monthly Jica 2007年12月号

特集 ジェンダー すべての人々が生きやすい社会へ

TRAINING in Japan(日本)
「生改さん」をヒントに村の女性に活力を

開発途上国の農村には、自分の意思を自由に表現できない“声なき女性”が多い。そんな彼女たちを支援するため、戦後、日本が歩んできた農村開発のプロセスを紹介する集団研修「農村女性能力向上」がJICA筑波で実施されている。約2カ月半のプログラムに10カ国が参加した今年、農家の女性とじかに触れ合った研修員は、日本の経験から農村開発にどんなヒントを見つけたのだろうか。

認識されていない女性の役割

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家族経営協定を結ぶ野菜栽培農家の久保田義春さんの畑で(鹿児島県肝属(きもつき)郡東串良(くしら)町)。協定締結後は有給が取れるようになり、年1度の娘さんとの旅行が妻マサ子さん(左)のモチベーションになっている

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課題解決のためにどんな協力者が必要か、議論する研修員。「この研修の良さの一つは、研修員の国籍がばらばらなところ。日本の事例が自分の国と異なると、『日本だからできるんだ』と思い込んでしまうが、研修員同士が話す中で、自国だけが違うのではないことに気付くと、研修内容の受け止め方も変わる」と富澤さん

「チャドでは早婚が問題になっていて、結婚した女性は学校を辞めざるを得ない」「ニジェールではまき集め、水くみ、メイズの脱穀など力作業はみんな女性の仕事」「育児や家畜の世話など、アフガニスタン女性の仕事は賃金をもらえないものがほとんど」「インドでは、そもそも女性の役割が認識されていない」—多くの開発途上国では男性より女性の地位が低く、家庭・村・地域・国のどのレベルにおいても女性が意思決定の過程に参加できる機会は少ない。「女は家で家事と育児をするもの」と伝統的に決まっていて、女性の胸の内に「教育を受けたい」「仕事がしたい」「社会に出たい」という思いがあっても、誰にどう表現すればいいのかさえ分からない。都市と比べ、特に農村に暮らす女性たちの教育や社会進出などの機会は限られている。

こうした背景から、国際社会は途上国でジェンダー平等と女性の地位向上を目指した取り組みを推進し、各途上国でも農業や農村開発の担当省庁を中心にジェンダーの視点を取り入れながら農村女性のエンパワーメント(能力強化)に力を入れている。

そうした中、女性主体の農村開発手法として注目されるのが、1950〜60年代、戦後復興期の日本の発展に重要な役割を果たしてきた生活改善活動だ。これは、考える農民の育成を目的に、暮らしを向上させる技術と知識を普及する国の事業。「生改さん」の名で親しまれた生活改良普及員が農家に通って女性グループを組織し、生活上のさまざまな課題を女性たち自身が発見し、改善活動を決定・実践・評価していくプロセスを後押ししてきた。

これらの活動を通じて農村女性がエンパワーメントされ、現在の日本には、起業を成功させたり、先進的な農村女性として地域の活性化に貢献する人が増え、農村開発の成功例として認識されている。

この有用な手法を途上国で役立てようと、毎年JICA筑波で実施されているのが集団研修「農村女性能力向上」だ。この研修は約2カ月半にわたり、途上国の農村女性支援に携わる政策担当官や普及指導員に対し、日本の農村開発のプロセスと生活改善アプローチ、さらには、生活改善活動から発展した農村女性の起業活動や男女共同参画の取り組みを伝えるもの。研修員は学んだことを参考に、自国の課題解決の方法「生活改善実行プラン」を考える。

今年は9月27日〜11月10日、インド、スリランカ、カメルーン、タンザニア、チャド、ニジェール、アフガニスタン、イエメン、メキシコ、フィジーの11人の研修員が来日。茨城県つくば市を拠点に、山口県、埼玉県、長野県、鹿児島県の農家や起業した農村女性などを訪問した。冒頭の言葉は、研修員が語った自国で抱えるジェンダーの問題だ。

生活改善アプローチの有効性

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山口県秋穂地区の農家ではホームステイも体験。農作業を手伝ったり、地元の野菜を使った料理のほか、日本の夏の風物詩「流しそうめん」にもトライした

