monthly Jica 2007年12月号

特集 ジェンダー すべての人々が生きやすい社会へ

世界のさまざまな状況を示す指標を見ると、男性と女性では一般的に女性のほうが男性よりも社会的・政治的・経済的に不利な立場に置かれている場合が多いことが分かる。そして、これは日本も例外ではない。

こうした状況に対して、国際協力の分野では、2015年までに世界の貧困削減を目指すミレニアム開発目標(MDGs)の8つの目標の一つに「ジェンダー平等の推進と女性のエンパワーメント」が掲げられ、開発課題として「ジェンダーと開発」が注目されている。さらに教育の普及や乳幼児死亡率・妊産婦死亡率の削減、HIV/エイズのまん延防止といったほかの目標を達成し、健全で、持続可能な成長を実現するためには、ジェンダーの視点を考慮した取り組みの強化が必要と考えられている。

また近年、人身取引(トラフィッキング)や女性に対する暴力の深刻化、女性のHIV感染拡大、災害や環境破壊における女性の脆弱(ぜいじゃく)性など、開発とジェンダーにかかわる新たな課題への対応も求められている。

日本は、政府開発援助(ODA)大綱の基本方針に、援助における男女共同参画の視点の重要性や男女双方の開発への積極的参加と受益の確保への配慮、開発途上国の女性の地位向上への努力を掲げ、途上国のジェンダー平等と女性のエンパワーメントの取り組みを支援している。JICAもこの方針に沿って事業を実施しており、すべての政策・事業の企画・立案段階からジェンダー平等の視点を組み込んでいく「ジェンダー主流化」を推進している。

先進国・途上国を問わず関心の高い"ジェンダー"。その不平等を解消し、持続的で健全な社会をつくっていくことは世界共通の課題だ。JICAの取り組みと成果を紹介するとともに、今後の日本・JICAの役割を考える。

「ジェンダーと開発」とは

「ジェンダー」とは、生物学的な性別(セックス)に対し、社会的・文化的につくられる性別のこと。男女の社会的・文化的役割の違いや男女間の関係性を示す。

国際協力の分野では、女性を重要な開発の担い手であると認識し、開発のすべての段階に女性が積極的に参加できるように配慮する「開発と女性(Women in Development:WID)」というアプローチに加えて、「ジェンダーと開発(Gender and Development:GAD)」というアプローチが1980年代以降、重視されてきた。GADは、女性だけに注目するのではなく、社会の中で女性と男性が置かれている状況を把握し、不平等を生み出す制度や仕組みの変革を目指す。不平等を解消する上での男性の役割にも注意を払うとともに、社会・経済的に不利な立場にある女性のエンパワーメントも重視する。

また、1995年の第4回世界女性会議(北京会議)以降、GADを定着させる方法として「ジェンダー主流化」が国際社会で注目されるようになった。ジェンダー主流化とは、あらゆる分野でジェンダー平等を達成するための手段であり、政策策定、計画・立案、意志決定に男女それぞれの視点・経験・知識、利益意識を取り込み、影響を与えることで、男女双方にとって有意義な開発を実現するプロセスのこと。

VOICES from Cambodia(カンボジア)
「すべての開発分野にジェンダー視点を」

文・写真=谷本 美加(写真家)
text and photos by Tanimoto Mika

【地図】カンボジア内戦で多くの人命が失われたカンボジアでは、女性が復興・開発に重要な役割を果たしてきた。しかし男性に比べて社会的・経済的地位が低く、困難な生活を強いられている女性が多い。そこで同国は、男女格差をなくし、公正で平等な社会をつくることを目指して、JICAの「ジェンダー政策立案・制度強化支援計画(PGM)」の支援のもと、すべての政策や開発事業にジェンダー視点を組み込むために女性省や関連省庁のジェンダー主流化の能力向上に取り組んでいる。そして今、その"プロモーター"たちが育ちつつある。

女性は「白い布」

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コンポンチャム州で実施された商業省の「ジェンダー視点に立った市場情報の普及」事業に参加した農家のハン・シェンさん(左)とその家族。大豆、トウモロコシ、米を作っているが、市場価格やジェンダーに関する研修を受けたのは初めてという

