セネガルでの日々

2016年3月25日

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私は水産局に配属されており、ジョアールという港町に暮らしています。水産局では同僚とともに漁船の登録や、産地証明の発行、漁獲量の統計などの事務仕事を手伝っています。しかし、水産局に配属されているものの、私自身は水産についての専門性を持たないため、こちらから何かを教えるというよりも、教えてもらうことの方が多いです。当初はとにかく情報収集をしようと、漁港、浜、水産加工場をうろうろ徘徊する毎日でした。「これは何?あれは何?」と尋ね歩くと、「お前は何も知らないな」とは言いつつも、皆丁寧に(むしろ得意気に)教えてくれます。私にとっては全てが新しく知ることで新鮮でした。少しずつ、少しずつ情報を手繰りよせて、ようやく土台が見えてきた、そんな状態です。炎天下でともに作業しながら話を聞く、効率や合理性よりも、まずは「一緒に過ごす時間」こそ大切なのだと知りました。
今でも協力隊として自分がこの国に必要かどうかはわかりません。でも、確かに言えることは、私の人生にとっては大きくかけがえのないものであるということです。実績としてもたらしたものがあるかと問われると自信がありません。でも、私にはセネガルの人々から得たものは大きくて、ここに来れてよかったと心から思えます。人を受け入れること、人と分かち合うこと、正直に生きること、どんな時も明るく笑うこと、ここで学んだことは数知れません。これまでの人生では出会えることのない人々との関係を築く機会を与えられたことには心から感謝したいです。

協力隊というボランティアの形は曖昧で何が正解かよくわかりません。自分自身でその答えを見つけなくていけない。常に探し求めて、ああでもない、こうでもないと考えながら、自分を満足させることもできなくて、自信を失いながらも、それでも何かを見つめようとする、そんな毎日です。隊員の数だけそれぞれの答えがあって、どれが正しいとは言い切れない気がします。模範解答のような、ひとつの答えがないから、それはそれでよいのかもしれません。また、ここで完結するでもないと思っています。この先の人生、どう生きようとそれは影響されていく。そして、だからこそ、この日々が大切なものだと言えるのかもしれません。任期が終わりここを離れた後でも、私をあたたかく受け入れて一緒に過ごしてくれた人たち、セネガルにどうしたら恩返しできるのだろうか、と考えています。

(執筆:26年度2次隊 コミュニティ開発 鍋内隊員)

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ジョアール港に寄港した漁船

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水産加工場で働く女性

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水産加工場で働く女性たち