monthly Jica 2008年9月号

特集 科学技術 可能性を切り開く力

地球温暖化、食料・エネルギー危機、感染症の拡大、自然災害の多発など、世界各地で人々の生活を脅かしている問題が、グローバル化の中で国・地域を越えて相互に影響を及ぼし、地球規模の脅威となっている。こうした人類が抱える課題を克服するには、国際社会の協調による取り組みが求められる。そのカギとして近年、注目されているのが、科学技術を活用した国際協力だ。

「科学技術創造立国」を国家戦略に掲げる日本は、戦後から現在に至るまで、産学官が一体となって科学技術の向上・振興に努め、社会経済の発展と国民の福祉増進を図るとともに、世界の科学技術の進歩と人類社会の持続的な発展に貢献することを目指してきた。今や、環境・エネルギー分野をはじめ多くの分野で世界をリードする高い技術力を有し、それらを駆使して地球規模の課題の解決や、開発途上国の持続可能な成長に協力していくことが期待されている。

2008年は、5月に第4回アフリカ開発会議や6月にG8科学技術大臣会合、7月に北海道洞爺湖サミットが日本で開催されたほか、アジア地域科学技術閣僚会合(7月)や日本アフリカ科学技術大臣会合(10月)も開かれる。これを機に、政府は科学技術を活用した国際協力を戦略的に推進し、国際社会におけるリーダーシップ・存在感の強化を目指す。

こうした動きを受けて、JICAは、日本の発展を支えた科学技術を活用して高等工学教育や環境、防災などさまざまな分野で技術協力を行ってきた実績をもとに、科学技術を重視する途上国の多様化・高度化するニーズに応じて、人材育成や能力向上を図る協力を推進する方針だ。また、研究開発だけでなく、産業界や地域社会での活用・普及にも力を入れていく。

JICAがこれまで展開してきた日本の科学技術を活用した協力とその成果、新たな取り組みを紹介する。

VOICES from ASEAN(アセアン)
「アセアンの未来を担う人材を育てよう」

写真=今村 健志朗(フォトグラファー)
photos by Imamura Kenshiro

21世紀に入り、東南アジア諸国連合(アセアン)では、高等教育レベルの人材育成の必要性が高まっている。特に、大学での研究による科学技術の活用・開発・普及は、社会・経済の発展を導くものとして期待が大きい。「人づくり」を強みとするJICAも、アセアン地域の大学、産業界、地域と連携を図りながら、未来を担う人材の育成に取り組んでいる。今回は、高等教育開発を国家戦略に掲げるインドネシアを取材した。

【地図】AUN/SEED-Net

アセアン工学系高等教育ネットワークの役割

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ガジャマダ大学の地震ハザードマッププロジェクトチームと、同大学に留学中のAUN/SEED-Netの学生たち。地質工学科のドウィコリタ准教授(前列左から3人目)を中心に、教授と学生が一体となってプロジェクトに取り組む

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地震ハザードマップ作成に必要なデータを収集するため、地質調査を行うガジャマダ大学の学生たち。JICAが供与した機械を使って、地質地盤の増幅を測定し、分析していく

首都ジャカルタから車で約2時間半、ジャワ島西部に位置する都市バンドン。7月23〜24日、市中心部にキャンパスを構えるバンドン工科大学で、「アセアン工学系高等教育ネットワークプロジェクト(AUN/SEED-Net)」の地域会議(機械・航空工学分野)が行われた。会場に集まったのは、日本、アセアン地域の工学系大学の教授、学生、現地企業の関係者など合わせて約180人。出席者全員が、プロジェクトで進められている共同研究の成果発表に、真剣に耳を傾けている。会場内には、AUN/SEED-Netの学生による研究発表もパネル展示されており、その内容の多様性には目を見張るものがあった。

今、アセアン地域では、工学系高等教育機関の能力強化に注目が集まっている。これは、1997年、タイに端を発した通貨危機に起因する。橋本龍太郎首相(当時)は、アジアで持続的かつ安定した経済開発を実現するためには、産業界を活性化させる人材育成が重要であると「橋本イニシアティブ」を提唱。これは、99年に小渕恵三首相(当時)が発表した「小渕プラン」により具体化され、工学系高等教育の人材育成政策が打ち出された。

これを受けて、2001年に発足したのがAUN/SEED-Net。アセアン10カ国の工学系トップ大学19校と日本の支援大学11校がネットワークを形成し、アセアン地域の工学系高等教育の向上を目指すJICAの人材育成プロジェクトだ。約2年間の準備期間を経て、03年3月からフェーズ1がスタート。メンバー校であるタイのチュラロンコン大学内に事務局を設置し、域内・本邦の留学プログラム、共同研究、分野別の地域会議、本邦大学教員の派遣、教員の本邦研修・研究などを通して、アセアン地域の社会・経済発展を支える人材育成に取り組んでいる。

