〈MISSION 1〉運輸交通 TRANSPORTATION

Photo by 久野 真一

インドの経済発展を加速させる都市高速鉄道の建設

インドの大都市では、郊外と市の中心部とを結ぶ交通手段はバスや乗用車に限られていました。
急速な経済発展と人口の急増が進むなか、この状況を放置すれば、
道路の慢性的な渋滞と排気ガスによる大気汚染のさらなる悪化に悩まされ、
国の成長を減速させることにもなりかねません。
JICAは、首都デリーにおける地下鉄と高架鉄道からなる
高速輸送システム(デリーメトロ)建設プロジェクトの支援を通じて、
インドの経済発展を加速させる取り組みを進めています。

須之内 龍彦 x 谷口 賀一

インド担当課でデリーメトロの審査を担当するなど、入構直後からこのプロジェクトに関わってきた須之内は、
現在、南アジア第一課全体を統括するという立場で、プロジェクトを支えています。
一方、谷口は、フェーズ3を迎えたデリーメトロをはじめ、インド国内の複数のプロジェクトに携わり、
その最前線でプロジェクトの推進力となっています。
そんな二人に、デリーメトロのこれまでの歩み、今後への期待について聞きました。

日印双方が注目し、期待の大きなプロジェクトを担当することの手応え

この仕事に取り組むことになった経緯や
当時の印象などをお聞かせください。

須之内:2003年に入構し、インド担当課に配属されました。そして、このときにデリーメトロの担当者となりました。2002年に最初の一部区間が開業しており、その直後だったこともあって、インド側はもちろん日本からのデリーメトロへの注目も高まっている時期でした。まだ右も左もわからない状況ではありましたが、そういう象徴的なプロジェクトを担当できることに誇りと手応えを感じたことを覚えています。

谷口:私が南アジア一課に着任したのが2014年の10月で、プロジェクトを本格的に担当するようになったのは2015年に入ってからのことです。プロジェクトはフェーズ3を迎えており、すでに全路線の総延長距離は東京メトロに匹敵する規模となっていました。須之内さんには、フェーズ1の時代のことを聞いて参考にさせていただくことがあります。その当時のデリーは、どんな様子でしたか?

須之内:最初の出張で空港に着くと、空港の周辺でも牛が歩いている。そんな状況でしたね。メトロも一部しか開業していなかったので、利用者も今ほどは多くはありません。開業区間の駅のエスカレーター乗り口で、老婦人が足を踏み出すタイミングがわからずに転倒して、数人がドミノ倒しになる光景を目にしました。それに、それまでインド国鉄の切符は手渡しの売買が当たり前でしたので、自動券売機はあるものの、それがなかなか機能していない状況でした。現在と比べると、道路の混雑もそれほどではありませんでしたから、私としてはメトロの必要性を実感として捉えることができなかったというのが正直なところです。でも、その後の急速な経済発展や、それに伴う現在のメトロの混雑ぶりを見ると、案件担当者としての想像力が欠如していたと、反省せざるを得ません。

谷口:私はこの部署で初めてインドに関わることになったので、2015年のデリー出張が初めてのインドでした。人やクルマが多くて賑やかという前情報を聞いていましたが、まさにそのとおり。ただ空港や街中は、思っていたよりも整然としていて、都会だなと感じました。そして、初めてのデリーメトロの印象は、近代的で、日本の地下鉄に引けをとらない品質だと思いました。あっ、牛もいましたが、少なかったですね。

南アジア部 南アジア第一課 谷口 賀一

南アジア部 南アジア第一課 須之内 龍彦

担当者である私が一日怠惰に過ごせば、デリーの発展が一日遅れる

プロジェクトを進める上で、直面したのはどんな課題でしたか?

