monthly Jica 2007年11月号

特集 水資源 すべての人に安全な水を

PROJECT in Viet Nam (ベトナム)
「安全な水宣言」の実現を目指して

【地図】ベトナム安全な水を市民に供給するため、給水事業を担う人材の能力強化が求められているベトナム中部のフエ省。一人一人が着実に知識と技術を身に付け、「安全な水宣言」が果たせるよう、人材育成にJICAが協力している。

水道人材の能力強化を

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トレーニングコースで、漏水探知機を使って漏水音を聞くCOWASU職員

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井戸水を利用する農村部の女性。農村部への給水は各家庭の蛇口に届けるまでに水質が悪化するため、水道普及率が低い

蛇口をひねれば出てくる無色透明の安全な水道水。当たり前のように使っているこの水が一般家庭に届くまでに、多くの技術者の知恵と熟練の技が生かされていることを知っているだろうか。

ベトナム中部、世界遺産に指定される都市フエの水道普及率は95%と日本並みに高い水準を維持している。しかし一歩都市部を離れると、状況は一変する。集落が点在する農村部では、都市部と同じ方法で給水するのが難しく、農村部を含む省全体の普及率は50%を下回る。その上、特に人口密度の低い農村部への給水は、水圧が低くなり、残留塩素も低下、水質が悪化している。その理由には、給水事業を行うトゥア・ティエン・フエ水道公社(COWASU)の組織・職員の能力不足が挙げられる。

ドイモイ政策※1によって目覚ましい経済発展を遂げるベトナムだが、一方で貧困層の多い農村と都市の間で所得や保健・公衆衛生サービスの格差が拡大し、その是正が同国の新たな課題だ。政府は、2006年に発表した5カ年計画の中で、2010年までに都市で95%、農村で75%の人々が安全な水にアクセスできることを目標に掲げている。

COWASUでも、安全な水道水の安定供給を目指して、創立100周年に当たる09年までに、浄水・配水している水が安全であることを住民に公言する「安全な水宣言」を発表するとともに、2010年には省全体の普及率を90%まで向上させたいと考えている。宣言によって水道水の安全性をアピールすることで、安心して滞在できる観光都市としてさらなる集客も期待される。しかし現時点で、「安全な水宣言」をするための条件が整理・確定されていない上、その条件を決める際の指標となり得る浄水場や給水施設の運転・維持管理、配水管網の水質・水圧管理に関する職員の知識や技術、経験が十分とは言い難い。

そうした状況を踏まえ、JICAは03年から3年間、草の根技術協力事業を実施し、横浜市水道局との連携のもと、COWASU職員の能力強化に協力してきた。具体的には、職員を横浜市水道局に受け入れると同時に専門家を派遣して、一般事務から、漏水管理、浄水場維持管理、配水管管理など技術面まで幅広い分野で技術指導を行った※2。その結果、漏水率が低下し、水質検査やメーター管理、ろ過池の運転・維持管理、顧客管理などの体制が築かれつつある。

この成果を持続・発展させるため、ベトナム政府は、COWASUの運営・管理能力を向上する協力を引き続きJICAに要請。そして07年2月、JICAは再び横浜市水道局と連携し、技術協力プロジェクト「中部地区水道事業人材育成プロジェクト」を開始した。(1)水質管理、(2)配水管網管理、(3)人材育成・人事管理、(4)顧客ニーズへの対応の4つが活動の柱で、チーフアドバイザーの井出益二さんを中心に、各分野の専門家が指導に当たっている。

※1 1986年に採択された市場経済システムの導入と対外開放化を柱とする経済政策。ドイモイはベトナム語で「刷新」の意。

※2 草の根レベルできめ細やかな支援を行う草の根技術協力事業のうち、地方自治体が持つノウハウやネットワークを最大限に活用する「地域提案型」による事業。ホーチミンの水道公社も協力の対象となった。

着実な成果を生むために

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フエ市内で老朽管を新しい配水管に取り換える作業を細かくチェックし、アドバイスをする井出さん(左)

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浄水処理技術と浄水施設の運転方法を指導する山中啓二専門家(中央)。COWASUでは、笹山弘専門家をはじめ日本人専門家にアドバイスを受けながら、07年5月、ついに「ISO/IEC 17025」(試験所および校正機関の能力に関する一般要求事項の国際標準規格)を取得した

「フエ市内の浄水場でつくられた水は、日本とほとんど変わらず、私たちが飲んでも全然問題ない」と井出さんは言う。そのため、浄水場の安全な水を、いかにして安全なまま各家庭の蛇口まで運ぶかが目下の課題だ。特に農村部のように人口密度の低い地域へ給水する場合、管内に水道水が滞留する時間が長くなり、途中で水質が悪化してしまう。老朽管の取り換えや管内の洗浄など安全な水を届けるための努力は続けているものの、配水管を設計・施工する職員と維持管理する職員の間に共通の指針やマニュアルなどがなく、管理体制が整っていない。プロジェクトでは配水管網管理計画の改善とモニタリングの促進を通じて体制の構築に取り組んでいる。

