被害者の保護

暴力や差別の被害者を支える警察官になるために アフガニスタン

女性の社会参加や職業選択の機会が限られているアフガニスタンで、警察官として働くことを選んだ女性たちがいる。
こうした女性たちに対して、「ジェンダーに基づく暴力(GBV)」の被害者に対する適切な支援のあり方や手法を伝える研修がトルコで行なわれている。

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シワス警察研修所に会した研修員たち。アフガニスタンでは治安上の理由から警察官研修が実施しにくいため、隣国トルコで行われている。

被害者を理解し寄り添える存在に

ここは、トルコにあるシワス警察研修所。会場にいる約200人の研修員たちはみな、アフガニスタンの新人女性警察官だ。幹部候補生の彼女たちは、5か月にわたってUNDP(国連開発計画)が実施する研修で、警察官としての基礎知識や技術(犯罪捜査、鑑識、護身術、武器使用や射撃訓練、交通知識、人権一般、車の運転技術など)を学ぶ。JICAはそのうちの4日間を費し、GBVへの対応能力の強化に向けたワークショップを実施している。

期待が高まる女性警察官の役割

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研修で講義する石本宗子さん。

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同じく講義する久保田真紀子さん。

このワークショップが警察官研修に取り入れられた背景には、アフガニスタンで蔓延しているGBVの廃絶に向けて女性警察官たちが果たす役割に対して大きな期待があると、JICA国際協力専門員の久保田真紀子さんは言う。ジェンダーと開発の専門家である久保田さんは、2年半アフガニスタンの女性課題省で働いた経験もある。アフガニスタンの女性が置かれている状況に詳しく、2014年から毎年継続して行われているこのワークショップの企画と実施を主導してきた。

「アフガニスタンの社会には、パルダ(現地の言葉でカーテンの意味)と呼ばれる男女を隔離する考え方が根強く残っています。また、女性は男性の従順な妻として、よき母、よき娘として振る舞うことが求められます。女性たちの多くが生きるうえでの選択肢を奪われ、能力を発揮して自己実現を図る機会を奪われているのが現状です」と久保田さんは説明する。DV、性的暴力、セクシュアル・ハラスメント(セクハラ)、幼児婚、人身取引、名誉殺人などGBVも日常的で、とくに女性がその被害者となっている。被害女性やその家族が勇気を出して警察に訴えても、警察が問題解決を地域の伝統的な意思決定の場に委ね、結果として加害者と被害者を結婚させることで〝問題解決〟を図ったり、逆に被害女性の落ち度を責め立てて、犯罪者にしてしまうこともある。アフガニスタン政府は2002年に女性課題省を設置。2004年に制定された新憲法では男女の平等が謳われ、2009年には女性に対する暴力を罰する法律もでき法整備も進んでいるが、人々の意識や行動は簡単には変わらない。

そんな状況を変える存在として期待されているのが女性警察官だ。女性警察官ならGBV被害女性も相談しやすく、適切な保護にもつながりやすい。またアフガニスタンでは、犯罪捜査でも女性がいる家に男性警察官が勝手に入ることができないが、女性警察官が増えれば家宅捜索や女性住民からの情報収集も行いやすくなり、治安維持に重要な役割を果たせる。「被害女性に寄り添った適切な支援と、女性警察官たち自身が自分らしく活躍する力をつけられるように、日本で女性の人権や女性に対する暴力の被害者支援に関わってこられた専門家たちとワークショップを行うことになりました」と、久保田さんは研修がスタートした背景を語ってくれた。

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1日目の「出会いのワーク」で、自分を元気にしてくれる宝物の言葉を書いた。

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宝物の言葉を貼って作った「宝物の木」。

GBVをなくすために必要なことを学ぶ

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アフガニスタンの女性たちの現状について話し合う研修員。

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暴力の被害者にどのような支援が必要かを考える研修員。

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ロールプレイでセクハラへの対応を学ぶ。

研修は、久保田さんやソーシャルワーカーの石本宗子さん、フェミニストカウンセラーの本多玲子さんら、女性への支援の経験が豊富な講師陣が指導している。

研修1日目は、世界における女性に対する暴力の実態や、暴力を生み出す要因であるジェンダーによる差別や不平等の問題を理解するための講義や参加型ワークショップが行われた。

