〈MISSION 3〉平和構築・復興支援 PEACE BUILDING & RECONSTRUCTION

Photo by 久野 真一

ミンダナオの和平プロセスを後戻りさせない支援

フィリピン南部のミンダナオ島で40年余り続いた紛争に終止符を打つべく、
2014年3月に、フィリピン政府とモロ・イスラム解放戦線(MILF)による包括和平合意文書への調印が行われました。
これを受けて、バンサモロ新自治政府樹立に向けたプロセスが加速しています。
この和平プロセスにおいて日本は、仲介国のマレーシアとともに主導的な役割を果たしており、
JICAは、紛争へと後戻りさせないための効果的な支援を通じて、この地域の平和構築に取り組んでいます。

島田 具子 x 落合 直之

落合は現在、バンサモロ包括能力向上プロジェクトのチーフ・リーダーとして、
フィリピン政府とミンダナオモロ・イスラム解放戦線(MILF)との
和平プロセスを促進するための支援を行う現場で指揮をとります。
島田は、地域部担当者として、落合たちが集めてくる現地のニーズを検討し、支援の方向性を定め、
その実施をサポートする役割を担っています。
立場は異なりますが、二人の視線は共にバンサモロの「人々」の未来に向けられていました。

PROJECT DIAGRAM

「ミンダナオ平和構築支援」の取組体制

「バンサモロ和平構築プロジェクト」のベースにあるミンダナオ平和構築支援への取り組みのポイントは、和平合意前から、紛争終結後の復興を見据えた経済社会開発支援を外務省とJICAが一体となって実施したことにあります。

ミンダナオ平和構築支援のポイントは、和平合意前から紛争後の復興を見据えた経済社会開発支援を外務省・JICAが一緒に実施したこと。

そのことで、フィリピン政府、武装勢力の信頼関係や、現地の人々の和平へのサポートが得られ、包括的な和平合意につながった。

地域の現実から目をそらさずにトラブルさえも楽しもうという気概を持て

お二人は、いつ頃から、どのようなかたちで
ミンダナオの和平プロセスに関わってきたのですか?

落合:私が最初に赴任した在外事務所がフィリピン事務所でした。以来、JICAでのキャリアのなかで、最も長く関わってきたのがフィリピンです。2010年からの2年間、外務省に出向し、ミンダナオ国際監視団(IMT)の一員として活動しました。私は復興・開発担当として、紛争影響地域における開発支援のニーズを探るため、人々と言葉を交わし、地域の現実を目の当たりにする日々でした。この時には多くの貴重な出会いがあり、それによって築かれた人脈は、私がこの地域で活動する支えになっています。
現在は、JICAが実施する、フィリピン政府とモロ・イスラム解放戦線(MILF)との和平プロセスを促進するための平和構築支援プロジェクトである「バンサモロ包括能力向上プロジェクト」のチーフ・リーダーとして、現地の人々と向き合い、仕事をしています。

島田:私は2002年の入構で、初出張がミンダナオでした。落合さんと同じミッションで飛行機でも近くに座っていたのですが、ずっと黙っていらして怖い印象でした(笑)。地方出張では、泊まったホテルから、水を買いに外に出ようとすると、自分のセキュリティが走ってついてきました。そういう現地の状況を想像できなかった自分を反省しなければなりませんが、新人としては衝撃的な出来事でした。

落合:初出張で護衛をつけなくては外を歩けないという、それも自動小銃を持った護衛なので、そうとう緊張されたと思いますね。それと、機内ではすみません。入構以来、愛想がないと言われています(笑)。

島田:いえいえ、いまでは一番頼りにしている先輩ですから。
その後、2013年に現在の部署に異動となり、ミンダナオ支援に再び関わることになりました。約10年ぶりの現地への出張で、2012年の枠組み合意を経て、現地の武装勢力関係者が包括和平合意に向けて希望を持って取り組む様子に感銘を受けました。また落合さんをはじめとするJICA関係者が現地の人々ととてもいい関係を築いていることがわかり、信頼を得て事業を行っているのだなと感じました。同時に、ここまで現地に食い込むスペシャリストがいるなかで、自分にはどういう付加価値が生み出せるんだろうと悩むこともありました。