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大豆収穫作業に携わる若い女性。カンボジアでは25〜54歳の女性の労働参加率は90%に達する。女性たちは農作業とともに子育てや家事も同時にこなす

カンボジアで、昔から親から娘へと言い伝えられてきた言葉がある。「男性は金、女性は白い布」—この言葉は、「男性は汚れてもその価値が変わらない金のような存在、女性は一度汚れてしまうとその価値を失ってしまう白い布のようなもの」という意味を持つ。その「白さ」を保つべく、女性の社会進出はなかなか推進されてこなかった。「しかし、女性はそう簡単に汚れてしまうわけではありませんよ」と話すのは、女性省計画統計局のチョイ・キムソル局長だ。

同国では25年間続いた内戦によって多くの男性が命を落とし、1970年代後半には、人口の6割以上が女性ともいわれる時代があった。内戦終結から15年以上がたつ現在も、25歳以上の人口の約55%を女性が占め、25〜54歳の女性の労働参加率は90%に達する。女性は国の復興・開発に重要な役割を果たしているにもかかわらず、収入や雇用機会、社会での発言権など、社会的・経済的地位は著しく低いのが現状だ。女性世帯主世帯の割合も29%と他国に比べて高いが、その多くが貧困層に属しているといわれる。

政府はジェンダー平等(男女共同参画)を促進し、そのために必要な政策を扱う国内本部機構として96年に女性省を設置。98年には女性省の第1次5カ年計画「ニアリ・ラッタナー(女性は貴石)」※1が作られた。これは、男性を金に例えるなら女性は価値ある高級宝石であり、組み合わせてこそ互いの輝きが増すと社会に認識されるよう付けられた計画名だ。

「女性省ができて、初めてジェンダーという言葉を知りました。2年後にはほかの省庁の職員にも、その言葉は一般的になっていたと思います」

そう話してくれたのは、JICAの「ジェンダー政策立案・制度強化支援計画(PGM)」に携わる同省計画統計局のテ・ヴッチ・リム副局長。だが、言葉は一般的になってきたものの、「女性の置かれている状況はすぐには変わらない」とも言う。加えて、女性省は政策提言や他省庁との調整など、行政機関としての力が十分ではない。そこで、同省を中心に関連省庁のジェンダー政策立案能力の強化に焦点を当てたPGMが2003年にスタートした。

※1 医療・保健、教育、法的保護、経済開発、ジェンダー平等、女性省の能力向上の6分野で女性の地位向上が盛り込まれた計画。1999〜2003年で5カ年計画 I が終了、その後の5年(04〜08年)で5カ年計画 II に沿った政策が進められている。

ジェンダー平等の視点を農民へ

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キムソル局長は、内戦中、強制労働に動員され、自分の持っている知識や身分をひた隠しにしながらダム建設などの現場で重労働を課せられた経験を持つ。解放された後、自分の能力や知識を役立てたいと、いくつかの職を経て現在、女性省で女性の地位向上やジェンダー政策立案などに携わっている

この国では、多くの女性が主産業である農林水産業に従事している。農家で生産した農産物を仲買人に売る役割を担っているのが女性たちだ。しかし、女性は適切な農産物の市場価格情報を入手できないため、仲買人に買いたたかれてしまっている。そこでPGMでは、商業省が担当する「市場情報の普及」という開発課題にジェンダー視点※2を盛り込むため、既存の情報や調査分析結果から導き出したこの問題への対策案をパイロット地域であるコンポンチャム州で実施し、そのモニタリングと評価を、女性省と商業省、同州商業局が協働してこの1年間進めてきた。

市場情報の普及事業に参加したコンポンチャムの農民たちは、口をそろえて言う。

「以前は、農作物の市場価格情報なんて聞いたこともなかったから、大豆を作っても仲買人の言い値で買い取られていた。たまに市場価格を書いた紙を見ることもあったけれど、半年も前の価格をいまさら知っても意味がないだろ」

農家の女性たちに至っては、こういうことを発言する場に出る機会すらなく、識字能力が低いために、米、トウモロコシ、大豆、豆などさまざまな農作物の市場価格が書き込まれている一覧表を理解することも困難だったという。