域内留学で学生の能力を伸ばす

地域会議の合間を縫って、バンドン工科大学構内の実験室をAUN/SEED-Netの留学生たちが案内してくれた。古びた実験機器と飛行機の模型。併設されている研究室には、書類や実験用の工具が並び、どこか雑然とした雰囲気だ。

「ごちゃごちゃしているでしょう。でも、この研究室で夜を明かすことも多いんですよ」と笑うのは、ベトナムのハノイ工科大学から博士課程に留学中のレ・スアン・チュンさん。昨年、豊橋技術科学大学で10カ月の研修も経験した。間もなく博士課程を修了するが、「自国では実験設備も不十分で、満足のいく研究ができなかった。でも、AUN/SEED-Netのおかげで、研究に集中できる環境を与えてもらった」と言う。「帰国したら、大学の講師として、日本やインドネシアで学んだことを還元していきたい」と熱く語ってくれた。

日本の大学へのメリット

日本側からAUN/SEED-Netをサポートするのは、国立私立合わせて11大学。メンバー校の博士課程留学生の受け入れ、教授陣の能力強化、共同研究支援などを行っている。東京工業大学大学院理工学研究科の三木千壽教授は、「これまで、欧米に流れていた優秀な人材を日本で受け入れることにより、日本の大学も成長できる。やはり、アジアの人材はアジアの中で育てることに意義があるのではないか」と評価する。さらに、「日本の大学の魅力を、世界にアピールするのにもいい機会。大学の国際化にもつながり、共同研究を通して、研究レベルの向上も期待できると思う」。

昨年より、バンドン工科大学から留学中のウィリー・クニアさんは、「ここに来て一番驚いたのは、やはり設備の素晴らしさ。教授との距離も近く、何でもすぐに相談できるのが魅力」と話す。流暢(りゅうちょう)な英語はもちろん、「来日してから勉強した」という日本語も見事なものだ。アセアン諸国には、大いなる可能性を持つ優秀な人材がたくさん潜んでいる。

ジャワ島中部地震の経験を生かして

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町役場の職員(左)と住民代表の若者(中央2人)と、ハザードマップを見ながら議論を交わすガジャマダ大学地質工学科のサラフディンさん(右)。大学とコミュニティーが協働で、災害軽減対策の一環として、地域住民のエンパワーメント(能力強化)を行っている

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ガジャマダ大学地質工学科は、地震に関する知識をコミュニティーと共有するためにポスターを作成。住民にも分かりやすい形で、災害対策を広める努力をしている

インドネシアは、06年5月、ジャワ島中部地震に見舞われたことも記憶に新しい。マグニチュード6.2を記録した大地震による死者は、5800人以上。AUN/SEED-Netのメンバー校の一つ、ガジャマダ大学のあるジャワ島中部南岸のジョクジャカルタ一帯が大きな被害を受けた。

現在、復興は進んでいるが、断層近くとみられるオパーク川周辺に架かる橋には、今も地滑りの跡が残っていた。「橋の付け根の部分も、少しずれているのが分かるでしょう」と説明してくれたのは、ガジャマダ大学地質工学科のサラフディン・フセインさん。地震後、地質工学科がAUN/SEED-Netの支援のもとに開始した地震被害調査プロジェクトチームの一員だ。

彼らは、京都大学、九州大学の協力のもと、JICAが供与した地質計測器などを用いて、500カ所以上で地質測定を実施。「地震ハザードマップ」を完成させた。この研究の成果は、アメリカの出版社より国際的な学術書として出版されたほか、国内外の学会でも注目を浴びている。

現在は、ほかの学科とも連携しながら、研究成果を地域社会に還元することに力を入れている。地質工学科のドウィコリタ・カルナワティ准教授は「一般の人に、科学的な言葉を使って説明しても理解されにくい。そこで、心理学科などと協力して、試行錯誤しながら地域住民とコミュニケーションを図っている」と言う。その一環として、最も被害の大きかったイモギリ地区を中心に、住民を集めて災害に関する知識、発生時の対策を共有する講習会を開いている。

「私たちの活動に対し、アメリカ、イギリスからも支援のオファーが来た。そのきっかけをつくってくれたAUN/SEED-Netの支援に感謝している」とドウィコリタ准教授。地震ハザードマップ作成を支援してきた九州大学大学院工学研究院の渡邊公一郎教授は、「“人づくり”を重視するこのプロジェクトの理念は素晴らしい。今後の課題は、研究に必要とされる機材を整備すること、プロジェクト終了後も、効果が持続するような体制を整えること」と強調する。

