monthly Jica 2008年3月号

特集 食と農業 生きる糧を守るために

今、世界的に「食」への関心が高まっている。日本でも身近な食品の値上げが相次ぎ、市民の生活に影響を及ぼしているが、その背景には、原油価格の高騰とともに食料需給の逼迫(ひっぱく)がある。地球温暖化対策としても注目されるバイオ燃料の増産、開発途上国での人口増加や生活水準の向上に伴う穀物消費量の増大、特に中国やインドなど新興国での食用・飼料用穀物の需要急増、また気候変動による干ばつ・洪水といった自然災害が招く穀物生産量の減少などが、世界の食料供給を不安定化させている。

こうした事態は、食料自給率の低い日本に大きな影響を及ぼすだけでなく、購買力が弱く、気候変動の影響に脆弱(ぜいじゃく)な途上国でより深刻な食料不足問題を引き起こしかねない。

現在、世界中で8億5,000万以上の人々が極度の、あるいは慢性的な飢餓状態にあるといわれる。温暖化の影響による農業システムの崩壊で最大6億人が栄養失調になる恐れも指摘される中、食料安全保障の強化に向けて、農業分野の支援が一層求められている。また、食のグローバル化とともに農産物や食品の国際移動が拡大する中、食の安全を脅かす問題は、食料の多くを海外に依存する日本はもちろん世界の重要課題であり、食品の安全性確保のための取り組みも急がれる。

JICAは「飢餓と貧困の解消」を目指し、安定的な食料供給と活力ある農村振興のために、持続可能な農業生産への支援を行っている。特に、食料の自給・増産から、輸出振興、食品の安全性確保、環境に配慮した農業技術の普及など、途上国の発展段階や課題に応じた農業協力を展開している。

人々の生きる糧となる「食」を守るJICAの協力を紹介するとともに、温暖化やエネルギー問題など新たな課題を踏まえた今後の農業協力の在り方を考える。

VOICES from Uganda(ウガンダ)
「稲作を通じて貧困をなくしたい」

【地図】ウガンダ文=工藤 律子 (ジャーナリスト)
text by Kudo Ritsuko
写真=篠田 有史 (フォトジャーナリスト)
photos by Shinoda Yuji

アフリカでは、食料不足と貧困が人々の生活を脅かしており、ウガンダもその例外ではない。一方で、成長著しい都市部では、これまでぜいたく品だったコメの消費が急増し、消費量の約4割を輸入に頼る状態だ。そんな中、高収量のアジア稲と病気や雑草に強いアフリカ稲を交配することによって生まれたネリカ(New Rice for Africa:NERICA)※は、灌漑(かんがい)設備や肥料の大量投入なくして栽培できるため、食料不足の緩和と農民の生活向上に役立つと期待されている。その普及に取り組む JICAの専門家と青年海外協力隊、現地の人々の努力が今、実り始めている。

※高収量のアジア稲と病気・雑草に強いアフリカ稲の交配によって開発した稲の総称。国際農業研究協議グループ(CGIAR)傘下の西アフリカ稲開発協会(現アフリカ稲センター、WARDA)が1994年に初めてこの交雑種の育成に成功。現在、陸稲18種・水稲60種が品種登録されている。特長は、生育期間が短く、乾燥に強く、病害虫に対する抵抗力もあること。

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ナムロンゲ農業試験場で栽培されているネリカ。ここは約60年前に大英帝国の綿花生産会社が設立し、かつては綿花研究を行っていた。現在、その広大な敷地内で、イネ、トウモロコシ、豆類、キャッサバ、サツマイモが研究・栽培されている

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ネリカ1の稲穂。ネリカ1、4、10はそれぞれ籾の形質が異なり、見分けやすいので農家での品種の混じりが避けやすい。生育速度や味も少しずつ異なる

ネリカという旗の下で責任ある支援を

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1日1ドル以下の生活をする人が人口の約4割を占めるウガンダ。農村では、多くの人が土壁と草ぶき屋根の家で、電気もガスも水道もない生活を送る。周辺の土地で育てたイモ類やトウモロコシ、バナナ、豆などや自然に実る果物を食べて暮らす

