〈MISSION 5〉保健医療 HEALTH

ベトナムにおける麻疹ワクチンの自国生産を実現する

ベトナムでは、5歳未満児の死亡率の低減と感染症流行の抑止を目的に、
麻疹(はしか)や結核など6つの感染症の予防接種を実施してきました。
しかしながら、麻疹ワクチンの製造は技術的に高度であり、
自国生産ができない状態で、国際機関からの支援に頼っていました。
この状況を改善するためにワクチンの自国生産を望むベトナム政府の要請を受けて、
JICAは、日本の麻疹ワクチン製造技術をベトナムに移転するプロジェクトに取り組んできました。
現在は、麻疹風疹混合ワクチンの製造技術を伝えるプロジェクトが進められています。

野村 明香 x 吉田 友哉

吉田は、プロジェクトを立ち上げる事前調査の段階に携わり、
異動後も、無償資金協力で建設された施設のフォローアップを行う立場で、施設の改修に取り組みました。
現在、プロジェクトは麻疹風疹混合ワクチンの製造技術を伝えるフェーズ2の段階を迎えていますが、
野村はこのプロジェクトの仕上げの部分を担い、どう独り立ちさせていくべきかを考えながら行動しています。
そんな野村を、吉田は上司として見守り、支えています。

PROJECT DIAGRAM

ベトナムにおけるワクチン自国生産支援の取組体制

このプロジェクトは、北里第一三共ワクチン(株)などの民間企業も支援に加わり、ベトナムのプロジェクト実施機関であるワクチン公社(POLYVAC)を総合的に支援していったものです。

①で建造された施設で②の技術協力(2フェーズ)を実施。吉田が②-1を担当、野村は②-2の中間評価以降を担当しました。

現在、無償資金協力から継続している本プロジェクトの、日本の支援からの「離陸準備」として、プロジェクト終了後の持続性を確かなものとするための計画の検討や、ベトナムのワクチン国家検定機関(NRA)の能力強化のためのWHOと連携した支援、POLYVACの財政健全化のための提言を行っています。

ワクチンの自国生産にかける想いを受け止め日本からの技術移転のプロジェクトを担う

まず最初に、お二人のプロジェクトへの
関わり方について教えてください。

吉田:初めて赴任した在外事務所であるフィリピンで保健医療分野を担当したことがきっかけで、行政サービスをきちんと行うことの重要性を知り、保健医療に軸足を置いて「国創り」に関わっていこうと考えるようになりました。その後、日本に戻って取り組んだのが、ベトナムにおける麻疹ワクチン製造技術の移転プロジェクトでした。ベトナム政府からの要請を受けて、どのようにプロジェクトを進めるべきかを協議する事前調査を行い、政府間の合意を得て、プロジェクトに着手することになります。すでに日本の無償資金協力によるワクチン製造施設の建設がはじまっていて、この施設を使ってワクチンを製造するための技術協力をスタートさせることが私の役割でした。ベトナムの実施機関であるワクチン公社(POLYVAC)は、すでに日本の北里研究所(現在は北里第一三共ワクチン株式会社)と交流があったため、プロジェクトについても北里研究所の協力を仰ぐことになりました。

野村:私は2015年10月に社会人採用(総合職)で入構し、人間開発部に配属となりました。吉田さんが立ち上げに関わった麻疹ワクチン製造の技術移転プロジェクトは、関係者の努力が実り、麻疹ワクチンを自国内で製造し、政府を通じて多くの子供たちに接種されるようになりました。その後、風疹の発症例が増加したことから、麻疹風疹混合ワクチンの接種を行うべきというWHOの勧告があり、2013年からはフェーズ2として麻疹風疹混合ワクチンの生産体制の構築を支援することになりました。私は、2015年11月に、プロジェクトの中間評価調査団の一員としてPOLYVACの施設を訪ねました。そこから本格的にプロジェクトを担当することになりました。

吉田:私は最初のプロジェクトの計画立案から実施当初の短い期間の担当でしたが、その後、保健施設整備を担当する部署に異動した時に、地盤沈下によってダメージを受けたPOLYVACの施設の改修プロジェクトを担当することになりました。この時に、プロジェクトが成功裏に終了したことや麻疹と風疹の混合ワクチン製造という新たな課題に取り組もうとしていることを、一緒に仕事をしてきた仲間から聞くことができました。さらに現在、麻疹風疹混合ワクチン製造のプロジェクトの後半に関わることになり、再び一緒に働けることを嬉しく思っています。

