monthly Jica 2008年1月号

特集 地球温暖化Part2 迫る脅威に負けない力を

PROJECT in Argentina(アルゼンチン)
国の未来を守る適応策を

【地図】アルゼンチン近年の気候変動の影響と見られる異変現象が増えているアルゼンチン。国を挙げた適応策の整備・促進が求められる中、JICAの適応策促進支援の第一号、「アルゼンチン適応能力強化プロジェクト」が2008年に開始する。地球温暖化対策支援の今後を占うプロジェクトの見通しを探る。

増加する極端な気象現象

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2007年10月、意見交換セミナーで、気象変化の予測・再現シミュレーションを紹介する近藤さん。周辺諸国の気象研究者らも集まり、大きな関心を寄せた。プロジェクトをきっかけにアルゼンチンが適応策推進のための能力を向上させ、周辺諸国にも好影響を与えていくことが期待される

2007年10月末日、ブエノスアイレスのとあるホテルの会場で、日本の超高解像度全球大気海洋結合モデル(囲み記事参照)を用いた中南米地域とその沿岸における気象変化の再現・予測デモンストレーションが行われていた。

「これはすごい!」。シミュレーションでハリケーンの動きが鮮明に再現され、参加者から驚きの声が上がる。発表を行うのは、海洋研究開発機構地球環境フロンティア研究センターの近藤洋輝・特任上席研究員。地球温暖化適応策のための技術協力第一号、「アルゼンチン適応能力強化プロジェクト」の事前調査団のメンバーだ。室内には、アルゼンチンに加え、パラグアイ、ウルグアイなどのメルコスール(南米南部共同市場)諸国の気象分野の関係者もいる。事前調査の一環で行われた「気候変動予測に関する意見交換セミナー」でのひとこまだ。

近年、アルゼンチンでは、気候変動の影響と思われる自然環境の異変が多数報告されている。アンデス山系の氷河の融雪水を利用した灌漑(かんがい)による伝統的ブドウ栽培で知られる西部メンドーサ地方では、積雪の減少で栽培への影響が懸念されている。ブエノスアイレスが位置するラプラタ川河口付近では、海から上流に向けての風向きや風速の変化により塩分濃度が上昇している。また多くの地方で豪雨が増え、河川の氾濫(はんらん)も頻繁に発生。新聞などのメディアも大きく取り上げるなど社会的な関心が高まっている。

こうした極端な気象現象による畜産農業、水資源、漁業、生態系などへの影響が危惧(きぐ)され、その対策の必要性が高まる中、同国は、気候変動の予測や影響評価のための能力向上、そして適応策の実施促進を目的とした支援を、クリーン開発メカニズム(CDM)の基盤整備やCDM植林の協力実績※があるJICAに要請。今回の事前調査でJICAは、関係者に対する日本での研修の実施、帰国後の研究や適応策の普及・啓発への協力を08年度に開始することに合意した。対象となるのは、今後の気候変動の予測解析を担当する大気・海洋研究センター(CIMA)、適応策の普及や啓発にかかわる環境・持続的開発庁気候変動局(DCC)の職員だ。

※CDMプロジェクトを推進するため、環境・持続的開発庁旧気候変動室(現DCC)のCDM推進体制の強化と国内のCDMの理解促進を支援する「CDM基盤整備プロジェクト」(2007年4月終了)と、CDM植林プロジェクトの形成、審査などに必要な技術指導を行う「CDM植林推進のための技術強化プロジェクト」(09年9月終了予定)を実施。旧気候変動室は、JICAの技術指導の成果もあり、一連の働きが認められ、07年2月に気候変動局(DCC)に昇格した。

日本の超高解像度モデルを活用

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集団研修「気候変動への適応」に参加予定のDCC職員、ルーカス・ピエトロ・パオロさん(左)とマリア・パス・ゴンザレスさん。適応策への社会的関心の高まりとともに新たに設立された「適応課」の若手スタッフで、今後の適応策推進の中心的役割を担う

