行っているところです。03年の洪水で被害を受けた地域の中から400軒を対象に聞き取り調査をし、住民がどんな洪水対策を望んでいるのか、どのくらいの被害であれば我慢できるのかといった生の声を集めています」

洪水防御のためには貯水池や遊水地の設置、河道(かどう)改修などの施設的対策が必要だ。だが、それだけでは水害を完全に防ぐことはできない。施設は少なくとも住民が受け入れることのできるレベルまで水害の規模を軽減できるようなものが求められる。そこで調査団は、住民が生活上どこまで水害の不便を許容できるのか、農作物の被害はどの程度なら許せるのかなどを調べているというわけだ。住民の許容レベルが分かれば、過剰な施設建設による資源の無駄遣いを防ぐこともできる。

住民への聞き取り調査はまだ途中だが、得られた回答の中から無作為に抜き取ったいくつかの回答の中身を見ると、ほとんどの住民が洪水を恐ろしいものと認識しており、半数以上が今後深刻な洪水が自分の家の近くで起こると考えている。また、大部分がダムや河川改修などによる洪水防御や洪水予警報システムを知っていた。そして「一度の洪水氾濫発生も我慢できない」という声が過半数を占めた。

川村さんは「現時点で議論することは非常に早計ではあるが」と前置きした上で、「流域の住民の洪水に対する意識の高さがうかがえる」と感想を述べる。

利水にも配慮したアイデアを

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メジェルダ川下流部に架かる1600年代に建設された橋。当時はオスマン帝国がこの地域を支配していた。太い橋げたが水の流れを遮り、土砂が堆積している。これも洪水の原因の一つだが、下流域の被害を緩和しているといったプラス面も考えられる。こうした歴史的建造物を撤去することのない対策が求められている

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現地調査はチュニジア側担当省のスタッフとともに行われている。今年10月にはチュニジア人スタッフ4人が来日し、3週間にわたって日本の水管理を学び、遊水地などを見学した

調査団は今後、収集したデータをさまざまな角度から分析し、08年12月までにマスタープランを策定することになる。すでに述べた通り、プランは洪水防御に重点を置いたものとなるが、一滴のロスも許されないほど水が重要な資源であるという同国の事情も踏まえ、洪水の余剰水を利水のために最大限活用できるアイデアも盛り込む予定だ。

「新たなダムや貯水池を造るということは考えていません。現時点で考えられるのは、すでにあるいくつかの貯水池を連携運用して、できるだけそこで洪水を調節するということでしょうか。しかし貯水池だけで100%調節するのは難しいので、川底にたまった砂を取り除いたり、堤防を造って川の通水能力を高めることも必要でしょう。それでも足りないときは、遊水地を設けて一時的に氾濫した水をためておき、後からゆっくり川に流すということも考える必要があるかなと思っています」(川村さん)。

マスタープランが策定された後には、必要な施設の建設のため、日本の円借款(有償資金協力)の活用も念頭に置いている。

困難を乗り越え「期待に応えたい」

調査活動は、基本的に調査団の各メンバーとチュニジア側の農業・水資源省や環境省のスタッフがペアになって行っている。そうすることでマスタープラン策定に至る過程を共有し、専門技術も伝えている。

事務機器が故障すると部品の調達に数カ月もかかったり、収集資料がアラビア語—フランス語—英語という2段階翻訳のためか内容があいまいになっていることがあるなど、日本人調査団員には戸惑うことも少なくない。イスラム教国のため、ラマダン(断食)中はチュニジア人スタッフに合わせて調査スケジュールを配慮する必要がある。

だが、「日本は世界でも有数の洪水多発国であることから、その対応には多くの知見と優れた技術を有していると理解している。今回のJICAの調査を通じて、ぜひ日本の知見や技術を導入したい」というチュニジア側の期待に応えようと、調査団の面々は困難を乗り越えながら作業を進めている。