「生活改善は外から来た人がお金をかけて何かを始めることではなく、農村女性が自分たちの生活の中でできることを考えながら成長していく手法。生改さんは、生活改善活動に励む女性を手助けするファシリテーターで、いわば縁の下の力持ちです」と研修をコーディネートする(社)農山漁村女性・生活活動支援協会の富澤ひとみさんは言う。女性たちが「今自分が置かれている現状から何ができるか」を考え、生改さんが科学的・論理的な根拠に基づいて一方的に説明するのではなく、「今あるものを使って何をすれば生活を向上できるか」という発想で女性たちが課題をとらえられるよう、生改さんが女性の話を聞き、身近な例に置き換えて説明する。そうして彼女たちが問題を認識する土台を築く。また、グループの誰か一人に集中して知識や技術を教え込むのではなく、一人一人役割を持った女性が考え実践できるようにすることで、グループから誰かが抜けても活動が途切れることはない。

研修では、講義やディスカッションに加え、実際に山口県阿武町の農家に宿泊したり、生改さんOGなどと意見交換する中で、研修員たちはさまざまなことに気付かされる。「女性の声を届けるためにはまずグループづくりが大切だと感じた。何かしたいと思っても、一人ではなかなか行動できない」と話すのはインドのサラ・リムデムさん。同国の特に農村部では、物事を決定する過程に女性が加わることはないという。農村開発研究所で農村の人々に対する研修を分析・計画・実施しているサラさんは、「もちろん女性への支援も大切だが、女性ばかりを気にかけて男性の間に不満が広がらないようにしなければ」と男性に理解してもらう重要性を強調。また、チャドの経済計画省でNGO活動のモニタリング・評価を担当するニャーラマジ・カダコールさんは、「農村女性をどうエンパワーメントすればよいか分からなかったが、身近な生活課題に着目する生活改善アプローチで、大きな成果が生まれることを知った。女性グループのトレーニングをもっと工夫できると思う」と話した。

広がる農村女性の可能性

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中辻さん一家と記念撮影。15年前に協定を結んだ中辻花き園では、中辻さん夫婦、両親、弟夫婦の3者が経営状況を把握できるように「ガラス張りの経営を目指している」。模造紙に書いた協定書は「わが家の宝」だという。また、後継者や新規参入者のための研修も実施し、人材育成にも尽力している

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日本の農家訪問に満足げな研修員。「45年前の結婚当時、子育てと農作業の両立に苦労したから、嫁には同じ思いをさせたくなくて」と、協定を結んだ女性の話に研修員は深くうなずいていた

また研修の一環で、研修員同士の情報交換ツールとしてホームページを立ち上げ、帰国した研修員がこれを通じて各自の生活改善実行プランを実行に移せるよう、フォローアップに努めている。直接アドバイスを求められれば、富澤さんを中心にコーディネーターらがEメールや電話などで相談に乗るなどきめ細かいサポートを欠かさない。

さらに、生活改善アプローチにとどまらず、戦後60年の農村女性の発展のプロセスをすべて盛り込んでいるのがこの研修の特徴だ。個人が役割を認識し、課題の発見から活動の計画・実行・反省といった一連の流れを何十年も続けてきた女性グループ員は、生活技術はもちろんのこと、人前で話したり、意見をまとめたりして物事を実行していく力と自立心を養っていった。そんな彼女たちがいまや地域のリーダーとして活躍している姿は、研修員にとって印象深かったよう。中でも、男女共同参画の推進策である家族経営協定※によって、女性が生き生きと農家生活を送る鹿児島県鹿屋市串良町では、協定を結ぶメリットのほか、行政側に協定を推進する難しさやその方法などを繰り返し尋ねていた。