そこで、村から市場情報普及員を選出し、農家を訪問しながら市場価格情報を書面と口頭で伝えていった。同時に、州女性局の職員によるジェンダーの研修や啓発活動も行った。

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コンポンチャム州商業局の局員が、市場価格普及員のスマン・ボンパーさん(左)に市場価格情報の一覧表を手渡す。米、トウモロコシ、大豆、豆などの農産物のほか、ガソリンや石油などの市場価格も記載されている

農民たちにジェンダー平等と女性の地位向上の必要性を理解してもらうためには、「生まれながらに授かる性とは、女性は子どもを産む性、男性は子どもを産まない性であること」「ジェンダーとは社会的・文化的役割としての性を意味し、生まれながらの性から想起される『男性像』『女性像』といったさまざまな特徴は変えることができるということ」など、まさに一から説明しなければならなかった。しかし、「女性が家事をするようになっていますが、男性でも家事はできますよね」「夫婦ともに同じ仕事をしているのだから大豆の売り値などは、夫婦で相談して決めましょう」といったごく初歩的なジェンダー平等の考え方を分かりやすく伝えたことは、当初は集会や研修に参加することすら「恥ずかしい」と言っていた農家の女性たちにとってだけでなく、男性にとっても、"新たな風"になっていった。

1年間の事業の結果、村人は市場情報普及員から価格情報を入手することで、今まで仲買人の言い値で買い取られていた大豆を、有利な値段交渉を経て売ることができるようになった。女性たちも市場価格情報を活用し、売値の決定にかかわれるようになった。

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誰でも情報を入手できるよう、村人が集まる市場や商店の近くに設置された掲示板に一覧表を張り出すボンパーさん。「以前は市場価格なんて誰も知らなかった」と話す

こうした成果を導くまでに、リムさんをはじめとしたプロジェクトメンバーたちは、雨期には冠水した道をひざまで水にぬれながら歩いて農家を訪ね、調査やモニタリングを続けてきたという。この商業省との「ジェンダー視点に立った市場情報の普及」事業のほか、農林水産省との「農業普及活動における女性の参加推進」事業、農村開発省との「ジェンダー視点に立ったマイクロクレジットサービス」事業、労働職業訓練省との「非伝統的分野における職業訓練への女性の参加促進」事業、鉱工業エネルギー省との「ジェンダー視点に立った小規模工業における技術改善」事業という5つの事業※3が同時進行で行われた。

これらの事業を実施するに当たり、女性省は、中央の各省庁・地方の各局の職員で編成される政策分析作業部会を設け、それぞれの開発分野における男女共同参画と女性の地位向上を促進するためのネットワークづくりに努めている。部会では、家事労働時間の男女比や、雇用形態の男女比、教育アクセスにおける男女比などさまざまな統計を用いてジェンダー課題を明らかにしたり、課題別の調査を立案・実施したりするなど、部会メンバーのジェンダー分析能力も強化している。

そして、現場の声を聞くことの少ない中央省庁の行政官が人々のニーズに基づいて政策策定できるよう、現場の事業を通して実際に人々が直面するジェンダー課題と原因を把握し、その対策を政策に反映させるという、プロジェクトのオリジナル手法を作り上げ、5省で実行してきた。

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収穫した大豆を脱穀機へ運ぶ女性。大豆の収穫は脱穀以外すべて手作業。農業に従事する女性は多いが、農業に関する研修や集会には今まで男性だけが参加していた

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市場価格普及の事業に携わった、(右から)コンポンチャム州商業局のシェン・ペン・スリエン局長、女性局のチェン・ソカー副局長、女性省のリムさん。商業局の主な任務は市場管理だが、女性局などのほかの行政機関と活動したのは今回が初めて。局長はこのプロジェクトを通してジェンダー理解が深まった一人だ

プロジェクトを実施する中で、政策立案の知識も経験もなかった女性省と関連省庁のプロジェクトメンバーが、ジェンダー視点に立った政策立案を実践できるようにするため、具体的には各分野の政策選択から始まり、ジェンダーに関連する情報の収集、調査立案、現状分析、事業の計画立案・実施・モニタリング・評価を行い、最後に元の政策に戻って、ジェンダー視点を組み込んでいくという中央省庁として取り組むべき一連の業務を身に付けた。