須之内:課題として大きかったのは、用地取得のための住民移転の問題でした。2,000万の人口を抱えるデリー首都圏の人口密集地域に、地下鉄と高架鉄道を通すためには、どうしても用地取得の必要が発生します。JICAの環境社会配慮ガイドラインでは、インフラ事業がもたらし得る負の影響を回避し、最小限に抑えることを借入国に求めています。このため私たちとしては、沿線用地取得や、関係住民への説明・補償等に対する移転交渉は、ガイドラインに則って慎重に行うべきであるという立場にありました。
一方、実施機関であるデリーメトロ公社は、スケジュールどおりに事業を実施することにプライドを持っていました。早期完工への執念は聞いていた以上のものがあり、ある担当職員の「担当者である私が一日怠惰に過ごせば、デリーの発展が一日遅れる」という言葉は強く印象に残っています。インドには、用地取得や住民移転の補償に関する独自の国内ルールがあり、JICAなどの開発援助機関のガイドラインが求めるルールとの間でギャップもあったのです。このため、両者のギャップを埋め、JICAのガイドラインに則って十分な環境社会配慮を行うために、議論を重ね、理解を得ながら進めていくというのが私の仕事でした。

谷口:着任当時、デリーメトロの建設は、それまでのフェーズ1、フェーズ2によって、市中心部から放射状に延びる路線網の整備が進んでいて、私が担当したフェーズ3では、主に内環状線および外環状線を整備することで、より便利で使いやすいネットワークを実現することを目指していました。これを成功に導くことが、私にとっての大きな課題でした。また、現在のデリーメトロ公社は、デリーメトロ事業のみならず、インド国内のメトロ建設に事業計画の策定段階から携わり、バングラデシュのダッカメトロやインドネシアのジャカルタMRTメトロの事業にもコンサルタントとして参画するなど、デリーメトロ建設において培った高度なノウハウを発揮して業務範囲を拡大しています。交渉相手である担当者たちが、日本から多くを学んだと感謝しながらも、乗客数や路線延長距離ではすでに東京を超えているのだという自信と自負を持って我々との協議に臨む姿には、感動すら覚えるほどでした。

ナショナルスタッフたちのJICAを背負い、自国を発展させるのだという強い想いに触れて

どのような点に苦労され、それをどう乗り越えたのですか?

須之内:私が担当していた当時、デリーメトロ公社の総裁を務めていたスリダラン氏は、現在もスペシャルアドバイザーとして事業運営に関わっています。彼は、完工は遅れて当たり前というそれまでのインドの常識を塗り替えて、強いコミットメントで事業を前に進めるという文化をデリーメトロ公社にもたらした人物です。そんな彼のリーダーシップのもとで育った人材、優秀なエンジニアたちが、絶対にやり遂げるのだという強い想いを持って交渉に臨んでくる。しかし、環境社会配慮だけでなく、工事においてもまた、拙速な対応では品質の低下を招いてしまいます。タフなネゴシエーターであるインド人エンジニアたちに対して、もっと現実的なスケジュールに則って慎重にやるべきだと主張しつつ、円滑な実施進捗を促進していく。その交渉が大変でした。
JICAインド事務所のナショナルスタッフたちも、私を支え、導いてくれた、とても大きな存在でした。デリーメトロ公社を相手に自分たちの主張を一方的に押し付けるのではなく、一緒に同じ方向を向く努力をしつつ、細かい相違点の調整をすべきだと、現地流の交渉術を授けてもらいました。数多くの円借款事業に関与した経験を持つナショナルスタッフたちは、事業実施における現地の文脈や他事業での環境社会配慮の教訓を丁寧に教えてくれました。これを踏まえて、デリーメトロ公社側には、時間を要するように見える慎重な対応も、結果としてスムーズな事業の進捗につながる点をしっかりと伝えることができました。

