monthly Jica 2008年3月号

特集 食と農業 生きる糧を守るために

PROJECT in Thailand(タイ)
食の安全と生産者の姿勢を伝える日タイ協力

【地図】タイ世界の「食料生産基地」を名乗り、コメを筆頭に多くの農産物を輸出するタイ。しかし農産物の品質管理や安全性、農民グループの組織化などの面で課題が多く、JICAは生産者の能力を向上し、タイの人々の「食」環境を支える取り組みを行っている。日タイ経済連携協定(JTEPA)※の地域間協力の一環で、両国を舞台に展開されている協力を紹介する。

※ 日本とタイの自由貿易協定(FTA)を柱とする経済連携協定(EPA)。両国間の貿易関税の段階的撤廃や労働者の受け入れ、投資などに関する規制が緩和される。2007年11月に発効。

日本の農業をありのまま見せる

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JAながの管内にあるリンゴ生産農家を訪れた研修員たち。農協が古くから根付いてきたこの地で、農協の発展経緯や歴史についても学んだ

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最近は海外からの視察も急増している全農の営農・技術センター。研修員からは、具体的な研究・開発や試験の内容について、より深く学ぶ機会を希望する声も聞かれた

「甘い!」「おいしい!」—手にしたリンゴをひとかじりし、声を上げているのは、JICA筑波の「農産物品質安全性向上研修」に参加した20人のタイの研修員たち。2007年10月、日本有数のリンゴ生産地である長野県のリンゴ農家を訪れ、地元生産者たちと交流した。リンゴを手に農園の真ん中に円座し、日本の生産者の生の声を聞こうと次々と質問が飛ぶ。「どうしたら製品の品質を一定にできるのか?」「市場の動きや最新技術などの生産にかかわる重要な情報はどうやって集めているのか?」。彼らにとって、日本の農産物の品質、安全性の高さは驚きの対象だ。生産者側の代表者も、「タイの農業の様子を聞くことができて参考になる。タイでも農協活動がとても発達していることに驚いた」と語るなど、両者にとって有意義な交流となったようだ。

この研修はタイの農協職員らが、日本で農産物の品質管理や消費者のための安全性確保の手法を学ぶもの。受け入れ先は、東京都町田市にある(財)アジア農業協同組合振興機関(IDACA)だ。開発途上国の研修員を対象に、農家所得向上や農村経済活性化、農業協同組合機能の強化などに関する研修を行っている。

06年の開始以来この研修を率いてきた安部幸男・教務部長は、「今、日本では、牛海綿状脳症(BSE)問題、遺伝子組み換え作物、産地偽装など食に対する脅威への関心が急速に高まっています。タイの研修員には、日本のそうした問題から、農業現場で行われている品質・衛生管理手法、消費者の信頼を得るための工夫や努力、消費者に対する啓発活動の実践まで、ありのままを見て学んでほしい」と語る。

「生産者」としての姿勢を学ぶ

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JAフルーツ山梨管内のブドウ園で、果実の甘さや大きさに驚く研修員たち。傷を付けないための栽培上の工夫や販売方法についての関心も高かった

農産物輸出大国であるタイは、コメやパイナップルが世界トップの輸出額を誇り、世界の「食料生産基地」としての重要な役割を担う。タイ政府は、食品に国際水準の安全性を確保すべく、食料生産環境の改善や食品検査の強化に力を入れ始めている。だが、販売網や地域の卸売市場など、農産物の生産・流通・販売インフラが十分に整備されておらず、農産物の品質向上や安全性確保の妨げとなっている。また、地方には、技術や市場情報から取り残されている農民も多い。「そうした現状があるだけに、研修員の意気込みや問題意識はとても高い」(安部さん)。

研修では、講義を通して日本の農業の歴史、品質や安全性に関する基礎知識などを学ぶほか、さまざまな実地見学も行われる。その一つとして、一行は埼玉県戸田市にある、全国農業協同組合連合会(JA全農)の首都圏青果センターを訪問。ここは、建物の3階分を貫く高さに並び立つ立体保冷倉庫から、製品がコンピューター制御で配送されていく様子が壮観だ。研修員たちは、農家からどのように品物が集まり販売されていくのかを学び、中でも、全館温度管理により入荷から納品まで収穫時の品質をそのままに消費者に届けるコールドチェーン※1方式の確立、トレーサビリティー※2の実践などに強い関心を見せていた。

また、同じくJA全農が運営し、農産物の生産・流通や品質・安全性についての研究・開発を行う神奈川県平塚市の営農・技術センターでは、農薬の研究棟を見学。安全性が高く環境負荷の少ない、低コストの農薬の研究・開発がどのように進められ、その成果が全国の組合農家にどう提供されているかを学んだ。

さらに和歌山県紀の川市のJA紀の里を訪れ、年間約25億円を売り上げる日本一の農産物直売所、「ファーマーズマーケット」を視察。「日本の地産地消型の直売施設は、タイの農業関係者の間でも関心があり興味深い。生産者側の生産する喜び、質の良い農産物に触れる消費者側の喜びが伝わってきて、農業の素晴らしさを再発見できた」と話すアピチャイ・スミトラさんをはじめ、研修員に強い印象を残した。

「研修を通し、彼らの印象に最も強く残るのは、技術的なことや新しい情報もさることながら、日本の農業生産者が持つ、人々の健康を支えるというプロ意識、仕事の迅速性・正確性、国産品としての誇り、責任感といった真摯(しんし)な取り組み姿勢です」と、その手応えを語る安部さん。研修員の多くは、「タイでは日本のように完成されたシステムは難しいが、『食』を提供する農業生産者として欠かせない姿勢・考え方を学ぶことができた」と感想を述べた。安部さんは「今後もタイに合った方法で彼らが農産物の品質管理や安全性を確立させていくお手伝いをしていきたい」と意欲を見せる。

