データが拓く農業の新時代 コロンビア

ビッグデータ、デジタル技術

熟練の技や経験則の"見える化"とデータに基づく"スマート"な農業で、高品質な作物栽培をすべての農業者へ-
そんな夢の技術の導入がコロンビアで進められている。

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コロンビアのほ場に設置されたe-kakashiのデータ収集端末。土中などにある各種センサーと接続して環境データを収集し、携帯電話回線を介してデータをクラウドに送信する。

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スマートフォンで栽培状況を確認!

農業では、従事者の能力が生産性や品質に大きく影響する。経験を積んだ一流の農業従事者は、その日の気候や土の状態、作物の様子などから最適な世話の仕方が分かるというが、新規就農者が同じことをするのは難しく、その習得には長い年月を要する。栽培技術の一般化や継承は農業が抱える課題の一つだ。

ソフトバンク提供の「e-kakashi(イーカカシ)」は、環境データ(注1)と栽培データを組み合わせて栽培を“見える化”。植物科学の知見を積んだAI(人工知能)が科学的に分析し、その時々にすべきことをナビゲーションしてくれる農業IoTソリューション(注2)だ。気温や日射量、空気中の二酸化炭素濃度など日々変化するデータの蓄積から、最適な収穫時期や品種、生育状況に合わせた管理のやり方などを定期的に計算し、さらに病害虫発生などのリスクがある際には、注意喚起もしてくれる。

(注1)気温、相対湿度、地温、水温、土壌体積含水率、土壌EC(電気伝導度)、日射量、CO2濃度。
(注2)問題を解決するための情報システム。

効果的な農法を開発

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異常気象による過去の影響を地図上に表示するサービス。

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サービスについて地域の農民リーダーらに説明した。

近年、こうしたスマート農業の普及が進んでいる。日本国内では複数のメーカーがサービスを展開し、1000近くものほ場(農作物を育てる場所)でセンサーが運用されている。JICAでも、衛星技術やドローン、ロボット農機などの導入支援を扱う案件は年々増加傾向にある。2014年にJICAが開始したコロンビアでの科学技術協力ではe-kakashiが導入された。プロジェクトの目標は、コロンビアの水田事情に即した節水・省資源型の稲作システムの確立だ。現地で調整や研究を行った専門家の小川諭志さん(注3)は、事業の全体像を次のように説明する。

「稲作における肥料の削減と節水は、世界的な人口の増加による需要の増大や水資源の有限性から、地球規模で課題となっています。特にコロンビアでは、適切な栽培管理がなされていないため水や肥料の利用効率が低く、生産コストが他国と比べても高い割に農産物の品質は悪い状態にありました。さらにコロンビア政府や現地の農業組合はブランド力のある高品質な米の効率的な生産を目指していたので、技術革新は不可欠でした。

事業では、1)少ない水や肥料で栽培できるイネの開発、2)効率的な肥料の施し方や量の検証、3)効率的な灌漑技術の導入、4)栽培技術の継承と社会実装という四つの分野から課題にアプローチして、いずれにおいても高い成果を上げています」と小川さん。

IoT技術の活用はとりわけ4)栽培技術の継承に貢献しているという。e-kakashiの実証実験では、1)~3)で集めた知見をもとに、新規開発されたイネに適した栽培ノウハウをマニュアル化していった。実験に参加したソフトバンクの戸上崇さんは、「知見を積み重ねてきた5年間だった」と振り返る。「e-kakashiに新系統のイネの生育情報や気象のデータを取り込んで試験的な運用を行いました。データを活用した栽培は必要以上の水や肥料を使わないため生産コストが低く環境に優しい。また、これまで最大20パーセント発生していた収穫遅れによる損失は、適切な収穫期の予測によって限りなくゼロにできる可能性があると、実験によって示唆されました。こうした利点は、コロンビアの農業農村開発省や現地の農家からも、非常に高い評価を受けました。一方で、電力供給が不安定であったり、携帯電話回線がつながらない地域があるなど、日本では経験しなかった問題にも直面しています。現在は、それらの地域で働く農業者にもこの技術が届けられるよう、現地の通信事業者との連携にも動き出しています」。

e-kakashiはJICAの事業がきっかけとなり、日本の総務省による精密農業の普及可能性にかかる実証実験や、米州開発銀行によるコメ栽培の生産性・持続可能性向上への取り組みへと広がっている。

(注3)現国際農林水産業研究センター 研究員

ソフトバンク 測位ソリューション部 担当部長 兼e-kakashi課 課長 戸上 崇(とがみ・たかし)さん

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戸上 崇さん

水田は温室効果ガスの一つであるメタンを多く放出し、人間の活動によって排出される総排出量の約20%が水田由来だともいわれています。e-kakashiは作物の品質と収量に影響のない範囲で水管理の最適化を支援するため、水資源の最適利用やメタン発生の抑制につながり、気候変動対策にも貢献できるのです。

IoT技術に寄せる期待

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先進農家を研究者として位置づけ、事業の正式メンバーとして直接的に参画してもらったことで、生産現場の問題や経営農家の視点を得ることができた。

農業従事者が収穫に向けて行う多様な意思決定を助けるサービスの開発に取り組むコロンビア側研究者のカミロ・バリオス・ペレスさんは、IoT技術がコロンビアの農業を大きく変えると考えている。「新世代の若い農業従事者は、自分のために用意された営農情報をスマートフォンで即時に得るようになるでしょう。それによって農業は気候変動の影響を受けづらくなり、環境に与える影響を少なくしながら、着実に収益を上げられるようになると信じています。多文化・学際的な研究チームで、持続可能な農業の実現に向かって解決策を創造する仕事ができたことは私の誇りです。今後も日本の研究者やコロンビアの農家と協力しながら、研究を進めていきたいと思います」。

東京大学大学院農学生命科学研究科 カミロ・バリオス・ペレスさん

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カミロ・バリオス・ペレスさん

途上国の多くの農業従事者は情報や教育を必要としており、コロンビアの人たちもその機会を求めています。過去に異常気象が収量に与えた影響を地図上に表示するサービスや、異なる土壌・気候条件下でのイネの生育を予測するサービスを開発してウェブ上に公開したところ、農家から「気候のリスクがよく分かる」と好評です。

e-kakashiとは

農業を科学的に支援するサービス。ほ場の栽培・環境データを集めて、AIで科学的に分析することで、いまどんなリスクがあり、どう対処すべきか、最適な生育環境が実現できるように導く。

(注)画像は2点ともに開発中の画面。

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ほ場の環境を"見える化"するグラフ機能。

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作業指示や病害虫発生などのリスクを知らせる栽培ナビゲーション。

コロンビア

【画像】国名:コロンビア共和国
通貨:ペソ
人口:4,965万人(2018年、世界銀行)
公用語:スペイン語

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首都:ボゴタ

50年以上にわたる紛争が鎮静化して治安改善や経済成長の兆しが見えるが、貧富の格差が大きく地域開発は大きな課題。農業は帰還した兵士たちの雇用の重要な受け皿としても期待されている。