monthly Jica 2008年1月号

特集 地球温暖化Part2 迫る脅威に負けない力を

Expert's View
専門家に聞く 地球温暖化の影響とこれからの国際協力

気候変動に対する適応策への関心が国際的に高まる中、その議論の動向や、気候変動の影響に脆弱(ぜいじゃく)な開発途上国への支援のあり方が注目されている。そこで、地球温暖化研究や国際交渉の最前線に立つ専門家の意見として、まず「気候変動に関する政府間パネル(IPCC)報告の意義と途上国支援のあり方」について住明正・東京大学教授に、また「適応策をめぐる国際的議論と今後の動向」について久保田泉・国立環境研究所研究員に、川西正人・JICA国際協力専門員(地球環境問題)が聞く。

IPCC報告の意義と途上国支援のあり方

IPCC第4次報告書の意義とは?

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住 明正(すみ・あきまさ)

東京大学サステイナビリティ学連携研究機構地球持続戦略研究イニシアティブ統括ディレクター。1948年岐阜県出身。東京大学大学院理学系研究科物理学専攻修士課程修了。東京管区気象台、気象庁予報部電算室、ハワイ大学気象学教室助手などを経て、85年東京大学理学部助教授に就任。91〜2004年、東京大学気候システム研究センター長。地球シミュレータの開発にも携わる。06年より現職。著書に『地球温暖化の真実』(ウェッジ選書)、『気候はどう決まるか』(岩波書店)、『さらに進む地球温暖化』(ウェッジ選書)、ほか。

川西
気候変動に関する政府間パネル(IPCC)の第4次報告書は国際社会に大きなインパクトを与え、各国の地球温暖化への取り組みにも変化をもたらしています。昨年はノーベル平和賞も受賞し注目を集めました。IPCCの存在意義とはどのようなものなのでしょう?
IPCCは国連の一機関であり、国際的な政府間の取り決めにおいて科学者の意見を取り込む初めての枠組みであるという点で、画期的な意味を持ちます。それ以前は、科学と政治は乖離(かいり)していることが多かったのです。IPCCでは直接的な政策提言は行いませんが、各国の科学者の研究結果を集結して評価を行い、政策決定者や国際社会に向けて科学的知見を提供しており、間接的に大きな影響を与えています。温暖化対策を含めた国の政策は、もはや科学技術的知見を抜きにしては語れない時代です。膨大にある研究結果を、政策決定者に対して効率よく知らせる仕組みとして、非常に有効であると考えています。
川西
今回の報告で明らかになった、特筆すべきことはどのような点だとお考えですか?
温暖化が人間活動によってもたらされていることが、科学的根拠をもって相当程度に裏付けされたことです。温暖化の予測をめぐっては、その真偽に関してこれまでさまざまな意見があり、国際的にも懐疑的な意見が多く聞かれました。そんな中、ハリケーンや洪水、熱波など、近年世界で急増している自然災害などの影響もあり、「何かがおかしい」ということを人々が実感し始め、「予測や研究結果で提示されている内容はあながちうそではない」ということが急速に認識されつつあります。
川西
報告書の作成には、住先生も開発に尽力された、高解像度を誇る日本の全球大気海洋結合モデルの予測結果と、その計算を行う地球シミュレータが大きく貢献しました。日本でこのような高性能の気候モデルが作られたのにはどのような背景があるのでしょうか?
これから起こる温暖化を今までの気候の観測データだけで予測することは不可能です。合理的に地球の将来を予測するには、これまで得られたデータと知見に基づいて気候モデルを構築し、それを用いた将来の気候シミュレーションの結果で判断するしかありません。
精度の高い気候モデルを作るには、当然高性能のコンピューターが必要です。日本は、主に1980年代はスーパーコンピューターの最先端にいましたが、その後、ワークステーション※を中心に小型化を図るダウンサイジングの波にあおられ、国際競争力は大きく落ちてしまいました。地球シミュレータは、危機感を抱いた日本が、地球科学に資することを目的に国家プロジェクトとして開発したもので、2002年に完成しました。さらに、東京大学気候システム研究センター、国立環境研究所、海洋研究開発機構地球環境フロンティア研究センターの三者が共同し、世界で最も細かい全球大気海洋結合モデルの開発に成功し、予測結果を報告書に反映させることができたのです。

※ 科学技術計算やグラフィックデザインなどに使われる業務用高性能コンピューター。

これからの途上国支援と新しい社会に求められるものとは?