※1 生鮮食品などを、保存に最適な温度を保ったまま、生産・輸送・販売する物流方式。

※2 品質・安全性と消費者への安心感を確保するため、生産、加工、流通・販売などの段階で、仕入れ先や販売先、生産・製造方法などを記録し、経路の追跡を可能にする生産履歴管理システム。

グループリーダーの育成が課題

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タイ東部トラート県にて、グリーンツーリズムを行う職能グループを訪れた山下さん(後列右から4人目)。農業体験型の宿発施設を持ち、20代の若い女性がリーダーを務めるこのグループで、自身の経験やアドバイスを伝えた

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OTOPのシンボルが記載されたラベルとともに売られるカシューナッツ。ラベリングには文字の読みやすさ、消費者の目を引く色使い、手作り感や素朴さなどが要求される

続いて舞台はタイへ。世界有数の穀倉地帯であるタイは、農業を経済基盤として発展してきた。80年代後半以降の急速な工業化により、国内総生産や輸出に占める農業の割合は低下しているものの、依然、主要産業であり、全就業人口の半分近くが農業で生計を立てる。

同国は、「一村一品運動」をモデルとした「One Tambon One Product」(OTOP)※3を、農村経済の活性化策として国を挙げて推進している。活動を担うのは、農協など自主的に組織化された農民グループで、行政による財政支援や研修を受けながら、副業として、地域の資源や知恵を活用した食品加工や手工芸品製作に従事する。国際協力銀行(JBIC)も、OTOP製品の生産・販売促進の拠点となるコミュニティーセンターの建設や日本の「道の駅」のノウハウを生かした運営改善のための支援などを行った。06年にはOTOPの総売上高が全体で600億バーツ(約2000億円)を超え、個人の生産技術の向上や雇用機会の拡大が報告されている。その一方で、実際に成功したグループは一握りにすぎず、マーケティング知識やグループの生産体制、品質管理などが不十分なため、活動が困難に陥っているケースも多い。

そんな中JICAは、活動に必要なビジネススキルや知識、リーダーシップなどを持つ地域のリーダーを育成する技術協力プロジェクト「農業協同組合におけるコミュニティリーダー育成計画」を07年3月に開始。OTOP活動の担い手である農協の職能グループのリーダーらの育成を通じ、活動を活性化させ、所得向上や生活改善を図っている。またグループ全体の能力が上がることで、本業である農業の持続可能性が高まり、安定した食料供給や農村振興につながることも期待される。各地でグループの活動実態調査や研修を実施するほか、リーダー育成のガイドラインを作成し、最終的にはタイ自身の手でリーダーを育てていけるようにするのが目標だ。全国農業協同組合中央会職員の栗田雅司さんが長期専門家として活動しているほか、研修期間中は「商品開発」や「マーケティング」などさまざまな分野の短期専門家が派遣される。

「商品開発」を担当する専門家として07年6〜9月に派遣されたのが、JAえひめ南の山下由美さんだ。家族で農業を営む山下さんは、5年前に、地域に伝わる手づくり味噌や季節のお菓子、さまざまな加工食品を販売する女性グループを立ち上げ、年間500万円近くを売り上げるまでに成長させた経験を持つ。今回は、現地のグループリーダーに女性が多いこともあり、自身の経験をもとに、商品開発に求められる豊かな感性と行動力を同じ目線で指導することが期待された。

※3 「Tambon」はタイ語で「村」の意味。

生産者能力を高めて農村の活性化へ

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毎回多くのグループリーダーや地域の農協スタッフらが集まる現地研修。調査や指導、研修などで訪問したのは約30県に及ぶ

山下さんは40以上のグループの活動現場に赴き、活動状況を調査し、日本の事例の紹介や研修などを実施した。「OTOP商品の中には非常に完成度が高いものもあり驚くことも多かったが、それ以上に、商品の開発や品質管理、販売方法など、まだまだ工夫が必要だと痛感した」と話す。

例えば、ココナツシュガーを作るあるグループの作業場では、添加する白砂糖が梱包されないままで保管され、異物混入を防ぐ仕切りなどもなかった。また、カシューナッツを製品化して販売するグループは、製品に消費期限を記載していなかった。

山下さんは、製品の製造・加工場所の衛生保持、手洗い徹底など衛生管理の必要性や、製品の適切な在庫管理、製品の基本情報の表示など、消費者に信頼と安心感を与えるために必要な最低限の取り組みを周知させることから始めた。さらに、製品のアピールに効果的なラベルのデザインやネーミングなど、付加価値を高めるための工夫も指導。「最終的には、マーケティングや商品開発の力をつけ、生産から販売まで自分たちでできるようになってほしい」と期待する。

また、「産地形成」の短期専門家として派遣され、地域の独自性を生かした製品開発を指導した元JA広島県中央会職員の石本勝典さんも、「地域独自の製品作りに対するグループリーダーたちの関心の高まりを感じました」と、彼らの真剣な取り組みに好感触を得ている。

紹介した2つの事例は、07年11月に発効された日タイ経済連携協定(JTEPA)の一環として食品安全に関する専門家の派遣や研修事業を行う地域間(農協間)協力に位置付けられている。世界の「食料生産基地」であるタイの農産物は、日本を含め世界の食と密接につながっているだけに、品質と安全性を高めるこうした協力はますます重要になる。今後、一層結び付きが強まるであろう両国の取り組みに期待したい。