〈MISSION 2〉農業 AGRICULTURE

市場に目を向けて小規模農家を変えるSHEPアプローチ

アフリカにおいて農業は、国の経済を支える重要な産業です。
その一方で、一日2ドル以下での生活を余儀なくされる「貧困層」の7割以上が、
農村部に居住する小規模農家の人々だと言われています。
こうした小規模農家の所得向上を進めることによって、
貧困が減り、国の経済成長を支えることになります。
JICAのケニアでの技術協力から生まれたSHEPアプローチでは、
小規模農家に「作ってから売り先を探す」から「売り先を考えてから作る」という
「ビジネスとしての農業」への発想の転換を図ると共に、
これを農家自らが主体的に実践していくための各種支援活動を行い、
多くの農家の所得向上を支えてきました。
そしていま、SHEPアプローチはアフリカ全土へと広がっています。

菊地 明里紗 x 浅岡 真紀子

菊地は、専門家としてケニアに赴任し、その最前線でSHEPアプローチを推進してきました。
一方、浅岡は、農業開発分野の技術協力プロジェクトを支え、管理する立場で、SHEPアプローチに携わっています。
内と外からアプローチ推進を担い、支え合ってきた二人に、対象となる小規模農家の変化の様子や
プロジェクトを前に進めるための苦労話、今後への期待などを語ってもらいました。

SHEP(Smallholder Horticulture Empowerment & Promotion)アプローチについて、詳細は下記ページをご覧ください。

PROJECT DIAGRAM

SHEP PLUS
地方分権下における小規模園芸農民組織強化・振興プロジェクト

ケニア政府はSHEPアプローチをケニア全土に広げ、小規模農家の所得向上を図るため、農業・畜産・水産省内に専門部「SHEPユニット」を設置しました。プロジェクトの中心に位置するのがこのユニットです。

JICAはユニットの活動をサポートする「小規模園芸農民組織強化・振興ユニットプロジェクト」を、2010年から5年間にわたって実施(フェーズ2)。また「地方分権下における小規模園芸農民組織強化・振興プロジェクト(SHEP PLUS)」を、12~18県(予定)を対象として2015年3月から5年間の予定で実施しています(フェーズ3)。

菊地は、フェーズ2、フェーズ3プロジェクトの業務調整員として活動。浅岡はJICA農村開発部の担当職員としてフェーズ3を担当、「SHEPアプローチ」のアフリカ域内展開についても担当しています。

2013年6月に開催された「第5回アフリカ開発会議(TICAD V)」で、日本は「SHEPアプローチ」のアフリカ域内展開を掲げ、その出発点として、日本とケニアで市場志向型農業の研修を実施しています。研修をスタートラインとして、アフリカ各国から参加した行政官が、作成したアクションプラン(行動計画)を自国で実践することでSHEP アプローチが広がっています。

SHEPアプローチにおける各フェーズと内容

SHEP フェーズ1(2006年-2009年)

技術協力プロジェクト ケニア国小規模園芸農民組織強化計画
(SHEP:Smallholder Horticulture Empowerment Project)
対象農民約2,500 人の平均園芸所得の倍増という大きな成果を挙げた。

SHEP フェーズ2(2010年-2015年)

小規模園芸農民組織強化・振興ユニットプロジェクト
(SHEP UP :Smallholder Horticulture Empowerment and Promotion Unit Project)

SHEP フェーズ3(2015年-2020年)

地方分権下における小規模園芸農民組織強化・振興プロジェクト
(SHEP PLUS :Smallholder Horticulture Empowerment and Promotion Project for Local and Up-scaling)
菊地は2014年~2016 年にかけて、SHEPフェーズ2及びSHEPフェーズ3プロジェクトに従事した。

軒先に来た仲買人に言い値で売ってしまうそんな小規模農家に稼げる農業を体感してもらう

まず最初に、お二人それぞれの
SHEPアプローチへの関わり方についてご紹介ください。

菊地:私は専門家として現地で仕事をしていました。農村開発部に在籍していたときに、現場から伝えられる情報をどう判断したらよいのか、本部から相談したことが現場でどのように議論され、活動が行われていくのか、十分に想像することができませんでした。そこで、専門家として現地に入ってみたいと希望したのです。SHEPフェーズ2・SHEPフェーズ3プロジェクトの業務調整員として、予算管理、調達業務などに携わり、JICA研究所のチームと共にSHEPアプローチの効果を検証するインパクト評価も担当しました。プロジェクトが介入した農家と、介入していない農家を比較することによって、SHEPアプローチが与えるインパクトを、科学的に数値化しようとする試みです。