川西
住先生は、気候変動による社会不安の増大について、よく「易姓革命」を引き合いに出されていますね。
易姓革命は、天が己に成り代わり王朝に地上を治めさせ、その王朝が徳を失ったとき、天が見切りをつけ、天変地異や革命を起こすとされた中国の理論です。中国では、イナゴによる害や干ばつなど、気候の変動により人々が苦しみ、農民の蜂起などで革命が起きて王朝が倒れることがありました。そうした事態に対応できる体制が普段から構築できていれば、大して深刻な問題にはならないのですが、そうでなければ大被害が及び、社会が混乱することになります。そのような政府は変わるべき、というのが主張です。今後、温暖化がきっかけとなり、世界状況が極端に不安定化するような結末だけは避けなければなりません。そのためにも、可能な限りの対応策を今から構築し、不測の事態に対処していくための努力が必要です。
川西
温暖化の影響に対する脆弱(ぜいじゃく)性が懸念される開発途上国では、自分たちの住む国や地域が今後どうなるのかということに大きな関心が寄せられています。
今の社会構造を考えると、最も温暖化の影響を受けるのは社会的弱者であるのは明らかで、国でいえば途上国、個人では貧困層にしわ寄せがいくのです。こうした状況は、長い目で見れば、結果的に全人類に大きなツケをもたらすことになるでしょう。自国や自分たちだけがうまく立ち回り、繁栄を享受し続けるという考えでは世界の秩序は崩壊します。
川西
日本をはじめ、これまでの国際社会の途上国支援は、基本的に先進国の開発モデルがベースにありました。しかし、今後それでは地球がもたなくなるという以上、私たちはそれに替わる新しい開発パスを提示していかなければなりません。JICAにも、支援を通じて途上国の発展を促すと同時に、新しい社会のあり方を発信していく責任が求められていると考えています。
途上国に対し「開発を進めるな、発展を止めろ」と言うのは間違いです。国際社会の責任として、彼らの生活レベルを上げるために投資や資金協力を行い、エネルギーの使用がある程度増えるのは必然的なことです。大事なのはそのやり方です。これまで先進国がたどってきたような発展の仕方では間違いなく失敗します。一から農村地域に電線を張り巡らせるのではなく、例えば太陽光発電やエネルギー転化が可能な作物栽培の導入など、新しい技術や方法でエネルギー効率を上げていったり、貧困を克服していくような工夫が必要です。都市に住まなければ幸せになれないのではなく、地方にいても幸せに暮らせるような環境づくりが重要だと思います。JICAには、途上国の社会の今後のあり方を見据え、長期的な戦略を持った息の長い支援を展開してほしいですね。
川西
温暖化が避けられない状況の中、その影響を最小限に抑えるためには、技術的な問題だけでなく私たちの考え方やライフスタイルも見直さなければなりません。
現代社会の基盤は、現存する気候を前提とした長期間の資本投下のもとに構築されてきました。今後、気候や自然のシステムが変化してしまえば、世界は大きな影響を受けることになります。従って、可能な限り合理的な将来の気候変動予測に基づく、新しい社会の構築が要求されます。
第2次世界大戦後の世界的な成長期や、日本の60年代の高度成長期のように、盲目的に発展を求める時代は終わりました。現状を考えると、世界中で大量生産・大量消費・大量廃棄の生活様式を続けるのが不可能であることは明らかです。これからは、エネルギーやモノを大量に消費しなくても生活できる社会をデザインする必要があります。自動車がなければ成り立たないような都市設計、郊外に巨大なショッピングモールと駐車場を建てるようなビジネスモデルは、持続的成長社会の構築という観点から見れば、はるかに時代遅れなのです。年を取れば自動車も運転できなくなりますし、そうなると小さくても近所に歩いて行ける店が多くあったほうがいいでしょう。また、人々の幸せという概念についても、モノの消費や所有ばかりに幸せを見いだすのではなく、地域とのかかわりや人と人とのつながりに生きる喜びを感じられるような生き方が増えればと思います。
考え方によっては、温暖化対策を進めるということは、持続的成長社会や循環型社会と呼ばれる、新しい社会の枠組みやパラダイムを再設計する良い機会を、われわれに与えていると言えるのかもしれません。