谷口:ナショナルスタッフの能力の高さについては、私も同感です。むしろ私は、赴任当時、デリーメトロ公社との交渉以前に、ナショナルスタッフとの話し合いで打ちのめされました。次回の出張の方針について話すと、そんな準備ではダメだと言われ、それが正論であるために、反論もできません。彼らもJICAを背負いプライドを持って仕事をしているということに気づき、またこの国を変えていきたいという強い想いを持っていることに心を動かされました。
デリーメトロ公社との協議でも、最初は圧倒されて議論にもならない状態でしたが、ナショナルスタッフとのコミュニケーションを通じて、しっかりと議論のための準備を整え、一枚岩となって進んで行くことができました。デリーメトロ公社側の、これまでの実績と経験とをベースとした主張には説得力がありましたが、自分たちの考えを整理し、ロジカルに話すことに努めたおかげで、いくつもの困難を乗り越えることができたのだと思います。いまでは、インド人相手にもしゃべり負けしなくなりましたし、声も大きくなりました。

インド工科大学前の駅の工事現場

6号線地下工事現場

フェーズ1~2で建設されたデリーメトロ

ラッシュアワーの様子

デリー市民のライフスタイルさえも変えたデリーメトロのポジティブなインパクトを痛感

デリーメトロ公社の成長をどう感じていますか?
また、どのような未来を期待しますか?

須之内:フェーズ1の取り組みでは、最終的に環境社会配慮ガイドラインを遵守した各種手続きが行われ、同時に、担当していた区間も予定日に遅れることなく完工することができました。注目すべきは、その後のデリーメトロ公社が、環境社会配慮ガイドラインの遵守はもちろんのこと、女性専用車両の導入や構内バリアフリー設備や点字ブロックの整備など、環境社会配慮面で現地では極めて先進的な取り組みを次々と実施したことです。定時運行に加え、安全にも配慮したこれらの取り組みは、女性や高齢者にとってはある種の危険リスクを伴っていたデリーでの都市内移動のあり方を一変させ、通勤通学をはじめとしたデリー市民のライフスタイルにまでもインパクトを与えました。そしていま、デリーメトロ公社が積み上げてきた経験と実績は、デリーメトロ公社を通じて、インド国内の大都市やバングラデシュ、インドネシアの円借款事業にも波及していく状況を考えると、感慨深いものがありますし、ますますの発展を期待したいと思っています。
また、デリーメトロ公社の成長の軌跡は、20年近くにおよぶ我が国の協力という種から実った果実であり、そこには日本の都市鉄道運営のノウハウや維持管理の技術なども織り込まれています。こうした日本のソフト面の充実を、途上国の発展につなげていけるような取り組みにも、今後は力を注いでいきたいと願っています。

谷口:他の都市における都市鉄道の計画づくりにも携わっていますが、交渉相手の実施機関の背後に、デリーメトロ公社の存在感が感じられることは多いです。交渉に臨む一担当者としては、あまりタフな交渉はしたくないのですが、彼らが自分たちの力を蓄えて、インド国内、国外へと出て行って、事業を広げていくのは、歓迎すべきことですし、開発支援に携わっている者にとって、冥利に尽きることだと思っています。
今後のインドにおける運輸交通の課題として新たに浮上してくるのが、都市間を結ぶ高速鉄道の必要性だと思っています。都市のなかにとどまっていた人々が、都市から都市へと移動しながら活動するようになっていく。そうしたニーズに応えて、都市間のヒトやモノの移動を、いかにスムーズに行うことができるのか。我々の支援レベルも、そのような方向に発展させていくことが望ましいのではないかと考えています。

須之内 龍彦

南アジア部
南アジア第一課
2003年入構

大学院時代のある日、日常の延長線上で日本を見てみようと思い立ち、普段使いの自転車で日本縦断を決行。地方の開発や都市の機能、交通ネットワークに問題意識を持つようになったという。学問としてそれを追究するよりも、実践できる仕事をしたいとJICAを選んだ。

谷口 賀一

南アジア部
南アジア第一課
2006年入構

阪神淡路大震災を経験したのは、小学校高学年の時。高速道路などの社会基盤がこんなにも簡単に崩れてしまうことに衝撃を受け、防災やインフラの重要性を体験した。それをきっかけに、同じような境遇で苦しんでいる途上国の人々の力になりたいと考えるようになった。

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