2日目はアサーティブネス研修を実施。アサーティブネスとは、「自分も相手も大切にすること」を基本とした自己表現やコミュニケーションのことで、これを学ぶことで自己肯定感や自尊心を養い、異なる考えや意見を持つ相手と対立するのではなく対等なコミュニケーションを図ることが可能になる。「以前、研修員たちを対象に調査を行った時、実は彼女たちの多くが自身も暴力の被害を経験していることがわかりました。ほかの被害女性たちへの〝支援者〟としての能力強化を行うためには、まず彼女たち自身の心のケアや自己肯定感の向上に向けた取り組みが必要だと感じました」と久保田さん。アサーティブネス研修では、研修員たち自身の体験や思いが次々と発せられた。「この場では思っていることを自由に発言してもいいのだとわかると、次々に自分たちのGBVや抑圧の体験が語られました。そのパワーと、語られる内容の深刻さに圧倒されました。そして体験を語った後には、ジェンダーによる差別がある社会を変えていきたいという気持ちも生まれてきます」と本多さんは言う。

また、セクハラへの対応を学ぶためにロールプレイを実施。警察官上司とその部下という設定で二人の研修員が舞台に上り、セクハラを受けた部下が女性上司に被害を訴え相談する場面を演じた。二人の感情豊かな迫真の演技に、会場はとても沸いていた。

3日目は、石本さんが久留米市での経験をもとに日本での被害者支援のあり方を講義。さらに元女性警察官の日本人講師より、日本の警察での取り組みも紹介された。

そして最終日はアフガニスタン内務省「ジェンダー・人権・子ども局」局長のヘクマット・シャヒーさんが登場し、同国内での女性に対する暴力の現状やその廃絶に向けた政府の取り組みを紹介した。「政府の意欲を感じることで、彼女たちのモチベーションも上がります」と久保田さん。研修の最後は、警察官として取り組みたいこと、取り組まなくてはならないことを話し合うとともに、全員でその実現に向けたアクションプランを作成した。

「今、世界ではGBVや差別の廃絶に向けた取り組みへの意思や行動が高まりを見せています。そうした潮流や具体的な取り組みを知ることは、彼女たちの大きな支えになるはずです。また、この研修で女性警察官同士のつながりができることにも意味があります。男性優位の社会では、女性は一人では無力なことが多いですが、連帯することで可能性が広がります。女性たちが沈黙を強いられる社会ではなく、今起きている問題に声を上げ、自分らしく生きることができる社会の実現に向けて、少しでも支えになる活動を続けていければと思っています」と久保田さんは締めくくった。

アフガニスタンの女性警察官の姿

2015年の研修で行った調査から、アフガニスタンで警察官になった女性の姿が浮かび上がってくる。

婚姻経験の有無

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婚姻経験の有無

結婚している女性たちの平均婚姻年齢は16.9歳。中には10歳、13歳、14歳で結婚させられたという女性もいた。

未婚 12.5%
婚姻経験者 87.5%

教育レベル

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教育レベル

アフガニスタンの女性の69.3%が教育にアクセスできていない(出典:"A Survey in Afghanistan" Asia Foundation 2015)という調査もあるが、警察官になるには高校卒業以上という条件があるため、比較的教育レベルは高い。

高卒 40.7%
短大中退 0.5%
短大在学中 11.1%
短大卒業 16.6%
大学中退 0.3%
大学在学中 26.2%
大卒 4.7%

GBVを受けた経験/暴力の種類

半数近くの女性がさまざまな形の暴力を経験していた。若くして結婚した女性の多くがDV被害を経験。また、自分だけでなく、母や姉妹が暴力を受けてきたと答えた女性は52.1%に上った。

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GBVを受けた経験/暴力の種類

GBVを受けた経験

あり 48.8%
なし 51.2%

暴力の種類(複数回答あり)

身体的暴力 58.6%
精神的暴力 14.9%
強制的な結婚 14.4%
経済的暴力 7.2%
性的暴力 7.2%
その他 14.9%

研修員に聞きました!