適応策をめぐる国際的議論と今後の動向

適応策の関心の高まりの背景は?

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久保田 泉(くぼた・いずみ)

国立環境研究所社会環境システム研究領域環境経済・政策研究室研究員。博士(法学)。1975年埼玉県出身。2003年学習院大学大学院法学研究科博士後期課程単位取得退学。専門は国際環境法。02年より、日本政府代表団の一員としてCOPなどに出席し、適応策に関連する議題の交渉を担当している。

川西
気候変動に対する適応策が最近大きな関心を集めています。そもそも適応策とはどんなもので、その関心の高まりにはどんな背景があるのでしょうか?
久保田
適応策は、すでに起こりつつある、または今後起こり得る気候変動による影響や被害に対応するためのものです。海面上昇に備える護岸や、洪水対策としての堤防や遊水地の整備などは分かりやすい例だと思います。
2001年に公表されたIPCCの第3次報告書で、排出削減を最大限推進したとしても、島嶼(とうしょ)国などの脆弱(ぜいじゃく)な地域に気候変動の影響が発現することは避けられないということが明らかになり、それらの地域を救う必要があるという国際的な議論が出てきたことから適応策への関心が高まりました。
同時に、中国やインドを中心とする途上国の急速な発展に伴う温室効果ガス(GHG)排出の増加が顕著になり、これらの大量排出国のGHG排出削減への参加をいかに確保するかということも問題になってきました。発展を目指すそれらの国々に対し、排出削減のみを一方的に求めていては議論がなかなか進みません。「排出削減策の推進と同時に、気候変動への適応のための支援体制もつくっていきますよ」という、国際社会による硬軟織り交ぜた働き掛けがあったのです。
川西
適応策をめぐっては近年の気候変動枠組条約(UNFCCC)締約国会議(COP)でさまざまな議論がなされています。その一つに、「適応5カ年作業計画」というものがあります。これは、各国が影響・脆弱性・適応への理解を深め、科学的、社会経済的知見に基づいた適応策を推進するための能力向上を目的としており、各テーマに沿った報告書の取りまとめ、ワークショップや専門家会合の開催などが含まれます。この適応5カ年作業計画をめぐる議論はどのような動向を見せていますか?
久保田
これまでは「適応策」という枠組みではとらえられてこなかったものの、気候変動への対応策となり得る多くの事例や経験が先進諸国や国際機関にはあります。適応5カ年作業計画は、それらをUNFCCCのもとで情報として共有し、科学的知見を収集するとともに、気候変動に対し脆弱な国や地域の適応策推進に役立てていくことを目指しています。05年から実施され、これまでに開催された2回のワークショップも非常に有意義な内容でした。
しかし一方で、あくまで適応策の策定に必要な科学的知見の収集の場と位置付ける先進国側に対し、具体的な支援につながる多くの活動項目を盛り込みたい途上国側との間で立場の違いも見られています。
川西
COPにおける適応策に関する議論で、現在、最重要課題となっているのが、「適応基金」の運営ですね。
久保田
適応基金は、京都議定書のもと、クリーン開発メカニズム(CDM)で生じたクレジットの2%を蓄えて資金源とし、途上国の適応策への資金供与を行うものです。すべてのCDMプロジェクトからクレジットが供出され、先進国の任意拠出に頼らず、しかも、基金の規模が大きいため、途上国側は注目しています。また、クレジットがたまっていき、資金を拠出するには現金化が必要なこともユニークな点だと思います。
このほか、適応に関する途上国支援のための基金は、UNFCCCのもと、後発開発途上国基金(LDCF)と特別気候変動基金(SCCF)があります。しかし、いずれも先進国からの任意の拠出を資金源とし、地球環境ファシリティ(GEF)※が運営を行っているため、途上国にとっては、先進国の拠出の動向に左右されないという点で、適応基金に向ける期待の方がより大きいのです。
これまで、適応基金の運営主体をどこにするかが論点でしたが、インドネシア・バリでCOP13とともに開かれた第3回京都議定書締約国会合(COP/MOP3)で、新たに京都議定書のもとに設置される適応基金委員会が基金の管理・監督を行うことになりました。
今後は、途上国間において各国の立場や主張と基金の取り分をめぐるせめぎ合いも出てくるでしょう。特にアフリカや島嶼国は、彼らが置かれている脆弱性に配慮した、基金配分の特別枠の設置を主張しており、今後の議論も一筋縄では行かないと思います。
いずれにせよ、脆弱性が高く、適応策の早急な推進が不可欠な国々を中心に配分されることが重要だと考えています。
川西
適応基金が合意されたとはいえ、実際にプロジェクトに資金が供与されるまでにはしばらく時間がかかります。早急に手を打つためには今まで通り二国間協力も欠かせません。
久保田
初めての試みである適応基金を、確実かつ効率的に運営するための制度設計を現在行っているところです。UNFCCCという国際的枠組みで、できることとできないことを明確にし、国際的枠組みでの支援と二国間での協力をうまく組み合わせていくことが大切です。

