豊かな海を未来へ

地球の表面積の7割を占める海洋。
2015年に国連総会で採択された持続可能な開発目標(SDGs)では、「目標14:海洋及び海洋資源の保全と持続可能な利用」が世界的な目標の一つに掲げられた。
豊かな海を守るために、私たちにできることは何だろう。

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海洋を襲う異変 その影響は世界全体に

地球表面の7割を占める海洋。日々の糧を得る場として、あるいは交易路として、海は人類にさまざまな恩恵をもたらしてきた。その一方で、人類が海に与える負の影響は、あまり注目されてこなかった。生活や産業と密着した湾や沿岸の汚染処理や資源管理などを行う動きはあったものの、世界に広がる海洋全体に視野を広げて考えるようになったのは、比較的最近のことだ。

「海洋は水の流れを通じて互いにつながっています。北極圏のグリーンランド付近で冷却された大西洋の水は重くなって海底に沈み、ゆっくりと時間をかけてアフリカ南端を越えてインド洋へ、南極で冷やされた海水と合流してさらに太平洋を東へと流れます。そして長い旅の果てに温められた水は表層に浮き上がり、今度は逆に太平洋、インド洋を西進してアフリカの南を回り、大西洋を北上して戻っていくのです」と、海洋政策に詳しい笹川平和財団の寺島紘士さんは説明する。「海洋が温暖化すれば、南極や北極で海水を冷やす機能が弱まり、海洋深層水の大循環もなくなってしまうと考えられます。そうなれば、世界各地の気候、環境、生態系に大きな影響が出ることは間違いありませんが、具体的にどんな影響が出るかは、まだわかっていないのです」

もう一つ、二酸化炭素の排出増加をめぐって海洋が直面している課題が酸性化だ。二酸化炭素が水に溶けると、水は酸性化する。それにより炭酸カルシウムの合成が妨げられ、貝やサンゴをはじめ、炭酸カルシウムで殻などをつくる生き物に悪影響が出るのだ。一説には石油や石炭などの化石燃料を燃やして生じる二酸化炭素の半分を海洋が吸収しているともいわれ、その影響が海洋環境を大きく変えつつある。「海洋・海洋資源の保全について語るとき、これまでは、人間の生活に直結する海洋汚染の防止や水産資源の維持管理が主な課題でした。しかし、海洋環境や生態系そのものが課題だという認識が高まり、海洋の総合的管理と持続可能な利用が必要という意識が共有されてきた延長上に、持続可能な開発目標(SDGs)の目標14があります」

"海の豊かさを守ろう"という標語に象徴される目標14は、陸上活動による汚染などあらゆる海洋汚染の防止、海洋生態系の回復、海洋酸性化の影響最小化、水産資源回復のための漁獲の規制、違法・無制限な漁業の廃止、沿岸域・海域の少なくとも10%保全など、10のターゲットを掲げている。このような取り組みの背景にあるのが、「海洋の管理」原則の下に海洋の新しい秩序を定めた国連海洋法条約(1982年採択、94年発効)だ。

海洋国の権利と責任 人類の共同財産を守る

領海を沿岸12カイリ(約22.2キロメートル)以内とし、排他的経済水域や大陸棚の制度を設け、その外側の海域を人類の共同財産と定めて深海底制度を構築した国連海洋法条約は、各国に自国沿岸200カイリ(約370キロメートル)の広大な海域の排他的な開発利用を認めるとともに、責任を持ってその海域を保全・管理することを求めている。境界がなく、魚が広く回遊する海では、一カ所のバランスが崩れただけで広範囲に影響が広がるため、無秩序な海洋の開発利用は予測不可能なリスクを有しているからだ。2010年代に入ると、海洋の保全と持続可能な開発利用に関する国際的な議論と取り組みがさらに活発化している。海洋は人々の生活の基盤であり、不用意なことをすれば人々の生活基盤は大きく損なわれるリスクがあるという認識が浸透しつつあるのだ。

学者や専門家が国際的に海洋の保全を強く意識するようになった一方で、国や一般の人々にはその危機感がまだ十分に届いているとはいえない。海上輸送、漁業、資源エネルギー、環境、科学技術など海洋の問題については、日本の行政は、担当が複数の省庁に分かれており、総合的な議論や対策立案が難しい状況にあった。そこで2007年に海洋基本法が制定され、海洋の諸問題に総合的に取り組む枠組が構築されたが、海洋保全の国際的流れの中では、いまだ他国と比べて遅れを取っている部分がある。今年6月にはSDGsの目標14を推進するための国連海洋会議が開かれ、海洋の持続可能性について世界が積極的に取り組んでいく姿勢が一段と鮮明になった。国連では、2015年から各国の領海や排他的経済水域に含まれない海域の生物多様性の保全と持続可能な利用について法的拘束力のある文書作成の取り組みも始まっており、公海においても生物多様性を守ろうという動きが進んでいる。

亜寒帯から熱帯まで、さまざまな気候的特色を備えた海に囲まれ、多くの豊かな漁場を抱える日本。「日本は海洋・海洋資源の保全と持続可能な利用にもっと積極的に関わっていくべきだと思います」と、寺島さんは強調する。「SDGsの目標14を、分野や省庁を横断し、国際社会や近隣諸国と積極的に連携協働して推進していくことが大切です」

日本はかつて、経済活動を通して沿岸の環境や生態系に影響を与え、その反省からさまざまな対策を積み重ねてきた。寺島さんは、日本の経験は太平洋島しょ国など、多くの国々のために活用できるはずだと強調する。たとえば、産業の発展に伴う水質汚染は水俣病などの深刻な公害問題を生んだが、長い年月をかけて克服し、その反省から水質汚染防止法を整備し、対策に取り組んでいる。また、沖縄では開発により生じた赤土が海に流出し、サンゴ礁に被害を与えた経験から、赤土問題の解決に向けた研究と対策が進んでいる。さらには、多くの開発途上国と同様、小規模沿岸漁業が盛んなことも、知見の共有を通して水産資源の管理や漁業の振興に生かすことができる。一国の力や知恵のみでなく、諸国と手を携え、連携協働することで、海洋保全の取り組みの効果は高まるだろう。

排他的経済水域と海岸線の長さがいずれも世界6位で、海と共に歴史を歩んできた日本。世界の海洋国の一員として、海の未来を守る責任は重大だ。

編集協力:笹川平和財団 参与 寺島紘士氏