障害の有無にかかわらずすべての子を受け入れる学校へ モンゴル

障害のある子どもも一緒に学ぶ"インクルーシブ教育"を実践するモンゴル。
学校全体で障害のある子どもを受け入れる体制を整えることで、多様性をも学ぶ環境が生み出されている。

文:久保田 真理

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障害のある子どもが障害のない子どもと一緒に学べるよう個別の配慮を行い、分かりやすい資料や教材を用いることもある。

障害のある子どもたちによりよい教育を

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首都ウランバートルにある小学校では、子どもたちが助け合いながらともに学んでいる。

モンゴル政府は、2006年に国連で採択された「障害者の権利に関する条約」に2009年に加入する以前から、インクルーシブ(注1)教育プログラムを策定したり、また2016年には「障害者の権利に関する法律」を制定したりするなど、障害児の教育保障とインクルーシブ教育に対して積極的な姿勢を示している。

モンゴルでは、初等・中等教育を受けている約64万人のうち障害児数は約6000人(注2)といわれている。障害のある子どもを対象にした特別支援学校(注3)が国内に6校あるが首都ウランバートルに集中し、他の地域では就学が困難な状況にある。そこで同国は、障害のある子どもと障害のない子どもが学校で一緒に学ぶ環境づくりに取り組んでいる。JICAは「障害児のための教育改善プロジェクト」を2015年に開始し、ウランバートル市とフブスグル県でインクルーシブ教育のモデル構築に携わってきた。

(注1)「包括的な」「みんな一緒に」という意味。
(注2)モンゴル教育文化科学省、2019年。
(注3)障害のある幼児や児童生徒に対して、幼稚園、小学校、中学校または高等学校に準ずる教育を施すとともに、障害による学習上または生活上の困難を克服して自立を図るために必要な知識技能を授けること目的とする学校。

学校全体で受け入れる姿勢が教育を変える

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ミニプロジェクトを実施したホブド県の中学校にて。体の不自由な生徒が車いすに乗るのを手伝う先生と同級生。

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休み時間に廊下を移動する子どもたち。真ん中の子どもは歩行器を使っている。

「学校側が支援の必要な児童生徒を支える体制を整えることで、障害のある児童生徒も障害のない児童生徒も安心して学校生活を送ることができます」と、JICAから委託を受けて同プロジェクトに携わったコーエイリサーチ&コンサルティングの鈴木サヤカさんは説明する。脳性麻痺の男児が通うウランバートルの学校では、プロジェクトの実施により、同級生たちが制服の上着を脱ぎ着するのを手伝ったり、トイレまで付き添ったりと彼を支えるのが日常となっている。また、彼のことを「僕たちは1年生のときから友だちで、よく遊んでいるんだ」と話す同級生もいて、子どもたちは仲良く過ごしているという。

このようなともに学ぶ場をつくるために、1)校内委員会の設置、2)個別教育計画の策定、3)ニーズに配慮した授業や学級運営、4)合理的配慮(注4)の提供の、おもに四つの取り組みを行ってきたと鈴木さんは言う。

「校長をはじめ教員や学校医などのメンバーで構成する校内委員会を設けて支援が必要な子どもの情報を共有し、一人ひとりの子どもに沿った個別教育計画の作成・実施・評価をしました。また、これまで統一されていなかった記入事項を見直し、子どもの実態を記載する欄や中長期的な目標を記入する欄を設けました。これに基づいて授業指導案を作成することで、個人のニーズに合った授業が行えるようにしました。さらには、障害のある子どもに分かりやすいよう校内表示にイラストをつけたり、放課後の時間を利用して補習や障害に応じた指導が受けられる子ども発達センターを設置したりするなどの合理的配慮を行いました」

教員の能力強化だけでなく、学校にいるみんなの姿勢が変わることがインクルーシブ教育の鍵であると鈴木さんは気づいたという。「担任の先生だけが頑張っても疲弊してしまいます。学校全体で支援が必要な児童生徒を支える体制を築くことで、障害がある子どもも障害がない子どももみんな大切にされる、多様性を尊重した教育が実現できると思います」

同プロジェクトは2020年から次の段階に入り、対象をこれまでの指定された学校での取り組みだけでなく全国に、また小・中学校のみならず幼稚園にも広げていく。

2014年に「障害者の権利に関する条約」を批准した日本も、モンゴルの取り組みから学ぶところがあるはずだ。

(注4)障害のある人が障害のない人と平等に権利を享受して行使できるよう、個別の調整や変更を行うこと。

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学校では、友だち同士で自然に助け合っている。制服の上着の袖を引っ張ってあげて脱ぐのを手伝う。

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放課後に補習を受けられる子ども発達センター。ゲームを通じてルールや仲間との協力を学ぶ。

コーエイリサーチ&コンサルティング 鈴木 サヤカ(すずき・さやか)さん

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鈴木 サヤカさん

「障害児のための教育改善プロジェクト フェーズ2」総括。教育政策を担当。

子どもたちは、障害の有無にかかわらずすぐに友だちになります。インクルーシブ教育で重要なのは、学校が変わることだと思います。

コーエイリサーチ&コンサルティング 石井徹弥(いしい・てつや)さん

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石井徹弥さん

「障害児のための教育改善プロジェクト フェーズ1」総括。教育政策を担当。

インクルーシブ教育を推進するにはお金が必要という意見もありますが、多様な背景を持つ子どもたちが一緒に学ぶことは社会全体のプラスになります。

モンゴル

【画像】国名:モンゴル国
通貨:トグログ
人口:約329.7万人(2019年、モンゴル国家統計局)
公用語:モンゴル語、カザフ語

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首都:ウランバートル

1980年代末の東欧革命の影響を受けて社会主義が崩壊し、1992年には新憲法が施行された。2000年代以降は資源開発が活発になり、鉱物資源の輸出が盛ん。全人口の半数近くが首都ウランバートルに暮らしている。