「ネリカのおかげで稲作研究者が増えた、ということがすごいですよ」

「ミスター・ネリカ」の異名をとるJICA専門家の坪井達史さんは、ウガンダを本拠に東南部アフリカでのJICAによるネリカ普及プロジェクト(ネリカ米適用化計画)※1に携わって約3年半、ウガンダ人研究者の中から3人の稲の専門家を育ててきた。坪井さんの活動拠点、国立作物資源研究所(通称ナムロンゲ農業試験場)では今、4人の現地人研究者が坪井さん、そして陸稲灌漑技術のJICA専門家・西牧隆壮(りゅうぞう)さんとともに、品種試験、除草試験、テラス栽培試験など、さまざまな試みを行っている。

ウガンダ人研究者の一人、アリブ・サイモンさんは、坪井さんの指導のおかげで「食べ方しか知らなかった」コメのことを学び、「将来はこの国の稲の研究と普及の第一人者になりたい」と思うようになった。「実践的で農民のためになる仕事を続ける坪井さんを見習い」ながら、「稲作を通じて貧困をなくし、子どもは学校へ通い、家族はコメを食べられる国をつくりたい」と意欲を燃やす。

ウガンダでは、国民の栄養改善や収入向上、コメの国内自給に向けて、2002年から本格的にネリカの生産・普及に力を入れ始め、副大統領自ら積極的にネリカ普及を推進している。07年現在、約3万5000ヘクタール※2で栽培され(コメ栽培総面積は約10万ヘクタール)、これは5年前の20倍以上の面積に当たる。坪井さんらが、細かい雨量調査や試験を通して得たデータに基づき、地域による気候差や土壌の違いを考慮したネリカ栽培を指導してきたおかげだ。坪井さんは言う。

「各農家の畑の条件に合った栽培技術を見つけることが大事です」

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ネリカの生育具合、品種の混じりがないかなどを確認して歩く坪井さん(右)とウガンダ人研究者のサイモンさん。サイモンさんは2月から10カ月間、JICA筑波で稲作の技術研修を受けている

主食としてキャッサバやトウモロコシ、バナナ、サツマイモなどを作っており、稲作経験の乏しいウガンダの一般農家は、作物は水がたまると枯れると思っている。が、稲は水があるほうが育つ。また、ネリカは現在3種(ネリカ1、4、10)が奨励品種とされているが、土地に合った品種を選ばなければ育たない。土地に合っていても、寄生雑草の除去や病害虫対策、補助灌漑の工夫などを行わないと、収量が上がらない場合もある。収穫できても、手軽な脱穀や精米の方法がなければ換金が困難で、栽培は定着しない。つまり、「ネリカという旗を立てて稲作を振興」しても、各農家の条件に合う栽培や収穫後処理技術などの選択肢を示す努力がないと、「無責任な」支援になるというわけだ。

そこで坪井さんらはまず、試験場内に農民研修用のスペースを作り、品種による特徴、植える深さや間隔・密度、堆肥の作り方などを指導している。試験場近辺に暮らし、プロジェクトのために働く現地作業員たちも、仕事をしながら稲作を学ぶ。

作業員の一人、ナンカビルダ・ステラさんは、自分の夢をこう話す。

「ここでコメについていろいろ説明を受けて、稲作に興味を持ちました。できればこの仕事でお金をためて、大学へ行って学びたいです」

※1 日本は1972年に稲作専門家を派遣するなどしてWARDAの活動への支援を開始、97年には国連開発計画と共同で新品種開発の研究に財政支援を行い、7種の新品種を登録する成果を挙げた。また、98年の第2回アフリカ開発会議(TICAD II)で決定された「東京行動計画」の支援策の一つとして、ネリカ研究・開発のためWARDAへの資金・技術協力を実施。現在JICA専門家2人をベナンに派遣している。2002年「持続的開発のための世界サミット」や03年TICAD IIIでは、ネリカの開発・普及促進支援を約束。ウガンダ・ベナンのJICA専門家を中心に、青年海外協力隊、国内外の研究機関やNGO、国際機関と連携して、サハラ以南アフリカ各地で展開している。

※2 1ヘクタール=1万平方メートル。

青年海外協力隊の手で村々へ

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一緒にネリカ栽培に挑むムパンガ小学校の生徒と田を訪れた隊員の増井さん(左)。子どもたちは組み体操などを通して協調性も学び、そのおかげで稲作の共同作業もうまくいったという

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ナムロンゲ農業試験場で、同僚とネリカの穂から籾を外す作業をするステラさん(右)。坪井さんらのプロジェクトの作業員は主に農家の人で、この仕事を通して、給金だけでなく、稲作の知識と技術も手に入れている