東南アジア・大洋州部 東南アジア第五課(当時) 島田 具子

バンサモロ包括能力向上プロジェクト(総括) 落合 直之

裃を脱いで、本音の話し合いができる場所を提供するのもJICAの仕事

和平プロセスを進める上で大切なことや
ご自身で心がけていることを、教えてください。

落合:平和構築において大切なのは、もともと武器を持って戦ってきた敵対する二つのグループが、その武器を置いて、話し合いの場につくことです。フィリピン政府と反政府組織であるMILFは、幾度もの危機や頓挫する状況を乗り越えて、話し合いによって、高度な自治政府をつくることに合意しました。しかし、この合意も人々に平和な日々をもたらす最初の一歩に過ぎません。非常に時間のかかる仕事ですし、そのプロセスが後戻りしないように、常に寄り添って見守っていかなければなりません。それぞれの当事者に直接はたらきかけながら、当事者同士の交渉の場で妥協点を見つけられるように、あくまでも第三者として支えていく。それがJICAの平和構築支援の基本的なスタンスなんだと思っています。

島田:JICAは開発援助機関なので、和平交渉そのものには関わりません。ただ、政府が学校や道路などの社会サービスを提供できるよう、インフラの復興や行政官の能力強化等の支援を行うことを通じて、政府への信頼感や平和の恩恵を地域の人々に感じてもらい、安定した社会の基盤を作ることに貢献したいと考えています。
それ以外にも、和平交渉の当事者たちが交渉の場で議論を重ねるなかで、その場では言えない本音や具体的な施策について、互いにぶつけ合える場を提供することも、JICAでは行っています。2014年6月に広島で開催された「ミンダナオ平和構築セミナー」では、和平合意後、どんな新しい政府をつくっていくのか、そのためにフィリピン政府はどんな支援をしていくのか、武装解除をどういうスケジュールで進めていくべきかという話し合いの場を提供しましたが、マニラでもミンダナオでもなく、広島で行った意義は大きかったと思います。
当時のアキノ大統領と反政府側のトップが、原爆慰霊碑の献花台に花を手向けながら、平和な国をつくることを誓うという歴史的瞬間を目にして、けっして紛争状態に後戻りさせることがあってはならないと心に誓いました。

落合:和平交渉は公式な政治交渉の場なので、オブザーバーとして日本政府がその場にいるものの、基本的には当事者同士の話し合いになります。一方でJICAが主催した非公式なミンダナオ平和構築セミナーの場では「裃(かみしも)を脱ぐ」というように、もっとリラックスして本音のトークができる場所を提供することで、妥結点が見つかることもあるんです。加えて、広島という特別な場所で開催したことによって、参加者は、みんなで平和を築かなければならないと感じたようですね。

開発によって、紛争の解決に貢献するトップの想いと判断が、人々の記憶に刻まれている

和平へのプロセスを見守り、支えていく前提として
JICAへの信頼はどう築かれたのでしょうか?

島田:落合さんのような方が現場にいらして、いつでも関係者と話をして、少しでも前進させる努力を重ねてきたことが大きかったのだと思います。そういう姿勢を見せていくことが信頼につながっている。それと、これは私が関わる以前のことですが、2008年に、政府と反政府勢力の間で積み上げてきた合意内容に対して、フィリピンの最高裁が違憲という判決を下しました。そのときに武装勢力が再び銃を持って、衝突が起こりました。和平へのプロセスが後戻りしかけたのです。

落合:内戦がはじまって、仲介国であるマレーシアも撤退することになりました。ミンダナオ国際停戦監視団にJICAの職員を1名派遣していましたから、地域部にいた私も対処方針としてその職員を撤退させるべきだと考えました。ところが当時の緒方理事長の判断は、今は引くのではなく出るべきというもので、さらに若手を1名増やせというのです。トップのそういう判断があったからこそ、フィリピン政府も反政府勢力側もよく覚えていて、本当につらいときに支えてくれたのは、日本政府でありJICAだと言ってくれます。交渉の担当者は変わっていきますが、そういう記憶が、JICAへの信頼として綿々と受け継がれてきているように思います。

島田:もちろん、治安が確保されない地域には人は派遣しません。それでも、日本が撤退せずにフィリピン国内に留まってくれた、和平プロセスを見守っていてくれたことに感謝しているという現地関係者は多いですね。

落合:加えて、草の根レベルの信頼も大切で、学校などのインフラ整備だけではなく、人材育成などのソフト面でも貢献してきたことがミンダナオの人々の信頼につながっています。「人々」というのは、反政府組織を支える人々でもあって、政府からの行政サービスも受けられずに虐げられてきた人々です。行政が彼らに信頼されなければ、また武器を持って戦いはじめることになりますが、JICAはその「人々」に対して、平和になればこんなに良いことが待っているということを、地道な活動のなかでやってきた。それがトップレベルの信頼と「人々」の信頼につながっているのだと思います。