ジャウズジャン州出身 ナジアさん(22歳)

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ナジアさん

16歳で結婚し、現在1歳の娘がいます。研修に参加し、女性は暴力を我慢しなくていいのだと再確認しました。研修は知識だけではなく、私たちに希望も与えてくれました。警察官として私と同じような境遇の女性たちのために働きたいし、女性警察官の数が増えれば、もっと女性も住みやすい社会になると思います。私自身も経済的にも自立して、母を巡礼に行かせてあげたい。

ヘラート出身 マクタブさん(22歳)

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マクタブさん

JICAの研修では、DV被害者をどう支援するのかについての講義がとくに興味深かった。アフガニスタンの女性たちは暴力を受けても、ただ我慢するだけの毎日。警察官になったので、こうした状況を変えていきたい。助産師の資格を持っているので、警察病院で働くことを希望している。好きな言葉は「苦労しなければ何事も手に入らない」。これからももっとがんばって強くなりたい。

カブール出身 ザルミナさん(21歳)

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ザルミナさん

アフガニスタンでは女性に対する暴力が蔓延していて、私の母も叔母も姉もずっと暴力を受け続けています。それをなんとかしたいと警察官になりました。女性が男性の道具ではなく、一人の人間として自由に生きることができる社会をつくりたい。好きな言葉は「明日は必ず来る」。アフガニスタンの女性たちにもきっと明るい明日が来ると信じている。将来は女性課題省の大臣になりたい。

マンガで読む アフガニスタンの女性警察官の姿

【画像】今回紹介したようなアフガニスタン女性警察官の姿をもっと知りたい人にオススメしたいのがこのパンフレット。開発途上国の現状を視察し、マンガで紹介してきた井上きみどりさんが、「JICAによるアフガニスタン女性警察官への支援」をテーマに描きました。

ウェブサイトで読むこともできます!

JICA国際協力専門員(ジェンダーと開発) 久保田真紀子(くぼた・まきこ)さん

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久保田真紀子さん

研修員たちは、さまざまな戦略を駆使して警察官になる道を選んできた女性たちで、アフガニスタンの新たな未来をつくっていこうとするエネルギーに満ち溢れています。この研修が、彼女たちの意思と行動を少しでも後押しするものになればうれしいです。

フェミニストカウンセラー 本多玲子(ほんだ・れいこ)さん

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本多玲子さん

研修員たちは、まだ治安の不安もあり、しかもジェンダーによる差別が根強いアフガニスタンで、安全な国造り、そして女性の権利が守られる社会づくりのために働こうという意欲がある女性ばかり。短い研修でも女性同士が助け合い、働き続けられる社会にしたいという言葉が彼女たち自身から語られたときには、本当に胸がいっぱいになりました。ジェンダーの知識を持ち、アサーティブネスの考え方を知ることで、もっともっと自分の可能性を伸ばしていけると思います。

ソーシャルワーカー 石本宗子(いしもと・むねこ)さん

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石本宗子さん

福岡県職員を経て2003年から2017年まで久留米市男女平等推進センター勤務。社会福祉士。1993年からセクシュアルハラスメントをはじめ多様な暴力の被害者女性の支援活動に携わり、2002年からは民間団体でのDV被害者支援活動にも携わる。著書に『男社会へのメッセージ』『よくわかるDV被害者への理解と支援』『滞日外国人支援の実践事例から学ぶ多文化ソーシャルワーク』(すべて共著)などがある。

インタビュー「日本のGBVへの取り組みを知ることで、目指す社会のイメージがつくれます」

アフガニスタン

【画像】国名:アフガニスタン・イスラム共和国
首都:カブール
通貨:アフガニー
人口:2,916万人(2016~2017年 アフガニスタン中央統計局)
公用語:ダリー語、パシュトゥー語

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カブール

タリバン政権崩壊(2001年)から18年。平和構築に向けて治安改革の取り組みが進み、とくに警察能力の強化に重点がおかれてきた。近年は、国内に蔓延するGBV犯罪への対応に向けて、女性警察官の採用や能力強化を含め、女性の平和や安全を確保する視点が重要視されている。