monthly Jica 2008年3月号

特集 食と農業 生きる糧を守るために

Expert's View
専門家に聞く 「食」をめぐる国際協力

近年の穀物価格の高騰や気候変動は、世界の農業・食料にどんな影響を与えるのか。また、開発途上国はどんな問題を抱えているのか、JICAに求められることは何なのか。さまざまな国際機関で途上国の農業・食料問題に携わってきた九州大学アジア総合政策センターの坪田邦夫教授に聞く。

【写真】坪田 邦夫(つぼた・くにお)

九州大学アジア総合政策センター教授。1946年山口県出身。専門は農業経済学。農林省、国連食糧農業機関(FAO)、経済協力開発機構(OECD)、世界銀行、アジア開発銀行、アジア生産性機構(APO)などを経て2006年から現職。FAO「世界食料農業白書」2000/2001/2002年版(英文)の監修を務めた。

1 近年の食料安全保障への脅威とは?

世界の食料安全保障への脅威となり得る大きな動きが2つあります。一つは短期的なもので、ここ数年の穀物や大豆価格の高騰です。背景には、中国やインドなど経済成長が著しい開発途上国での小麦や飼料穀物需要の増大と、欧米でのバイオ燃料用トウモロコシ・植物油需要の増大があります。

日本でもパンなどの値上げや飼料価格の高騰など影響が出始めていますが、食料安全保障という観点※1から最も影響が心配されるのは、食料を輸入する途上国の低所得者です。穀物や原油価格の高騰は真っ先に貧しい世帯を直撃しますし、肥料価格の上昇は小規模農民には大きな打撃となります。国連食糧農業機関(FAO)がアフリカなどの貧しい国々の人たちへの緊急支援を呼び掛けているのは、これらの理由によります。

この事態が長期化するかどうかは見方が分かれますが、原油と食料の双方に市場メカニズムが働いて、今の高騰は早晩沈静化するという見方が強いようです。

もう一つの脅威はやや長期的な問題になりますが、地球温暖化の影響です。昨年末の「気候変動に関する政府間パネル(IPCC)」の報告によれば、平均気温が3度以上高くなると全世界の穀物生産に悪影響が出ることが予想され、低緯度の地域では1〜2度の上昇でも干ばつや洪水など大きな影響があるとされています。この場合も、最も悪影響を受けるのは、主にアフリカなど低緯度の地域、つまり途上国の人々なのです。

この2つの最近の動きは、先進国の食料安全保障をすぐに脅かすものではありませんが、世界の貧しい人々の食料安全保障に極端にしわ寄せが行くという意味で、大変憂慮すべきことだと思います。

※1 1996年の「世界食料サミット」では、食料安全保障を「すべての人々が、あらゆるときに、活動的で健康な生活を送るのに必要な食事上の要件と食の嗜好を満たすのに十分な量の、安全かつ栄養的な食料を、物理的にも経済的にも手に入れることができる」ことと定義した。

2 食料・農業分野で途上国が抱える問題とは?

途上国の中で経済が停滞するグループと急速に発展するグループとの格差が急激に拡大し、両極分解しています。前者の典型的な例がサハラ以南アフリカで、1人当たりの食料カロリー供給量で見ると、40年間ずっと2200キロカロリー前後で推移しています。これは災害や内紛などがあると、多くの人々が文字通り飢餓に直面しかねない状況です。アフリカではアジアで成功した「緑の革命」※2の技術が定着せず、低成長、貧困、社会不安の悪循環に陥っています。

一方、これと対照的なのが中国や東南アジア諸国連合(ASEAN)などのグループで、最近ではインドも仲間入りし始めています。これらの国々では経済成長が続き、農業生産性も向上して食料の絶対的不足問題はほぼ解消しました。しかし、急激な経済成長は都市と農村の格差を広げる一方、効率重視の成長が環境や資源への負荷を高め、その悪影響が無視できなくなっています。肥料農薬の使用量の増加は水質汚染や富栄養化を招き、都市での水需要の増大と灌漑(かんがい)の拡大は、森林の減少と相まって水資源の需給を一層厳しくしています。森林や草地の減少や劣化は砂漠化の問題を深刻化させ、持続的な農業発展が脅かされる事態になりつつあると言えるでしょう。

※2 高収量の改良品種の導入、肥料の増投、灌漑の拡大などの結果、1960年代後半以降、コメや小麦などの農業生産性が大幅に増加した現象。80年代初めにはアジアの多くの国でコメの自給が達成された。この技術革新には日本の稲作技術が直接・間接的に活用されている。

3 日本の農業協力の特徴とは?

日本は政府開発援助(ODA)の中で農業を比較的重視してきており、伝統的に農業部門に優しい国と言えます。日本の農業協力には次のような特徴があります。

まず、アジアという地域に多くの努力を傾注してきたこと。2つ目は灌漑などの農業インフラ整備のウエートが高かったこと。3つ目はモンスーン地域の農作物の生産技術や技術研究開発で大きな貢献をしてきたことです。これは大変有効で、日本が誇ってよいことだと思います。しかし、この強みは裏返せば弱みでもあります。

日本人移民のための技術支援を主目的に行われた南米地域を例外とすれば、最近までアジア以外の地域、特にアフリカや中東への農業協力は相対的に手薄でした。これらの地域が遠く、その農業になじみが少ないことに加え、移転できる乾燥地農業技術や専門家が少なかったことにもよるでしょう。また、欧米や国際機関に比べ、日本の農業開発支援は社会・経済面の支援拡大が遅れたこと、畜産分野のウエートが小さかったことも挙げられます。

援助される側がアフリカなどに移り、かつ農業・農村の問題が複雑化していることを踏まえると、今後はこうした弱点を強化していく必要があると思います。

4 JICAに求められる役割や今後の課題とは?

「グローバル・パブリック・グッズ(地球的公共財)の提供」という視点が大切です。市場の失敗が起きる分野、すなわちインフラや研究教育といった公共財や環境問題の分野に重点的に援助をしていただきたい。市場の失敗が起きている分野の代表が農業・農村です。そこに世界の貧困や環境問題がおりのようにたまっている。世界銀行の「世界開発報告」では最近になってやっとその対策の必要性を認めていますが、JICAには今後も農業重視という方針を続けてほしいと思います。

ただ、今まで弱かった畜産分野と社会開発分野の強化が必要です。アフリカでは畜産は重要な意味を持つし、アジアでも1人当たりの農業所得向上に一番貢献したのは畜産です。鳥インフルエンザなど病気対策の強化も避けて通れません。またアフリカや紛争地域などでの支援の需要が増えることを考えると、社会開発の専門家の育成や参加も不可欠です。アジアでは、食品流通加工などの分野も需要が高まると思います。今後は技術者と社会学や経済学の専門家などとのチームワークが一層必要になっていくでしょう。