さらに、水質や水圧、水中の残留塩素の量など決められた検査項目をクリアしない限り「安全な水宣言」ができないことから、水質管理ではそういった項目を設定し、水質を維持するためのアクションプラン作成に取り掛かっている。また、分析・測定の精度をより高めるために水質分析機器や測定機器も供与し、その使用・分析方法も指導中だ。人材育成・人事管理の面では、人事管理台帳など基本的な書類がない上、職員の採用や昇進に関する基準や制度が整っていないため、現在その整備も急ピッチで進められている。

なぜ、COWASU職員の能力は十分ではないのか。井出さんは「COWASUの歴史は長いが、職員の多くが近年採用された人なので、経験不足は否めない」と説明する。そのためプロジェクトでは、一人一人が着実に能力を伸ばしていけるよう、分野別にセミナーやトレーニングコースなどを開き、そこで得た知識をOJT(On-the-Job Training)で実践する形を取っている。「職員、組織の能力強化なので、COWASUの現状をきちんと理解して物事を進める必要がある。専門家全員が感心するほど職員の意識も高く、だからこそコミュニケーションをとって密な関係を築いていくことが、プロジェクト成功へのカギとなる」と井出さんは強調する。

顧客とのトラブルをなくす

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漏水をテーマとした3日間のセミナーには67人が出席。COWASUだけでなく、ほかの都市の10の水道公社からも参加があった。漏水はどの組織も改善を急ぐ問題だ

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COWASUのサービスは顧客のニーズと合っているかどうかを知るため、住民にインタビューするハイさん(左)。奥は顧客サービス担当の竹内明子専門家

活動のもう一つの柱は、顧客ニーズへの対応方法を改善することだ。今年COWASUが実施した顧客満足度調査によると、水道水を利用する8万1000世帯のうち、250世帯からクレームを受けていたことが分かった。その内容は主に、水道メーターの検針や集金、水道管などの工事、電話の受け答えといった場面での職員の態度に関するもの。また、申し込みから水道が開通するまで10日以上もかかることや、漏水事故後の対応が遅いといった組織に対する苦情もあった。

顧客サービス課のグエン・フング・ハイ係長は、「特に顧客とのトラブルを引き起こしやすい伝票管理の方法を改善する必要がある」と話す。COWASUでは、検針結果を記録する人とそのデータをパソコンに入力する人が異なり、ミスが起こりやすい。一般の人にとって分かりにくい料金形態もトラブルのもとだ。

そうした顧客への対応を日本ではどのように行っているのか。その現場を視察すべく、今年9月、ハイさんとマイ・ダイ・ツォング計画課長がプロジェクトの一環で来日し、約1カ月間、横浜市水道局でトラブル対応や顧客サービスなどについて学んだ。

「横浜のように検針から料金の計算までデータ上で一括管理できるようなシステムをつくり、ミスの防止に努めたい」とハイさん。一方ツォングさんは、「水道局の職員が小学校などに出向いて水道の仕組みを紹介する『出前水道教室』をフエでもぜひ取り入れたい」と市民と触れ合う機会に興味津々。横浜水道の歴史などが展示されている横浜水道記念館では小学生の社会科見学の様子を視察し、直接子どもたちにろ過実験を体験させたり、ビデオを使って視覚的に水道事業をアピールする横浜市の取り組みに、特に関心を寄せていた。

水源林の保護活動

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浄水方法や水が各家庭まで運ばれる仕組みを横浜市水道局員から説明を受ける小学生。その様子を見学するツォングさん(手前)とハイさん。「フエでも浄水場見学のプログラムをもっと工夫できたら」とツォングさん

さらにツォングさんは、日本で最も学びたいことの一つに、水源林での活動を挙げた。横浜市水道局では、良質な原水を120年前から横浜に送り続ける山梨県道志村の森を再生させるボランティア活動を、横浜市民と道志村の人々とともに進めている。道志村の森は今、林業の衰退などによって荒れつつあり、進行すれば土や水にも影響を及ぼしかねない。

「フエに水を送る水源林は、COWASUではなく地元の住民が管理している。収水の近所で化学肥料を多用する農家があっても、水源林を伐採する人がいても、やめさせる権限はCOWASUにない。横浜の取り組みは、安全な水を持続的に供給するための根本的な策としてとても参考になった。省政府にも働き掛け、水源林を住民と協力して守っていく仕組みをつくっていきたい」(ツォングさん)

横浜市は今から120年前に、日本で初めて近代水道が創設された地。100周年を機に、これまで蓄積してきた多くの知識や技術を途上国に伝えており、06年までに受け入れた研修生は約1400人、現地への職員派遣は延べ140人を超える。国際協力事業の窓口を担当する横浜市水道局の江夏(こうか)輝行さんは、「創設当時は給水人口7万人で事業規模も小さかったが、横浜市の発展とともに規模が拡大し、現在360万人に達している。この発展の過程は、フエにも重ねられると思う。120年間途切れることなく安全な水を市民に供給してきたその取り組み、姿勢を現地の人に伝えることで『安全な水宣言』の実現に大きく貢献できると考えている」と話す。

水は生命の“母”。安心して飲める水道水を安定的に供給し続けることは、人々の健康的な暮らしとフエのさらなる発展につながるのだ。