浅岡:私は農村開発部に着任して、SHEPフェーズ3プロジェクトを担当することになりました。本部職員としての立場で、農業農村開発分野の技術協力プロジェクトを見ていますが、その中の一つとして、現行のSHEPフェーズ3プロジェクト立ち上げのための調査での全体事業計画の策定、その後の予算面や進捗状況の管理などを担当しています。現地の専門家や事務所員、ケニア側のカウンターパートまで、多彩なステークホルダーとのコミュニケーションを取りながら、プロジェクトが目指す方向性に沿って活動計画どおりに動いているのかをチェックしています。また、2013年の第5回アフリカ開発会議で、日本政府として公約に掲げたSHEPアプローチの広域展開についても担当しており、現在アフリカ地域23カ国への展開を支援しています。

菊地:ケニアでは、現在、SHEPフェーズ3プロジェクトを進めている状況ですが、そのパイロットフェーズとしてのSHEPフェーズ1プロジェクトでは、小規模農家を専門家が直接指導することで成果を挙げることができました。その成果を踏まえて、ナイロビの農業省内にSHEPアプローチを全国展開するためのユニットを設立し、推進したのがSHEPフェーズ2プロジェクトでした。現行のSHEPフェーズ3プロジェクトでは、ケニアが地方分権化したことから、その予算管理や普及活動を地方政府が担うことになったので、それに合わせたSHEPアプローチの構築と実施体制の確立に取り組みました。また、現行フェーズでは、浅岡さんが担当されている広域展開の一端を担うべく、アフリカ各国からの研修生の受け入れも定期的に行っています。

アフリカ部 アフリカ第二課 菊地 明里紗

農村開発部 農業・農村開発第2グループ 浅岡 真紀子(当時)

ケニアの人たちに、SHEPアプローチが深く根付いていることに、感動しました

SHEPアプローチに携わることになった
当初の印象や想いについてお聞かせください。

浅岡:私たちはキャパシティ・ビルディングという言葉をよく使いますが、SHEP アプローチは人創りに重点を置いた取り組みなのだなと感じました。農業生産性の向上に特化するのではなく市場のニーズを踏まえた「ビジネスとしての農業」を振興しつつ、より人創りの観点で人々のモチベーションを体系化したのがSHEPなのだと理解しています。先回りして解決策を提示してしまうのではなく、農家自身が取り組むべき課題に気づき、自ら考えることを後押しするアプローチとなっていることが、SHEPの強みなのだと感じています。

菊地:私がケニアに赴任した当時、共にSHEPアプローチの普及に取り組んでいくケニアの農業省職員のなかには、すでに7年も取り組んでいる人がいて、SHEPアプローチがどういうものか、何を大切にしていかなければならないのかを、彼らから教わり、彼らの行動を見て学ぶことが多かったです。このプロジェクトでは、ケニア人が前に出て研修教材や予算計画をつくって、講師も自分たちで務めます。私たちは、彼らの裏方としてサポートする役割でした。こうして前に出ていけるほどに、SHEPアプローチが彼らのなかに根付き、誇りと責任を持って事業を行っている姿を見て、日本の技術協力の素晴らしさやその可能性を改めて感じました。

浅岡:フェーズ1の立ち上げに尽力されたJICA国際協力専門員の相川さんからは、立ち上げ当初は、ケニアの人たちも、それほど積極的ではなかったという話を聞いています。しかし、対象農家の所得を実際に向上させるためにはどのように取り組んでいけば良いか、強い信念を持ってアイデアを出し、自らが実践していくかたちで進めていったところ、具体的な成果が見えてきた。そこから信頼関係が築かれ、それがフェーズ2へと引き継がれ、さらに強固なものになってきたのだと思います。

菊地:所得向上を農家が実感できたのが大きかったのでしょうね。これをやると所得が上がるとわかれば農家自身がやる気になる。そして、それを支えてきた現地のスタッフも効果があると実感し、さらに頑張ろうと思えるようになっていく。その好循環がプロジェクトを支えてきたような気がします。

それぞれの地方ごとに、抱える課題を理解してそれに向き合っていこうという取り組み

大きな壁にぶつかって苦労したことは?
それをどう乗り越えましたか?

菊地:さきほどもお伝えしたように、前面に立ってプロジェクトを推進するケニアの人たちは、SHEPアプローチを自分たちのものとしていて、同アプローチが現場においてどれだけ有効で、成果を挙げてきたのかを知り尽くしています。ところが、地方分権化によって、農業普及が地方政府の役割となり、これまで信頼してきたアプローチを地方政府が継続して実施できるかたちにスクラップ&ビルドする必要が出てきました。彼らはこの方針には大きな抵抗を感じているようでした。彼らの主張は、質の高いものを提供してこそSHEPであり、10の研修等活動群からなるフルパッケージで提供しなければ効果が望めないというものでした。
これに対して、時間をかけて議論を続け、理解を得る努力を重ねました。しかし、その突破口は意外なところに出現したのです。地方政府側から、SHEPアプローチを地域事情に合わせてこのように使いたいという提案があったのです。この提案によって、SHEPフェーズ3プロジェクトをどのように進めていくべきかというイメージが持てたようで、地域ごとにそれぞれの課題に応じたアプローチをつくりあげていくことで、最終的な合意に至りました。