人間開発部 保健第二グループ 保健第三チーム 野村 明香(当時)

人間開発部 保健第二グループ 保健第三チーム 吉田 友哉

製造施設の整然とした佇まいから積み上げてきた努力と自信を感じました

プロジェクトに携わることになった当初の
現地の状況やその印象をお聞かせください。

吉田:北里研究所の二人の先生とともにPOLYVACを訪ねたのが、私にとって初めてのベトナムでした。所長さんをはじめPOLYVACの方々はみんな、いいものをつくろうというマインドに溢れているという印象を持ちました。北里研究所の先生たちもそうなのですが、情熱を持ってものづくりに取り組もうとする関係者の姿勢を強く感じて、頼もしく思いました。

野村:私にとっても、プロジェクトの中間評価のための訪問が、初めてのベトナムでした。評価の高いプロジェクトであると聞かされていたので、どんなところだろうと期待して訪ねました。幹線道路から少し入ってごみごみした道をしばらく行くと、突然POLYVACの施設が見えてきます。建造から約10年が経過した施設とは思えないほど美しい外観に、圧倒されました。施設内部もきちんと整っていて、着実に進んできたプロジェクトであることが、施設内の空気からも感じられて、その最終段階をどうやってまとめていけばいいのかという重圧というか、責任を少しずつ感じはじめました。

吉田:POLYVACのスタッフはもちろん、日本人専門家も、その多くが前身の麻疹ワクチン製造技術移転プロジェクトを経験し、現在の麻疹風疹混合ワクチン製造のプロジェクトにも継続して携わっていただいています。このことはフェーズ2のプロジェクトにプラスに作用していて、長い年月を通じて築かれた信頼関係と緊密なコミュニケーションが、プロジェクトの効率的な進捗に大きく貢献しています。

野村:最初にお会いした時に、専門家の方が、大きな紙に書かれた緻密なスケジュールを私に示して、いまはここまで進んでいると、懇切丁寧に説明してくださいました。すべてがきちんと管理されていることがわかりましたし、その言葉には、プロジェクトを完遂させるのだという責任感と自信が感じられました。2014年に、東南アジア地域に麻疹が流行した時に、ベトナム国内で必要になる大量のワクチンをPOLYVACが迅速に製造し、感染の拡大を防ぐことに貢献したと聞いています。そうした実績に裏打ちされた自信が、現在のプロジェクトを推進するモチベーションにもなっているのだと思います。

WHOの基準を満たすワクチンの製造を持続させていくための課題に取り組む

どのような課題に直面し、
それをどう乗り越えましたか?

吉田:私自身にはワクチン製造の知識がありませんから、プロジェクトをどう進めていくべきか、それをイメージすることさえも難しく、その意味での不安も確かにありました。ただ、テクニカルにはわからない部分があっても、それは専門家に任せて、私としてはJICAのしくみで何ができるのか、先方の優先順位は何かを考えて、仕事をしていくべきだと捉えていました。当初の麻疹ワクチン製造技術移転のプロジェクトでは、プロジェクトの終了までに、POLYVACが製造したワクチンが、国の承認を得て販売可能となり、ベトナムの麻疹対策に必要な量を製造可能な能力を備えることが目標でした。このために、製造技術の移転だけではなく、POLYVACとして行うべき試験や申請の手続きなども視野に入れて、間違いなく承認が得られるよう、さまざまな角度から検討し、計画策定にあたりました。北里研究所の先生や施設建設を進めてきたコンサルタントの方などのサポートを得て、無事に計画が作成できたときには、大きな達成感を感じました。

