全ての子どもの可能性を咲かせるために アフガニスタン

特別支援教育の知識や実践が限られているアフガニスタンでは、障害のある多くの子どもに教育の機会が与えられていない。
日本は、全ての子どもがそれぞれのニーズに応じた教育を受けられることを目指し、同国の教員養成短大で使用する教科書の作成支援を通じて、障害に関する専門性を持った教員の育成を後押ししている。

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教科書を作成したプロジェクトメンバーら。専門家が「私たちは彼らのサポート役なんです」と語るとおり、カブール教育大学や教員養成短大の講師、ろう学校の教員である彼らが主役となり、母国の特別支援教育の未来を見据えて教科書作りに励んだ。彼らは今後、教科書を普及する役割も担っていく

学ぶ権利を奪われた子どもたち

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カブール

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作成した聴覚障害の教科書

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カブールのろう学校の様子。子どもは皆、可能性に満ちあふれている-教員となる人にそのことを伝えたいと考え、教科書には学術的な内容だけでなく、障害のある人が社会で活躍している事例なども盛り込んだ

1980年代を通じたソ連軍侵攻や2001年の米国同時多発テロに端を発する紛争など、長年戦禍にさらされてきたアフガニスタン。暫定政権の発足後、2002年のアフガニスタン復興支援国際会議を機に各方面の支援が強化され、それまで教育の機会を奪われていた多くの子どもたちが学校に戻った。しかし、それは必ずしも"全ての子ども"の教育アクセスの改善を意味しなかった。

同国には、紛争や地雷の被害によって身体に障害を負った子どもや、生まれながら障害のある子どもが数十万人いるといわれている。しかし、障害のある学齢期の子どもの大多数は学校教育の機会を失ったままだ。学校に通えたとしても、それぞれのニーズに応じた教育を受けることは難しい。障害の有無にかかわらず、全ての子どもが通常の学校で個々のニーズに応じた教育を受けられることを理想とする"インクルーシブ教育"の実現は、アフガニスタンだけでなく、世界共通の課題となっている。

JICAは"誰一人取り残さない教育"の重要性に着目し、復興当初からアフガニスタンで障害のある子どもの教育を支援してきた。2005年、カブール教育大学に「特殊教育学部」を設立したのを皮切りに、同学部のカリキュラム開発などに協力。2008年からは全国に約250ある2年制の教員養成短大向けに、特別支援教育の教員養成用の基礎教材を開発した。「2012年からはさらに高度な専門性を持った教員の養成を目指し、視覚障害・聴覚障害に関するより専門的な教科書作りを支援しています」。そう語るのは、先行プロジェクトから技術支援を手掛けてきた特別支援教育の専門家だ。今期からは心理学なども扱う専門家と2人体制でプロジェクトを推進している。

活動の目標は、カブール教育大学や教員養成短大の講師、ろう学校の教師など、現地の12人の先生と共に、視覚障害・聴覚障害の両分野で、それぞれ教育、心理、解剖生理病理の3科目、計6冊の教科書を作ること。治安の問題から日本人専門家が現地で活動することがかなわない中、5年以上にわたってインターネット越しのやりとりや、数少ない対面研修の機会を活用しながら一歩ずつ教科書作りを進めてきた。それは、教科書作りに携わる現地の先生たちの能力向上に向き合ってきた、"人づくり"の軌跡でもある。

急がば回れ まずは能力強化から

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日本での研修の様子。一人一人が教員養成短大の講師になりきり、教科書を用いて講義を行った。プロジェクトで作成した教科書に加えて、国から持参した自作の教材を活用するメンバーもいるほど、皆熱心に取り組んだ

活動開始後、まず取り掛かったのは、視覚障害と聴覚障害に関して、教科書の執筆に必要な知識を身に付けてもらうことだった。そこで、3人の先生を日本に留学させ、1年間、特別支援教育の理論と実践を学んでもらった。彼らを受け入れた専門家は、「日本の障害児教育の知見を学ぶことは重要ですが、先進国の事例を学ぶだけでは"手の届かない理想"という印象を与えかねません。そこでインドネシアの特別支援教育の先生方にも協力してもらい、同国がどのように障害のある子どもの教育に取り組んでいるのかも学んでもらいました」と話す。さらに、他の先生も日本に招いて短期研修を実施し、特別支援学校の視察を通して、どうすれば子どもが生き生きと学べるのかを考えてもらった。こうした能力強化の研修は丸2年間続いた。

その後の教科書作りは12人が視覚・聴覚の2グループに分かれ、グループごとに3冊の教科書を執筆する方式で進めた。「半年に1回、インドで会議を行いますが、普段は進捗確認も、彼らの質問に答えるのもテレビ会議やメールでのやり取りです。彼らの表情や息づかいを直に感じ取れたら、よりきめ細い協力ができるだろうと、もどかしい思いもしました」と専門家は振り返る。それでも、日本留学の経験者を中心に、良い教科書を作ろうと両グループが切磋琢磨しながら活動する中で、遠隔でありながらも、いつしか"皆で一つのことを成し遂げる"という気運が生まれていた。

昨年3月に執筆作業が完了して以降は、出来上がった教科書を用いた効果的な授業方法について研究を重ねてきた。日本で実施した研修時には、自分たちが作った教科書を手に、教員養成短大で実施される授業を想定して、50分間の模擬授業を行い、互いに改善点などを指摘し合った。

「効果的な授業方法を記した指導ガイドの開発を勧めると、彼らは半年で6冊分仕上げてしまったんです。自分たちで苦労して執筆した教科書だからこそできたことでしょう。アフガニスタンでは先生が一方的に教える授業が一般的ですが、指導ガイドではグループワークなど、学生が能動的に学ぶ工夫も推奨されており、研修の成果を感じました」と、2人の専門家は彼らの成長を喜ぶ。

大切なのは"全ての子ども"であること

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今年2月、まもなく導入される教科書を紹介する全国セミナーを実施した。グループワークをしながら教科書の内容について理解を深める教員養成短大の講師たち

アフガニスタンでの特別支援教育の普及を目指す12人と、日本人専門家2人の努力は、間もなく実を結ぼうとしている。出来上がった6冊の教科書は、同国教育省教師教育局の認可を受け、アフガニスタン全土の教員養成短大で使用される予定だ。

その実現を支えた陰の立役者は、JICA人間開発部の吉田純平さんだと2人の専門家は口をそろえる。遠隔でのやりとりや第三国での会議など、難しい取り組みをマネジメントし、長年、円滑な活動を支えてきたからだ。「一人一人の発達に寄り添う特別支援教育は、"教育の原点"ともいわれます」。吉田さんはそう説明すると、「"支援しやすい子ども"から先に手を差し伸べるのか、最初から"誰一人取り残さない"気概で全ての子どもを対象に教育に取り組むのか、その違いは歴然です」と支援の意義を強調した。

紛争という重く冷たい雪の下で、春を待ちわびていた無限の可能性のつぼみたち。平和な社会という地盤の上で、適切な学びが提供されて初めて、子どもたちは思い思いに花を咲かせることができるのだ。