人間力の向上を case1

自分を信じ、友を信じる 心を育む体育 ミャンマー

これまで小学校での体育の授業に重きがおかれてこなかったミャンマーだが、JICAのプロジェクトにより、新しい世代が新たな体育を学び始めている。

文:光石達哉 写真:吉田亮人

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CDTのタン・ミン・ソーさん(写真後列)は元小学校教員という経歴を生かし、ミニバレーボールの試行授業で先生役を務めた。

チームワークを磨いてがんばろう!

「パスをつなげて、チームワークをよくしたい」

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ミニバレーボールのルールは初心者でも楽しめるものになっている。サーブやスパイクはボールをつかんで投げる、レシーブはボールがワンバウンドしてから行う。

ミャンマー最大の都市ヤンゴンにあるヤンキン教員養成校附属校では、小学校4年生の児童たちが授業でミニバレーボールを行っていた(初心者でも簡単にプレーできるようにバレーボールのルールを簡略化したもの)。初めての体験で児童たちの動きはぎこちないが、いいプレーが出ると自然と歓声や拍手が起こった。児童たちは、「タイミングよくレシーブするのが難しいけど、得点が入ったときはうれしかった」「いいボールを上げて、チームワークをよくすればもっと上手にできると思う」と楽しそうに語っていた。

これはJICAが取り組む「初等教育カリキュラム改訂プロジェクト」(通称CREATE(注1))の試行授業の様子だ。2014年から始まったCREATEでは、小学校の全学年および全教科の教科書を刷新・作成している。新しい教科書を作る過程では、こうして実際に授業を行って改善点を洗い出す。

授業の様子は、教科書の作成を行うカリキュラム開発チーム(CDT(注2))が撮影し、日本体育大学の岡出美則さんら他のプロジェクトメンバーとともに視聴する。「ルール自体が難しいので、子どもたちがゲームを楽しめていない」「準備運動からレシーブの練習を入れた方がいいのでは」などと意見を出し合い、どのような形で教科書に掲載するべきか、活発な議論が交わされた。CREATEでは、カリキュラムの完成度を高めるために、こうしたふり返りを重要視している。

(注1)CREATE=Curriculum REform And Teacher Education
(注2)CDT=Curriculum Development Team

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授業でミニバレーボールを行っている様子。

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試行授業後、プロジェクトメンバーは動画を見ながら授業をふり返る。

ヤンキン教員養成校附属校 校長 キン・チーさん

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キン・チーさん

ヤンキン教員養成校には附属校があり、幼稚園(KGの1年制)、小学校(G1~5の5年制)、中学校(G6~9の4年制)で構成される。「新しい体育の授業で体が元気になるだけでなく、勉強が苦手な子でも、将来自分が好きな仕事を選んで生きていくという自信が育まれると思います」。

日本体育大学 スポーツ文化学部 岡出美則(おかで・よしのり)さん

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岡出美則さん

ボスニア・ヘルツェゴビナやカンボジアで体育教育の導入を指導した経験を生かして、CREATEに専門家として参加。「ミャンマーをはじめ、これらの国々は民族紛争で大変な思いをしてきました。彼らが体育に求めるのは、子どもの体力向上やスポーツ選手の育成よりも、国中のみんながルールを守って仲良く暮らせるようにすることです」。

ルールを理解して仲間と力を合わせよう!

運動が苦手な子でも自信を持って

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ヤンキン教員養成校附属校の児童たち。授業では児童たちが先生に質問したり自分の意見を言ったりと、積極的な姿勢が見られるようになった。

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【小学3年生:脚飛び越えレース】仲間が脚を伸ばして作った障害物を2人1組のペアで飛び越えていく。ゴールしたペアは新たな障害物を作り、障害物だったペアが新たな走者となり、全員が一巡するまでのスピードを競う。どっちのチームが速いかな?

ミャンマーでは長く続いた軍事政権のもとで国民全体への教育がないがしろにされ、1980~1990年代には体育が教科から外された時期があった。復活後もすべての小学校で体育の授業が行われていたわけではなかった。

ヤンキン教員養成校校長のアウン・ミャット・ソーさんは、「旧カリキュラムでも体育の授業はありましたが、サッカーやバスケットボールのようなスポーツばかりで、相手と競争することが中心でした。しかし、新カリキュラムは"全員参加・協力・チームワーク"を重視したものに変わってきています」と話す。

体育のCDTメンバーであるタン・ミン・ソーさんは自らの幼少時代をふり返り「私は幼いころ体が小さくて運動や体育は苦手で、仲間に入れてもらえませんでした。ですが新カリキュラムでは誰も差別せず、できる子も苦手な子も自信を持って取り組めるような内容を考えています。今の子どもたちは全員が、一生懸命やろうとする気持ちを後押ししてもらえる。いいプログラムと出合ったことに感謝しています」と目を輝かせる。

岡出さんは、四つのことをバランスよく学べる体育であると強調する。

「私たちの体育は、"技能・体力の向上"を目指しつつも、けっしてそれを第一にするわけではありません。『私はこれができる。自分はすごいんだ』という自尊感情が高まると、二つめとして"自分を好きになること"ができます。そして三つめとして、何が問題か、どうすれば解決するかという"課題の発見・解決能力を高めること"ができます。しかし、それは一人じゃできないので、四つめとして"人と関わる能力、社会性も高めること"ができます」

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【小学2年生:輪っかジャンプ】2人1組で3本の輪っかを使い、相手の子が前に進めるように交代で輪っかを置いていく。ペアの子がうまく前に進めるように輪っかを置けるかな?