AUN/SEED-Netは、08年3月からフェーズ2に突入。過去5年間で確立したネットワークをフルに活用し、制度の充実化と新たな展開を図っていく。現在、博士課程を修了した留学生が自国に戻ったときに研究成果を十分に生かせる場がないなど課題も多い。今後は、産業界や地域社会の協力も得ながら、環境・エネルギー・防災・バイオ・天然素材などの地域共通課題にかかわる共同研究を実施予定。これまで培った人材育成、各大学院の能力強化、大学間ネットワークを基盤とし、科学技術を活用した地域の社会・経済問題への解決策を提示していくこと、これがAUN/SEED-Netが目指す方向だ。

産学地連携により研究成果を社会へ

ガジャマダ大学では、06年4月からJICAの「ガジャマダ大学産学地連携総合計画プロジェクト」も実施されている。これは、産(産業界)、学(大学)、地(地域社会)の連携を強化して、大学の社会貢献的な役割を高めることを目指す試みだ。

02年に法人化された同大学は、産学地連携を通して、研究成果を社会に還元するシステムの強化を図っている。しかし、外部との窓口となる「研究・コミュニティーサービス機関(LPPM)」の組織力不足などから、大学の教育や研究活動を社会のニーズに対応させるに至っていないのが現実だ。また、能力の高い研究者はいるものの、それを十分に生かしきれていない。

プロジェクトの総括を務める九州大学大学院工学研究院の糸井龍一教授は、「現在、インドネシアでは大学の法人化が進んでいる。その流れの中で必要となるのが、企業やコミュニティーとの連携。一足早く、法人化を経験した日本の大学の知見から、支援を展開できれば」と話す。両大学は、05年に学術・学生交流協定を結んでいること、共にAUN/SEED-Netのメンバーであることなども縁となり、今回のプロジェクトの実現に至った。LPPMの組織体系の整備に加え、共同研究を通して、研究者の社会貢献に対する意識向上のための支援が進んでいる。

地元資源を活用した研究を

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ゼオライトを活用した有機肥料の研究に取り組む工学部のラーマン講師。「ゼオライトは吸着性があるので、肥料の効果を長持ちさせることができるんです」

ジョクジャカルタは、2つの世界遺産を有する歴史ある町。これらを一目見ようと、欧米などから訪れる観光客も多い。その一方で、大規模産業に乏しく、手工業・食品工業など中小零細企業が中心となっている。「今後は、大学の研究成果が地域産業に貢献し、地域の発展につながることが期待される」と糸井さんは話す。

現在、プロジェクトでは10の共同研究を支援しているが、地元の資源を活用し、地域の問題解決に取り組む研究者が多いのが特徴だ。工学部のラーマン・スディヨ講師が取り組むのは、「天然ゼオライトを活用した有機肥料開発」。世界有数の火山地帯であるインドネシアでは、火山灰の堆積により土壌が砂地化し、農作物が育ちにくいという問題がある。そこで、地元で取れる天然資源のゼオライトを用いて、新しい有機肥料の開発が進められている。

構内の実験室に入ると、ゼオライトの原石やそれを粒状にするための造粒機、袋詰めされた肥料などが置かれていた。ラーマン講師の研究チームにより、ゼオライトを用いた有機肥料の効果はすでに実証されており、土壌改良材として関心を示す地元企業も出てきている。「今後は、ゼオライト以外にも、サトウキビ、バナナの葉など、地域のあらゆる資源を試しながら実用化を目指したい」とラーマン講師は意気込む。

大学と地域をつなぐ学生活動

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ガジャマダ大学構内の牛舎では、筒状のバイオダイジェスターで燃焼実験が行われている。造りは極めてシンプルだが、その効果には大きな期待が寄せられている

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バイオダイジェスターによって生成されたガスをつける住民。牛3頭分の排せつ物で、一家庭一日4時間分のガスを生成することができる

だが実際、研究の場である大学と地域社会との間には隔たりがあり、連携は容易ではない。研究室で生まれた技術を住民の生活で実用化させるには、相互理解、コミュニケーションが不可欠だ。そこで、双方をつなぐ懸け橋となっているのが、71年から続いている「学生コミュニティーサービス活動(KKN)」。これは、学生の地域貢献活動で、30人ほどのグループに分かれ、大学が指定したコミュニティーに8週間派遣され、住民のニーズに応える活動を行う。大学が学生に貧困の実態を学ばせることを目的に開始したが、現在は、活動を通じて、大学の研究成果がコミュニティーに普及されることが期待されている。

