最遠の地に根付くニホン

日々の暮らしの中で、遠く離れた中南米諸国のことを知る機会は少ない。
しかし、日本と同地域は世紀を越える強いきずなで結ばれ、支え合って発展を続けてきた。
開発協力の事例を通して、そのつながりを読み解く。

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撮影(パラグアイ):柴田 大輔

開発協力と経済交流で支え合う

中南米最大の国ブラジルで、奇跡とも称される成果を生んだ農業支援がある。熱帯サバンナ地域で"不毛の土地"といわれたセラードを世界有数の農業地帯へと変えた日本の協力だ。きっかけは、1974年に同国を訪問した田中角栄首相(当時)が、政府開発援助(ODA)を通じた協力を表明したこと。JICAはその3年後に技術協力を開始し、日本企業や現地企業と共に、土壌や作物栽培技術の改良にまい進。2001年まで続いた協力により、セラードでは大豆に加え、トウモロコシや野菜、果物、畜産物、綿花、コーヒーなどが生産されるようになった。

農業の他にも、日本は教育や医療、防災、インフラ、科学研究など幅広い分野で、長年にわたって中南米への協力を続けてきた。経済面での結び付きも強く、今日、日本は銀や銅、亜鉛などの金属の多くを中南米諸国から輸入している。今では食料品店でチリ産の鮭を見掛けることも珍しくないが、その背景にODAを通じた養殖業振興支援があったことも特筆しておきたい。

日系移民の努力が両地域のきずなに

今年、2018年は日本と中南米諸国の関係においては節目の年だ。メキシコとの外交樹立130周年、アルゼンチン120周年、コロンビア110周年、ブラジル移住110周年となる。さらに、来年にはパラグアイとの外交樹立100周年、ペルーとボリビアが移住120周年を迎える。中南米諸国は概して親日的で、日本と政府間・市民間のいずれにおいても親密な関係を維持してきたが、そのつながりを語る上で欠かせないのが、日系移民の存在だ。

「植民地化が始まった16世紀以降、中南米は鉱物資源やコーヒー、砂糖などの一次産品の産地として知られてきました。1890年代以降、多くの日本人がブラジルやペルー、アルゼンチン、パラグアイ、ボリビアなどに渡った背景にも、現地のプランテーション(大規模農園)や未開拓地での労働者需要があったのです」。そう説明するのは、名古屋大学大学院国際開発研究科の岡田勇准教授だ。

当時の日本にとって、中南米諸国は資源豊かな地だった。そうしたイメージのために、ごく限られた情報しかなかった時代に、多くの日本人が夢を抱いて海を渡ったのだ。しかし、希望の地で日系移民たちを待っていたのは、苦難の日々だった。「例えば、ペルーに渡った移民の中には、プランテーションでの過酷な労働に耐え兼ねて、別の仕事に移っていった人がいるといいます。その一部は、自力でアンデス山脈を越えてボリビアのアマゾン地帯に入り、ようやくゴム栽培で生活の安定を見出し、そこで子孫を残していったのです」と岡田さんは語る。

当初は農業に従事したものの、別の仕事を求めて新たな地に移らざるを得なかった日系人は多く、そうした苦難と努力の末に日系社会は築かれてきた。今では"日系人"と一口に言っても、現地社会に溶け込んでいる人々、日本の文化や言葉をある程度維持している人々、日本に暮らす日系の人々というように、その在り方は多様だ。いずれにせよ、日本と中南米諸国との良好な関係は、彼らが紡いできた知られざる努力に支えられていることは疑いない。今日、ビジネスや旅行で初めて中南米を訪れる日本人もまた、さまざまな形でその恩恵を受けている。

互いを知る機会・情報の充実を

2000年代以降、石油・鉱物資源や大豆などの価格上昇により、中南米経済は上向いている。その反面、一次産品輸出に依存する植民地時代からの旧弊を打破し、多角的な経済成長を進める必要があると岡田さんは指摘する。そうした中で期待されるのが、日本企業の進出や人的交流の増加だ。だが、日本では中南米諸国の情報は十分とはいえず、同地域が外国とどのような関係を構築しようとしているかはあまり知られていない。中南米諸国では、アジアと異なり二度の世界大戦の影響は小さかったが、他国から資源収奪や介入を受けてきた歴史から、経済成長のために外国投資を優遇する姿勢に対しては常に根強い反対の声がある。そうした国内感情などの情報は、経済交流を行う際に知っておきたい重要な前提知識だ。

中南米の特徴について岡田さんは、「同地域の人々は概して親しみやすく、"人はみな平等だ"という考えを持っているように思います」と話す。「彼らは、日本を訪れると文化や国民性の違いから苦労することもあるようですが、最後には仕事上の立場を超えて、周りの人と親友になったという話を聞くことは珍しくありません。ぜひ、そうした魅力を多くの人に体感してもらいたいものですね」

長年にわたって培われてきた日本と中南米のきずな。今後は企業活動や社会・文化面などのさまざまな面で、より一層活発な交流へと発展していくことだろう。

編集協力:名古屋大学大学院国際開発研究科 岡田 勇 准教授