坪井さんはまた、ネリカ普及の担い手として、ウガンダ各地の農村に派遣されている青年海外協力隊員たちにも期待を寄せている。ネリカ栽培の基礎知識を身に付け、その種と雨量計を持って赴任し、任地で雨量調査をしながらネリカ栽培に挑戦しているからだ。

隊員の一人、増井千華さんは、首都カンパラの南西にあるムピジ県の小学校5校で、ネリカの栽培を試みる。学校での取り組みを成功させ、地域の農家へも栽培を広めるつもりだ。が、一度目は種を植えた直後の雨が例年より少なくて失敗。2度目の今回も、ほとんど雨が降らなかったため、あまり収穫が期待できない。

「でも、みんなお米が好きで(ネリカ栽培に)関心はあるんです。学校で種を植えていると、こっそり拾って家へ持ち帰る子もいるほどです」

増井さんは、「次こそ収量を上げたい」と意気込む。増井さんの指導を受ける学校の一つ、ムパンガ小学校で算数を教えるナブウェンボ・デボラ先生も、「子どもたちはお米作りが大好きです」と笑顔だ。増井さんが企画した5校合同の運動会では、ネリカのご飯が振る舞われ、皆の心をとらえたという。

貧しい農村では、コメは今もぜいたく品。冠婚葬祭など特別な日にしか食べられない。自分で作ることができると知る農民は少なく、逆に作ることができるなら、少しだけ自宅で消費し、あとは換金したいと考える。

現在、1キロ約1000ウガンダシリング(約67円)で売れるネリカは、この国の農家の平均的な陸稲栽培面積(約0.3ヘクタール)で作っても、順調に育てば一度に在来種の約3倍=850キロ前後が収穫でき、日本円にして6万円近い収入になる。温暖で一年に雨期が2回あるウガンダで、生育日数が90日前後と短いネリカは2度収穫が可能。農家の大半が貧しい自給農民である中、ネリカで得られる現金収入は生活向上に重要な役割を果たす。

「わが家の決まった現金収入は、わずかなコーヒーを売って得る2万ウガンダシリング(約1300円)程度。それで塩や砂糖、せっけん、ケロシン(ランプ用)などを買います」

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隊員の三輪田さん(右端)とネリカの田に立つザカリアさん(左隣り)。子どもたちにコメを食べに来る鳥を追い払う作業をさせているが、今期は鳥の被害に加えて雨が少なく、あまり収穫が期待できなさそうだという

苦しい生活状況を語るのは、ムピジ県カノニ町近くで農業を営むブクル・ザカリアさん。この地域のHIV感染者支援団体で働く隊員、三輪田貴さんにネリカ栽培を教わった人だ。電気もガスも水道もない生活を送るザカリアさんは、5人の子どもの教育のために、何とかネリカで現金収入を増やしたいと考える。

ザカリアさんら農家8軒(HIV検査を受けた住民グループの人々)に指導をしてきた三輪田さんは、「この辺りはHIV感染率が全国平均(6%)より少し高く、医療やさまざまな面で所得向上が望まれます。そのためのプロジェクトを考えるのが、僕の役割なんです」と説明する。

この地域では、しかし、雨をうまく利用しないとネリカの良い収穫が期待できないのが、悩みの種だ。

同じムピジ県において、比較的湿気の多い土地を利用することでかなり収穫を上げた農民もいる。ブワマ町近郊に暮らすキワラベ・ジョーさんだ。彼は、地域の小中学校で英語を教える隊員、松井忠徳さんの勧めでネリカ栽培を始めた若者グループのリーダー。松井さんを通して20キロの種を借り、0.3ヘクタールの土地に植えて、500キロの収穫を得た。彼の成功が刺激となり、仲間も稲作に興味を抱き始めた。

「最初は自分でコメが作れるなんて、信じられませんでした。でも、実際に実ったのを見て、やる気がわきました。次期は仲間10人ほどが新たに挑戦する予定です」

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派遣先である「SG2000」とともに、移動精米所を運営する隊員の中路潤子さん(右から2番目)。精米の時期には、このトラックで機械オペレーターら4人と泊まりがけで各地を回る。SG2000は、日本大使館の草の根・人間の安全保障無償資金協力により、農民組合のための精米所も建設した