今年は7〜8月に約5000人の学生が参加。活動地の一つ、バントゥル県ピユンガン郡を訪れると、大学の制服に身を包んだ学生20数人が待っていた。

案内してくれたのは、プロジェクトの共同研究の一つ、「家畜排せつ物を利用したバイオガス研究」に取り組む畜産学部のアンバー・ペルティウィングラム講師。牛の排せつ物からバイオガスを生成する機械「バイオダイジェスター」を開発し、KKN活動地に設置している。使用方法の指導や維持管理は学生が行う。最初は、住民も新しいシステムに戸惑っていたが、徐々に関心が高まり、今では取り入れたいと申し出る家庭も出てきているという。

LPPM所長を務めるダナン・パリケシット教授は、「近年の大学改革の中で、わが校は純粋な“研究”から、その成果を産業界や地域に貢献する形にシフトしようとしている。JICAのプロジェクトを通して、すでに多くの成功を収めている日本の大学の経験を適用させていきたい」と語る。JICAは、現地のニーズを踏まえながら、産学地連携を通じて、高度な科学技術を社会に還元するための支援を行っていく。

「信頼関係」から生まれるアセアンネットワーク

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7〜8月にかけて、バントゥル県ピユンガン郡で活動を行ったKKNの学生たち。村にホームステイしながら、大学の研究成果をコミュニティーのニーズに応じて適用させていく

「何をするにも、まずは信頼関係が大切」と、インドネシア国民教育省で長年、高等教育総局長を務めたサトリオ・スマントリさんは強調する。バンドン工科大学で教鞭をとる傍ら、豊橋技術科学大学の客員教授を務める彼は、「共同研究などの交流を通じて、アセアン地域の教授や学生たちが、個々で関係を構築していく。それが重要なんです。資金や結果は、その後についてくるものにすぎない」と話す。同国のAUN/SEED-Netの参加校はバンドン工科大学とガジャマダ大学のみだが、「フェーズ2では、ほかの大学にもその効果を広めていきたい」と展望を述べる。バンドン工科大学機械・航空工学部のアンディ・イスラ・マヒンディン学部長も、「フェーズ1の共同研究は、いわゆる伝統的な科学技術の分野。今後は、学部横断的アプローチを強化しながら、バイオテクノロジーなど新しい分野に取り組んでいきたい」と意欲を見せる。

アセアンの未来を担う研究者の種(SEED)がやがて芽を出し、自立的な発展の道筋を切り開いていく日は近い。

日本の科学技術を活用したインドネシアの森林管理

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PALSAR(左)と 光学センサー(右)で写したスマトラ島東部の比較写真。「だいち」に搭載されたPALSARでは、雲がなくはっきりと島が見えるのが分かる
(C)JAXA, METI, analyzed by JAXA

世界第3位の熱帯林面積を誇るインドネシア。1億2,000万ヘクタールにも及ぶ森林地帯は、多くの貴重な生物種の生息地だ。しかし近年、森林火災や違法伐採などにより、森林減少が急速に進んでいる。

同国は1980年代以降、アメリカ航空宇宙局(NASA)のランドサット衛星を活用し、3年に1回程度のペースで、森林資源情報の一部を地図などにして更新してきた。しかし、光学センサーを使ったこの衛星は、雲で隠れた部分を識別できないなど、情報の信頼性が問題視されていた。

そこでJICAは、2008年9月より、「衛星情報を活用した森林資源管理支援プロジェクト」を開始することを決定。日本の林野庁などと連携し、宇宙航空研究開発機構(JAXA)によって打ち上げられた地球観測衛星「だいち(ALOS)」の情報を活用した森林リモートセンシングの導入を支援する。ALOS搭載のマイクロ波センサー「PALSAR」により、雲を透過した情報の入手が可能になる。

昨年、事前調査で現地に赴いたJICA国際協力専門員の中田博さんは、「日本の科学技術を駆使したALOSに対する期待は相当なもの。とはいえ、日本の技術がそのままインドネシアに適応するわけではなく、現地のニーズを踏まえた支援が必要」と強調する。プロジェクトでは、日本などでの研修による職員の技術力向上を図り、現地のボゴール農科大学との連携も視野に入れ、将来的にはインドネシア全土への普及を目指す。

現地でチーフアドバイザーを務める予定の林野庁の田中康久さんは、「まずは精度の高い森林資源地図を完成させることが目標。その上で、地球温暖化対策などに応用していきたい」と話す。昨年12月にバリで開かれた国連気候変動枠組条約第13回締約国会議(COP13)で提唱された「途上国における森林減少・劣化からの温室効果ガス排出削減(REDD)」への貢献も期待されている。