気候変動に対する適応策の策定には、1)気候モデルによる予測とその解析、2)解析結果に基づく脆弱(ぜいじゃく)性・影響の評価、3)評価に基づく適応策の策定・実施という3つのステップを踏まなければならない。今回のプロジェクトでCIMAの職員が学ぶのは、その1つ目の手法だ。

「影響評価や適応研究を行うには、第一段階として、信頼性の高い気候の将来予測が不可欠です」と話す近藤さん。「これまでアルゼンチンでは、イギリスやドイツによる既存の全球大気モデルを活用した気候変動予測が実施されていました。しかし大気の解像度が300キロと粗く、アンデス山脈という特異な地形の影響を大きく受ける気候条件が十分に表現されていない可能性があり、実際それらのモデル結果に不一致があることが指摘されています。複雑な地理的条件を忠実に反映したより良い気候変動予測を行うには、より精密なモデルが必要です」。

新しいプロジェクトでCIMA職員は、日本の気象研究所で、世界最高となる20キロの解像度を有する日本の超高解像度全球大気海洋結合モデルを使用した予測結果の解析手法を学ぶ予定だ。それにより、例えば国内のどの地域の降水量が特に増え、どこで気温が上昇しやすいかということも把握できるようになるという。帰国後には学んだ解析手法を活用した脆弱性・影響評価研究と学術論文の発表などが期待されている。

一方、DCC職員が参加するのは、5月から1カ月間にわたり行われる予定のJICAの集団研修「気候変動への適応」。国立環境研究所の協力のもと、水資源や農業など各分野における適応策として日本国内で行われているさまざまな取り組みを包括的に学ぶほか、地域住民による市民参加型防災活動などの事例も視察する計画だ。終了後は、彼らが主導し、関係省庁や州政府、研究機関、現地NGO、周辺諸国などを対象に、適応策促進のためのセミナーを企画・開催する。JICAも講師として短期専門家を派遣する予定。

JICA初の適応策支援

JICAの技術協力には、温暖化対策が第一の目標でなくても、結果的に適応策として有効であるものも多く、防災や水資源開発、保健医療などその分野は多岐にわたる。しかしこのプロジェクトは、適応策そのもののための支援であり、JICAにとって初めてのケースとなる。

「前例がないだけに分からないことも多く、試行錯誤の連続ですが、日本の適応事例や科学技術の力を借り、アルゼンチンが適応策促進に向けた第一歩を踏み出す一翼を担えれば」と語るのは、事前調査団の団長を務めた岩崎英二・JICA地球環境部課題・調整チーム長。多様な自然環境を持ち、農業を主要産業とするアルゼンチンでは、気候変動への影響評価や適応策の推進は国の未来を左右する重要な課題だが、「今後ほかの開発途上国でも急速にニーズが高まるであろう適応分野での支援の経験を蓄積する上で、このプロジェクトの意義は大きい。また、このようなJICAにとって初めてで、かつ地球規模の課題を対象とするプロジェクトでは、援助受容能力が高く、今後ほかの途上国への同様の支援を行う上でパートナーとなり得るアルゼンチンのような中進国から入ることが効果・効率の観点から重要」と強調する。JICAの支援をきっかけに、アルゼンチンの未来と人々の生活を守る適応策が実現することを期待しつつ、その動向に注目したい。

超高解像度全球大気海洋結合モデルを生み出した地球シミュレータ

地球温暖化の予測には気候モデルが使われる。大気や海、陸などの動向に物理法則を適用し、地球全体を覆う三次元的格子点で表したモデル、あるいはそれに代わるスペクトル法と呼ばれる方法を用いて、スーパーコンピューターで気候変化の予測計算(時間積分)を行う。格子間隔(または相当する格子間隔)が細かいほど解像度が上がり、精密な予測ができるが、その分莫大な計算量が必要だ。

解像度20キロ相当という精密さを誇る日本の超高解像度全球大気海洋結合モデル。このモデルを可能にしたのが、神奈川県横浜市の海洋研究開発機構にある地球シミュレータだ。1997年から国家プロジェクトとして開発が始まり、2002年に運用を開始した超高速スーパーコンピューターで、理論値では1秒間に40兆回もの演算が可能。主に地球科学に利用されるコンピューターとしては世界最高性能を誇る。