共に教育と向き合った日々

2016年3月16日

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耳を澄ますと、馬車の地を蹴る蹄音や、活気あるタムタムの太鼓音、羊や牛の鳴き声に、セネガルの人々の生活音が聞こえてくる。今、私は確かにセネガルにいる。

小学校教育を職種とし、情操教育の普及・浸透を任務として飛び込んだセネガルの地。私は学校現場での授業の実践・補助を、常に活動の主軸として取り組んできた。決して上からの立場で「教える」わけではなく、肩を並べた横の立場で「共に学び、共に力を高め合う」ことを念頭に置き、先生や子ども達と苦楽を共にする中で、信頼関係を築き、彼らの立場から課題や改善策の核心に迫りたかったからだ。
赴任当初は言語の壁や価値観の違い等の厳しさを前に、無力な自分に悔しくて歯がゆくて、枕を濡らした夜も幾度とあった。しかし、セネガルの人々の懐の深さや裏表のない人柄、今を楽しく生きる考え方を知るにつれ、自分自身の小さなプライドや「こうあるべき」と自分に定めた肩の荷が次第に下りていった。無理に背伸びせず、ありのままの自分が、今できることに全力で取り組めばいいのだと気付けたことで、少しずつ活動も軌道に乗っていった。
任期の終わりを目前に控え、心に残った取組みを二つ挙げるならば、一つ目は、「セネガルの先生達と、未来を担う子ども達へ託す思いや教育の在り方について、本音で語り合い、学び合えたこと」だろう。それは、日本の教育について客観的に見直すよい機会になったし、何よりも先生という仕事への誇りややりがいを、私自身にもう一度思い出させてくれた。二つ目は、「セネガルと日本の子ども達を結びつける架け橋となれたこと」である。日本文化紹介イベントや、絵やお便りを通した交流を経て、両国の子ども達が遠い異国に住む友達に思いを馳せ、世界は確かに繋がっていることを少しでも実感できたなら幸いである。

私たちボランティアには、いつか必ず任国を去る日が訪れる。各人が平等に与えられた時間の中で、何か特別なことをやり遂げようと思わなくてもいいのだと思う。ひたむきに、実直に、彼らと共にできることに精一杯取り組んでいけば、きっとその過程に自分が行動してきた軌跡があり、失敗も成功も全てが意味をもった結果としてついてくるのではないか。無駄なことなどきっと何一つないのだと思う。
自分自身を一回り大きく成長させてくれた、このかけがえのない経験とチャンスをいただけたことに感謝し、帰国後もこの経験を糧に、自分自身を更に大きく成長させ続けたい。

(執筆:26年度1次隊 小学校教育 上田隊員)

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音楽の授業の様子

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図工の事業で「切り絵」を紹介

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日本の小学校と自画像の絵を交換

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セネガルの子ども達の自画像はJICA横浜センターで展示されました

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セネガル−日本の高校生が英語で手紙をやりとりしました

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日本文化紹介のイベントを全10回開催(テーマ「祭り−浴衣&祭りの催し−」)

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任地での生活の様子:仲良くしている家族との食事

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任地での生活の様子:洗濯をする女性たち