monthly Jica 2008年1月号

特集 地球温暖化Part2 迫る脅威に負けない力を

PROJECT in Indonesia(インドネシア)
地球規模でマングローブ林の保全を

【地図】インドネシア地球上にあるマングローブの25%の面積を保有し、マングローブ情報センターが中心となってその保全に努めるインドネシア。センターを設立し、その強化を支援してきたJICAは、これまでの成果を活用して現在、技術協力プロジェクト「マングローブ保全現場プロセス支援」を実施している。2007年12月にバリで開催された国連気候変動枠組条約第13回締約国会議(COP13)でも多くの関係者が視察するなど、地球温暖化の適応策として注目が集まるインドネシアのマングローブ保全の取り組みとは。

なぜマングローブ林の保全が大切なのか

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ングラ・ライ大森林公園のマングローブ・トレイル(木道)。MICでは公園内1,375ヘクタールのマングローブのうち、100ヘクタールをカバーするエリアに2キロ弱の木道を整備した。研修の実習や環境教育、エコツーリズムなどで利用している

紺碧(こんぺき)の空に青く透き通った海、そして沿岸に広がるマングローブ林。潮の満ち引きによりその姿を変容させ、訪れる者を魅了するマングローブは、世界でもわずか1800万ヘクタール、日本の国土の半分ほどしかないといわれている。豊かな生態系をはぐくむだけでなく、防波堤や防風林というマングローブが果たす防災機能が地球温暖化の適応策にもなると同時に、二酸化炭素の吸収・固定源として緩和的な効果もあるといわれていることから、地球規模での保全の声が高まっている。

そんなマングローブを最も多く有するのがインドネシアだ。1980年代から国家計画の中にも位置付け、世界の全マングローブの25%に相当する450万ヘクタールのマングローブの保全に力を入れてきた。マングローブは、潮間帯※1に生えるという特性上、自然に分布が拡大することがほとんどなく、未然に減少を防ぐための保全と持続的な管理が何より重要だという。

だが、マングローブの伐採は絶えない。観光都市バリでは、商業・観光施設、住宅地、ダム、ごみ処分場と化し、ジャワ島ではエビの養殖池や工業用地へ転換。東カリマンタンでは、移住による人口増加でマングローブが脅かされている。陸と海の境というマングローブ生息地が、ほかの経済セクターに利用されやすい “便利な場所”であることが、急速に減少している理由だ。またマングローブは、気候変動に伴う海面上昇や水温変化などの影響を受けやすく、多様な生態系が失われる危機にある。

※1 潮の干満により露出と水没を繰り返す場所。

15年続くJICAの協力

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環境教育イベントの一つとして行われた絵画コンテスト。地元の子どもたちがマングローブ木道で、自然の豊富さを生き生きと表現した

JICAは、インドネシアのマングローブ保全の取り組みを15年来支え続けている。最初の協力は92年、エビの養殖池などに転換されたマングローブ地域を復旧するための技術開発から始まった※2。その後2001年から5年間、開発・蓄積された知識と技術の普及体制を整備する「マングローブ情報センター計画」を実施。バリにマングローブ情報センター(MIC)を設立すると同時に、研修、環境教育、エコツーリズムなど5つの手段で保全活動の普及に取り組んだ。普及員やNGOなどに対する研修においては、参加者たちが後に地元で植林した結果、その面積が3000ヘクタールに上ったという。これは、技術開発期の7年間にプロジェクトで行った植林面積の10倍以上に相当する。

さらにJICAは普及活動の持続性を確保するため、特に成果の高かった研修の有効性をモニタリングするとともに、環境教育、エコツーリズム、調査、情報管理、博物館管理などの事業に重点を置いたOJT(On-the-Job Training)による人材育成を行い、MICの組織強化を図った。

しかし、最終目標である、マングローブの持続可能な管理を実現するためには、全国で保全・管理活動を定着させることが重要だ。そこで、協力の次の段階として04年に開始したのが「マングローブ保全現場プロセス支援」。12年に及ぶそれまでの協力の成果を、MICを拠点として全国に普及・定着させ、マングローブを半永久的に持続可能な形で管理していくためのシステムづくりが活動の柱となっている。

※2 1992〜97年に実施された「マングローブ林資源保全開発現地実証調査」。立地条件(土壌、地盤高、塩分濃度など)によってどんな樹種が適当かを明らかにした後、代表的な7樹種について、苗木の仕立てから植林方法までをマニュアルにまとめた。

