ニーズに柔軟に対応し、広く学習機会を提供 パキスタン

既存の学校制度からドロップアウトしたり、就学年齢を超してしまったりした子どもたちに何ができるのか。JICAはそれぞれのニーズに合わせた柔軟な学習機会を提供する、ノンフォーマル教育の支援を行っている。

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通常の学校ではなく、ノンフォーマル教育のもとで学習する子どもたち。

パキスタンでは初等教育の就学率は男子が83パーセント、女子が71パーセントだが、中等教育に進むと男子で50パーセント、女子は40パーセント(注1)にとどまる。また、10歳以上の識字率は62.3パーセント(注2)で、農村部ではさらに低くなる。

原因は多岐にわたる。人口増加のペースに対して学校の数、教員の人数が追いついていない。そのため通える距離に学校がない、あるいは中学校がないのに小学校だけ通わせても意味がないという親もいる。加えて、親が就学年齢を知らないため子どもが入学できなかったというケースもある。さらに同国の場合、やがて結婚して家を出る女性は稼ぎ手にならないので教育を受けさせる意味がない、と考える人々もいる。

(注1)UNESCO 2016。
(注2)2017/2018年度パキスタン財務省経済白書。

いつでも、どこでも、いくつになっても

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年齢はばらばらだけど、同じ教室で勉強しているよ。

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ノンフォーマル教育のために開発された教科書。学習者の習熟度に合わせた柔軟なカリキュラムを用意している。

「遠い学校に来させるのではなく、子どものいるコミュニティに学校がやってくる。柔軟な対応で必要としている人に学習の機会を提供する-"いつでも、どこでも、いくつになっても"がノンフォーマル教育の特徴です」とJICA人間開発部の森田実希さんは説明する。

2004年に始まったパンジャブ州を対象とした識字率改善プロジェクトの成果を受けて、2015年から4年半にわたってパキスタンのほぼ全域で実施されたのが「オルタナティブ教育推進プロジェクト」だ。

このプロジェクトの成果は大きく分けて三つある。まずは政策や実施体制の整備だ。これまでノンフォーマル教育は、さまざまな機関が別々に取り組み、プロジェクトの終了とともに現地に根づくことなく終わってしまう持続性のないものだった。そこで州政府が主体となり、国内の教育関係機関など関係者全体で情報や知見を共有できる基盤を整えた。これにより、関係者の役割分担が明確になった。

二つ目は、全国的な教室の所在地と数、教員や生徒の数などを把握するための情報管理システムの導入だ。ここにノンフォーマル教育を受けた生徒の成績データなども蓄積する。客観的なデータを共有することでより的確な予算や人員の配置につながるだけでなく、社会にノンフォーマル教育の必要性を理解してもらう際に提示する説得力のある資料としても役立っている。

最後は、ノンフォーマル教育の修了が通常の公教育修了と同じ資格として認められたことだ。プロジェクトでは、通常公教育では5年間の教育課程を3.5年間で修了できる速習型のカリキュラムを採用している。このカリキュラムで公教育と同じ学習レベルに到達できることはテストの結果でも示されており、ノンフォーマル小学校の児童でも修了試験を経るなどして中学校や職業訓練校への進学が可能になった。

今後の目標は、これまで協力してきた初等教育と成人識字教育のあいだにある中等教育を強化することだ。そこでは、将来的に職業選択の機会を広げることも視野に入れ、職業訓練校に近い技術的な分野もカリキュラムに組み込む予定だという。

基盤づくり

政策

  • 公教育と同等の質、教材など学習者のニーズに合ったアプローチの承認
  • 予算増額/人員増員

プラットフォーム

  • 必要な資源の共有
  • 開発機関の活動の重複を避け、効率的な役割分担を可能に
  • 大学など既存の教育機関をノンフォーマル教育でも活用

データに基づいたマネジメント

客観的な数値に基づいた計画と運営

  • 実績が目に見えることでノンフォーマル教育の信頼性が向上
  • 教育機関へのより効率的、戦略的な提言が可能に

ノンフォーマル教育における質の担保

  • 学習者の状況に合ったカリキュラムと教材の開発
  • 教員への研修実施や教室環境の改善
  • 公教育と同等の学習内容を確保する

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学びの場を通して変わる社会

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ジェンダー格差の大きいパキスタンでは、特に女性への教育機会の拡大が必要とされている。

パキスタンでは一般的に女性は家の外に一人では自由に出ることができない。成人識字教室は女性たちが外出できる数少ない場所でもある。現地の女性からは「請求書や消費期限の表示が読めるようになったことで周囲からも頼りにされ、自分に自信がついた」「当初は反対していた父親が、しっかりとした言葉遣いや教養が身についたと娘が学校に通うことに肯定的になった」などの声も寄せられた。

変化がもたらされたのは女性だけではない。大人数で行われる公教育の授業に対して、ノンフォーマル教育では教員の自宅やコミュニティの施設を利用した少人数での授業が多く、グループ学習なども取り入れやすい。生まれながらに障害がある子どもや移民など、さまざまな事情で学校に通えなかった人々がともに学ぶ場としても機能しているという。そうした意識の変化は各家庭やコミュニティにも広がっていく。「多くの人々をこのムーブメントに巻き込むことで、社会全体の意識を変えていくきっかけになることを期待しています」と森田さんは語った。

JICA人間開発部 森田実希(もりた・みき)さん

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森田実希さん

初等教育を提供する体制がパキスタン全土に広がりつつあるなかで、次は中等教育にも力を入れていきます。

パキスタン

【画像】国名:パキスタン・イスラム共和国
通貨:パキスタン・ルピー
人口:2億777万人(パキスタン統計省国勢調査2017)
公用語:ウルドゥー語(国語)、英語(公用語)

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首都:イスラマバード

約2億800万人が暮らす世界第6位の人口大国であり、アジアと中東の接点として地政学的にも重要な国である。アフガニスタンと隣接し、テロとの戦いの鍵を握る国として地域全体の平和に果たす役割も注目され、その安定的発展が国際社会でも重要視されている。