monthly Jica 2008年9月号

特集 科学技術 可能性を切り開く力

Expert's View
専門家に聞く 科学技術と国際協力

気候変動や感染症など地球規模の課題が深刻化し、これらの解決に貢献する科学技術の役割がクローズアップされている。特に開発途上国で高まる科学技術を活用した国際協力の重要性や、日本・JICAに求められる支援の在り方などについて、薬師寺泰蔵・内閣府総合科学技術会議常勤議員に聞く。

「科学技術を活用し、地球規模課題の解決と日本の科学技術外交の推進を」

【写真】薬師寺 泰蔵 (やくしじ・たいぞう)

内閣府総合科学技術会議常勤議員/科学技術外交推進に関するワーキンググループ座長。1944年奈良県出身。慶應義塾大学工学部電気工学科卒業。東京大学教養学部教養学科卒業。75年、マサチューセッツ工科大学大学院政治学科博士課程修了(政治学博士)。カリフォルニア大学バークレー校客員研究員、慶應義塾大学教授・常任理事などを経て、2003年より現職。慶應義塾大学客員教授。

1. なぜ途上国で科学技術を用いた支援が求められているのか?

気候変動、環境破壊、資源・エネルギー・食料問題など、科学技術の活用がなくては解決が難しいさまざまな地球規模の課題が顕著になってきています。特に、これらに対して脆弱(ぜいじゃく)性が高い開発途上国では、科学技術基盤が十分に確立されていないため、科学技術の研究・開発が進んだ先進国による国際協力が不可欠です。例えば、アフリカで乾燥や害虫に強い稲として注目されるネリカ※1の開発・普及や、感染症の対策、気候変動や天災に伴う防災体制の強化など、途上国では、さまざまな課題の解決のために科学技術が活用されています。

ただ、これまで科学技術を用いた途上国への支援といえば、どちらかというと最先端のものではなく、?中流?の技術が中心でした。今では途上国にも優れた大学や研究機関、研究者が増えていますし、今後はより高度な技術が移転されるべきでしょう。そして、科学技術先進国が上から指導するスタイルではなく、共通課題として同じ目線に立ち、相手国の課題解決能力を向上させ自立を促すような、協働による取り組みが大切です。なぜなら、途上国が抱えるさまざまな問題は、先進諸国を含む国際社会全体の課題でもあるからです。

※ 1 高収量のアジア稲と病気や雑草に強いアフリカ稲の交配によって開発された稲の総称。日本は、開発拠点であるアフリカ稲センターの活動や、国際機関を通じたネリカ普及事業の支援を行っている。

2. 日本が科学技術を活用した国際協力を推進する上での課題とは?

日本の科学技術は、戦後の60数年間で、産学官一体の取り組みもあり、経済成長とともに著しく進歩しました。今や国際的な科学技術振興において重要な役割を果たし、環境・エネルギーなど多くの分野で、世界をリードする高い技術力を有しています。そのため、そうした技術を生かして地球規模の課題の解決に貢献すべきであり、さらにその技術力を強化していかなければならない立場にあるのです。

現在、日本は43カ国と二国間科学技術協力協定※2を締結していますが、そのうち途上国が占める割合は約17%に過ぎません。欧米主要国では、協定締結国の40%以上が途上国であり、その差は歴然としています。日本は、アジア・アフリカなど途上国との科学技術協力を早急に推進していく必要性があります。

重要なのは、日本の科学技術をいかに外交手段の一つとして有効活用していくかという点です。科学技術は、資源に乏しい日本が国際競争力を保っていくための貴重な切り札なのです。途上国を中心に大きなニーズがある日本の科学技術で各国を支援すれば、日本の国益、ブランド、外交上のリーダーシップといった面で多くの利益をもたらします。そのためには、国内の科学者や研究者と、外務省をはじめ外交に携わる人々との距離が近くなければなりません。互いの協力なしに、効果的な科学技術外交の実践は不可能なのです。

今後は、科学技術の優れた成果を部分的に活用するだけでなく、ほかの支援の手法と連動させるシステムが構築できれば、技術をより効果的に生かすことができます。例えば、日本の人工衛星「だいち」※3は、災害発生後の地表の状況を素早く把握し、被害を最小限に抑えるのに重要な役割を果たします。途上国などで大規模災害が発生した際に、「だいち」の観測データを地上に送り、現場で救助活動を行う国際緊急援助隊と連動させるような、オールジャパンとしての支援体制を構築していくことが大切です。

※2 日本と諸外国との間で、平和目的の科学技術分野の協力関係を促進するために締結される協定。政府間協議の枠組みや知的所有権の扱いを定めており、協定の下で、研究開発の情報交換や研究者交流、共同研究などが実施される。

※3 宇宙航空研究開発機構(JAXA)による世界最大級の地球観測衛星。地図作成、地域観測、災害状況把握、資源調査などへの貢献を目的とする。

3. JICAに期待することは?

日本は政府開発援助(ODA)を通じて、途上国の科学技術に関する研究能力の向上や、日本と途上国の共同研究の推進などに努めるべきですが、その際、JICAの支援のノウハウが大きな役割を果たします。こうした協力は、日本の研究者にとっても、研究開発ニーズの高い途上国の現場の最前線で経験を積む貴重な機会になります。

またJICAには、途上国の環境政策を担うリーダー的人材の育成に一層力を入れてほしいですね。日本の優れた環境技術を有する大学や研究機関との協力の下、技術協力を通して高度な育成プログラムを提供する。各国でそうしたリーダーが増えれば、日本の外交面においても大きな利点となるでしょう。

日本の外交力の一翼を担うODAが減少傾向にある中、国際社会の課題と動向を見据えた、ODAの戦略的・効果的な展開が求められています。「人間の安全保障」を脅かすさまざまな課題に対処するには、科学技術の活用が欠かせません。JICAがこれまで培ってきた経験を生かしながら、科学技術の活用を強化して、グローバルな課題の解決により精力的に取り組んでいくことを期待しています。