国を超えた地球規模の課題に貢献

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マングローブの保全に携わる普及員やNGOなどへの研修。毎回多くの関係者が参加している

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マングローブの一種であるヒルギダマシの結実調査を行うMICのスタッフたち。調査で収集した実は、その後プリンにして食べたという

現在プロジェクトが進めているのは、MICが各地のマングローブを管理していくための「現場支援事業ガイドライン」の作成に向けたデモンストレーション活動だ。地方5カ所のサイトを選び、管理目的・手法・計画などに沿って活動主体の管理エージェント※3が行う研修や環境教育、エコツーリズムなどの事業をMICが支援。ここでの経験を最終的にガイドライン作りの資料・指標とする。

また、各事業の実施やそれに必要な施設の適切な維持管理などについては、日本人専門家が日々の業務の中でMICのスタッフにOJTを通じて実施。さらに今後、全国でマングローブ資源のモニタリングシステムの現状を調査し、その適切なあり方に関して提言していく予定だ。そして将来的には、アジア太平洋地域におけるマングローブ保全の拠点となることを目指し、南南協力の場としての活躍も期待されている。

しかし、環境教育やエコツーリズムなどを通じて地域住民に保全や管理の大切さを伝え、意識を高めていくことは容易でない。その理由について羽鳥祐之チーフアドバイザーはこう話す。

「もちろん地域住民の理解が不可欠ですが、マングローブを保全してもすぐに人々が直接的な利益を得られるとは限りません。例えば『マングローブがあると稚魚や稚エビが成育し、将来的には漁獲量が増えるんですよ』と言っても『漁獲量が増えれば値段が下がる』と言われ、あるいは『マングローブのおかげで津波の被害が軽減されたと報告されています』と言っても『100年に一度の津波のためにマングローブを保全するより、商業用地か住宅地にして、その地代でコンクリートの防波堤を造ったほうがいいのでは』と言われるでしょう。つまり、地球温暖化対策となる防災や二酸化炭素吸収、生物多様性保全といったマングローブの機能や効能は、個人にとって実感しにくいので、住民を巻き込んでいくことには困難が伴います」

とはいえ、すべての人々の意識が低いわけではない。南スラウェシでは、地元の人たちが保全活動を自主的に始め、1500ヘクタールのマングローブを植林したという例もある。こうした取り組みは、インドネシアにとどまらず、国・地域を超えた地球規模の課題に対する貢献として評価されるだろう。

※3 プロジェクト終了後も現場でマングローブを持続的に管理していく主体。政府系機関の場合もあれば、NGOや住民組織の可能性もあり、地域によって異なる。

COP13参加者らがプロジェクトを視察

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茨城県波崎港近くの海岸を歩く研修員。海と海岸林の間にある砂丘は、海岸林とともに防災機能を果たすが、風向きなどで崩れやすく維持管理が重要だ

04年のスマトラ沖大地震・インド洋津波災害で、甚大な被害を経験したこともあり、MICのマングローブの防災機能への期待と関心は高い。07年10月下旬には「海岸防災林の機能」をテーマにした研修が日本で行われ、MICを担当する3人の林業省職員が同じ島国である日本の海岸林の造成の歴史や機能、管理手法などについて学んだ。

海岸林には、飛砂防止や強風・潮風を和らげること、津波・高潮に対する緩衝、防霧など、さまざまな機能がある。日本の海岸林といえばクロマツで、人工的に盛った砂丘と組み合わせながら、特に厳しい冬の日本海沿岸に吹き荒れる季節風からも人々の暮らしを守ってきた。研修員は、防災林と合わせて砂丘を活用している点に驚いた様子で、マングローブ管理課のスリヤタン・ウイジャヤ・ワユさんは、「マングローブ地域に砂丘をつくるのは難しいが、ほかの海岸でチャレンジできたら」と話した。

08年はインドネシアにとって地球温暖化対策への弾みの年となるはずだ。12月の国連気候変動枠組条約第13回締約国会議(COP13)のホスト国を務めた同国は、開発途上国の森林保護の基金を提唱。開催期間中には、COP13に参加した世界各国の気候変動関係者ら数百人がMICを訪れ、プロジェクトの成果を視察した。これは温暖化対策におけるマングローブ保全の重要性が改めて認識された証でもある。

気候変動によるさまざまな悪影響をできる限り軽減させるための適応策。特に被害を受けやすい脆弱(ぜいじゃく)な途上国での適応のための協力が不可欠であり、日本やJICAを含めた国際社会の力が求められている。