野村:プロジェクトの進捗に関して言えば、これといった課題というものは特にありませんでした。ただ、プロジェクトが完了し、JICAも専門家も引き揚げていった時に、POLYVACが自らの力で、ワクチン製造を持続して行えることが大切だと考えています。このためJICAの支援からどうしたらうまく離陸できるのかに重点を置いたプランを、専門家の方々と協議しながら進めました。具体的には、製造技術の移転ばかりではなく、製造設備の維持管理など、持続的な運営に必要な技術を習得してもらえるような研修を実施できるように計画しました。
また、もう一つの難関は、POLYVACの財務面での課題です。現在は、全国民に対して無料で提供する予防接種プログラム用のワクチンを製造しているため、原価割れに近い価格で保健省がPOLYVACからワクチンを買い上げています。POLYVACがその技術力を持続して、ワクチン製造を担い続けていくためには、製造コストに見合った販売価格の設定が不可欠ですし、同時に製造コストの削減策を検討していくことも必要になります。POLYVACとして、いわば親会社にあたる保健省に対して価格改定を迫るのは難しいので、JICAからの助言としてワクチンの適正価格の設定が必要であることを正式に通達し、保健省から価格設定を検討するとの回答も得ています。

吉田:もう一つ、当時、課題として感じていたのは、WHOの基準を満たしたワクチンとして承認されるためには、ベトナムのワクチン国家検定機関(NRA)の体制が脆弱で、そこを整備しなければ、ワクチンを国連機関として購入・配布するための承認が得られないという状況がありました。WHOの西太平洋事務局とも連携して、その改善に努力しましたが、最初のプロジェクトの終了までに、目標を達成することはできませんでした。しかしフェーズ2のタイミングで、NRAのスタッフを対象とする研修をWHOと連携して行うようになって、2015年5月には、ベトナムNRAが、WHOのアセスメントをクリアする水準に達したという報告を受けています。ワクチン接種の拡大には、子供に接種させる親たちのワクチン品質に対する信頼が不可欠なので、ベトナムにおける感染症抑止のスタートラインに立てたと感じています。

ベトナムでベトナム製麻疹ワクチンの接種を受ける子ども

POLYVACのワクチン製造施設

POLYVACで技術指導を行う日本人専門家

麻疹製造棟建設風景

築かれた強固なつながりをベースに新たな連携の物語がスタートすることに期待

今後、ベトナムの保健医療が
どのように変化していくことを期待しますか?

吉田:POLYVACのみなさんが、日本から学んだ技術をよりどころに、ワクチンの製造や施設や設備のメンテナンスに取り組み、さらに発展させていけるようになればいいなと思っています。また、日本とベトナムが力を合わせてつくった質の高いワクチンだから、安心して接種できると感じてもらいたいし、その普及によって、このワクチンが両国をつなぐ象徴的なものになっていったら素敵だなと思います。

野村:本当は、成果をあげてプロジェクトを終了することは望ましいことなんですけど、去りがたいというか、いつまでもこの人たちと関わっていきたいという想いがあります。これからも高度なワクチンが開発されていくはずなので、POLYVACが必要に応じて、日本の技術をもとにして、新たな連携の物語が生まれることにも期待したいと思っています。

吉田:POLYVACが、今回のプロジェクトで培ったノウハウを、他の国に提供できるようになるとか、そういう可能性についても期待したいよね。

野村:そうですね。POLYVACがつくるワクチンが、東南アジアをはじめ、多くの国々でも使われるようになって、POLYVACの財政面の課題も一気に解決されることを期待しています。
それと、これは個人的なことですが…。私は、入構前に青年海外協力隊に参加し、その任期を終えたときに感じた、草の根だけではなく、もっとその国を根本から変える切り口で国際協力に携わりたいという想いを持ってJICAに入ってきました。今回のプロジェクトでは、その想いの一部が叶えられたと思っていますし、今後のJICAでの業務にも有用な経験が得られたと思っています。

野村 明香 Haruka Nomura

人間開発部
保健第二グループ 保健第三チーム(当時)
2015年入構

国際協力に興味があり、大学ではスペイン語を学ぶ。その後、3年間の社会経験を積み、青年海外協力隊に参加。次は、草の根のアプローチではなく、その国の問題を根本から変えられるような切り口で、国際協力に携わりたいと考えて、JICAへの入構を決めた。

吉田 友哉 Tomoya Yoshida

人間開発部
保健第二グループ 保健第三チーム
1995年入構

小学校時代、アメリカの雑誌の表紙に描かれた世界終末時計に恐怖を感じ、将来は東西関係の改善に取り組もうと思った。高校生の時に、東西冷戦が終結し、改めて南北問題に注目した時に、途上国の発展のために働ける組織があることを知る。それがJICAだった。

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