92年に家族経営協定を締結した花卉(かき)栽培農家の中辻正人さんの家では、自分が所帯を持ち、弟夫婦も一緒に仕事するようになってから人数や規模が拡大し、作業能率化の必要性や家族間での役割分担などの問題が発生した。「家族がより生活しやすいように仕事に決まりや約束事が必要だと思って協定を結んだ。母は常々『嫁の立場を思いやらなければ』と言っていて、(労働負荷を考えて)妻は子育てを優先し、余裕があれば農業を手伝うルールにした」と中辻さん。家族間でも経営をうまくまわすには役割分担の明確化が重要という中辻さんの言葉に、「日本の農村女性は自分の意志を貫き、やり遂げる強さを持っている。家族経営協定が女性のエンパワーメントを図ることを実感したが、生活改善活動なくして家族経営協定の推進はない。時間がかかるけれどインドでも実現できたら」とサラさん。また、ニジェールで女性グループの活動を推進するハロウナ・アイサさんは「女性に対して『ありがとう』さえ言わない男性の態度を変えたくて、この研修に参加した。家族経営協定をすぐに取り入れるのは難しいが、帰国したら女性グループの育成から始めてみたい。男性の理解も得られるように、地域に還元できる活動になれば」と話す。

今年の研修員は11人中2人が男性。その一人、アフガニスタンのパリアライ・アハマディさんは、「日本に来て、いかに私の2人の姉妹が多くの家事をしているか気付いた。また、共働きで忙しい妻にもご飯の味付けに文句を言ったりしていて、そんな自分が情けなくなった」とこれまでの自身の行動を振り返った上で、「生活改良普及員が農村に行って一方的にジェンダーの視点を入れるやり方ではみんな拒否するので、男性が態度を変えていくような働き掛けを女性グループからすることも大切」と男性の理解の必要性を強調した。生活改善活動の中では、男性に対して農村女性の意義を理論的に説明するのではなく、例えば生改さんが自治会長などに働き掛け、それを自治会長が男衆の集まりで話す。そうして時間をかけ、また時には文化的な配慮をしながら女性が家族の中で孤立しないようにしてきた。

「日本の農村女性はものすごく元気。そんな地域ほど活性化されている」と同協会の古田由美子さん。こうした日本の経験にじかに触れた研修員たちは、帰国後、農村での啓発手法として学んだかるたや紙芝居、標語を活用しながら、課題解決のための活動の実現に向けて奔走している。その取り組みをきっかけに、農村女性の自主的な活動が活発化し、自分のため、家族のため、村のため、地域のために頑張る女性たちがたくさん生まれてくると信じている。

仕事と生活の境目があいまいな農業特有の就業環境を踏まえ、家庭の中で経営方針や役割分担を明確にし、家族全員が働きやすい環境、収入の安定化、ゆとりある暮らしを実現する協定。家事や育児に多くの時間を割く女性たちの労働の軽減にも一役買っている。

日本の農村開発を引っ張る女性たち

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家族経営協定の取り組みについて、東串良町の人たちと意見交換する研修員。この協定は、過重労働のイメージが強く、農家の男性と結婚する女性が減っている現代の日本の農村の問題にも貢献する制度だ

日本の生活改善活動は、農地改革など戦後の農村民主化の施策として、1945年に発足した農業改良普及事業だ。農業者が意義ある農業経営や農家生活を営めるよう行政がサポートする。この事業の結果、閉鎖的な社会の中でも女性たちのパワーは農村の発展に大きく貢献してきた。

生活改善アプローチは、生改さんが農村女性の話を聞き、彼女たちの問題発見を促すことから始まる。例えば農繁期、農家に嫁いだ若い女性の過重労働の実態を知った生改さんが農家と話し合って集団給食を提案、彼女の労働軽減とその家族の健康管理を手助けした。

活動の過程で主体性を身に付けた女性たちは、次第に地域のための課題解決活動に取り組むようになる。その中で力を付けた女性は起業に成功し、例えば地元産の農作物を高く買い取るなど成功の恩恵を地域に還元している。「閉鎖的な社会が続いた戦後は、生活改善活動への参加が女性にとって唯一気持ちが開放されるひとときだった。ここから、地域の発展に必要なことを考え、実践するまでになる。それこそ、生活改善の積み上げてきた成果だと感じる」と古田さん。

戦後の貧困から脱け出そうと試行錯誤していた当時の日本は、今の途上国の状況と重なる部分が多い。日本生まれの「5S」※が「KAIZEN」の名で世界に知られるように、「生改さん」の役割が広く認識され、男女が共に農村社会の発展に貢献していってほしい。

整理、整頓、清掃、清潔、しつけの頭文字。製造業やサービス業で使われる、職場環境を改善し、生産性を向上させるための活動。