デジタル技術
日本で広く使われているICカードなどの交通ICT(情報通信技術)が、バングラデシュの公共交通や社会を変えていく。
バングラデシュの首都ダッカを中心とした都市圏は、近年人口の増加が顕著だ。それに伴い経済活動が活発化し、豊かになりつつある一方で、自動車の普及拡大による慢性的な交通渋滞や大気汚染を引き起こしている。そこでバングラデシュ政府は、高速バス輸送システムや、都市鉄道の開業をはじめとする大量輸送交通システムの整備を予定している。
この計画に不可欠なのがクリアリングハウスの構築だ。これはICカード発行、ID管理、精算などを行う交通料金徴収のシステムのこと。各公共交通機関が共通のICカードで利用できるようになる。ICカードを読み取り端末機にタッチするだけで料金徴収が可能になるため、これまで行われていた切符購入や、現金のやりとりにかかる手間と時間を省くことができる。
クリアリングハウスの構築とICカード普及で交通の円滑化を目指すプロジェクトにJICAから委託を受けて取り組んでいるのが、片平エンジニアリング・インターナショナルだ。「日本で多くの人が使っている交通系ICカードのSuicaやPASMOといったものをイメージするといいかもしれません。バングラデシュでこのシステムを取り入れるのは初の試みとなります」と、同社社長の三石隆雄さんは語る。
三石さんはプロジェクトの統括を担当している。
2014年から始まったプロジェクトの第一歩となるフェーズ1では、クリアリングハウスを構築し、ICカード端末機を現地IT企業とともに開発。さらにダッカ市内にあるバス会社3社をメインに、ICカードの読み取り端末機設置について実証実験を行った。このICカードの基本的なシステムには、共同で業務に取り組んだNECの技術が使われている。またハード面の整備だけでなく、同国でなじみのなかったICカードの利用者を増やすためプロモーション活動も展開していった。「大学などでのイベント開催やテレビCM放送のほか、ウェブでのキャンペーンも行いました。学生だけでなく会社員の方からも好評で、とくに働く女性からの評価が高かったのが印象的でした」と、同社のアミヌルさんは現地の様子を話す。
女性に多く受け入れられた背景には、バングラデシュの文化的な事情が影響している。「イスラム教徒が多いこの国では、女性が親族以外の男性と触れることはタブーとされています。しかしICカードがあれば、運賃を渡すときに男性運転手の手に触れる心配がなく、安心して公共交通を利用できるのです。ICカードの普及が進めば、女性の社会進出をさらに後押しできるかもしれません」と、今回専門家チームの一員として参加している枦山信夫さんはプロジェクトの新たな可能性を示す。ほかにも、これまでにたびたび生じていた運賃の誤徴収がなくなる成果もフェーズ1を通じて感じたという。
現在は、2022年に開業予定の都市鉄道MRT6号線とダッカ市内のほかの公共交通の料金システムの統合と、クリアリングハウスの運営会社設立を目指すフェーズ2が進行中だ。「バングラデシュの交通サービスががらっと変わる、社会的な責任があるプロジェクトとして取り組んでいます。今回のプロジェクトには含まれていませんが、コロナ禍で人との接触を避けることが求められる場面が増えていますし、日本のように1枚のICカードで買い物までできるようになる日もそう遠くはないかもしれません。これからもやりがいを持って進んでいきます」と、三石さんは意義について力強く語ってくれた。
アミヌルさんはクリアリングハウスのシステムオペレーションを担当している。
開発協力事業を担うグローバルグループ21社の社長でもある枦山さんは今回、片平エンジニアリング・インターナショナルの専門家チームに参加し、プロジェクトの組織強化を担当している。
さまざまなデータを統合してやりとりする仕組みのこと。
ここでは、おもに交通料金における以下の1)~3)を指す。
国名:バングラデシュ人民共和国
通貨:タカ
人口:1億6,365万人(2018年1月、バングラデシュ統計局)
公用語:ベンガル語
2009年に誕生したハシナ・アワミ連盟政権は2021年までに中所得国となる政策を掲げ、企業はもちろん、あらゆる分野における全国的なIT化を目指す「デジタル・バングラデシュ」を打ち出している。