※2 現存するジェンダー課題の改善、開発事業に新たにジェンダー格差が生じないようにすること、意思決定に参加する女性リーダーを育成すること。

※3 例えば、農林水産省との事業は、農家女性が重要な働き手であるにもかかわらず、農業研修への参加の機会が男性より少ない理由について現場で情報収集して分析し、実際に対象農家への稲作・養豚・野菜研修を通して改善策を提示し、農林水産省へ提言する。農村開発省との事業は、女性がマイクロクレジットサービスで資金を借りても、家庭内の資金運用決定権がないことから有効活用できていないという課題に対して、ジェンダー研修や説明会を重ね、改善策を提言する。

日本とカンボジアが学び合える場

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脱穀した大豆を袋に詰めて仲買人に売る。以前は仲買人の言い値(約1,800リエル/キロ)で買い取られていたが、市場情報普及員から市場価格情報を入手するようになって、有利な値段交渉ができるようになり、2,000リエル/キロで売っている

このプロジェクトでは、女性省の能力向上を支援すべく、日本の内閣府男女共同参画局との交流も定着している。ジェンダー・ギャップ指数※4の順位を見ると日本は115カ国中79位、カンボジアは89位(06年)。日本にとっても男女共同参画は重要な課題だ。06年9月、カンボジアで各省庁職員を対象にしたセミナーなどで日本の男女共同参画の取り組みを紹介した塚崎裕子・男女共同参画局推進課長は、「女性の活躍の場の拡大は、カンボジアも日本もこれからであり、難しいことも多いでしょう。日本も男女の固定的性別役割分担の意識などは非常に根強く、社会の参画も諸外国に比べそれほど進んでいる状況ではありません。お互いに情報交換し合う中で、カンボジアの省庁の皆さんが積極的に取り組まれていることを知って、励まされる面もあります」と、両国が学び合える場にもなっていることを話す。また、セミナーには、イン・カンタ・パビ女性省大臣も出席し、監視や影響調査の具体的な方法や効果について積極的に質問するなど、その強いリーダーシップ振りが印象的だったという。

実は、プロジェクトを始めるに当たり、カンボジアの男女格差について話し合った際、あれもこれもと課題を挙げたのがパビ大臣(当時はPGMプロジェクトディレクター)だった。そして、同国全体の貧困削減の要ともなる、女性の経済力向上に関する政策について、4年間にわたり横断的に5省と取り組んできた結果、職員たちの能力強化とともに、士気高揚にもつながった。

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労働職業訓練省との「非伝統的分野における職業訓練への女性の参加促進」事業では、伝統的に男性の仕事とされる理容やテレビ・ラジオ修理などの研修を実施、女性が参加できる職業訓練コースの改善策を提言した

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2005年11月に来日したパビ女性省大臣(右から2人目)と内閣府男女共同参画局の名取はにわ局長(左)(当時)、猪口邦子内閣府特命担当大臣(少子化・男女共同参画)(左から2人目)(当時)。両国のジェンダー主流化について意見交換が行われた

プロジェクト開始以前、ジェンダー主流化の知識や経験がほとんどなかったプロジェクトメンバーの能力が、この4年間で大きく成長していることを高く評価する濱野敏子チーフアドバイザーは、「男女平等社会の実現のため、『ジェンダー主流化』が十分に推進され実現されることを目標に置きながらも、現在のカンボジアの身の丈にあったプロジェクト活動を着実に進めていくことが大事」と強調する。

このプロジェクトは、中央省庁間の連携だけでなく、中央と地方との連携のモデルとなることが期待されている。プロジェクトで共に政策提言を作り上げた女性省や関連省庁の職員たちが、ほかの女性省職員や他省庁の職員たち、さらに州政府の職員たちへ「ジェンダー主流化」を推進していくプロモーターになれば、カンボジアのジェンダー平等社会の実現に一歩近づくことができるだろう。

※4 ジュネーブに本部を置く非営利団体「世界経済フォーラム」が2005年に開発・発表した男女間の格差の大きさを測る指数。男性に対する女性の「経済参加と機会」「教育達成度」「健康と生存力」「政治的エンパワーメント」の4分野を指数化している。

「ジェンダー政策立案・制度強化支援計画」のホームページ: