ふたたび種子の生産地へ キルギス

かつてキルギスは良質な種子の産地として知られていた。
しかし今、その技術は途絶えている。
そんななか、JICAが協力した新たな種子ビジネスが始まっている。

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種子の品質を判断するポイントを学ぶ研修。トレーナーを目指す農家が参加した。

世界の状況を知り意識が変わる

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畑や牧草地が広がるキルギスの風景。

天山(てんざん)山脈からの豊富な雪解け水があり、年間を通して日照時間が長く、土壌が豊かなキルギス。農業が主要な産業で、旧ソ連時代に整備された灌漑施設がいまも活用されている。ソ連時代は種子の一大産地で、「キルギスの種」は良質な種子のブランドだった。しかし、ソ連崩壊後は種子生産の技術が途絶えてしまった。そんな種子生産を再興するJICAのプロジェクトに2016年から2020年まで専門家として参加したのが白井雅宏さんだ。

白井さんとキルギスとの出合いは11年前までさかのぼる。愛知県で農業に取り組んでいた白井さんは、その経験を途上国で生かすためにJICA青年海外協力隊員としてキルギスへ。「帰国後に同国でのプロジェクトを知り、協力隊とは違う新しい形で自分の力を役立てたいと考えました」。

今回のプロジェクトが目指すのは、肥沃な国土を生かしたビジネスとして種子生産を軌道に乗せることだ。そのためには、種苗会社が求める純度や発芽率など厳格な基準をクリアする品質の種子が生産できなければならない。その生産技術を指導できる人材(トレーナー)の育成と、トレーナーによる農家の指導がプロジェクトの大きな柱だ。しかし白井さんがプロジェクトに参加した頃、その進み具合は順調とは言い難かった。「トレーナー育成のための研修を受けている農家は、種子生産の技術は学びたいけれど農家としての誇りから従来のやり方を変えられない-そんな状況でした」と苦笑いする白井さん。しかし、タイや日本での研修で種子生産の高い技術や整備された生産現場を知り、「このままではいけない」と彼ら農家の意識は大きく変わった。

種子生産のための研修

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種子生産に必要な機材の説明を受ける研修員。中央で説明しているのは、プロジェクトに参加した野菜種子生産の専門家。

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試験的に種子を生産するための畑で。種子を採るカボチャの整枝方法について説明を受ける研修員。

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種苗会社と契約し、種子を採るために栽培しているキュウリ。

プロジェクト終了後もつながり続ける

同時に白井さんは、キルギス野菜種子組合(KVS)の能力強化に取り組んだ。KVSは種子生産を行う農家の集まりで、種苗会社との契約の窓口となる。「種子生産が軌道に乗るまでまだ時間がかかります。そこで、種子生産以外の仕事も組合で考えました」。たとえば国内のソラマメの産地を訪ねて種子の生産を受託し、国内での需要を掘り起こした。野菜や種子生産のコンサルタント事業も可能性があると白井さんは考えている。

さらにKVSスタッフの成長も著しい。事務局長のアマントゥール・サグンバエフさんと生産部長のアディレット・クランベコフさんはまだ若いが、ともになくてはならない存在になっている。「ふたりとも日本への留学経験があるので最初は通訳としての採用でした。しかし、仕事で必要な農業や種子生産、さらには契約について学び、今では国外の取引先からは、『このふたりがいれば安心して契約できる』とまで言われています」と白井さんはうれしそうに話す。

プロジェクトは2020年で終了。トレーナーは24人、種子生産を行う農家は76軒で、日本や韓国などの種苗会社7社と契約するまでになった。しかし本番はこれからだ。白井さんはプロジェクト終了後もKVSの活動を気にかけていて、メールなどを活用しアドバイスも続けている。

協力隊時代も含めれば6年にわたってキルギスと関わり、プロジェクトを離れてもなんらかの形でKVSをサポートしたいと考える白井さん。「こうしたプロジェクトでは、技術を伝えることは、人を育てることにほかなりません。キルギスでがんばっているふたりをこれからも見守り、応援したいと思っています」。

キルギス野菜種子組合 KVSのトップ2

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KVS事務局長 アマントゥール・サグンバエフさん

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KVS生産部長 アディレット・クランベコフさん

キーパーソン

JICA専門家 白井雅宏(しらい・まさひろ)さん

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白井雅宏さん

愛知県生まれ。Uターンで就農後、JICA青年海外協力隊員として2003年から2005年までチリに、2010年から2012年までキルギスに赴任。「輸出のための野菜種子生産振興プロジェクト」では、2016年から2020年まで専門家としてキルギスで活動した。

「キルギスの人たちの手で種子生産を広げてほしい!」