monthly Jica 2008年2月号

特集 まちづくりと国際協力 地域を元気にするきずな

都市と地方の格差是正—それは開発途上国だけでなく、日本にとっても大きな課題だ。過疎、高齢化、産業不振に悩む地域が日本各地で増える中、地域活性化の取り組みが急がれている。また、グローバル化の進展、日本で暮らす外国人の増加に伴い、多文化共生の地域づくりや国際的な視野を持つ人材の育成も重要だ。地方分権が進み、これらの地域の課題に対する地方自治体の役割が高まると同時に、地域住民の主体的な参加が求められている。1970〜80年代の公害反対運動や大分県の一村一品運動をはじめとする地域おこしなど、これまでも住民自ら地域の問題解決を図る試みはあったが、近年、元気を失いつつある地域の再生・活性化を目指し、自治体と住民が協働でまちづくりに取り組む動きが活発化している。

一方、地方分権を推進する途上国でも、地域間格差の是正や地方の貧困削減に向けて、住民主体の地域開発が重視され、地方自治体やコミュニティーの能力強化、人材育成が急務となっている。そんな中、日本の地域活動の経験やノウハウが途上国の地域開発にも生かせると考えられ、それらを途上国の人々に伝えようと、日本の地域主導の国際協力が広がりつつある。

そうした国際協力は、途上国にとって有益であるのみならず、日本の地域にもさまざまな効果をもたらしている。外国人との交流を通じて、地域の魅力を再発見し、郷土への誇りが高まると同時に、新たな地域活動の道が開けたり、異文化理解・多文化共生の意識がはぐくまれるなど、さらなる地域活性化や国際性を持つまちづくりに発展する可能性も秘めている。

国際社会の相互依存が強まる中、国際協力の意義を理解し、主体的に参加する市民が減ることは、日本の将来を危うくするといっても過言ではない。「国際協力を日本の文化に」するためにも、市民参加のすそ野を広げる努力が一層求められる。先進国から途上国への一方的な支援だけでなく、双方が経験を分かち合い、メリットを得られる“win-win”(互恵的)の効果をもたらす国際協力は、その重要な担い手にもなるだろう。

途上国と日本の双方が元気になる国際協力の形を紹介し、今後の課題やJICAの役割を考える。

PROJECT in Kumamoto(熊本県 水俣市)
水俣病を乗り越え、「地元学」を世界へ

【地図】熊本県 水俣市日本の高度経済成長の裏で発生した水俣病により、コミュニティーの崩壊という傷を負った熊本県水俣市。しかし、その犠牲を無駄にしてはならないと、「公害」から「環境」のまちへとイメージを転換し、コミュニティーを再生させた。この取り組みは国内外から注目を集め、現在ではJICAの研修も数多く行われている。

水俣が新しく生まれ変わるカギとなったのは「住民と行政の協働」と「地元学」の視点。この経験に、開発途上国の研修員は何を学び、水俣の人々はどんな思いで研修員を受け入れているのだろうか。

コミュニティー崩壊という悲劇を生んだ水俣病

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浄化され、きれいな海水に戻った水俣湾に臨み、相思社の遠藤さんから水俣病の歴史や当時の様子を聞く研修員

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研修員は水俣市の人々とともに、ごみの22分別収集を実際に体験した。ごみ処理は多くの途上国で重要な課題だ。水俣方式のあまりの細かさに驚きながらも、研修員からは「参考にしたい」という声が多数聞かれた

水俣病—それは、世界的にもよく知られる日本の負の遺産。高度経済成長期、水俣湾沿岸の工場から排出されたメチル水銀に汚染された魚介類を、長期間または大量に摂取した人々の脳や神経などに障害を与える中毒性疾患だ。症状が重ければ死に至ることもある。

もちろん、伝染病でも奇病でもなく遺伝性もないが、水俣病がどのような病気なのか正しく理解されなかったために、患者とその家族は差別を受け、偏見の目で見られた。また、就職や結婚の機会も奪われ、近所付き合いは希薄化していった。水俣病は、環境破壊と健康被害のみならず、コミュニティーの崩壊という悲劇を生んだ。