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隊員の松井さん(右)が指導したジョーさんのネリカは、湿気の多い土地と手作りかかしの効果か、今期もまずまずの収穫が期待できそう。同居する妹や仲間のためにもジョーさんは張り切っている

そんなジョーさんらの姿に、松井さんもうれしそうだ。

「彼は本当に働き者なんです。田を荒らすサル対策に、自分でかかしを作って立てたりもしているんですよ」

一応の成功を収めたジョーさんも、実は一つ問題を抱えている—精米だ。地元で精米するには、一キロ150ウガンダシリング(約10円)で業者に頼む必要がある。つまり500キロで5000円相当と出費が多い。それを避けるには、安い精米所のある所まで籾(もみ)を運ばなければならない。

脱穀、精米。この作業コストと手間を減らすために、JICAのプロジェクトでは、安価(1台約2万3000円相当)な脱穀機を首都の町工場2カ所で製造できるよう、ナカワ職業訓練校※3と連携して技術指導を行った。また、収穫後の時期に、精米機を積んだトラックで精米所がない村々を訪問し、格安の手間賃で精米する移動精米所も試験的に運営している。どちらも、現地でネリカの普及を通じた農民の生活向上事業を進める「笹川グローバル2000(SG2000)」※4との協同事業だ。

※3 産業界の求める技能者養成のため、JICAが1997〜2004年に職業訓練体制の整備、職業訓練コースの開設・実施、指導員の能力向上などを支援した職業訓練校。

※4 アフリカ農民の生産性向上を目的に1986年に始まった笹川アフリカ協会のプログラム。

ウガンダから周辺国へ、稲作の種をまく

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隊員対象の広域ネリカ研修で、サイモンさんに手伝ってもらいながら、収量調査に用いる稲を刈り取る東南アフリカ諸国の隊員たち

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研修に参加した隊員たちは、試験場内の田で刈り取ってきた稲を材料に、穂の長さの測り方をはじめ、1ヘクタール当たりの収量計算に至るまでの作業を、坪井さんから学ぶ適切な維持管理方法を指導することが重要」と言う

1月末、緑溢れるナムロンゲ農業試験場に、ウガンダ、タンザニア、ケニア、モザンビーク、ジンバブエ、ルワンダ、マラウイから集まった青年海外協力隊員の楽しげな声が響いた。隊員対象の広域ネリカ研修(4日間)の参加者たちだ。この日は、坪井さんの指導でネリカの収量調査の方法を学んだ。

まず教室で説明を受けた後、田へ出て草丈を測り、一定範囲の10〜20株を刈り取って持ち帰る。教室で穂の長さを測定し、脱粒性(手で握ったときに穂から粒が落ちる度合い)を調べ、穂数を数える。その後脱穀し、空籾と米粒の数、水分量などを測定した上で、1ヘクタール当たりの収量を計算した。すべては、各隊員が任地において可能な形で、ネリカ栽培を通して住民の所得向上に取り組むための学習だ。

参加した隊員は、それぞれ活動分野は異なるが、ネリカ栽培への意欲を共有する。

「ネリカを使って同じ地域にいる稲作専門の隊員と一緒に、周辺の村々も巻き込んだ村落開発を試みたいです」(マラウイの大塚善久さん)

「女性の経済的自立支援の中で、ネリカ4の栽培を試しましたが、寒さでやられました。今度は別品種のネリカで再挑戦したいです」(ルワンダの風見亜津子さん)

「任地では小中学校や周辺村落で野菜を作っています。コメも買うのではなく、自分たちで作って食べられるようにしたいです」(ジンバブエの田中嘉さん)

JICAは坪井さんの活動を通じ、これまでに約2000人の農民に対する研修やセミナー、副大統領の陸稲普及プログラムへの協力、国会議員への講義などを行ってきた。加えて、今回のような各国隊員への研修や隣国からの難民への研修(現地研究者が担当)、東南部アフリカ諸国からの研究者・農業省関係者の視察・研修の受け入れも。さらには、東南部アフリカ諸国への出張指導・セミナーや種子の配布なども実施している。今後も、周辺諸国を含むネリカの開発・普及の輪を広げる方針だ。

30年以上にわたってJICAとともに、アジアとアフリカで稲作の研究・指導に携わってきた坪井さんは、ネリカ普及の仕事を続ける意義を、こう語る。

「アフリカで、お米を作ったり食べたりする文化が根付くには、まだ時間がかかります。100年後、皆がお米を食べられるように、今活動しているのです」