JICAの支援で建設された離島の中学校

信頼を育む場所。
小学校で共に学ぶイスラム教生徒とキリスト教生徒

フィールドに赴き、直接現地の人々の想いに耳を傾ける

技術を身につけ自立を目指す女性たち

落合 ムラドMILF議長と

国家の安全保障から、人間の安全保障へ人々の心に届く支援を進めたい

お二人の現在の取り組みや
今後、成し遂げたいことをお聞かせください。

落合:私は、地べた派です。地べたを這いずり回れと、昔、上司から言われ、それを実践してきました。具体的には、フィールドレベルでいろんな人に会って話をして、何を願い、どんな問題を抱えて、それをどう解決したいと思っているのかを聞き、現地のニーズとして、フィリピン事務所や本部の地域部、課題部等と共有します。そして具体的なJICAの支援事業として実践していきます。それが現場の仕事だと思ってやってきました。

島田:落合さんは、現地では有名人なんです。私も、現場にこそニーズがあるので、そこに行きなさいとよく言われてきました。現在は、落合さんたちが掴んできた現場のニーズを受け止めて、それをどう解決していくべきかを考える立場にあります。
さきほど、自分に何ができるのだろうかと悩んだ時期があったと言いましたが、現在は、新たな円借款事業を一から立ち上げて、それを自分が引っ張っていくのだという想いを持って取り組んでいます。これまでは学校や道路への投資が中心でしたが、この円借款は、民間企業の投資を促進し、現地の人々の雇用を生み出すというものです。和平合意後だからこそできる新たな支援の形です。

落合:2007年初頭、私にとって忘れられない出会いがありました。彼は、MILF停戦監視委員会の事務局長で、冷静沈着、何よりもバンサモロ民衆への熱い心を持つ男でした。出張で、コタバト市を訪問するたびに彼に会い、なぜバンサモロは闘うのか、何が根源的な問題なのか、バンサモロの歴史や文化、宗教から説いてくれました。2015年7月に現在のプロジェクトで私が赴任した時には、彼は重篤な病に侵されていました。いまは道半ばで逝った彼が夢見たバンサモロの未来に、少しでも近づけるように力を尽くしたいと思っています。
JICAにとって一つのマイルストーンは新しいバンサモロ自治政府ができることですが、そこから本格的な国創りと人創りがはじまるのだと思っています。自治政府が機能して、行政サービスが人々に行きわたるようにすることを目的として、JICAとしての本来の支援がスタートするわけです。現在は、そのための準備として、自治政府を運営するための制度や仕組みづくり、そして自治政府で働くであろう人々の人材育成を図ることに取り組んでいるところです。

島田:以前駐在していたアフリカ・ルワンダでの支援をしているときに気づかされたのが、平和構築において重要なのは物理的な支援もさることながら、「人々」の心の変化ではないかということでした。誇りをもって生きていくために、たとえば家族を支える生計手段が得られる等、明日への希望が持てる状況になるよう支援すること。ミンダナオでは今後、自治政府が設立され、行政官たちが行政サービスを届けていくことになりますが、それが偏ったものではなく、公平に提供され、行政と人々の信頼関係が築かれることも重要です。人間の安全保障とは、人間の尊厳や誇りが満たされることにあると思うので、自分たちが誇りを持って国を支えていくことで、人々の表情が明るく生き生きとしていくことを見届けたいと願っています。

島田 具子

東南アジア・大洋州部
東南アジア第五課(当時)
2002年入構

大学時代、NGOのインターンとしてボスニアを訪れ、コソボから逃れて難民キャンプで暮らす女性と出会う。かつて裁判官だったという彼女の「心を失ってしまった」という言葉を聞き、人々が人生を主体的に生きられる社会にしたいと思う。この想いを果たす場所がJICAだった。

落合 直之

バンサモロ包括能力向上
プロジェクト(総括)
1991年入構

商社でサモアに駐在していたときに、離島で病に苦しむ少女の傍らで、母親はただ祈るしかないという光景を目にした。この状況を何とかしなくてはならないと強い想いにかられたという。この時の強い衝撃が、開発援助・国際協力の分野に身を投じるきっかけとなった。

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