こうして世界にも類がない公害に遭った水俣市だが、現在は多くの犠牲を無駄にしてはならないと、どこよりも環境に配慮した新しいまちづくりを進めている。そのスローガンは、「『公害のまち』から『環境のまち』へ」だ。

1992年、水俣市は「環境・健康・福祉を大切にする産業文化都市」を基本理念に水俣市環境基本計画を策定し、「環境モデル都市」づくりを推進している。水俣病の認定や補償をめぐって患者(住民)と行政が対立してきた背景を踏まえ、住民と行政の協働を新しいまちづくりの基本姿勢としている。

特に注目すべき活動は、住民が主体となり、地域ぐるみで全国最多規模となる22種類のごみ分別収集を行っていること。ガラス瓶だけでも6分別、生ごみは堆肥化する。この分別収集は、いまやほかの市町村にも誇れる「水俣方式」として確立されたばかりか、収集のたびに地域の人々が集う機会となって近所付き合いの活性剤にもなり、コミュニティーの再生につながった。

JICAの研修の舞台に

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地元の中学生と交流する研修員。「かつては恥ずかしくてできなかったが、現在は多くの市民が胸を張って『水俣出身』と言えるようになった」と冨吉さん

水俣市は15年ほど前から「環境のまち」としての認知度が高まり、93年に水俣資料館を開館してからは市外からの訪問者が増えている。地方自治体の職員やまちづくり団体、修学旅行生のみならず、JICAの研修員も訪れるようになった。

2000年に始まった研修「住民との協働による環境都市づくり」では、水俣市を事例として、主に、まちの活性化・再生に住民と行政の協働がいかに重要であるかという点が伝えられている。経済成長とともに、工業生産を拡大しつつある開発途上国では、水銀汚染をはじめとする公害で住民の健康被害が深刻化している例も多く、高度経済成長期の水俣と重なるところもある。その経験に着目したJICA九州が水俣市に協力を要請し、研修の受け入れが実現。環境保全業務を担当する途上国の行政官・NGO職員10数人が約1カ月半、水俣病発生の原因・メカニズムから、水俣病による健康被害と地域社会への影響、その後の環境行政、住民と行政による環境保全活動までを学び、最後に研修の成果として自国の課題に対する帰国後の取り組みを発表する。水俣病患者やその家族、住民と交流する機会もたくさんある。

一度コミュニティーが崩壊した水俣市において、住民と行政の協働で徐々に互いを認め合い、新しいまちづくりを成功させたのは画期的なこと。対立からは何も生まれないと、水俣病と正面から向かい、壊れてしまった人々のきずなや自然とのつながりを対話と協働で再生していく「もやい直し」を続けてきた成果だ。これは、住民の意識向上と協働が重要である環境保全活動を推進する研修員にとっては大きなヒントとなる。07年度は、中国、ケニア、コロンビア、ブラジルなどから13人が来日。タイ環境局のワライポンさんは、帰国後の取り組みについて、「環境保護活動を行うグループの役割を明確にして、共に環境プログラムを実施し、環境保護に対する住民の意識を向上させたい」と話した。

他方、「研修員との交流は、住民が国際感覚を養う場となっている」と、コースリーダーを務める水俣市役所環境企画室の田上朋史(ともふみ)さんは話す。また、JICAの研修の舞台となることで、水俣病の歴史的背景だけでなく、その教訓と新しいまちづくりのプロセスが世界に発信され、水俣のイメージ転換の一助にもなっている。

「どがんかせんと」の精神を途上国へ

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頭石で取れたアケビの味を自分の舌で確かめるエチオピアのアスファウさん(左)とニジェールのハミドウさん。研修員は、ほかにも大根やサツマイモなど村の味覚をその場で楽しんだ

