経験者から応募者へのメッセージ

札幌からニジェール(Niger)

大倉 綾(Aya Okura)

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大学時代、バックパックを背負い東南アジアに一人旅に出ました。カンボジアで孤児や貧困層の自立支援を行っていたNGOの活動に出会い、「私も将来はこういう分野で活動してみたい!」と希望に胸を膨らませたのですが…、スタッフから「君は途上国のことがなにもわかっていない!」と怒られ、大きなショックを受けたことを覚えています。「じゃあ途上国のことがわかるように、途上国に住んでみよう」という理由で受けた青年海外協力隊。希望していたのは東南アジアの国でしたが、派遣先は西アフリカのニジェール共和国。「それ、どこ?」というところから始まり、環境があまりにも違う生活に驚いたり悲しんだり、なかなか思うとおりに活動できないことに悩んだり怒ったり…。でも、今振り返るとそれ以上に喜びや楽しさが多く記憶に残っていて、その全ての経験が今の私を作っています。途上国のことがどこまで理解できたかわかりませんが、なにより「途上国」という大きな括りではなく「ニジェール」という国やそこに住む人たちのことが少し理解できたことが嬉しかったです。

旭川からコスタリカ(Costa Rica)

佐原 良祐(Ryosuke Sahara)

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大学院在学中に海外の野生動物を見るためにボルネオ島のダガット村に滞在していました。そこは急速なプランテーション開発を背景にJICAと地元の政府組織、大学が村人と共に保全区が管理されている所でした。その中で村人が土地を手放さずに収入を得られる手段としてエコツアーが企画され、私はそれに参加しJICAの活動に感銘を受け協力隊の参加を決意しました。
派遣先の国立公園は、水生生物採集を伴う調査に対し規制が厳しく、さらに生態調査をする人材も少なく、調査道具も十分ではありません。そんな中、元々協力隊として派遣されていた研究者の方、コスタリカ大学動物学博物館の方々、JICA事務所の調整員等、多くの人に助けられながら活動しています。言葉も文化も違う海外で、ゼロから始める事は大変ですが現地の人はみんな優しくのんびりしていて日々癒されながら暮らしています。
協力隊へ応募するにあたり色々な不安があると思います。もし悩んでいるのであれば説明会に足を運び、実際に協力隊に参加してみた人の話を聞いてみるといいと思います。話を聞くうちに、協力隊のイメージが見えてくると思います。

函館からラオス(Lao)

西谷 明奈(Akina Nishitani)

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私が国際協力に興味を持ったのは中学生の時にカメルーンで活動するシスターのお話しがきっかけでした。その時は漠然といつか私も海外で人の役に立てる仕事がしたいと思いました。大人になり、やりたいと思っていたことを振り返った時に叶えていない夢がまだあったことに気が付き協力隊に応募しました。
帰国して思うことは「行って良かった!」の一言につきます。2年間という限られた時間で経験した全てのこと、人との出会いは本当に自分の糧となります。
語学力や知識や技術が足りないのではないか。という不安な気持ちで応募することを諦める必要はありません。是非チャレンジしてみて下さい。

帯広からスリランカ(Sri Lanka)

林 加菜(Kana Hayashi)

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偶然街で見かけた、協力隊募集のポスター。
見たことも、関わったこともない世界と関わる、そんな機会が自分にもあったなら、どんなに面白いだろう。そのポスターが、頭から離れませんでした。
勢いに任せて、気が付けば応募用紙を埋めていたのが昨日のことのようです。
覚悟はしていたものの、言葉も食べ物も、宗教も、考え方も違う人たちと一緒に仕事をするのは、当然、簡単なことではありませんでした。それでも、何もかも不慣れな私と、きちんと向き合ってくれた人たちのために、必死に働きました。自分に何ができるのか、一生懸命出来ることを探して、試して。雑然とした教室で、途方に暮れたあの日も、子どもたちや同僚に救われました。パソコンに向かっていた頃とは違う、私にとって新しい世界に、自分が生きてきた全てを総動員して挑んだ二年間でした。
協力隊員としての二年間は、目の前の相手と、自分と、真剣に向き合うことのできる貴重な時間になります。そしてなにより、一人の人間として、学べることが山ほどある。泣いたり怒ったり笑ったりしたすべてが、それからの自分の糧になります。
行く道を少しだけ変えて、見たことのない景色を見に、行ってみませんか。

北見からマラウイ(Malawi)

小畑 広明(Hiroaki Kobata)

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私が協力隊に参加したきっかけは、ネパール旅行で貧困に苦しむ人々を目の当たりにしたことでした。日本に住んでいただけでは見られない人々の生活がそこにはあり、自分にも何かできないかと考え、協力隊に参加することを決めました。
現在はアフリカの中で最も貧しい国とされるマラウイで現地の学校で理科教育に携わっています。派遣前のアフリカのイメージとは違い、現地で生活していると貧しいながらも常に明るく優しい人がたくさんいることに気づかされます。
学校では生徒は教科書を持っておらず、実験室も必要な器具がない中で試行錯誤しながら日々の活動を行っています。日本の常識が通用しない環境ですが毎日明るく挨拶してくれる近所の人々や、初めて見る理科実験に目を輝かせる現地の生徒を見て、逆に元気をもらうことが多くあります。
途上国の現地住民と同じような生活をするので生活自体が大変なことや、日本では当たり前とされていることができなくて落ち込むこともあります。しかしそれ以上に、自分の活動を通して生徒や先生方が喜んでくれることが何よりの励みになります。思い切って一歩を踏み出したことで、自分の価値観を広げるきっかけになったことは何よりの財産だと思います。

釧路からセネガル(Senegal)

小竹 一嘉(Kazuyoshi Kotake)

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青年海外協力隊のことを知ったのは高校の英語の授業。開発途上国という未知なる世界で、自分たちの技術や経験を活かし、その国の発展に寄与しようと頑張っている先輩がいることを知り、強い衝撃を覚えました。その影響か、国際関係が学べる大学を志望し、進学。卒業後、若干紆余曲折はありましたが、在外公館派遣員として、在カメルーン日本国大使館に3年間勤務したのち、遂に青年海外協力隊員として、セネガルに派遣。夢を現実のものとすることができました。
セネガルでは、村落開発普及員(現:コミュニティ開発)として、首都ダカールの郊外で活動。住民により土地が不法占拠された地域を再生することを目的としたプロジェクトチームに所属し、フランス語(公用語)とウォロフ語(国語)を駆使しながら、現地の人々と同じ目線になるように活動も生活も心がけました。そうするうちに、地域の方々からお茶や食事に誘われるようになり、ようやく受け入れてもらえたと実感。帰国する際には、荷物を預けたあとに、同僚と住民が大きなセネガル太鼓を担いで見送りに。その時にプレゼントされたセネガル太鼓は、今でも自宅で大切に保管しています。
私にとっての協力隊参加の収穫は、とにかく良い意味で世界観、価値観が変わり、人間的に大きく成長できたこと。とくに打たれ強く、より寛容になれたように思います。また、セネガルだけでなく、日本中に知り合い(協力隊のネットワーク)ができました。これも大きな財産だと思っています。
人生は一度きり。ぜひ悔いのない生き方を。困難があっても逆にそれを自分が成長するチャンスと捉え、ひたすら前進・向上するよう努めていきましょう。応募にあたって、不安なことやわからないことがあれば、遠慮せず最寄りのJICA事務所や私たちOB・OGにご相談ください。Let's challenge!あなたの夢を応援しています!