浅岡:地方分権になって、ケニア国内にたくさんの小国が生まれたような状況となり、小国ごとに事業の優先順位が異なるため、小国ごとの状況に合わせたオーダーメイドのより柔軟なSHEPアプローチを確立する必要がありました。これまでSHEPの推進に力を発揮してきたケニアの担当者たちも、フルパッケージについては完璧だが、それを崩したバージョンには自信が持てないという状況です。このため、プロジェクトとして最終的に何を目指すのか、大きなゴールを共有しながら、これに向かっていくためには何が必要かという点を前面に出し、協議を何度も丁寧に重ねていきました。その結果、プロジェクトが目指すべきゴールと歩むべき道筋を、関係者間で共有することができていると実感しています。
一方、アフリカ各国への広域展開を進めるなかで、国の規模や抱える課題によっては、かつてのケニアのようなフルパッケージを導入できないという国々もあります。より簡素化したパッケージを必要とするという状況は、現在のケニアと変わりありません。農村開発部では、SHEPアプローチの広域展開を進めながら蓄積してきた新たな知見や教訓を文書化したり、あるいはワークショップを開催し事例発表を行ったり、といった取り組みを進めています。こうした取り組みにより、同アプローチを共通の軸として、ケニアを含む各国が農業普及について語り合い、学び合うという横の繋がりが深まっており、ケニアの担当者たちにも少しずつ意識変化が見られ、フルパッケージではない地方政府独自のSHEPアプローチ活用への理解も深まってきています。

菊地:私が現地にいる時に、専門家とケニア人だけでは行き詰まってしまうことがありました。そんな時に農村開発部から「そもそも目指しているのは、ここだったよね」と声をかけてもらうことで、自分の立ち位置を再確認できるというか、発想の転換ができたことがありました。

浅岡:答えは現場にあるのだろうなと思っていて、現場を踏まえた意見をいかに引き出すかが、私たちの仕事だと思っています。他国での状況や参考例を出したり、そもそも目指していたところはここだよねと示しながら、最終的には現場の専門家から現場を変えていくアイデアが出てくる、それがいいことだと思っています。

菊地が参加したプロジェクトの様子

優良農家グループを視察する、アフリカ10カ国からの研修員

キャベツの栽培について熱心に説明する優良農家

わらぶき屋根が、トタン屋根に変わったわかりやすい変化が、農家の意識を変えていく

SHEPアプローチによって、
今後どのような変化に期待しますか?

菊地:SHEPアプローチがきちんとケニアの各地方に根付いていけばいいなと思います。待っているのではなく、きちんとニーズを把握して、売れるものをつくりましょうということは、農家にとってあるべき姿だと思うので、たとえプロジェクトが終わっても、自分で考えて行動できる農家が次々と増えていくことを期待します。

浅岡:SHEPアプローチでは、夫婦を一つの経営ユニットとして捉えて、夫婦間でよく話し合って協力し合って農作業や経営にあたることを勧めています。SHEPの活動で何がよかったかという質問に、ジェンダー研修がよかったと回答する受講者が多く、夫婦でお金の使い道を考えるようになったことがよかったという声を聞きます。そういう意識の変化や気づきを与えて、自ら何が課題かを考えてもらうステップを入れているところが、SHEPのわかりやすいところだと思っているので、これをもっと広く農業分野の案件に浸透させていきたいです。

菊地:広域化に向けた取り組みのなかでも、各国が学び合う機会は増えていますね。アフリカ各国の行政官に向けた研修では、最後にSHEPをどのように取り入れるか、自分たちのアクションプランをつくってもらっていますね。また年に一回、南アフリカに集まって、自分たちの取り組みを発表する機会をつくることも行われています。

浅岡:発表の後に意見交換をしてもらうことを組み合わせて、ワークショップで学び取ったことを自分たちのところで生かしてみようと思えるようなしくみをつくっています。また、研修で立てたアクションプランを、その国のJICA事務所が見守りながら行政官が実践していく。そうしてSHEPアプローチがアフリカ全土へと広がっていくことを期待しています。

菊地 明里紗

アフリカ部
アフリカ第二課
2009年入構

医師であった父の影響からか、国境なき医師団に憧れていた。しかし病気に立ち向かう医学ではなく、病気の方以外にも必要とされることを学びたいと農学部を選んだ。開発の現場に直接関わりたいという想いが強く、農学で国際協力ができるJICAに入構した。

浅岡 真紀子

農村開発部
農業・農村開発第2グループ(当時)
2001年入構

JICAの専門家として仕事をする父に同行してのアフリカ生活。それが原風景。大学院では微生物の研究をしていたが、父からJICAを薦められたこともあり、幼い頃の途上国経験を思い出し、研究室に閉じこもるより、途上国の人たちの役に立ちたいという想いが強くなった。

OTHER MISSION