こうした取り組みのベースとなっているのが「地元学」だ。「水俣病で、豊かな自然も人のつながりも何もかも失った」と嘆くのではなく、地元の人が主体となって、地域外の人の視点や助言を得ながら客観的に地元のことを知り、ないものねだりではなくあるものを探して磨き、その地域独自の生活や文化をつくり上げていくこと。行政主導・住民参加ではなく、「行政参加・住民主役」の取り組みである。

この地元学を活用して地域活性化に取り組んでいるのが、水俣川の最源流にある頭石(かぐめいし)集落。約40世帯、人口120人ほどの、過疎化・高齢化が進む典型的な日本の地方農村部だ。50年ごろまでは林業が盛んだったが、次第に若者は都市へ出て行き、頭石を訪れる人はほとんどいなくなった。

ところが5年前から訪問者の数が急増、この5年で約2500人が訪れた。疲弊していく村を「どがんかせんと」と勝目(かつめ)豊さんら住民が立ち上がり、村全体を博物館に見立てた「村丸ごと生活博物館」をオープン、その中で「地元学」を実践したからだ。「生活学芸員」が生活文化や産業を案内・説明し、「生活職人」が漬け物作りや山菜取り、籠作りなど生活技術を次世代に伝える。地元の人たちにとってはごく当たり前の自然、文化、暮らし、伝統も、地域外の人と交流することでその価値や改善点が再確認され、より活気ある地域づくりに生かすことができる。先進的な取り組みであるとテレビ報道された後、訪問者は格段に増えた。

これは、地域社会の発展を目的とした水俣市の「元気村づくり」推進事業の一環で行われている。水俣市企画課元気づくり推進室の冨吉正一郎さんは定期的に頭石を訪れ、相談に乗ったり、広報活動を手伝いながら村の人々を支えている。「まさに行政参加。今では国内外から注目されるようになった頭石が引っ張り役となり、ほかの地域も活力を取り戻してほしい」と話す。

「地元学」で地元の良さを再確認

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「JICA-NGO連携による実践的参加型村落開発」の研修では、住民主体のまちづくりで有名な滋賀県犬上(いぬがみ)郡甲良(こうら)町でもフィールドワークを行い、まちづくりを牽引(けんいん)する13集落の「むらづくり委員会」の取り組みを学んだ。町を散策した後、気付いたことや疑問点を書き出して情報を整理する研修員

地元の人々が自分たちの地域に「あるもの」に気付き、そこから始めることが大切—そんな「地元学」の視点を知ったNGO「いりあい・よりあい・まなびあいネットワーク(あいあいネット)」の長畑誠さんらは、途上国にこの取り組みが生かせないかと考えた。あいあいネットでは、地元の資源を活用した住民主体の地域づくり促進のために、交流や共同調査を通じて日本と途上国をつないでいる。

「途上国で活動する行政官やNGOリーダーたちは、いつも問題だけに目を向けてアプローチし、結果として外部の資源にばかり依存しようとする。この現状を何とかして変えたかった」

そこで、長畑さんがコースリーダーを務めるJICA大阪の研修「JICA-NGO連携による実践的参加型村落開発」では、頭石の「地元学」に基づくフィールドワークを実施している※。この研修は98年の開始以来、(特活)関西NGO協議会とともにプログラムを企画立案・実施してきた。当時NGOとJICAの連携事業はまだ少なかったが、この研修を通じてだけでもさまざまなNGOとのつながりが広がっているという。

07年度は、インド、インドネシア、モザンビーク、パプアニューギニア、イエメンなどから13人が参加。生活学芸員とともに、江戸時代に建てられた蔵や、釈迦(しゃか)堂、五右衛門風呂、地名の由来となった頭石、長寿の水などを回り、気付いたことをメモに取って、最後に結果を共有した。