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【小学1年生:ボール拾い&運びゲーム】ライン上に置かれたボールを拾い、後ろのバスケットに入れる。1人がゴールしたら、次の子どもがスタート。リレーでつないで速く全員がゴールすることを目指す。

ヤンキン教員養成校 校長 アウン・ミャット・ソーさん

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アウン・ミャット・ソーさん「かつてのミャンマーは教師中心の教育でしたが、JICAの協力を通じて今は子ども中心の教育に変わってきています。教師は子どもたちの学びの環境を整える役割を担います。」

教員養成校は、教員を目指す若者が学ぶ学校。CREATEの拠点も同校の敷地内に置かれ、教員向けの新カリキュラム研修なども実施している。「今までミャンマーの子どもたちが将来の進路を決めるときは、自分の意志ではなく、親など周りの影響が大きかった。これからは自分が興味を抱いた得意な分野で力を発揮できる子どもになってほしい。それが国の発展につながることを期待しています」。

体育 カリキュラム開発チーム(CDT) タン・ミン・ソーさん

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タン・ミン・ソーさん

「プロジェクトが始まったとき私には経験がなく、その重要性を理解しきれずにカリキュラム作りを諦めそうになりました。しかし、何年か続けてきたことで意義がわかってきました。継続していくことでミャンマーの体育はもっと発展し、子どもたちも授業を楽しんでくれるでしょう」

仲間と力を合わせて、平和に暮らせる社会に

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教員養成校で体育講師を務めるソー・タンさん。「新カリキュラムでは、以前はなかったグループ活動を重視するようになりました。歌いながら体を動かすなど、子どもたちが楽しめるものになっています」。

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体育の授業で使うボールやフラフープなどの用具類は、ミャンマー教育省がほぼ全国の小学校に配っている。

新しい教科書の作成では、CDTのメンバーが日本の教科書だけでなく国外の文献なども参考にしている。

「教科書は、1コマ40分の授業の流れがわかるようにイラスト入りで作っています。冒頭にその授業の目標が書いてあり、最後にそれに対する自己評価の項目があります。先生は教科書を見れば、どのように授業を進めるか、子どもたちが何を達成できたかひと目でわかるようになっています」と岡出さんは話す。

すでにミャンマー全国の小学1~3年生には、CREATEが作成した新教科書を使って授業が行われている。児童たちがボール拾い競争など学年のレベルに応じたゲームを通じてルールを理解し、どのように仲間と協力すれば上手にできるかを考えながら取り組める内容になっている。新カリキュラムは、体育のほかに国語、算数、理科、社会、英語、芸術(音楽・図工)、道徳・公民、ライフスキルがある。

パデコの宮原光さんは、児童や保護者にも変化が表れているという。

「子どもたちは本当に喜んでくれていますが、親は最初は不安があったようです。授業で覚える量が減っているんじゃないか、体育や音楽ではゲームをしたり歌ったりして遊んでいるだけじゃないか、と。しかし、実際に子どもたちの変化を見て、遊んでいるように見えて実は学習できていると感じ始めているようです」

タン・ミン・ソーさんは、近くの小学校でのエピソードを教えてくれた。

「病弱な子がいたので体育を休ませようとしたら、その子の親が『うちの子はもともと体が弱かったけど、体育の授業を通じて丈夫になって自信もついてきました。これからも体育を受けさせてください』と訴えてきたんです。子どもも体育を続けたいと言っていました」

自信を持ち、仲間と協力することは、平和な社会づくりにもつながっていく-岡出さんは最後に次のように語った。

「この国は多民族で複雑な問題を抱えていますが、みんなが仲良く暮らして生活していける国になっていってほしいと私は願っています。そういうところに体育や教育が貢献できると思います」

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オペレーターが編集ソフトを使って教科書を作成する様子。イラストがわかりやすいのも特徴。

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教師用の体育の指導書。中央に教科書の縮小版が掲載され、その周辺に“授業のねらい”“指導上のポイント”などが記されている。他の教科も同様の構成となっている。

CREATEプロジェクトコーディネーター(パデコ) 宮原 光(みやはら・ひかり)さん

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宮原 光さん

JICAからCREATE実施の委託を受けた開発コンサルタント・パデコに所属。「ミャンマーでは先生が板書を読み上げて、子どもたちが復唱するという暗記中心の教育が50年以上続いていました。しかし新しいカリキュラムでは、ミャンマーで伝統的に大切にされてきた『五つの力(注3)』に、これからの時代を生き抜くために必要な『思考力』『創造力』『コミュニケーション能力』などの21世紀型スキルを組み合わせ、"表現する力"や"自ら課題を発見し、協働して解決していく力"が身につくように工夫しています。『どう思いますか?』『どういうやり方がありますか?』と子どもたちが意見を聞かれることで活気が増しています」。

(注3)知的能力、身体能力、道徳倫理観、社会的能力、経済的能力。

ミャンマー

【画像】国名:ミャンマー連邦共和国
通貨:チャット
人口:5,141万人(2014年9月、ミャンマー入国管理・人口省発表)
公用語:ミャンマー語

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首都:ネーピードー

1960年代から2011年まで軍事政権が続いていたミャンマー。諸外国からの協力を得られにくい状況のなか、JICAは1997年から児童中心型教育の導入など教育分野で支援を続けている。