monthly Jica 2008年9月号

特集 科学技術 可能性を切り開く力

PROJECT in Ecuador(エクアドル)
科学技術を駆使した防災支援

【地図】エクアドル過去1300年にわたり、ほぼ100年の間隔で噴火を起こしてきたエクアドルのトゥングラワ火山。1999年から活発な噴火活動が始まり、今でも噴煙を上げ続けている。2006年7・8月に起きた大噴火では、最新の科学技術を駆使したJICAによる協力が、火砕流から多くの命を救うことに貢献した。

火山国エクアドル

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地元のケチュア語で「炎ののど」という意味を持つトゥングラワ火山。06年の大噴火では、数百度のガスと火山灰が一緒になった火砕流が、ものすごい勢いで火山斜面を駆け降り、家々を焼き払った。また、噴火後に発生した土石流でも、道が埋まったり家や橋が流されたりした。この地域では、住民と防災担当とIGが、火山活動に関する情報を共有していたことが、JICAのプロジェクトとの相乗効果もたらし、人的被害を最小にとどめることができた

南米の赤道直下に位置するエクアドルでは、ナスカプレートが南アメリカプレートに沈み込むことにより、活発な火山活動が生じている。1533年のスペイン人入植以来、8つの火山の噴火が知られ、過去1万年に噴火が認められる火山がさらに9つある。

噴火は、火山灰の降灰や火砕流などにより、広い範囲に被害をもたらす。1877年に、首都キトの南60キロに位置するコトパキシ火山が噴火したときは、山頂の氷河が溶けて大規模な土石流が発生し、300キロ以上も先の太平洋にまで達した。土石流が流れ込んだ地域は、先住民にとってはタブーとされてきたが、その危険性を知らないスペインなどからの移住民が、土石流に運ばれた堆積物の上に町をつくり、今ではそこに10万人が暮らしている。

コトパキシ火山は100年に1度の頻度で大きな噴火を起こしてきた。前回の噴火から130年が過ぎた今、いつ次の機会が来ても不思議ではない。

エクアドルにとって、火山監視能力を上げ、防災につなげることは、主要な課題の一つだ。JICAでは同国からの要請を受け、エクアドルで火山監視を行っている唯一の機関、国立理工科大学地球物理研究所(IG)と協力し、2004年5月に「火山監視能力強化」プロジェクトを開始した。日本側の協力機関は、茨城県つくば市にある独立行政法人防災科学技術研究所。ここから地震解析、地震観測、観測網構築の専門家が派遣され、IGの若い研究者たちに火山観測とデータ解析技術の移転を進めている。

プロジェクトでは、エクアドルで最も火山災害のリスクが高いトゥングラワ火山とコトパキシ火山をプロジェクトサイトに選んだ。火山活動をリアルタイムでつかむため、両火山に広帯域地震計※1と、空気の振動を測定する空振計をそれぞれ5台設置し、無線LANを用いたテレネットワークにより、キトのIGまでデータを送信する計画だ。

エクアドルでは、IGが火山に設置した地震計データを収集して定期的に防災レポートを発信し、それを受けた防災局や自治体などが避難誘導などの対応を取る体制になっている。ところが既存の地震計は、短周期※1の振動しかとらえられず、火山活動の初期に見られるゆっくりとした振動を観測することができない。解析プログラムも古いものが多く、噴火の予兆を正確に把握できていなかった。日本からJICAのプロジェクトを通して供与された機材は、最新の科学技術を駆使したものだ。その効果は機材の設置中、さっそく証明されることになった。

※1 例えば、振り子が行って帰ってもとの位置に戻るのを1周期と呼ぶ。これが遅いか早いかで、その周期が長い(長周期)、短い(短周期)という。火山研究では1秒くらいを目安に、それより長い場合を長周期、短い場合を短周期と呼ぶ。広帯域地震計とは、観測できる周期が広い地震計のこと。IGが使っていたものは1秒くらいまでの揺れしか観測できない短周期地震計だった。プロジェクトが導入した広帯域地震計は、0.02秒から60秒まで観測できる最新式のもの。