「頭石は自然の楽園」「村の資源を無駄なく活用している」「古い慣習を守り続けている」「蔵はものがごちゃごちゃしていた。火事になったら大変では?」「子どもや若者をあまり見掛けなかった」など研修員がそれぞれの気付きを発表。それに対し頭石の人たちは、「こうしていろんな国の人と接することができて、幸せな地域に暮らしていると感じた」「経済成長を望むのはいいが、水俣の二の舞にならないようにしてほしい」と話し、生活学芸員の小嶋利春さんは「英語を勉強しなきゃなっていつも思う」と苦笑した。

「マイナスだらけの状況から出発しなければならなかった水俣だが、それでも外からの援助や外の考えに頼ることなく、自分たちの足元を見つめ直し、あるものから地域づくりを始め、少しずつ歩みを進めてきた。こうした手作りの経験が、途上国の『無い無い尽くし』に見える地域にとって大変良い具体例になる」(長畑さん)

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頭石の「村丸ごと生活博物館」の釈迦堂。研修員は生活学芸員の小嶋さんから村の成り立ちや生物などについて話を聞く。11月下旬のこの日、風がとても冷たく、手足がかじかむほど寒かったが、研修員は真剣に気付いた点をメモに取っていた

各地からの訪問者を受け入れてから、頭石の住民は自分たちに自信や誇りを持てるようになった。そして、訪問者の“気付き”を生かして地域の美化や新しい産物の開発に積極的に取り組んでいる。「地域外の人が頭石を開いてくれた。海外から来るJICAの研修員は究極の外部者。水俣に新しいまなざしを入れてくれている」と冨吉さんは強調する。

研修のもう一つの特徴は、(財)水俣病センター相思社の協力を得ていること。相思社は、水俣病問題に取り組むために水俣以外の人たちでつくった組織で、20年前までは水俣市と敵対関係にあった。しかし、「水俣病は治る病気ではない。だから患者やその家族が地域の中で安心して暮らしていけるような社会づくりが大切」と相思社の遠藤邦夫さんが話すように、次第に相思社の役割は、患者を含む市民が暮らしやすいまちづくりに向けた、地域の利益と企業、市、県、国との利害調整に変わっていった。そして今ではJICAの研修に協力し、水俣の教訓を市、国とともに伝えている。「市側の自分が相思社に来て話すことだけでも画期的」と冨吉さん。JICAの研修は、一度決裂した地域の人々のきずなを取り戻すきっかけにもなっているようだ。

水俣での研修最終日、研修員はこんな学びを残した。

「人口が少なくても、誇りを持って地域に貢献しようとする姿勢が大切だと頭石で気付いた。一番の資源は、元気な地元の人たち」(パプアニューギニアのクェホさん)。「新しい方法ばかりに頼り、代々受け継がれてきた遺産や慣習を忘れがちだった。フィリピンの村にも地元の人たちが気付いていない資源がたくさんあると思う。水田の横に小豆を植えていた頭石のように、工夫して土地を有効活用すれば、少しでも現金収入が増えると思う」(フィリピンのジェイビィさん)。「地域開発は、その土地の人が進めていくことが大切だと実感した」(モザンビークのバンズさん)。

「研修員が受け入れ先から学ぶだけでなく、研修員からもフィードバックがなされ、それによって受け入れ側も新しい学びや気付きを得るというのが理想的ではないでしょうか。そこから、援助・被援助の関係を超えた、新しい市民社会同士の対等な学び合い・共生の関係が生まれてくると思う」と長畑さん。

悲劇を乗り越え、まちを再生させた水俣の経験は、地域開発に試行錯誤する途上国の人々にとって大きな励みとなるはずだ。また、市民と行政が一体となってまちづくりを進め、それを世界にも発信している水俣に、日本のほかの自治体も刺激され、地域独自のまちづくりが広がることを願いたい。

※あいあいネットではJICA東京の「市民社会支援プログラム」の研修モジュール作成に協力、その一つとして水俣市の地元学を柱とした研修カリキュラムを作成した。地元学は、長畑さんが講師などを担当するほかの研修でも紹介されている。