※ 途上国の地球環境保全プロジェクトに対して、主に無償による資金協力を行う基金。事業の形成・実施は、世界銀行、国連開発計画(UNDP)、国連環境計画(UNEP)の3機関が担う。30億ドル近い資金規模を持ち、これまで140カ国以上約1400のプロジェクトに支援してきた。日本の供与額は米国に次いで第2位。

期待される日本の役割とは?

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川西 正人(かわにし・まさと)

JICA国際協力専門員(地球環境問題)。1963年大阪府出身。インペリアル・カレッジ環境学修士課程修了。JICAオーストリア事務所(当時)広域企画調査員(環境分野)のほか、国連工業開発機関(UNIDO)、国連環境計画(UNEP)などの勤務を経て、2005年12月から現職。主に気候変動分野の業務にかかわる。

川西
日本は、IPCC第4次報告書の作成にも大きく貢献した地球シミュレータを用いた画期的な気候予測モデルを持ち、具体的な適応政策立案に必要な影響評価も国立環境研究所などの研究機関によって実施されています。JICAでは、こうした日本の経験、リソースを活用し、途上国における適応策の設計に携わる人材を対象に、政策として実現するためにどのような手順が必要でどういうアクターがかかわるのか、ということを学んでもらえるような研修を実施していきたいと考えています。
久保田
日本が持つ適応策のための知見や技術とその支援に寄せる途上国の期待はとても大きいですね。また日本には、例えば地域の防災ハザードマップの作成や住民参加型の防災活動など、自治体や住民が一体となり培ってきた独自の経験があり、それらを生かした支援も可能です。
JICAは途上国での支援実績と知名度、信頼性を持ち、今後の日本の適応策支援において大きな役割を果たせるでしょう。これまでJICAが行ってきたさまざまな分野の支援の中にも、適応策としての効果があるものが多く、それらの重要性もまた、今後高まっていくことは間違いありません。