正確な情報把握で速やかに避難を誘導

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日本から供与された無線機材の取り扱い方の指導を受けるIGの技師たち。IGの火山監視システムは、南米はもちろん、世界にも誇れるものになった。「プロジェクトによって火山活動の監視だけでなく研究も進み、火山内部の状態に関する知識と理解が深まった」と、エクアドル側のプロジェクトに対する評価は高い

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コトパキシ火山の標高4,400メートル地点に設置された観測点

06年7月14日、エクアドルと日本のチームはトゥングラワ火山に機材を設置していた。夕方5時30分ごろ、キトのIGでは微動と呼ばれる、地面が揺れ続ける現象が始まったのをキャッチ。それとほぼ同時に噴火活動が活発化した。プロジェクトの指揮を執る熊谷博之専門家は、当時の緊迫した様子を次のように話す。

「チームは即座に設置作業を中止して、何とか事なきを得ました。私はそのとき用事があってIGにいなかったのですが、電話連絡があってすぐにIGに戻りました。すると火砕流が発生しているというではないですか!これはえらいことだと、即座にデータの解析にかかりました。まだ機材を設置しているときですから、波形表示のプログラムすら完全には動いていない状態でしたので、それを何とか動かせるようにしました」

当時、トゥングラワ火山に3つ目の空振計の設置が済んだところで、そこから地震と空振の記録がリアルタイムでIGに届いていた。記録を見ると、地面だけでなく空気の振動も続いている。噴火活動が連続的に起きている証拠だ。IGが使っていた古い地震計の記録は完全に振り切れていたが、プロジェクトが導入した広帯域地震計は、事態の変化を記録し続けていた。「さらに波形の解析を行った結果、その微動の中で超長周期地震(火山性地震※2の一つ)と呼ばれる50秒くらいでゆっくり揺れる現象が起こっていることが分かりました。しかもこれが火砕流と連動しているようなのです。もちろんこのようなゆっくりとした動きは、IGの地震計では記録できないものでした」。

これらの情報に基づき、IGのウゴ・イェペス所長は国家防災局や関係者に連絡を取り、住民には避難指示が出された。噴火は5時間ほど続いたが、幸い被害者は誰一人出なかった。

それから1カ月後の8月16日、7月のときのような微動がまた始まった。しかもその振幅が徐々に大きくなっている。即座にIGから警戒情報が出され、周辺住民4000人が速やかに避難した。前回の経験が生かされたのだ。例の超長周期地震も出始め、この一連の噴火活動の中で最大の火砕流が発生した。残念ながら、避難命令に従わなかった6人が死亡したが、このような正確な情報把握とそれに基づく避難勧告がなければ、数百人から数千人の死者が出ていた可能性がある。

※ 2 地下で起こるマグマの移動や水蒸気の圧力上昇などで発生する地震のこと。

日本の優れた科学技術を世界の防災のために

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富士山を思わせるコトパキシ火山。過去の噴火周期によると、いつ噴火してもおかしくない時期に来ている。この火山の噴火で予想される被災者は10万人。IGの火山監視能力の向上が効果的な防災に結び付くことが期待される

熊谷さんは、「最先端の科学技術をいかに防災に役立てるか」を常に考えているという。「例えば、火山では噴火の前に前兆的なシグナルが出ることが多いので、観測していればそれらをキャッチすることは可能です。しかし、大事なのはそのシグナルが何を表しているかを理解することなのです。そこで科学技術の出番です。科学技術の発展に努め、それらのシグナルから火山内部の状態が分かれば、次にどんなことが起こりそうか見当が付くようになってくるでしょう。それが監視能力の向上にも貢献します。科学技術のフィードバックが、防災という分野において非常に大事だと思うのです」。

エクアドルへの協力は、日本の火山研究にもメリットをもたらしている。プロジェクトが開発した、火山性地震がどのようなメカニズムで発生しているのかを調べる新しい解析手法は、日本でも適用され始めているという。

「ここ10年ぐらいで火山研究は大きく進歩しました。それらを世界中の火山監視能力の向上に生かしていきたい、それが私の思いです」。