世界への扉を開く

空や海の"玄関口"と呼ばれることも多い空港や港湾。
グローバル化が進む今、その整備は小さな国であっても欠かせない。
国と国を結び、人の交流を促す巨大インフラの裏側を見てみよう。

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国際流通を支える海運 途上国と共に支える

全国933の港湾と99の空港。ユーラシア大陸の端に位置し、他国との国境を持たない日本にとって、空路や海路は自国と世界をつなぐ重要なインフラだ。普段は陸路しか使わないという人でも、夏休みのこの時期などに空路や海路を使って遠出することがあるだろう。

人類の航海の歴史は古い。5万年前にはアボリジニーの祖先が太平洋を船で渡り、オーストラリアに到達した。その北にある大洋州の島々では、4000年ほど前に航海術を編みだした人々が、ミクロネシアやメラネシアの端々まで渡っていたという。海路は人と物の往来において重要な役割を果たし、多くの国や都市が海上貿易の拠点として栄えた。その重要性は衰えず、今でも世界の貨物輸送の8割(重量ベース。価格ベースでは7割)を海上輸送が担っている(国連貿易開発会議、2015年調べ)。

「特に、日本を含むアジアが世界の工場として、洋服から電化製品、車まで、日常を支える多くの品物を世界に供給するようになった今、アジア—欧州間の航路は重要性が極めて高まっています」と話すのは、京都大学経営管理大学院の小林潔司経営研究センター長だ。「近年はコンテナ船の大型化が進み、日本や中国をはじめとするアジアの国々はその恩恵を大きく受けました。海運というのは"量の経済"で、一度にたくさんの積荷を運ぶことで価格が下落し、経済合理性が高まるのです」

すでにシンガポールなどが、海上交易の中継地となるべく港湾を整備し、海上輸送のハブとしての地位を確立してきている。日本から見ても、東南アジアの国々は欧州航路の中継地点として理想の立地だ。日本からの輸出入の中継地として、また東南アジアの工場で生産した物品を日本や欧州に送るという構図を考えても、東南アジアの港の整備が進むことは、日本にとって大きなメリットがある。「すでに中国は、一帯一路政策で陸上と海上の通商路を掌握しようとしています。同様に、日本も信頼できる中継港を確保することができれば、通商上の安全保障につながります」と小林教授は説明する。

大規模な港湾の整備が世界経済に大きな影響を与える一方で、地域を支える中小規模の港の整備も忘れてはならないポイントだ。コンテナ船の大型化は大型港を備える国々に恩恵を与えたが、裏を返せば、最新型の大型コンテナ船が停泊できない港は世界経済の発展から取り残されるリスクがあるということでもある。日本はそうした問題を克服するため、港湾建設技術を駆使して人々の生活を支える小さな港を整備するとともに、必要に応じて航海に必要な海図などの作成面でも技術支援を行い、"量の経済"の恩恵がより広がるように各国と協力している。

安全で迅速な移動手段 空路が作る新たな経済

一方、航空機の輸送量はコンテナ船に比べるとはるかに小さく、重量あたりの輸送コストも大幅に高い。しかし、強みは別のところにある。「コンテナ船が"量の経済"で機能しているのに対し、飛行機は"頻度の経済"で機能しています。貨物や乗客を頻繁に、素早く輸送することが、航空輸送の強みなのです」と、小林教授は語る。

大型化するコンテナ船とは対照的に、航空業界では機体が小型化しつつある。60年代終盤に登場し、日本の高度経済成長と時を同じくして世界の空を席巻したボーイング747、通称"ジャンボ・ジェット"は400人以上の乗客を運べる大型機で、世界の多くの航空会社がこぞって採用したが、国内では2014年3月に最後の機体が引退した。現在、主流となっているのは、座席数が150〜300前後の機体だ。"一度にたくさん"運ぶのではなく、限られた量を高い頻度で輸送することは、時間を稼ぎ、世界各地の距離感を大幅に縮めることにつながる。

半面、"頻度の経済"が発展するに伴って、世界中の空港で受け入れ能力の限界が課題となってきている。需要の増加と航空機の小型化が相まって、より多くの離着陸が必要となるからだ。小林教授は「伊丹空港、関西国際空港、神戸空港の三つの空港を擁する関西も、かつては"空港が多すぎる"といわれたものです。しかし、海外からの観光客の増加などもあり、今や輸送量の限界を迎えています」と指摘する。東京でも輸送量を拡大するため、羽田空港に新しい滑走路が建設されたが、2020年の東京オリンピックに向けて需要はさらに拡大するだろう。また、滑走路が整備されるだけでは十分ではなく、滑走路を活用するための管制設備の整備や管制官の育成、空港と周辺都市の接続の改善など、空路のメリットを最大限に活用するためにはさまざまな環境整備が不可欠だ。全国99の空港を運用する日本の技術は、各国の空港でこうした整備を行う際には極めて役立つに違いない。

空港機能の整備は、新たな可能性にもつながる。例えば、インドネシアは航空機の安全な運行に欠かせない機体整備に特化した経済特区の設置を目指している。「航空機の大規模メンテナンスには広い空間が必要になりますが、例えば医療機器など比較的小型な精密機器の整備工場であればより限られた空間でも実現できるでしょう」と小林教授は話す。「将来的には、日本の高い技術を生かして、空港の近くでそうした高付加価値のサービスを提供することも考えられるはずです」

人も、物も、国境を越えて移動することが当たり前になりつつある今日。国や地域を越えた発展に向けて、世界の門戸は大きく開く。

編集協力:京都大学 経営管理大学院 教授 経営研究センター長 小林潔司氏